第21話 蛇眼の神の盲点
レガトは初めから蛇神の言うことを真に受けていなかったように見えるわね。帝都ロズワースまで攻め上がる戦いの話でもそうだった。
「冒険者はよく、嘘をつくものだ。敵の言うことを正しく思うほうがどうかしてるよ」
そんな事をほざいていたし。それにはわたしも同意見だった。冒険者の流儀を知るレガトは、冒険者が嘘つきで大げさで、本当の事を言わないのも理解しているようだ。
だから保険が効いた。火力のあるフレミールをわたしたちの守りに回したのは、先輩とノヴェルを守る為だ。そして邪竜神アイナトの今の狙いは、わたしがずっと危惧していたノヴェルだった。
ノヴェルには自身の能力の他に、この地に散った同族の魂が集っているのがわかる。ノヴェルの魔法で出来ることが増えたのは、本人の才能が同族の守護の力を引き出せるようになったからなのよね。
大地の娘の力は想像以上に強い。同胞の魂を内包する彼女を喰らえば、蛇眼の神はさらなる力を得られるはずだもの。
ダンジョンメーカーの能力とは、異界への通路を切り拓くのにも都合が良いからね。
単純に力を増すためには、先輩の力は欲しいと思う。しかしそれ以上にノヴェルという存在の能力を喰らいたいのだとわかった。
ノヴェルが誕生した時から、アイナトはず〜っと彼女を狙っていたに違いない。咲夜にくっつけた術師のおっさんの記憶と、こうしてアイナトを目にしてわたしも理解した。
冒険者を送り込み、ドワーフ達を唆した張本人がこの邪竜神だと。そこまで手を尽くしたにも関わらず、ドヴェルガーの王女は手に入らなかった。
若い火竜フレミールがノヴェルを気に入り、ずっと保護していたせいだ。ドヴェルガーの国を滅ぼし、ローディス帝国よりの政権を築いたのも、西の帝国に手を出させないためだったのかもしれない。
転機は力なき錬金術師の小娘によりもたらされた。つまりわたしだ。ノヴェルを連れ出し、先輩が頼って来る目障りな庶民。今も二人はわたしに魂を預けたままだ。皇女ネフティスに刺されて二人共焦ったんじゃないかしら。
「君に魂を預けた時点で好きにされるのは決まっていたことだ。それよりアレの特攻を防ぐ対策を考えたまえよ」
巨体を利用してこちらを重力場の魔法ごと、押し潰すつもりなのが分かった。
「時間がないわ。フレミール、あなたの力で軌道だけでもずらせるかしら」
「わからぬが、やってみよう」
「そう。それならこの強力な魔力薬を使うわよ。即効性があるから投薬後、わたしたちから離れてね。ヤムゥリ樣、念のため移動準備をお願い」
「むっ、薬なら飲まぬゾ!」
「飲まなくていいわよ」
そう言うなりわたしは戦車を降り、フレミールに投薬した。人化している彼女の衣装の隙間からお尻へ直接だ。
フレミールは、飲み込むものへの警戒が強いのよね。あの手この手で散々不運の滴飴を飲ませた弊害で、拒絶反応を見せる。
いまは説得する時間がない。魔力薬というのは嘘で、カカシラの葉と茎を乾燥させ粉状にしたものを、カカシラの実の汁で練ったものだ。竜化した体温で十数えるくらいで溶ける計算だ。
「ア゛ァァァ────ァ゛!!」
痛ましい火竜の叫び声が響く。邪竜神がわたしたちをその巨体で覆い尽くし落下をしようとした瞬間、真火竜フレミールがもの凄い勢いで体当たりをぶちかました。
重量物のぶつかる激しい音が二つ続く。レガトの指示を受け、チンピラ冒険者の仲間のアウドーラも龍化し、フレミールに合わせて体当たりをかましたのだ。
邪竜神に対して身体のサイズはフレミールが半分くらい、アウドーラは半分以下だが、二体がぶつかる衝撃で、邪竜神の落下地点は大きくズレた。
「相変わらず酷いわね……」
「あれはすぐに治まるのかね」
フレミールと仲の良いヤムゥリ様が、せっかく潰されずに済んだのに身震いしてお尻を隠した。
それと先輩。心配しなくても毒ではないから、洗えばそのうち鎮まるはずよ。
行動を読まれた邪竜神アイナトが激しい怒りで吼えた。全頭から毒液を吐き出し、猛毒と瘴気の沼を作り出す。
退避行動に移っていたわたしたちは逃げおおせられた。しかしアイナトの呼んだ魔物達は、邪竜神の巨体に潰され毒沼に呑まれていった。
攻撃の手段を潰され回避されて苛立つように、十三の首が咆える。体当たりをかました二体の竜と龍へは、魔法の砲弾がぶつけられる。
「!?」
のたうち回るフレミールは良い的だった。なんで竜化を解かないのかしら、あの火竜は。
だけど、その強力な魔法弾の大半が制御を失い、逆に邪竜神を撃ち抜いた。
「おのれ……忘却! 邪魔ばかりしおって!!」
レーナがアイナトの魔力を利用して、攻撃を仕掛けたのだ。あれ……わたしもよくやられるからアイナトの気持ちはわかるわ。痛いし不愉快な気分になるのよね。
魔女さんはすかさず魔力制御を行う蛇眼を先に潰す。剣聖アリル、剣騎スーリヤ、女帝シャリアーナ様が追撃する。なんかシャリアーナ様がキッと睨んだ気がするけど気の所為ね。
剣聖アリルが素早く羽を切り裂いて回り、チンピラ冒険者チームのバアルトとダラク、アナートが真蛇眼への攻撃を行った。
「先輩。今のうちにアイナトから距離を取りましょう」
わたしたちには自在に飛び回る足がないので、退避一択だ。あんなのに挑む【星竜の翼】 の連中がおかしいのであって、わたしたちでは死にに行くようなものだ。
アイナトは怒りと悲鳴の咆哮をあげた。死力を尽した膨大な魔力のぶつけ合いも、レーナが逸らしてレガトが抑え込みにかかる。敵にすると手のつけられない親子だわ。
魔女さんに勝つには制御されない膨大な魔力の圧力で封じるしかない。でも魔王さまと呼べるだけの膨大な魔力を持つレガトが、相殺してしまうため、アイナトは打つ手がなかった。
「魔力の吸収しなくとも、あのまま真っ向勝負のほうが危なかったのに」
レガトは俯瞰した様子で呟いている。下にいるもの達を気にしながら戦うのと、地について戦うのとでは負担が随分違うのだ。
太古の蛇神、大地を喰らうものとしての性分として、大地の力に溢れるノヴェルの存在は禁断の果実のように映ったのかしらね。
【不死者殺しの剣聖】 アリルの剣が十三首ある首の一つを切り落とす。強力な再生力を、より強固な結界と浄化の力で封じていた。
邪竜神は翼を捥がれ、鍛冶師たちに尻尾を潰され、首を撥ねられる。太古の蛇神アイナトは、逆転の目を手繰り寄せようと、もがき苦しむ。しかし自らが展開した毒沼が氷の大氷槍となって、邪竜神の厚い鱗の皮を凍らせ貫く。
レーナが魔力を奪った孔を、シャリアーナ様の付人の魔術師イルミアが狙う。氷槍を次々と発生させては穿つ。
同族の血を引くものからの攻撃は堪える様子だ。そして細やかな二人の魔法による連携に対して、高い魔力でごり押しするだけの邪竜神では防御が追いつかなかった。
────アイナトはようやく悟った。有利なはずのこの地に追い詰められていたのは自分だったと。
あまりにも微弱な存在だったために、見逃していた瑕疵。知恵者のモロクは知恵者だけあるのかもしれない。彼は少なくとも滅びだけは免れのだから。
奪われたものたちの呼びかけに応えたのは力のない少女だった。力と魔力が全ての彼らにとっては取るに足らないちっぽけな存在。
それこそが今は双炎の魔女と呼ばれる忘却の魔女の企み。だがそのようなささいな事に、誰が気づけただろうか。
「わたしを封じた……死を司りしものは、すでにこの地にはいないようね」
残る首が一つになった時に、ようやくアイナトはレーナの目的がわかった。そしてこれほどの大敗になったのは、彼女の才能と二つの魔王紋よりも本質である忘却の力。
レーナは最も恐ろしいはずの存在を、自らが矢面に立つ事で隠し続けて来たのだ。最強と最弱の二面を巧みに操りながら……。
レガトの魔力が増大してゆく。ダメージを受け弱った邪竜神アイナトには抗う力など残されていなかった。
最後に魔力を振り絞った真蛇眼による強力な呪殺も、レガトの力を乗せたファウダーの浄化の結界を突破出来ず、最後の一つの首が落ちた────。




