第20話 古き神と偽りの友誼
────太古の蛇神アイナトは自由神よりも古い神の一柱だ。フィルナス世界と呼ばれるこの世界よりも以前にあった、運命の神リーアにより創られた世界で生まれた。
聖龍族と呼ばれる龍族の長が時の神ヨハンとなった頃に、アイナトは蛇眼族と呼ばれる一族の長になる。彼女は蛇神として祀られた巫女神だった。
自由神の傍系の神であるエリダヌス神と近い。この世界にいられるのも、同族達と近しい存在だからだろう。
蛇神を信奉する民は、やはり同種族であるナーガ族やラミア族、幻竜族などをまとめてゆく。そして次第に星竜族や聖龍族と反目するようになった。
自由神の兄であり、災いの神と呼ばれたアルトアのもと、リーア世界の覇権を巡る争いが起きた。兄弟の争いは多くの種族を巻き込み、世界中に広がっていった。
太古の神々による戦いは自由神の陣営が勝利し、敗れた災の神についた蛇眼一族は衰退してゆく。散り散りになった蛇眼族を拾ったのは、人の子であった頃のオリンのいる国だった。
オリンの父、オルトラン・ヴァル・フレール皇帝は、侵略を好む独裁主義者だった。蛇眼族の魔法に長けた能力が、戦いを優位に運ぶ可能性に目をつけ保護したのがきっかけだった。
当時はまだ一族を率いる巫女だったアイナトと、皇女でありながら孤独なオリンとは気が合った。
自国を滅ぼした自由の子らに対して復讐を誓うオリンを支援するのは、アイナトにとって当然の流れだった。
フィルナス世界における戦いで敗れたオリンの残滓が、最後にアイナトのいる地へと向かい頼ったのもそのためだろう。アイナトこそがオリンにかわり、破滅をもたらすものとして力を振るうだろうと知っていたからだ。
英雄、魔人級の能力や邪竜の魔力。そして星をも生み出す星核がアイナトのもとへと届けられる。
失われて久しい力に、アイナトは歓喜した。オリンの築いた世界へ一度は逃げ込み、共に再起をはかったこともあった。蛇の習性さながらに、人々の影に潜んで暮らして来た。その屈辱への復讐心が、アイナトの中に滾る。
脆弱な人族の身体を捨て、アイナトは邪竜の身体に入り込んだ。災厄の邪竜神アイナト誕生により、まとわりつく【星竜の翼】 の冒険者達が吹き飛ぶ。
倒したはずの邪竜が強力になって復活したために、冒険者たちは動揺していた。
◇
レガトと蛇神が話している間に、咲夜と召喚された彼女の両親によってセティウス皇子は倒された。咲夜は面食らっていたものの、母サンドラの喝で覚醒した。
わたしが魔女さんから持ちかけられた約束を果たすのに、誰が適任か考えた時、両親を呼ぶ事を思いついた。
これは無茶ぶりばかりする魔女さんと魔王さまへの対策でもある。おっと、金ダライは落ちないわよ。わたしの魔力で金属化する前に、魔力を枯渇させたからね。
咲夜の父親の立花健一は、勇者召喚に巻き込まれた冴えないおっさんだ。この世界にやって来て、ガウツと言う名前の冒険者となった。
ムーリア大陸のインベンクド帝国で隆盛を誇るラクベクト辺境伯は、このガウツという冒険者の存在なしに語れないと言われている。
ロブルタのギルドにまで伝承が伝わっているくらいの有名人だったけれど、レガトのお父さんや若かりし頃の剣聖アリルを救うために亡くなったという。
彼に子はいなかった。魔女さんはガウツに拾われた子で、血のつながりはなかった。サンドラさんとも行動は共にしていたのに、結局男女の仲になることはなかったそうだ。
まあ手のかかる娘を拾ったせいで、それどころじゃなくなったわよね、絶対。
それを言うと魔女さんに締め殺されそうなので言わないわよ。つまりガウツこと立花健一は、独身のまま死んだはずだった。
魔女さんがぶっ飛んでいるのは、傷心のサンドラさんを癒やす為と、オリンへの嫌がらせの仕返しを考え出した事だと思う。
魔女さんはサンドラさんと変態商人リエラを、ガウツこと立花健一のいた世界へと送り込んだのだ。
どう考えても時間軸がおかしくなる。それに巻き込まれる前の立花健一は、ガウツであってガウツではない。
変態はどうでも良いのだけど、サンドラさんはそれを百も承知で求愛したそうね。愛が重いわ。っていうか、身にまったく覚えがないはずなのに受け入れた、あの冴えないおっさんもおっさんだ。
そうして咲夜が生まれた。いまは二つの世界の血を受け継ぎ、愛する両親の力を借りて、悪しきものの因縁を自らの力で打ち破った。
召喚で両親を呼べるようにした、わたしの粋な計らいに感謝しなさいな。
「憐れな最期だな」
傷ついたわたしを支える先輩が惨めに敗れ、仲間の呪術師にグサグサ刺されて死ぬ姿を見て呟いた。
ケタケタ笑いながら発狂している呪術師ホロンがおかしくなったのって、呪いのせいなんだけどね。
ただ始末するタイミングは悪かった。レガトたちと蛇神の間に膨大な魔力が膨れ上がり、縁あるものや眷属から力を奪い始めたからだ。
呪術師にとどめを刺されて死んだ皇子も、邪竜神に取り込まれ遺骸はあっさり消えてしまった。
皇帝モートもアナートにより打ち倒されていて、やはり邪竜神が吸収したようだ。ネルガルはレガトたちが倒した後に封じたので大丈夫そうだ。
膨大な魔力により変貌し太古の邪竜神となったアイナト。
「さて、わらわの全てをかけて、お前たちから全てを奪い取ってやろう」
レガトが変貌を待っていたことへ応えるように、邪竜神アイナトはそう声を音にのせた。デカい声音のせいで、大気がビリビリと震える。あちらのつくったダンジョンだからか、共鳴しやすいのかもしれない。
────全てを破壊し、殺す。それは邪竜神の中で決定している。
「わらわは誇り高き蛇眼族。破壊の意志に身をやつそうと……な」
全部で十三になった頭は全て蛇眼族らしき一つ目と、二つの蛇の目を持つ。それに巨大な霊樹のような胴体。尻尾も五股に分かれ大蛇の鞭のように冒険者達を狙う。巨体は魔法の八対の大きな翼が浮かせる。
八十Mはあるだろう蛇眼の邪竜神。大地を喰らうその姿に、わたしたちは圧倒された。
分断されていた戦場は、アイナトが力を吸収するためにひとつに集められている。わたしたちや【星竜の翼】 とローディス帝国による最後の総力戦となった。
「ファウダー、母さんと一緒に全員に結界を。サンドラさんは咲夜達とこの娘たちを退かせて下さい」
いち早く動き指示を飛ばしたのはレガトだ。彼の念声でファウダーが我にかえる。
リモニカがノーラ達を、召喚時間がせまるガウツとサンドラが倒れている咲夜と聖奈とホロンをわたしたちのいる浮揚式陸戦車型へ連れて来た。
「全員……ってわけに行かないが、久しぶりに【星竜の翼】の主力揃っての戦いだね」
レガトもまた待っていたのかもしれない。全力をぶつける相手など、レガトも蛇眼の邪竜神アイナトも今後は中々現れないだろうと思っていた。
互いに互いを滅ぼし尽くすつもりでいるのにも関わらず、力あるものとしての根差す信念は同じだった。
「そういう、脳筋思考はリグだけで充分なのよ」
剣聖アリルと剣騎スーリヤそれにシャリアーナ樣が真っ先に飛んで行き、一頭ずつ頭を相手取る。
「君は中で好きに呟いていたまえ。ここは僕が守るとしようじゃないか」
先輩がわたしを戦車内に押し込める。えぇ、どうせわたしは戦闘の役に立ちませんからね。おかげで激しい戦闘の中でものんびりみんなの様子を観察出来たわ。
「ちょっと貴女、操縦の邪魔だから後ろにいなさいよ」
わたしの横で、ヤムゥリ様が浮揚式陸戦車型の操作を行っていた。出撃した小型火竜戦車は戻し、かわりに小型防塞貝を持たせた浮揚式戦車・小型部隊をシェリハが複数台展開させていた。
邪竜神アイナトの呼び寄せた十M級の王蛇が数十体も現れたためだ。
ファウダーの結界とルーネの魔法の作用で、蛇眼による石化は抑えこめていたけれど、壁になる盾が多い方が戦いやすい。
「ワレはお前たちの援護するゾ」
「リモニカ、私はこっちを手伝うわ」
フレミールとレガトの仲間の鍛冶師メニーニがハンマーを構えて援護に入る。最終的な狙いは先輩なので力を奪われないように、戦力を回してくれたのだ。
アマテルやヘケトたち戦闘能力の低いものは浮揚式陸戦車型に乗り込み、咲夜と聖奈と、気を失った皇女ネフティスは魔本の中の寝室で寝かせている。
ヘレナたちは戦車を中心に王蛇を迎撃している。味方が入り乱れているので、正攻法で戦わざるを得ないのが辛い所ね。
レガトも邪竜神も膨大な魔力を放ちながら、まだ遊んでいるようでもある。ダンジョンを築く結界が、二人の魔力に耐えきれずボロボロと崩れていく。
魔人バロール、皇帝モート、大公ネルガル達は街や民を守ろうとしていた。彼らは持ち去る意味で奪うのではなく、侵略し奪う。
どうしてか知らないが、長らくこの地にいるうちに、もう一度やり直そうと考えていたのかもしれない。
逃げた神々達も、全てが奪い尽くしにくるわけではない事はわかった。
ただオリンやアイナトは違う。彼女たちは実りを収穫するまで待っていただけだ。破壊し尽くすために。
星の動きから、アスタルトの帰還も読んでいたのかもしれない。悪しきものが、逆にそれに乗っかたのかもしれない。
「頭一つに邪竜一体分の魔力がありそうね」
宙空を舞う邪竜神アイナトは、頭の一つ一つが強力な魔法と蛇眼の力を用い、予想よりも伸びる頭突きからの噛みつきを行う。あれでは結界も役に立たないわね。
巨体だけに機敏さはないように見えるだけで、実際は速く破壊力は充分ある。靭やかに伸びる巨大な頭部が、対峙する冒険者達を苦しめた。
「ファウダーの結界を侵食している。気をつけろ」
結界が喰われて効果を失っている事をレガトに伝えてやるとすぐに指示を飛ばしていた。
ファウダーの結界は大地の力の恩恵が強い。大地を喰らう力を持つアイナトとは相性が良くないようだった。
「メニーニ、レガト達の援護に回ってあげて」
リモニカが戦車の屋根から上空を睨み、鍛冶師のメニーニへ援護を頼む。
「ここはワレに任せよ。真竜の力を、駄龍や生意気な蛇共に見せつけてやらねばならぬからのう」
フレミールさん、格好いいわね。レガトの仲間の龍族や王蛇に対して格の違いを見せたいらしい。
「ねぇ。貴女も、もう少しフレミールの尊厳を守ってあげた方がいいんじゃないの」
フレミールの誇りなんて、彼女の涙一粒の価値より劣る。でも誇りに満ちて艶々しい火竜から絞る成分は、効果がかなり高そうね。
「考えておくわ。ヤムゥリ様もね」
この二人は調子に乗らせて高笑いしている時に絞る方が効果的なのよね。最近余裕がなくなって来た。この戦いの後は、一度初心にかえろうと思った。
「……って、なにしてるの、あの三人は?」
チンピラ冒険者でティアマトの母ティフェネトは拳闘師なので殴りつけるスタイルなのはわかる。相手が超巨大だろうと、殴りつけるしかない。
もう一人のチンピラ冒険者の黒光する大男のスパーデスまで、邪竜神の身体を殴りつけていた。背中の斧は使わないのかしら。
そして援護に飛んだ鍛冶師のメニーニも、誰かに見せつけるように殴りつけた。
三人の力比べに利用されて、巨大な霊樹の丸太のような、邪竜神の胴体が歪む。
頭と尻尾が大体二十M、なので胴体が四十Mといったところだろう。それを力づくで叩いた所で、厚い表皮と魔力結界に阻まれる。
────グォォォォ······!!
「嘘でしょ……」
何なのあの鍛冶師。ドワーフの血が入ってるにしても馬鹿力過ぎるわよね。
ダンジョンをぶち壊すメニーニの力は、邪竜神の防御をぶち破ったみたい。たまらず五つの尻尾で背に取り付く三名を落とそうとするアイナト。
しかし吹き飛ばされた【星竜の翼】 の仲間たちが次々と戦列に復帰し攻撃を開始する。
結界を破る馬鹿力に活路を見出した【星竜の翼】の一同だったが、怒りにブチ切れた邪竜神により、幾度も弾き飛ばされた。
真眼の輝き。十三の首の根本に大きな真蛇眼が開かれる。巨大な大蛇も、圧死させるのも得意な己が領分で攻撃されるのは、苦しく屈辱だったらしい。
真蛇眼はまとわりつく冒険者達を弾き飛ばしただけじゃない。王蛇をも超える強力な石化、神経へ強制魔力干渉を引き起こす。
結界や防御の弱まったものは、すぐに動き出すのが難しいかもしれない。そして全ての邪竜神の蛇眼がニヤッと笑う目つきをした。
狙われたのは、魔物達との乱戦掃討戦に奔走する地上のわたしたちと────ノヴェルだった。




