第19話 混乱する戦場
リモニカさんの追撃で隙が生まれ、咲夜と聖奈がきっちり皇子にダメージを与えた。、皇女ネフティスには七菜子という娘が何かと一緒に憑依しているようね。
咲夜の筋力……あれは遺伝かしら。力のないわたしとしては、羨ましいかぎりだわ。
「間に合うのかね」
先輩が心配する。聖奈による飛び膝蹴りを食らって、激怒した皇子が動き出したからだ。
「たぶん────大丈夫よ。観察している目が届いたもの」
わたしは急いでローディス帝国皇女ネフティスの身体を調べる。七菜子という娘の魂を掌握し、まとわりつく悪しき怨念を浄化した。
皇女は咲夜たちによって攫われた形なので、裏切りに見えなかったのが幸いした。
邪竜同様に、彼女の体内には防衛機能が組み込まれている。下手に攻撃して刺激しない方が今は得策ね。
気づかれないように三つあるものの中から、二つの魂を奪うのは難しい。まずは七菜子という娘だけでも保護しておく。
咲夜と聖奈は、皇子に取り憑く信吾という男をボコボコに出来たのよね。そのわずかな機会を捨てても助けたかった娘だ。わたしがしくじるわけにいかない。それにしても、たいした精神力だと思うわあの二人。
「わたしを信用して、躊躇わず友達を助けるんだもの。わたしがこれで失敗するわけにいかないわよね」
あえて声に出して格好つけてみた。魔人の勇者と化した皇子は、速く強い。咲夜と聖奈が一歩進む間に五歩詰めてくる。
悪しきものが最後の力を振り絞っただけあって、悪意の判断が早い。二人を絶望させるために、皇子の妹でもあるネフティスを先に殺すつもりでいる。
咲夜も聖奈も、彼女を気にしていたのがわかったのだろう。ずっと一緒にいたから、あの皇子も皇女に七菜子という少女が憑いているのは知っているのはずのよね。
あえて先に殺して嘲笑いたいのと……起こしたいのだ。先輩の時と同じで、まったく成長してないわね、悪しきものはさ。
「でも、もう遅いんだよね」
わたしの魂の掌握の方が早い。それに、勇者はそっちだけのものと思わないことね。
咲夜と聖奈に、下卑た笑みを浮かべるセティウス皇子が迫る。凶刃が皇女ネフティスの首を切り落とそうとした瞬間に、咲夜の身体が輝く。
────ガハハッ、ようやく封印解除じゃ。頭のおかしい小娘、わしの身体の用意忘れるでないぞ!!
咲夜の身体のまま、威張った大きなオッサンの声が響き、凶刃を手甲で強引に弾く。いや声は咲夜なのよね。
「その動き······咲夜ではないな、何者だ?!」
────────咲夜の動きがキレを増し、皇子の身体を再び地に這わせた。
「おのれ、下衆な女の分際で!」
セティウスと信吾、両方の怒りが咲夜へと向かう。
────ガハハッ、わしの体術技を小娘の身体で再現したのだ。ゴブリンキングが見せていただろう!
「エラじい、うるさぁぁい! あたしの身体どうなってるのよ!」
────ガハハッ、わしのとっておきの付与魔法じゃわい! そなたの魔法強化の軽く十倍は強力じゃ!
咲夜につけたあのオッサン……すぐ調子に乗るのよね。魔王様が見てるわよ。
それにしても元皇帝のオッサンによる、身体強化魔法体はうまく言ったわね。招霊君のオッサンの溜め込んだ魔力で、爆発的な戦闘力を咲夜へ付与する。
それでもセティウス皇子の方がまだ優勢みたい。しかし、切り札はまだあるのだ。
咲夜が時間を稼いだことで、聖奈がネフティスの身体を支えて、わたしたちの防衛陣まで逃げ込むことが出来た。
「先輩、パンツを下さい」
「なぜ、いまなのかね」
「聖奈に貸してあげてください」
咲夜に脱がされて聖奈は下半身丸出しだ。自慢じゃないけど、わたしの聖霊人形の再現度は高いのよ。
そして、いつも先輩からパンツを要求するわたし。予備の黒パンツを常に保持してる女王様の先輩。
丸出しよりマシだからと、嫌そうにパンツを履く聖女の聖奈。
「……何をやっているんだか」
戦闘中に緊張感のかけらもないと、リモニカさんが呆れ顔をしてため息を吐いていた。
「────許さん、許さんぞぉぉ!!」
「聖奈にパンツ履かせたのを許さないとか、どういう変態よ」
「ち、違っう! ぐわっ!!」
さすが咲夜ね。わたしの言葉に動揺した皇子の隙を突く。空気を読まず、強化を取り入れた一撃を皇子に入れた。
────的確に、急所を蹴り上げて。
総合力では皇子が上。でも武闘派のオッサンを宿した咲夜は元からの体術センスと合わさって互角に戦えていた。
「君は最悪のタイミングで、心を揺さ振る天才だね」
悶絶して転がり逃げる皇子を咲夜は仕留めにかかる。ため息をついていたリモニカさんも、容赦なく追撃をいれていた。
そうしておかないと、いまだ戦力差はあちらが大幅に上なことを理解してるのよね。
咲夜もそれが感覚でわかっているようで、彼女に憑けた召喚師のおっさんの切り札を使わせる。
呼び出されたのは、彼女の両親立花健一と、サンドラだった。
────焦りを誘発され余裕を失った皇子。彼を助けるかのように、再び邪竜の巨体が冒険者たちと一緒に落ちて来た。ノヴェルやフレミールが急ぎ仲間たちを大地の石柱で守る。
「先輩、みんなを退がらせて。長くは持たない」
わたしたちは押しつぶされる前に集合し、比較的敵の薄い所へと逃げた。
皇帝モートと戦うアナートが、完全に孤立してしまう。邪竜を相手にしていた彼女の仲間たちが、かわりに加わるので大丈夫だと思う。
「咲夜危ない!!」
ドス黒く光る砲弾のようなものが、咲夜に剣を向けて飛んできた。
それに気づいた聖奈が咲夜へ体当たりをして、まともに剣撃を受け切り裂かれた。
「聖奈!!」
わたしたちの避難に乗じて、皇子達の側近も侵入してついて来ていたのだ。
先輩は戻ったヘレナとバステトがついて応戦、ノヴェルに向かう敵の刺客にはフレミールがそのまま側について守っていた。
「……グハッ」
わたしの胸を刃が貫く。背中から現れたのは、救出したネフティスだった。
「あれ、おかしいわね。魂を砕いたはずだったのに────」
わたしが死ねば先輩とノヴェルまで死ぬ。それがわかっていながら懐に入り込んだ悪意へ、無防備に魂を晒すわけないじゃない……。
◇
「────そこにいたんだね。この娘を欺くなんて、さすがは太古の蛇神だよ」
大公を降し、ダンジョン化された別空間からやって来たのはレガトたちだった。
「ふん、白々しい。その娘に出し抜かれたわらわを、笑っているのだろうに」
足元に崩れ落ち、血溜まりの中で倒れるカルミア。皇女ネフティスの魂に潜んでいたものは、忌々しそうに呟いた。
カルミアという少女は弱い。自分自身を庶民と卑下するように、力は人並み以下でしかなく、魔力は中級魔法使い並み。
そもそも敵対した帝国の宮廷へ乗り込むような、英雄級の力など何一つ持っていなかった。
ただし異様にしぶといのは、魂を弄ぶ力があるからかもしれない。
ネフティスと七菜子と二つの魂を保護した彼女は、もう一つ異質な存在に気づいていて、刺激しないようにスッとぼけていたのだ。
またこの時を想定し、自分の魂を首飾りの宝珠と虹色輝星石でつくった擬似星核に移していた。そして彼女を慕う招霊君と呼ぶ霊体の塊と、入れ替えていたのだ。
その証にレガトがカルミアの身体を奪い返し預かっていた首飾りを返すと、あっさり復活した。
「わらわ以上に魂を操るものが、こんな小娘とは……面白いのう。それにレガトと言ったか。どうやってわらわに気がついた」
「そもそも貴女を信奉する眷属がやたら多いよね、この地は。それにアナート以外の封印された者たちが、あなたの支配領域の近くばかりだったからね」
アナートが命がけで逃がしたアスタルトも、この女神により束縛を免れず、魂はこの地から逃れきれなかったのだ。
「空気を読まぬ蠍人と、オリンのやつとさして変わらぬ夜魔どもが邪魔しなければ、わらわの計画はうまくいったのじゃ」
蠍人はともかくレガトの仲間のヒルテのような夜魔族は、自由神が諦めたように呟いた言葉が有名だ。
「自由に好きなように生きなさい」
────と、彼の神が、自由奔放に生きるこの地へ押し込めたとも言われる。
夜魔族は協力的ではある。しかしあてにすると痛い目にあうのがこの種族なのだ。
クソ真面目な蛇神は、この連中を相手に時間を無駄に使いすぎたのだ。
レガトはカルミアの治療をしながら、擬似星核に魔力を注ぎ、魂の虹色結晶をつくる。レガトの造り出した輝きは、疑似星核に真の力を与えていた。
◇
──な、何してるの、この人。嘘でしょ? これって魂の虹色結晶になるの? 素晴らしいわ!
ボカッ!!
「──痛ッ!」
皇女に刺され、倒れたわたしは目を覚ますと眩く輝く魔晶石に目を奪われた。蘇生したものの血が足りないそんなわたしに、拳骨を落とすとか魔王さまは容赦ないわね。
「…………」
何か二人の出会いの一時を邪魔しちゃったみたいで申し訳ないわね。
太古の蛇神は静かに決着を待っている。レガトとの会話は時間稼ぎでしかない。それでも付き合うのが冒険者の矜持だと、わたしはレガトや冒険者たちから学んだ。
「今はそんな場合じゃないでしょ」
戦車の屋根のリモニカさんが叫ぶ。しかし、レガトは聞こえないふりをしていた。




