第18話 逆ハーレム野郎を叩く
業を煮やした皇子は一人愉悦にふけるのを止めて、部下を呼ぶ。あれは暗殺者集団の戦士達ね。それに近くまで来てローディス帝国の皇女の姿もはっきり見えた。
冷めた目をした身分の高そうな金髪女子が皇女ネフティス。そして危ない目つきをした呪術師ホロン。
新手の強者達の参戦で、わたしたちは徐々に押し込まれはじめる。
「バステト、ノエム、アクラブ、ミューゼ、予備兵を投入したまえ」
バステトは黒猫眷属隊を、ノエムはブリオネの子分のタイニーワスプ隊を、アクラブは蠍人戦士団を、ミューゼは吸血魔戦隊をそれぞれ魔本から呼び出した。
追加の増援で、縮められた包囲網がまた押し戻される。押して押されての繰り返し。
焦る必要はないけれど、向こうも奥の手を隠しているような嫌な空気を感じるのよね。
「部隊のものは寄って来る魔物を中心に倒せ。勇者達には敵わぬから逃げたまえ」
先輩が次々に指示を飛ばす。わたしに聞かなくても出来るようになったわよね。これでもうわたしも不要。お払い箱ってやつだわ。
「この状況下でも、馬鹿な妄想を口にするのね」
後部から咲夜が声をかけてきた。味方の側の戦況は依然として不利が続くのを、黙って見てられない性分なのかもね。
「いや、あたしたちには味方も何も、最初はあなたしか知らないし」
おっと、そう言えばそうね。魔王様と対面を果たしても、この娘がどう判断しているのかは今はわからないものね。
「それなら先に伝えておくわよ。あの気持ち悪い笑顔で暴れているのがあなたの世界から来た男の一人よ」
影と化した猫人の眷属や岩のように固い蠍人の戦士たちを、難無く切り裂く姿を見て咲夜は頷いた。
聖奈は逆に震えている。自分を殺した男が目の前にいるからだろう。
「その皇女樣に入っているのも、取り憑いたお友達かしらね」
咲夜と聖奈はそれが誰なのか、佇まいですぐにわかったみたいだ。
「状況が変わった事で帝国側からどう扱われるのか、わたしにもわからなくなったわ。寝返るなら先に出て行ってもらいたいわね。この乱戦の中で、あっちもこっちも裏切りに合うと辛いのよ」
「はぁ──またそれ? この状況で意味わからないしムカつくんですけど」
「どっちが悪いのかなんてわからないけど、裏切るとか言わないでよ!」
わたしの言葉に、二人はなんでって顔をする。そして忙しいのに煩い。
「ほんっと腹立つ!」
「絶対縊り殺してやる!」
なんか二人とも怒ってキレた。旧友に会って感情が昂っているのね。
「あちらも勇者だけど咲夜、あなたも資質は勇者。その態度は良くないわよ」
聖奈も聖女だけど、彼女は雄だし真っ黒だから逆にいい感じだわ。 顔を紅潮させていた二人は口をパクパクさせ……項垂れた。お魚の真似かしら。
「魔女さんからは保護を頼まれただけよ。あなたたちの意思を縛ることは決められてないの。だからせっかく会えたお友達と一緒にいたいのなら止めはしないわ」
ただし……刃を向けるのなら容赦なく殺すわよ。たとえその後、魔女さんや魔王さまに殺されてもね。
「君は相変わらずだな。魂を握っておいて、いまさら裏切るも何もないのだよ」
先輩は呆れたように言う。わたしに何を言っても無駄だと諦めたのか、咲夜と聖奈は皇子の所へと向かった。皇子がそれに気づき、二人に対しての攻撃は止めさせた。
────あの皇子、わたしには容赦なく殴る蹴るしたくせに、ムカつくわね。まあ、二人に手出ししないのは良い心掛けだわ。
「大人しく降伏しに来たのか、咲夜。ははっ、なんだお前、聖奈か。生きてやがったのか」
咲夜たちから見る皇子は別人のはず。なのに中身がゲスいので、信吾という異界での学友だとすぐにわかるのが悲しいわね。鼻の下が伸びて、腰を振って最悪に気持ち悪いわね。
咲夜は旧友の男には、なんか無関心だ。彼女の中には、三人の英霊化した招霊君が憑いているからかな。落ち着いているのが見なくてもわかる。
逆に聖奈は懸命に吐き気を堪えている。聖霊人形の身体にして、魂を隔離していなければ、刻まれた死の間際の恐怖で発狂していたと思う。
二人の反応からわかるのは、皇女ネフティスに憑いているのが二人の知り合いだということだ。勝手にしろとは言ったけど、皇女のために皇子と一緒になるのは、わたしなら勘弁してもらいたいわ。
「咲夜が許すなら、お前も俺様のハーレムに加えてやってもいいぞ。まあ、散々やって飽きたけどな、うわはっは〜」
デカい声なので、聖奈を通さなくても離れた所にいるわたしたちにも聞こえる。
────キモッ、ていうかマジクズじゃん。二人の心の声が同調する。その意見にはわたしも先輩も賛成よ。
皇女ネフティスが冷めた目というか、軽蔑の眼差しで見てる。この娘は皇子とは別の方法で融合をうまく行ったようね。
ただ皇子からの命令には逆らえないみたい。好色なのに妹には手を出さないのは、彼を呼んだものが強制したのかしらね。
乱暴にされて器が傷つけられたり、壊されたりしたら困るから。自分から積極的に戦闘に加わらないのもそのためね。
下卑た言葉で何やら喋る皇子を無視して、咲夜が誰を殴るべきか迷い止まる。
先輩にはバレバレだったけれど、皇女に憑いた咲夜の親友の魂を救うには、わたしかレガトに頼らざるを得ない。
このまま放っておけば皇子に憑いたクズ男同様に、親友の魂は融合先に呑み込まれて消える。そのことについて、咲夜に憑くおっさんが、彼女に教えたようね。
「ホントッ性格おかしい!」
「なんのことだ」
急に咲夜が騒いだので、皇子の下世話な語りも止まった。そして咲夜も、ようやく役目を思い出したようね。
「あたし……あんたの気持ち悪い逆ハーなんかお断りよ」
「ああっ? 逆ハーってなんだよ。相変わらず頭が悪いな」
それについてはわたしも反論出来ないわね。咲夜の目が怒りに燃えた。
「聖奈、見せてやりなさい!!」
「えっ? な、何を?」
「その付いてる部分よ!!!」
咲夜は固まる聖奈の後ろに回り込み、服を手早く脱がした。
「なっ……なにを────?」
咲夜に足を開く形で抱え上げられて皇子も聖奈も一点に目をやる。
聖奈にぶら下がるシンボルに、皇子が驚愕していた。皇女まで冷めた表情を崩し、驚いて顔を赤らめていた。
「他人の趣味をどうこう言うつもりはないけどさ、男同士の睦み合う奴、あたしはお断りよ」
「な──ち、違う! 何かの間違いだ!」
顔は聖奈で身体は男の子だからね。拡げてみるまで区別はつかないのよ。
セティウス皇子が動揺し頭を抱える隙に、咲夜は聖奈を降ろす。そしてすかさずそのシンボルの下から、魔銃で弾丸を撃ち込んだ。
────バンバンッ!!
────バンバンッ!!
隙をついて撃てたのは四発。全て浄化弾にしていた。なかなかの腕前ね、あの娘。
「うぉぉ!?」
予想通り、交渉は決裂したようね。でも魔銃の弾丸は皮膚に傷をつけただけで致命傷には至らなかった。
────ヒュンッ!
咲夜の撃ち込んだあとから、弾丸より速い弓矢が飛んで来た。そして皇子の腕に刺さった。リモニカさんの矢だ。
「いまよ、聖奈!」
何を思ったのか、咲夜が聖奈を抱えてぶん投げた。
「────ハァぁぁ?!」
────ドゴッ!!
綺麗に飛んだ聖奈の両膝が、弓矢を放った相手を見る皇子の頬に見事にぶつかり、ぶっ倒す。全身を駆け巡る浄化の光で、大きなダメージを与えられた。
「戻るよ!」
咲夜はそう叫ぶと聖奈と、驚きっ放しの皇女の手を取って走り出す。
咲夜は頭は良くないかもしれない。でも馬鹿じゃないし、勘が良い。一番有効な攻撃を取って逃げてくるなんて、褒めるしかないじゃない。
その皇女さまの中で、もう一人の親友に何が起きようとも、あなたの勇気に応えてわたしが救い出してみせるわ。




