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錬生術師、星を造る 【完結済】  作者: モモル24号
第4章 太古の邪竜神編

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第16話 開けちゃいけないもの

 邪竜の巨体が、ダンジョン化した大広間に落下してきた。わたしたちの身体はファウダーという結界師のおかげで、地響と大きな揺れに影響されずに済んだ。


 結界がなければ帝国騎士達のように身体が浮き上がり、飛び散る破片に傷つき、割れた地面に飲まれたかもしれない。


「どこでこんな便利な術師を手に入れたのかしら」


 物理的な圧力も和らげ、魔法への耐性も高い。同じ結界でも物理的に高い耐性のあるノヴェルのものと違い、邪気に対しても強いのよね。


 レガトたちはわたしたちを押し上げ、邪竜を避けるための道づくりのために前進していた。わたしたちが先へと進んだ後は、逆に自分たちが入り口を封鎖するためだった。


「リモニカ、みんなを頼んだわよ」


「うん。シャリアーナも、無理しないでね」


 駆け抜けてゆくリモニカにシャリアーナが声をかけ、バシッ──と手を打ちあった。この状況下でもふてぶてしくて、余裕を崩さないのはレガトの影響だろう。


 わたしたちの補佐にリモニカさんをつけてくれるのは、レガトの優しさよね。変な魔人や巨大な邪竜を相手にしているのにね。


 大広間に降って来たのは邪竜だけではない。冒険者(チンピラ)たちと魔女さんや剣聖たち、それに……なんかムグムグ言ってるシルクロウラーの繭がいた。


「──何かあれ臭いし、嫌な予感がするわね。あとは彼らに任せてわたしたちは先を急ぎましょう」


 レガトがわたしの開発した器械兵とオーガを融合させた器械戦鬼士(ヤクト・オーガ)を二十四隊召喚した。


「君の造る器械兵の三倍は強そうだね」


 先輩め、ニヤニヤと嬉しそうに。三倍どころかオーガ兵だもの、十倍以上よ。何せ各々が浄化能力のある大剣、大斧、大槍、大鎚、大盾を持ち火竜砲(フレミール・カノン)と、属性魔法に防御結界を扱う。


「あんなの反則よ。魔物器械兵なんて、魔力バカの魔王さまだから出来るのよ」


 魔力量そのものより、あれはレガトの趣味ね。ゴブリンスタークとかスパルなんちゃらとかいう新種の魔物を自慢してみせていたくらいだ。


 わたしの器械兵の武装を持たせてみたら、格好いいとか思っていそうだ。だって、彼の魔力量なら普通に強化したオーガを呼んだ方が早いし強いものね。


 ────ウワァァァ……!!


 大広間から最後に聞こえたのは、敵兵の叫びでも、器械戦鬼士(ヤクト・オーガ)の雄叫びでも、邪竜の咆哮でもなかった。


 嫌な予感は当たったようね。悲しく怯えた声の主はレガトの仲間、双子の青年ハープの声だ。


 あの繭……開けちゃ駄目なのよ。ファウダーの結界で包んで逃さないようにして、フレミールの火力で完全に焼却すべきだったのよ。


「リエラさんは変態で気持ち悪いけど、あの冒険者をまとめるのに必要なの」


 リモニカさんが後ろを振り返らずに、大きなため息をついた。擁護にはなっていないけれど、必要性は伝わったわ。そして何が起きたのか、彼女も察したようね。


 異様に静かな主宮殿。わたしたちは浮揚式陸戦車型(フロート・イェーガー)を稼働させながら、ゆっくりと奥へと進んだ。


「さっきいた門将とかみたいな、護衛騎士はいないのね」


 フレミールによる奇襲で偉い人が避難するのはわかる。でも門前町や城下町と違って、大広間の防衛体制は整っていた。巨大な邪竜もフレミールを追い払う形で戻って来たのに、この宮殿はどこかおかしい。


「ワレは負けてなどおらぬわ」


 フレミールが強がるけれど、あなた目茶苦茶泣いてわたしを絞め殺しかけたのよ。古竜や古龍って知能高いはずなのに、都合悪い事は忘れやすいわよね。


「……宮殿そのものが罠だというのかね」


 先輩の表情がまた悪寒に震えて青ざめている。魂を舐め取られるような気色の悪い目が見ているそうだ。


 新手の嫌がらせかしら。見つけ次第、その目を潰そう。


 冒険者(チンピラ)たちに後を押し付けてレガトたちが追い付いて来た。魔女さんと剣聖もいる。


 ロズワースの宮廷で待っていたのはローディス帝国皇帝モート、大公ネルガル、宰相のアグレアス、皇太子セティウス、皇女ネフティス、呪術師ホロンといった帝国の中心人物達だ。


「何かしら、この違和感」


 宮廷まで乗り込まれたのに、皇座に座るモートをはじめ、重鎮達に焦りがないのが気味が悪い。


「いまさら力を探るなんて、無駄じゃないかい」


 レガトが大公と呼ばれる男に向かって挑発した。色々好き勝手に暗躍されて怒っているみたいね。出来ればわたしたちも面倒事はこれで終わらせたい。 


 裏で色々と画策していたのが、この大公ネルガルだと、わたしたちも知らされていた。


 ヨボヨボのおじいちゃんを想像していたのに。精悍な顔つきとツルツルの頭以外は、高そうな貴族の衣装に隠れて見えないけど強そうね。


「……舐めるなよ、小僧が。一度は見捨てたとはいえど、我々はお前などよりはるか昔より神座を得しもの。我らの力は、すでに運命の手を超えた」


 ネルガルがそう言い放つと、彼の座る玉座を中心に異空間が広がった。悪しきものと違って、ローディス帝国は築き上げたものを大事にするように見えた。


 邪竜の間もそうだったように、ここもダンジョン化して、宮殿そのものに被害を与えないようにしている。


「ここの連中の美学って、わからないわね」


 対峙すべき敵を前に魔力を向けるのが、防御結界でもなく、攻撃の魔法でもないのだから、シャリアーナ様も呆れていた。


 そのわりに、大地に被害をもたらすような真似をする。


「自分勝手な美意識なんだよ。自分の住まう土地の保全の為に、平気で他所は荒らす輩だ」


 そうはいいつつレガトは仲間たちを待機させて、戦場が整うのを待つ。同感だからではなく、なるべく力を吐き出させて完膚なきまで叩き潰すためだ。


 ────これはレガトも気づいているのね。保護ではなく贄を捧げる為の封陣だって事に。


 嫌な予感と気味の悪さの正体は、長年築き上げた皇帝やら大公の座すら餌にする思考なのかもしれない。


 潔い……そうとらえるのが正しいのかしら。隠れても無駄なので、わたしたちの仲間も全員戦車から出て布陣に加わる。


 ネルガルにより、宮廷がダンジョンのような空間に変わった。そしてそれを待っていたかのように、一つ目多頭蛇エビル・ボアーズヘッドがいくつも湧いてきて、魔法の力場を形成強化し始めた。


「ファウダー、こちらも防御結界を」


 言われる前に、結界師のファウダーは全員に結界を張っていた。この魔法の封陣は、どこに引き込まれるかわからない。彼女もわかっていたようで、先に対策してくれていた。


「グァッハハ、業魔の軍を率いて出でよ!」


 うわっなんかムカつく。黒鰐、蛙人、そして蛇頭の将らしきものたちが出現し、さらに眷属の大軍を呼び出した。一つ目多頭蛇エビル・ボアーズヘッドにより、強化される。


 ここでもまた魔物達による人海戦術で襲いかかった。


「持久戦に持ち込むつもり。薄い所、狙われる」


 ファウダーが忠告している。薄い所というのはレガトたちの事ではないわね。わたしたちの所だ。


「狙いはあくまでも、アストリア女王達だな······」


 ネルガルこそ、この邪なるもの達を統べるもののはずだったが、彼は自らを餌にして、レガトという最大の敵を封じた。


 世間で噂される剣聖アリルさんや、双炎の魔女と呼ばれるレーナではではなく、あくまでも狙いは先輩らしい。


 人数的にはわたしたちの部隊は数も多い。逆に言えば突出したレガトや魔女さんのような実力者がいない事を意味する。


 それをこのツルツル頭のネルガルは良く理解していて、自分自身と邪竜で二強を封じ、弱い所をついたのだ。


「さすがに一筋縄ではいかないって言いたいわけか」


 レガトのぼやきにネルガルがニヤつく。嫌な覚悟を見せられたように思う。レガトたちと違い、ネルガルは後につづくものの為に玉砕覚悟だとわかったからだろう。


「あいつの狙いは先輩やノヴェル……それにアマテルやヘケトね」


 先輩は化け物みたいに強いアナートやティアマトのお父さんバアルトたちの妹、アスタルトの魂を宿すもの。アマテルは神の牛の心臓(アピス・ハート)が狙われている。


 ヘケトは元々ローディス帝国の連中に囚われていたみたい。蛙人のお姫様なんだけど、彼女も何かの鍵になっているのかもしれない。


「それにしても、あの邪竜……先輩の魂を取り込むことで完成するはずだったのね」


 色々と話が聞けてわかった。大公とかいうツルツルは趣味が悪いし、頭も悪いわね。


 だいたい先輩の魂はわたしのものだもの。奪って取り込んだって何にもならない。


「悪しきものの残滓の、最後の入れ知恵か。でも悪意(オリン)はもう力なき錬生術師(カルミア)に出し抜かれた時点で、終わっているのを忘れたのか」


 褒めてるのかけなしているのか、レガトの言葉に、大公の歯ぎしりが聞こえそうなくらい悔しそうに呻く。


 その方向性はともかく、知恵者が知恵者に敗れるというのは、力比べで敗れることより深く魂に疵を負うのよ。バカにしていた相手にバカにされ返すみたいに。


 力比べなら体格差や年齢など弁明の余地もあるでしょうね。でも知恵比べは知識量だけでなく、積んだ経験の深みがものをいうのよ。


 悪しきものは古き悪意の存在。それが生まれてたかだか十数年の小娘に敗れたとあっては、悪しきものの名折れ。その存在意義すら揺らぐ。


「それにこっちもダラダラとそっちの思惑に付き合うわけないだろう?」


 レガトの声に合わせ強い気配が現れる。囲まれかけたわたしたちの包囲を破るように、浄化の光と共に一筋の剣閃が空を切り裂いた。


「アリルさん!」


 レガトの仲間の剣士スーリヤから歓喜の声が飛ぶ。同時にシャリアーナ樣の方は複数の一つ目多頭蛇エビル・ボアーズヘッドから突然炎の渦が沸き起こり、焼失させる。


「時間稼ぎが目的なのだろ。それなら戦局を絞って、付き合う場所を変えればいいのさ」


 レガトは母レーナの機転に感心しつつ、歯噛みするネルガルに告げる。さすが冒険者(チンピラ)たちの主だわね。煽りが手慣れてるわ。


 魔女さんも良い性格しているので、一緒について来ていながら嫌がらせの機会を伺っていたみたいだ。


「おのれ、双炎! どこまでも邪魔立てを」


 ネルガルがキレて化けた。黒輪の頭から大蛇の身体が大きく伸びて、背には六対もの翼と、十対の腕が生えた。


 尻尾側にも、ヒドラのように五本の首が伸びてそれぞれが魔法や、猛毒や麻痺を引き起こす吐息を吐き出した。


「むちゃくちゃね。あれ全部が意思ある頭みたい」


 敵も味方も見境なく暴れるために、対峙する側も油断出来ない。何より宙空に舞い上がり、強力なブレスを一斉に吐き出されると、酸と熱でダンジョンの床すら溶かした。


 わたしたちは魔女さんとアリルさんの開けた包囲の穴から脱出し、セティウス皇子達のいる部隊の前へ対峙する事になった。

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