第15話 ロズワースの門衛
レガトと咲夜たちの話は済んだようね。聖奈を通して話の内容は伝わっていた。魔女さん……母レーナと違い、レガトにとって顔も知らないおじいちゃんは思い入れはなさそう。
でもサンドラさんという女冒険者には世話になったみたいで、その娘の咲夜は大切にしたい様子が伺えた。
レガトの歳下の叔母になることも受け入れたみたい。わたしがレガトの娘にあたる存在だと知って、聖奈が震えていたけれど、この場では言わなかったみたい。
わたしの存在は、まあ反則みたいなものだから黙っておいて正解ね。ただ魔女さんは十五でレガトを生んでいる事実を忘れない事ね。
悪しきものとの因縁を断つための戦い──のあとは、咲夜たちは元の世界に戻るかもしれない。
それまでにリモニカさんやシャリアーナ様がおめでたい話が出れば、咲夜は現役女子高生ながら、おばあちゃんになる。
面白そうだから彼女たちを煽っておきましょう。
「君は異界の知識が無駄に高いようだね」
馭者台に戻るとレガトに見つかり怒られた。わたしの声を聞かなくても、顔を見れば何を考えたのかわかるらしい。
「それで、お父様はこの先をどう進むおつもりなのかしら」
わたしはレーナにより作られたとも言えるので、レガトはお兄様と呼んでもおかしくはない。でも嫌がるようだから、散々放りだして忘れていた娘になってやったわ。
「君の認識はおかしなままなようだね、狂った錬生術師さん」
笑顔で……あくまで他人行儀にゆくらしい。まるで産ませといて自分の子供だと認知しない悪徳貴族のようね。
何故かグハッってレガトがダメージを負った。そういやこの人、もともとは貴族があまり好きではないのよね。そのわりには何人かいるみたいだけど。
「──あの、カルミアさん。そのあたりでレガトを虐めるのを止めてあげてね」
報告のため戦車まで戻って来たリモニカさんに、止められた。────ぬふふ、いい感じだわ。二人の親密さが少し増したわよね。
「ふぉっ?!」
……レガトにかまけて先輩を放置したので、わたしは横から首を狩られ呻いた。先輩の相手は後でするので今は邪魔しないでほしいわ。
レガトに対する、魔女さんの思惑なんか知ったこっちゃない。それに対抗のシャリアーナ様には、きっちり皇帝の座について資金援助を円滑にしてもらわないといけない。
わたしとしてはリモニカさん推しなのよ。美人なのに薄幸そうな所や損な役回りをしてそうだからね。
リモニカさんの報告にあったように、【星竜の翼】のメンバーに守られた浮揚式陸戦車型は貴族街を過ぎ、主宮殿の入り口まで到達していた。
気味の悪い事にロズワースの城塞町は、主宮殿に向うにつれて人の気配が徐々になくなったという。
「歪な空間のようね。邪竜のせいかしら……嫌な魔力臭がする」
ロズワースの宮殿は歴史を感じさせる建物が並んでいた。その見事な彫刻の拵えられた柱一つ取っても、長い時の物語を感じさせ、雄大さを誇るようだ。
これは悪しきものの同種ってことね。そして宮殿のある貴族街内部には巨大な空間があった。
「────これは、ダンジョンか」
帝都の中心、主宮殿にダンジョン。それも迷宮ではなくただ巨大なだけの広間。中央に見える台座は、邪竜が鎮座する場所なのかしら。
その広い空間にポツンと一人で立つ男の姿が見えた。実体はないので魔法による幻像ね。
漆黒のきめ細やかな金の糸による刺繍の施された上衣をまとい、指にはいくつかの魔道具の指輪と、希少な宝石のついた高価な指輪をつけている。
身なりの良さから、宮廷のかなり身分の高いものとすぐにわかる。身ぐるみ剥いで、資金の足しにしたいものね。
「────ようこそ【星竜の翼】の諸君、それにロブルタ王国の皆様」
「ずいぶんと丁寧なんだね。それに、酷使が過ぎる」
レガトも男がそこに立つ理由と、邪竜が鎮座する理由を察したようね。彼らは門番でもあるのだろう。
「私はメスラムを守りし門将ターエアル。貴殿らがこれ以上先へと進むことは許されん」
待機させていたと思わしき、帝国軍の精鋭騎士が一斉にわたしたちを囲んだ。
「気をつけたまえよ、このダンジョンにいくつかの通用口がある」
先輩が注意を促した。この規模の広さを確保し、邪竜の存在維持のためのダンジョンを築いたようだ。
ノヴェルの一族の持つダンジョンメーカーの能力が、この地でも浪費されていたと知ることが出来た。。わたしは……さすがに怒りを覚えた。
国を滅ぼされたドヴェルガー達は、みんなが王家に従ったわけではなかったと思うのよね。国を滅ぼす原因は王家にあったのだから、逃避行にまで偉そうにされたくないもの。
ノヴェルがいれば、少し状況は変わったのかもしれない。でも彼女はフレミールに保護されて、ダンジョンを彷徨う事になった。
一人彷徨い続けるのは可哀想。でもそのおかげで地上に戻って死なずに済んだ。
きっと帝国へ赴いたもの達は捕らえられ、酷使され消えていったのだと思う。招霊君たちから、そんな話は沢山聞いた。
そしてノヴェルほどの才能はなくても、ドヴェルクだけは飼い殺しのように使われたのだ。
外に出たレガトがこちらの様子を見る。このダンジョンがどうやって作られたのか、彼も確認出来たようだ。
「前面は僕らが受け持つ。アストリア、君たちは後面を頼む」
敵の精鋭は魔法も得意とする魔導騎士だ。全体魔法による強化がいくつも付与されている。それにレガトたちの円陣を崩すため、弱体化の魔法をかけて来て、いくつかの小隊がこちらに向かって突撃を開始した。
「ファウダー、防護結界の強化を。リモニカ、アナート。君達はノーラ達のカバーと上方の注意を」
ノーラというのはレガトが世話になっている辺境伯の娘ね。剣の腕前はヘレナより弱そうだ。逆にアナートと呼ばれた女偉丈夫は化け物ね。
「────嘘でしょ?!」
この帝都ロズワースの地にいた招霊君が、とんでもない事実をわたしの耳に囁いて来た。
「どうしたのかね」
先輩がわたしの隣で怪訝そうな表情を浮かべる。駄目ね、いまは目の前の戦闘に集中しよう。
レガトたちとは別で、わたしたちも敵兵士の迎撃に出る。
「ヘレナ、バステトはアクラブたち蠍人の部隊で左側の迎撃を。ティアマトとエルミィはミューゼたちと右を任せたわ」
メネスとシェリハは戦車の後部をヤムゥリ様と守る。フレミールはノヴェルと上部を警戒する。
咲夜達にはわたしの錬金術部屋でアマテルやヘケト達を守らせた。隔離されているとはいえ、魔力次第では、放り出されるかもしれないからね。
嫌な時には嫌な事が重なるもの。ゾワッとした嫌な気配に先輩が身震いした。これはあれね、邪竜が復活したのね。
予定より早く到達して来たのは、因縁あるものたちのせいだ。冒険者たちが、邪竜と共にやって来る。
敵も不意討ちを狙って巨大な邪竜を呼び寄せたのでしょうけど、こちらも魔女さんたちが乱入しそうだ。
「アストリア、カルミア。君たちは邪竜が降って来たら咲夜達と先に主宮殿へ行け」
接敵中にも関わらず、余裕ある顔でレガトが伝達をしてきた。五千の帝国騎士兵も、敵ではないようね。
「あんなデカいのが、ここに正確に落ちてくるのかね」
遮蔽物のない広場に墜落すれば、相手も無傷では済まない。こちらはそれを狙いたいわよね。でも、あちらもそれを避けようとしないのは何故なのかしら。
「──あぁ、馬鹿な連中と一緒だと思う」
レガトは剣の腕も立つのね。わたしたちとの会話を美声君で伝達しながら、近寄る敵を簡単にいなしていた。
「あいつらも来るのね。まとめて始末した方がいいんじゃないかしら」
「ここでは勘弁してやってくれ」
後面を請け負いつつ、わたしたちはレガト達の誘導で主宮殿の近くの入口まで徐々に移動した。
敵も邪竜の巨体に巻き込まれまいとしながら包囲を行う。でも騎士達の突撃は、一撃離脱を基本にしている。帝国のそうした戦法を利用して、レガトはわたしたちのために道を作ってくれた。




