第12話 カルミアの正体 ① 成長の証は全員分あるのよ
隣国の冒険者が襲撃をかけたり、火竜が城壁を破ったり、帝都に眠る邪竜が目覚め雪崩を引き起こしたり、巨大牛人が押し寄せたりと、大混乱に陥る帝都ロズワース。
そんな中で、わたしたちロブルタ側へ進軍して来たはずの元第二皇子、今は皇太子となったセティウス 皇子が逃げ帰って来たのをレガトたちは確認していた。
ローディス帝国内の後継者争いのためらしい。帝都の混乱と敗戦の責任は、先に防衛を務めていた第一皇子ウシルスにあるのは明白だ。
もしセティウス皇子が兵をまとめウシルス皇子の救援に入っていたのなら、レガトたち【星竜の翼】 は挟み撃ちに合い、苦戦していたと思う。
そんな戦闘の渦中に、わたしたちも合流し乱戦の最中に無事でいられたかどうかわからない。もし彼らが協力して【星竜の翼】 を撃退すれば、手柄の大半は第一皇子ウシルスのものとなっていたわね。
成果を得る事なく敗走して来たセティウスと功を成したウシルス。どちらが次期皇帝の座に相応しいか、評価は反転するに決まっていた。
「抜け目ないというか……そういうやつよね、あの皇子」
魔法学園に留学生としてやって来た時から全く変わっていない。おそらく帝都の民の事など、これっぽちも考えていないのがわかる。
敵であるわたしたちやレガトたちならば、無視しようと文句言われる筋合いはない。
「それは、ローディス帝国の首脳陣も同じようだな」
ローディス帝国の帝都ロズワースは、アーストラズ山脈へ向かうように出来た階段みたいな都市だ。
他国のものや一般人の多い門前町、帝都民の多い城下町、帝国兵など下級貴族などの城塞町と上がってくる形になっている。
フレミールが城壁をぶち抜いた、宮殿などのある貴族街は都市の地理的には最上段に位置する。
城壁の綻びはフレミールより、邪竜による雪崩被害もあるみたい。守護竜が町を破壊するなんて、なんのために守らせていたんだろうって思うわよね。
そのためなのか、城塞町の中程から先は完全に封鎖されていた。近づくものは帝都民だろうと追い返すようだ。
この辺りではまだ、戦闘もないはずなのに、積み上がる遺体の数が、異様な厳戒態勢を物語っていた。
「逆に入り込んでしまえば休息も取れそうだな」
図々しくわたしの座る馭者台の左隣に座るレガトが呑気なことを呟いた。右隣には先輩が少し不満気に座る。いつもの席を取られたからね。
帯同する【星竜の翼】 の冒険者たちは浮揚式陸戦車型の周りを警戒しながら歩いている。かわりに彼らが保護している蛙人の姫たちは戦車内に預かっていた。
一応……安全地帯を確保するまでは、お互いに顔合わせ等は避ける事になっているのよね。わたしもレガトも自慢の仲間たちを紹介したくてウズウズしている。
それに……レガトが気にしているのは咲夜だろう。いや、レガトよりも彼の母である魔女さんの方が煩そうね。
レガトはわたしの隣の先輩をジーッと見る。あんまり露骨に見ると、噛みつくわよ、この先輩。
「────グエッ」
照れた先輩に首を狩られた。魔王さまを前にして、先輩の度胸の良さは尊敬するわ。
「その……魔王さまっていうのをやめてほしいかな」
はっ……何を言ってるの、この魔王さま。母親の魔女さんが可愛く見えるくらい底無しの魔力をみせておきながら、普通の冒険者として扱えなんて無理に決まっているじゃない。
わたしが何か言いかける前に、先輩の腕がキツめに入る。意識は狩られていない。魔王さまの言い分を黙って聞けといいたいようだ。
「中々よい信頼関係を築いているようだね。助かるよ」
「この娘が騒ぎ立てる理由を、知っているのだろう。彼女には邪魔をさせないから皆に聞かせてやってくれたまえ……よ」
「言葉遣いは、素でいくとしよう。僕もシャリアーナ達には敬語など使わない。畏まった言葉遣いは苦手だからね」
それほ魔王さまだからだ、そう思ったけれど、先輩の腕に力が入る。うぅ、やはり危険だったわ、魔女さんの息子は。あまり身の上を話されるのは嫌なのよね。
みんなは知りたいようで「カルミアは黙って」 と美声君を通して伝わって来た。うぅ、魔王さまにみんな魅了されたのね。
「アストリア女王。まず尋ねたいんだが、その装備の数々は、その娘が開発したのかな」
魔王……レガトの引っかかるような問いに、どう答えていいのか先輩が少し躊躇う。事前に先輩と二人で決めていた事だ。【星竜の翼】 のリーダーの実力を測るために。
先輩の正体を見破るようなら、わたしが彼の事を魔王呼ばわりする理由も納得してくれるはず。
帝国軍二十万の滞在する帝都に、あんな人数で攻め込む冒険者がまともなわけないと力説したのよ。
「彼らより劣る戦力で、同じ事を企んだ君に言われてもね」
正論眼鏡エルフに論破されたけれど、これでわかるはずよ。
「ああ、僕はその娘と同じで魂を見ることが出来る。君が隠そうとしている英霊の魂もね。君はアルラウネのルーネという娘だろう? 声はその伝声の魔道具か」
一見すると人間と見分けのつかないくらい精巧な聖霊人形。その中でも先輩ベースの星霊人形は魂まで先輩の複製を使っている。
ロムゥリには先輩とヤムゥリ様の影武者を置いて来ている。それらも星霊人形をもとに作られているので、見分けはつきにくいはずだった。
そして今、わたしの首を狩りかけている先輩も魂の輝きが巧妙に隠されていた。魂は一部が擬似的なもので覆われ、特定を妨げている。
肌に吸い付く全身スーツ、黒パンなどの下着類は目的の用途以外に、隠蔽や幻惑の効果がある。さらに衣服が認識を阻害し、口や耳や頭飾りにも魔道具による誤認処置が施されていた。
疑似の魂とルーネが乗り込んでいても、レガトの目は誤魔化せなかった。驚いているのは、わたしの錬金術部屋にいるみんなの方だ。ずっと先輩を先輩と認識していたのだろうからね。
レガトは魔力量ではなく、わたしと同じく魂を見ることも出来る。それでは小細工が通じないはずだわ。
「ここまで錬成、いや錬生か。精巧な人形を作るとなると、相当な対象の情報が必要なはずだ。その……彼女が、かなり迷惑をかけたんじゃないかな」
「────!!」
みんなの視線が痛い。ルーネの操る先輩人形を通して、わたしの顔が映写器に映されているのがわかるからだ。
きっとわたしの机の後ろの扉を見て、ワイワイと騒いでいるわね。あの中の部屋には、エルミィの成長の証のように、仲間たちの成長の記録と素材が満載だからね。
先輩のものに関しては断トツに多く、種類も幼少から成熟豊満型、男性型優男風からゴリマッチョなごっつ君に至るまで豊富にある。
そしてわたしの服の中に隠れている小人姿の先輩が、「いつの間にそんなものを作っていたのかね」 と、心の中でわたしに向かって抗議の声をあげていた。
「君達……なんだかややこしい状態のようだね。責めてるわけじゃないから誤解しないでほしい。何よりその娘は────僕の娘のようなものだからね」
「────えっ?!」
またもやみんなの声が驚きで重なる。だから嫌なのよ、魔王さまの身内に扱われるの。わたしにはこの人や魔女さんほど魔力ないのに。
「カルミアうるさい!!」
ぐっ、みんななぜか魔王さまの話を聞きたがる。先輩までわたしの胸をチクッと抓って、わたしを黙らせた。
────咲夜に憑けた術師は、ノヴェルについていた術師だった。彼の記憶を見た時に、わたしは自分の記憶を探る事を思いついたのよね。
わたしは幼少期の記憶がなかった。田舎の領主街の小さな雑貨屋と、冒険者の記憶から始まる。
記憶喪失でもなんでもないなかったと知ったのは、魔女さんに事実を告げられてからだ。
幼少期を過ごした時間など、初めから存在しないのに、記憶があるわけないじゃない……そう魔女さんに言われて理解した。容赦ないわ、あのおばあさん!
────ガイィィン!!
「────痛ッ」
わたしの頭に金ダライが現れ、頭を打って消えた。落下を待たない魔力操作がどうなってるのか知りたい。
レガトが咄嗟に衝撃を消してくれたので、拳骨くらいの痛みで済んだ。中々いい人じゃない、魔王さま。
「カルミア、少し黙っててくれるかな」
ああ、やはり親子ね。二度目はないぞって無言の圧力が凄まじいもの。それにしてもどうななら、もう少し筋力が欲しかったわ。
「────ずいぶんお若く見えるが、説明したまえ······よ」
先輩が元の姿に戻って、レガトに説明を求めた。わたしはルーネの操る先輩人形に首と口を塞がれて、人質に取られたお姫様のように黙らされた。
あれ、違うわね。これってわたしが悪ものみたいな扱いになってないかしら。




