第11話 合流
魔本の中に逃げ込んだは良いものの、わたしたちは異空間の箱の中に閉じ込められた感じなのよね。
わたしとノヴェルの魔本は転移と違う。異空間であるダンジョンに出入り口を使って出たり入ったりしているだけ。だから出口は用意してある。
「出ていかないと、不味いのではないかね」
お風呂で一汗流してさっぱりした先輩がわたしに纏わりついて来た。戦闘の真っ只中でお風呂に入るとか、この先輩はやっぱりおかしいわ。
「君のせいで酷い目にあっているのを、もう忘れたのかね」
忘れてはいないわよ。ただ状況を考えると……ね。
「何があったのか、言ってみるがいい」
さすが先輩。戦況の展開把握が早いわね。わたしたちが戦車ごと入った入口は、邪竜がいるので戻れない。というかわたしたちは邪竜に魔本の空間ごと飲み込まれてしまったのだ。
「どういう理屈なのか、皆にもわかるように説明したまえよ」
巨大な邪竜の腹の中で、お風呂に入って素っ裸の先輩を想像すると────何ともくるものがあるわね。
「この魔本のダンジョンって、地場に結びつかない空間で漂う船のようなものなんですよ」
入口と出口を結ぶ事で、繋がりを保っている。あくまでわたしの予測だけど、フィルナス世界に誕生するダンジョンは様々なものがある。
でも大きく分類すると、二つのタイプがあるねよね。フィルナス世界に根ざすものは入口だけで、出口を必要としない。
この世界に根付いている通路みたいなものね。ロブルタのダンジョンのように、鉱山系はこのタイプが多いんじゃないかな。
もう一つはよそのものが繋げたものだ。突然世界が変わるのがわかりやすい例よね。こちらから見て入口がフィルナス世界、出口があちらの世界になるものだ。
魔本のダンジョンはその点から見て、浮いちゃてる状態なのよね。出口を設置していなければ、このまま邪竜のお腹で消化されていたわね。
「つまり入口としていた扉が、フィルナス世界から離れてしまったために、邪竜に上書きされたというのだな」
「要約しなくても結局はそういう事ですよ、先輩」
「そのわりに冷静なようだな。取り込まれたようなものなのだろう?」
「ええ、そうですね。厳密には出口は別に設置したので問題ないのですが」
出来れば行きたくなかったのよね。魔女さんからノヴェルのダンジョンメーカーについて、散々脅されたので、保険を用意しておいて良かったわ。
航海の冒険に出た途端、おっきなデカブツに丸呑みされるなんて、当たり前にあるのが、この世界なんだと改めて思い知らされたわ。
地場に紐づけるように邪竜に捕らわれたのは、この巨大な邪竜の正体に関係があると思うのよね。詳しい囚われ方は正直な所、わたしにもわからない。このまま何もしないままだと、魔本ごと魂が吸収されるだろう。
「気は進まなないけれど、ここから脱出するわよ」
わたしたちのいる魔本の出口……それは【星竜の翼】 のリーダー、レガトの所だった。魔女さんが預けたらしい。わたしは会いたくなかったのよ、魔王さまなんかに。
わたしたちが魔本を通じてレガトのもとへやって来ると、ちょうど彼の戦いが終わる場面だった。
もの凄く奇妙で怪しい一つ目の男を、涼しげな顔で封印していた。黒魔眼珠とでも呼ぶのか、禍々しいのに興味深い品か、レガトの手中に収まった。
「エグい趣味ね。でも黒光りする怪しい素敵な輝きだわ」
開口一番、わたしが初対面の青年にかけた言葉がそれだ。なんていうか、王子さまのような人なのに、かっこいい感じがしない。
先輩と同類なのかもしれないわね。確か魔女さんの実の息子のはずだわ。 あの魔女さんにおばさんって心の中で毒突いたりしたけど、この息子をいったい幾つの時に産んだのよ。
あの魔女さん自体も、わたしたちと大して変わらない年齢に見えるのよね。
「────初めまして、ロブルタ……いやロムゥリのみなさん。僕はレガト。冒険者クラン【星竜の翼】のリーダーをやっているものです」
わたしの事を無視して【星竜の翼】 のリーダーのレガトが自己紹介を始めた。
双子の冒険者が、ハープとホープ、弓使いのリモニカ。孤児院の子供たちで【星竜の翼】 の最初期メンバーが集まっている。
剣聖や皇女に目が行きがちだけど、ロムゥリの街の商業ギルドマスターとしてスカウトしたアミュラさんに、炎の剣騎師スーリヤなど、隠れた実力者がこの冒険者の中に集まっている。
「僕はアストリアだ。このカルミアの親友であり主である」
先輩はわたしがおかしな事を口にする前に、首へ手を回して来てロックした。ロブルタでもロムゥリでもなく、わたしの親友アピールが先とか女王様としてそれは間違いな気がする。
レガトのヤバさに先輩も緊張したのか、いつもより首の締め付けが強いのよ。お風呂あがりの良い香りの中、わたしは意識を手放しかけた。
「噂の英雄女王の話は聞いているよ。いや、その娘の奇行は聞いているから、好きにさせてやっていいさ」
「ならば仲間を少し紹介させていただくとしよう。僕の護衛騎士ヘレナと、姉妹国のバスティラ聖王国のヤムゥリ女王。それにリビューアの牛人や馬人たちの長を務めるアマテルだ」
ヘレナは護衛として真・火竜の兎武装を着たままやって来た。
エルミィたちはまだ戦車内に待機している。【星竜の翼】 への警戒ではなく、敵地だからだ。この空間だけ時間の流れが止まっているかのように静かなのよね。これだから魔力長者の魔王さまは嫌味なのよ。
「……邪竜の悶える声が聞こえたけど、何をぶつけたんだい」
遠くからまるで嵐の前の空のように、異様な呻き声が響いている。邪竜なのに、鼻がぁ、鼻がぁ〜、と嘆く竜言語がまだ聞こえるそうだ。レガトはわたしを見る。わかっていて聞くのは癪に障るので無視よ。
「────強い臭気と刺激で嗅覚を、魔力酔いで魔力感知を鈍らせるものをぶつけたのだ。粘着するので剥がすまでは苦労する。考えついたのは彼女だ」
先輩がわたしの頬を抓りながら仕方なさそうに答えた。危険なのでヤムゥリ様とアマテルは退らせた。悠長に会話している間も、レガトの仲間が帝国騎士達とやり合っているのよね。
「強力な魔人はこの通り倒した。こちらと君たちの他の仲間は後で紹介し合うとして、場所を変えようか」
いまは悶え苦しんでいるけれど、立ち直って怒り狂った邪竜が来る前に、移動をしておきたい。邪竜が狙っているのは、先輩だとレガトは告げた。
「……彼女たちはあのままで良いのかね?」
先輩は、のんびりと会話を交わす時間を作ってくれている、レガトの仲間の一人を指で示した。
先輩と同じ美しい金髪の女性と、ごっつ君よりも大柄な戦士らしき男、それに魔力の飛び抜けて高そうな女性がいた。
従者の特徴や伝承も、人気を箔す物語として伝わっている。おそらくあれが皇女シャリアーナだろう。
冒険者、そして仲間だからとはいえ、ムーリア大陸一の版図を持つインベンクド帝国の次期皇帝候補に、露払いのような役割をさせていいのかと、先輩も不思議に思ったようね。
「ああ、彼女達は後で紹介する。いまは安全確保が最優先だからね」
レガトはチラッとシャリアーナ達に目をやるだけだった。何となくそれで察したわ。あれは冒険者達と同類の脳筋。見た目や立場は、先輩と似たようなものでも、性格は真逆なのかもしれない。
「彼女なりに苦しむ理由があるのさ。君たちになら、そのうち話してくれるよ」
暴れるにも理由があるものなのは、わたしにもわかるわ。少なくとも敵兵を容赦なくぶった斬る姿勢は、悪くないと思った。




