第10話 星竜の翼の英雄たち
【星竜の翼】 側の話となります。
【星竜の翼】 の冒険者たちは、ロブルタから見て東にあるムーリア大陸からやって来た。
リーダーのレガトが八歳の時に作ったパーティーの名前をそのまま使い続け、クランを結成──ギルドを成すまでに至った。
【星竜の翼】 では、近隣の大陸にも名声が届く冒険者を何人も抱えている。
特に有名なのは【不死者殺し】 剣聖アリルだろう。ムーリア大陸一の大帝国の皇帝に見初められた美貌の持ち主だ。
数万の不死者の群れを、たった一人で切り倒した伝説は、人々の記憶に新しい。名ばかりの英雄級の多い冒険者の中で、彼女こそ現役最強の英雄であると語るものは多い。
次に頭角を現したのは【インベキアの至宝】 と民衆に慕われるシャリアーナ皇女だろう。
【星竜の翼】 の発足初期に加入した当時の立場は、ロズベクト公爵の三女。年の離れた兄達の冒険譚に憧れて、レガトのパーティーへ加わったのだ。
冒険者としては新ダンジョンの発見や未知の領域の探索、施政者としては帝国を巡る陰謀を防ぎ、現皇帝の信頼を勝ち得た。
養女として皇室に入り、次期皇帝の座を任されるのでは……そんな噂の絶えない女丈夫だった。
【神謀の竜喚師】 カルジアについては語るまでもないほど名が知れ渡っている。【星竜の翼】 の中でも突出した戦力のあるパーティーを率いる召喚師だ。
古龍、竜魔、グリフォンなど強力な魔物を使役する他、何人もの魔人を従えている。
一説にはトールドの砦町の商業ギルドマスターでパーティーリーダーを務める女商人リエラや大勢力を誇った神教の盟主まで召喚対象だという。
各ギルドに一人はいると言われる金級冒険者。大半は栄誉的な側面も大きく、実力不足のものが多い。
しかし【星竜の翼】 の冒険者達の実績は逆だ。偉業に対しての評価が低すぎると各方面の関係者から苦情が出ている。
声をあげた殆どの者が、新参と舐めてかかった同業者や、雇い主達だ。吸収されたものはまだ幸せだ。身の程知らずに突っかかって、身を滅ぼした上級パーティーは数えきれない。
その要因の一つは彼らのリーダーにあるのかもしれない。癖が強く世界的に名の知れた仲間達に比べて、ギルドマスターとなったレガトについては、あまり知られていない。
アリルを知り、シャリアーナを知るのにリーダーの名を知らないのは少し異常だった。レガト自身が功績や手柄をシャリアーナやカルジアへと譲ったためと言われている。
インベンクド帝国西部の貴族達は【星竜の翼】 が切り拓いたガウートの街の建設と、リゾート地における別荘地の購入にこぞって参加した。
それはレガトこそが英雄達を束ねる真のリーダーだと知っている上での投資行動に他ならない。
「レガト、帝都のアーストラズ山脈側から煙があがったよ」
ローディス帝国へ殴り込みをかけて、帝都に乗り込んで来た【星竜の翼】 のレガトを始めとする冒険者達。彼らも帝都奥から聞こえた咆哮、そして火の手が上がるのを確認した。
レガト達が敵兵に囲まれている場所は、まだ帝都の門前町に過ぎない。帝都の実質入り口になる城塞街まで、まだまだ距離があるのだ。
敵対してしている帝国騎士達は、混乱していた。暴走する巨大牛人の群れに加えて、恐慌に陥る自国の軍が入り乱れ指揮系統が麻痺したせいだ。
屈強な騎士達を普通に運用していたのならば、彼らもここまで取り乱さなかったかもしれない。騎士達に掛けられた軍団魔法の弊害だと言えた。
遠距離魔法を警戒しながらレガトの仲間のホープが空を飛び、偵察を行う。帝国軍の動き、帝都に現れた狼煙の原因の火竜の姿を捉えた。
邪な気配と、飛び出す巨大な影もその目に捉えていた。
「どうやらあちらも彼女達の動きを追えていなかったようだね。混乱に乗じて僕らも行くぞ」
レガトは噂の少女達の突飛な発想に、苦笑いを浮かべた。火竜がいるとはいえ【星竜の翼】 のメンバーと比べると、ロブルタ……いや新生ロムゥリ王国の戦力は相当劣る。
それなのに真っ先にローディス帝国の帝都に乗り込み、帝国首脳部と、最強の守護竜に喧嘩を売るためにやって来るのだから頭がどうかしているとしか思えない。
ホープの空中からの偵察で合流してきた新手の騎士達の内、装備の豪華な一団が城塞側へと向かうのがわかった。レガトは機を逃さず、追従するように帝都へ向かう。
今なら火竜の騒ぎと巨大な邪竜の姿に目がいき、門が開放されている。帝都の民が騒ぎで逃げ惑う中をゆけば、労せずに進めるからだ。
「大胆に、測ったようなタイミングね」
戦闘を放棄し、避難民に紛れて走りながらシャリアーナがぼやくように呟く。せっかくこっそり侵入したのに、自分達から居場所を晒すような真似をする意味がわからなかったようだ。
「多分……裏手からの守りが思ったより堅いから、城壁ごとぶち破ったんだろうね」
アーストラズ山脈が魔境の為、表側より固い守りになっているのだろう。それに宮殿は山側にある。強固な守りになるに決まっていた。
「測った上での行動だろうね。母さんが示唆したとは言え、災厄を引き起こすタイミングは天才的だよ」
レガト達は部隊を二つに分けて帝国へ侵入している。レガト率いるチームは南部から、剣聖アリルや竜喚師カルジア達は北東部から攻め上がって来ていた。
一時は巨大牛人達に押し込まれたものの、アストリア女王達の機転で戦況が変わった。
ロムゥリのメンバーが行方をくらました日時と、現在の日にちを考えると、預けた娘達を鍛える名目で時間調整でもしていたと考えられる。
「錬生術師カルミアか。彼女は相当な切れ者だよ。それを使うアストリア女王の器もね」
母レーナが構うわけだと、レガトはロズワースの惨状を目にして納得する。
期せずしてこちらへの到着の合図になった。合流する帝国騎士団同士の混乱と猜疑心が、より深まる助けになり、最高の陽動となっていた。
帝国軍の注視する相手が変わった事で、今度はこちらが動きやすくなったのは間違いない。
敵の防衛の主力があちらに集まる間に、レガト達は難なく城塞門を突破出来たのだった。
帝都の大門をくぐり中へ入ると、すでに腰の軽く逃げ足の速い行商人などが、城塞街まで到達していた。帝都ロズワースの門前町での戦闘の報告は帝都民も耳にしていた。
帝都から逃げ出す事が出来なくなって、助けを求めて城塞街へと人々が殺到したのだ。
人々は守備兵に止められ激昂したり、泣きそうに喚いている声が響く。逃げても構わないが、宮殿側でも火竜の出現した話を知らされたようだ。
また伝承でしか知られていない巨大な守護竜との戦闘が起きていて、巻き込まれて死ぬ可能性があると言われたらしい。
帝都の宮殿に四十Mを越える火竜、帝都の外に逃げても巨大な牛人や大軍同士の争い。
一瞬で訪れた災厄に途方に暮れて、城塞街は地に膝をつき項垂れる人々で埋まった。
もっとも彼らの大半は自国が戦争を仕掛けた事や、後継を巡る派閥争いがあるのは知っていた。
しかし災厄は常に他国のもとに起きるものであって、自分達は安全だと信じていたのだろう。
まして国境での諍いならともかく、予兆も前触れもなく災禍が帝都を襲うなど悪夢を見ているとしか思えなかったのだ。
もっと言えば、攻められ逃げ惑うのは旧ロブルタ王国の側であって自分達は大丈夫だと、安心しきっていたというだけだ。
「火竜を特攻させて、これだけの戦局を作り出すのだから、迎え撃つ側はたまったものではないよね」
レガト達は走るのは止めて、難民を避けるように街の中心を進む。ホープの偵察で火竜は城壁を破壊した後、即刻退散している。
遠目の魔法で最後に見たのは、巨大な邪竜が雪山に墜落して悶絶する姿だったそうだ。
火竜を引かせたのは、こちらの動きに合わせて直接乗り込むか、陽動に回るのか自由に選択する余地を残したのだろう。
英雄女王か錬生術師か。どちらの考えかよくわからないものの、レガトにはそのしたたかさが好ましく映った。
ただ……あの邪竜は彼女達だけで倒すのは難しいし、危険だ。やれる事だけやってこちらにいつでも逃げて来られるように、レガトは母レーナから預かっている魔本の入口を開いておいた。




