第9話 チンピラ冒険者の主の殴り込み
前半部分はローディス側のお話になっております。
────フレミールが邪竜に追われる少し前、帝都ロズワースはムーリア大陸の新興冒険者ギルドである【星竜の翼】 の襲撃を受けて大混乱に陥っていた。
催眠状態の牛人達に巨大化薬を投薬して一度は北東のドワーフ王国まで追い詰めたはずだった。
しかし【星竜の翼】 のリーダーであるレガトは、追われた味方は放置して、主力の冒険者による少数精鋭部隊を編成する。そして大胆にもローディス帝国南部方面から攻めこんだのだ。
帝国の誇る強者の一団が迎撃に出動したが、各地で連戦連敗し今に至る。二十万の兵のうち、半数近く敗れ去り、安穏と暮らしていた都市の民衆が恐慌に走った。
悲劇は止まらない。意気揚々とロブルタ方面へと進軍したセティウス皇太子軍。目的は新女王アストリアの捕縛だ。
しかしロブルタの旧王都にたどり着くと、肝心のアストリア女王は、姿をくらましていた。
勇ましいと称賛されたアストリア女王の事だ、てっきり帝国軍を迎え討ちに出撃すると考えていた帝国側は肩透かしを食らった。
戦線が構築され対峙となれば、ロブルタ側の帝国派貴族が蜂起し、アストリア女王軍をはさみ撃ちにする手はずになっていたのだ。
女王軍の中にも帝国の息のかかった将校がおり、アストリア女王は戦いに出た時点で詰むはずの状態だった。
逃走するにしても、女王の新都ロムゥリ方面へ行くための道は封鎖されていたはずだった。帝国が出撃した時点で勝ちの決まった戦い。
しかしその包囲網は、アストリア女王と参謀にして宮廷錬生術師を名乗るカルミアが看破していた。
帝国軍もロブルタの民も予期せぬ逃亡。セティウス皇子は目標を見失い帝都に引き返していた。
その帰還の最中に、味方のはずの巨大牛人の集団と冒険者達に追われ逃げ帰ることになった。
◆
「────いったいこれはどういう状態なのだ」
セティウス達が帝都ロズワース城壁前で、同士討ちをする帝国騎士達の情報を聞いて報告をしたものを怒鳴りつけた。
セティウス達がいる高台からは、ちょうど騎士達に囲まれた中心まで覗けた。
「ウシルスのやつも、しくじってくれたか……」
冒険者達の姿を確認して、セティウスは少し安堵した。帝都のこの喧騒は、間違いなく冒険者達を始末仕損ねたウシルスの失態だ。
兄ではあるがたかだか十数人の冒険者を始末出来ない無能が皇帝の跡を継ごうなど、冗談にも程があるとセティウスは思った。
皮肉な事に皇太子セティウス達が姿を見せ参戦する気配があったおかげで、帝都軍は混乱を収めるきっかけになった。
「俺があんなやつに、手など貸すものか」
セティウスは腹心の将バビロンとバレンを伴い、混乱する帝都の中心へと向かう。途中で追いついて来て合流したネフティスとホロンも、捨て駒の役にはなるだろうと思い連れてゆく。
皇太子達も戦いもせずにロブルタ戦線から逃げ帰って来た形になる。期せずして援軍となっただけで、敗走の色濃いウシルスを支えて失態を重ねては、皇座も危うくなる。
援軍として戦うのならば、ウシルス達が完全に敗北してからでないと、手柄を奪われる事になるとセティウスは考えていた。
せっかく得た優位な立場を失うわけにもいかない。セティウスはそう判断して、味方の軍も惑う民衆もあっさり見捨てた。
どのみち兵の数も、夜通し駆け通しで来たため半分も残っていない。何より疲労も大きかった。
「────あれはなんだ」
側近の騎士達の声で、皇太子一行は足を止めた。皆が声の主の指差す城壁の先に目をやる。
激しい獣の咆哮────。
帝都の奥に建造された山側の宮殿から、火の手が上がる。そこでは一匹の大きな火竜が、激しい炎のブレスを吐き出していた。
「────火竜! それもかなり大きいぞ!!」
「あれほどの火竜、見張りは何をしていたんだ!」
誰もが何でそんなものが、急に帝都に現れたのかと目を疑う。
「あれは……ロブルタに味方しているという火竜か」
セティウスだけは火竜が、フレミールという名前の古竜だと知っていた。学園で会っていたはずなのだが、当時は火竜だとあまり認識していなかった。
その火竜がこの帝都ロズワースを襲っている。つまり自分達を出し抜き、姿を見失う事になった目的の者たちがあそこにいるというわけだ。
「くっ、相変わらず手間をかけさせてくれる奴らめ。いくぞ!」
セティウスは側近と精鋭達を率いて、宮殿に向かうことにした。火竜が相手では、逃げ帰って来る騎士達は足手まといにしかならないと判断したのだ。
部隊のまとめ役の騎士団の団長に指示を残し、皇太子は魔法を使えるものを中心に、火竜討伐用の部隊を組み直した。
◇
巨大な邪竜の悲しげな咆哮が、魔力で隔たれているはずの魔本の中にまで響く。異空間のはずなのに、魔力が強すぎて悲鳴が遮断されないようだ。
「……何をすればあんな悲しい叫び声をあげるんだろう」
外に出ていない聖奈が呟いた。邪竜の巨体が大きく近すぎて、映像はあまり役に立たなかった。
悶絶する悲鳴のあと、邪竜に仕掛けに出たメンバーが次々と戻って来た。
「なんか匂うね……うぇぇっ」
咲夜が鼻をクンクンして、臭いを嗅ぎすて嗚咽した。なんだか憎めない娘ね。もともとわたしの錬金部屋は色々匂う。この部屋に漂う香りに慣れて、油断したみたいね。
「だから言ったでしょ? 勝てなくても戦いようはあるものなのよ」
「身体張ってるのアストなのに、何故勝ち誇れるかな」
わたしが勝ち誇ると、聖奈が冷めた目で呟いた。間抜けな咲夜には黒パン素材のマスクを渡す。資源は大事だからね。
どうしてわたしの作った聖霊人形はみんな、わたしを冷ややかに見るのかしら。
ヒュエギアやカルディアそれにこの聖奈などは、宿らせた魂に問題がありそうね。もとの性格が悪いノエムはノヴェルに良く似て可愛いのに不思議よね。
「まあいいか。覚えておくといいわ。どんな魔物でも臭いや魔力感知を鈍らせ、視界を濁らせてやれば、獲物は追えない。完全ではないにしても時間稼ぎは出来るわ」
先輩たちには汚れと臭いを落とすために、お風呂場へ向かわせた。
わたしが魔銃に装填させた護衛臭気君と死悶の辛味を混ぜた特製弾丸には、魔物が嫌悪する強い臭気が詰まっている。
死悶の辛味は、超激辛唐辛子をすり潰したような刺激で嗅覚を狂わせる。
おまけに酒気で酔うような魔力酔いで、邪竜の魔力感知を鈍らせるものをぶつけたのだ。
護衛臭気君は粘着し、浸透するので剥がすまで苦労する。悶え苦しむ巨大な邪竜を前にして、わたしは外に出る。
「────くさっ!! あの娘たち、いったいどれだけ撃ち込んだのよ」
悶える邪竜は山の斜面に墜落し、雪山で護衛臭気君を剥がそうと蠢く。地面が揺れ、あちらこちらで雪崩が発生している。
「……ここにいるのは危ないわね」
邪竜が回復するより先に、雪崩に巻き込まれると思う。いった側から雪煙があがるが、幸い邪竜の巨体で堰き止められた。
今のうちにわたしは戦車と自分を魔本の中へ押し込んだ。
「雪山に魔本が残らないの?」
操縦を担当してくれたメネスとシェリハが、驚いてあたりを見ている。何もない場所。地面も空も全てが同じで、時間もない世界にわたしたちは存在しているのだ。
「いま使ったのは一回限定の転移陣みたいなものなのよ。使ったあとに残った紙は灰になるわ」
魔力の痕跡を辿らせないために使う緊急用の魔法陣だ。魔法の呪文書に近いけれど、あれより遮断性は高い。
「この世界には長く留まりたくはないわ。ここは魔女さんが用意した存在しない世界だから」
ここで一生涯過ごしたとしても、元の世界ではまだ使い捨ての魔本が灰になりかけている状態の時に戻るだけ。
膨大な魔力だけの世界にわたしは震えて恐怖した。あれほど魔力を欲していたのに……ここでは無限の魔力に溢れているというのに。
巨大な邪竜に追われて、雪崩に巻き込まれて死んだ方がマシに思えてしまった。
「咲夜と違って、私はもう少しなら魔法使えるけどね」
「あっ、なんかムカつくんだけど。そんなへなちょこ魔法なんて発動前に潰すからいいもん」
「……学校にいるのとあんま変わらないね」
戦車内からわたしの錬金部屋に戻ると、咲夜と聖奈が取り留めのない会話をしていた。
二人共、仲間たちとも馴染めたようで何よりだわね。年齢が近いのと、女の子ばかりだからかしら。先輩の警備の都合上、いつの間にか男子禁制になっていたのよ。
眼鏡男子みたいなのや、冒険者みたいなのが入り込むと揉め事になるからね。
あぁ、聖奈は♂の身体ってだけだから問題はない。彼女の場合は下着とか先輩のと同じ女の子の物を使わせているもの。
わたしたちが彼の世界に入り込んだ事に、彼も気がついてくれた。
────良かった。あまりの膨大な魔力世界の中なので、塵の一つ入り込んでも気にされないかもしれなかったからね。
わたしたちは隔離されたその空間から、現実の戦いの場へと引戻された。




