第3話 逃避行の……はず
ローディス帝国に攻め込まれているというのに先輩を始め、仲間達に緊張感がない。
「いつもの事でしょ」
正論眼鏡エルフめ、もう少し言葉を和らげなさいよ。わたしと先輩の読みでは帝国軍が攻めて来たとしても、侵攻は旧王都ロブルタまでで止まると意見が一致した。
「君のおかげで王都以外の領主も都市も、復興に忙しいからね」
「先輩、わたしが暴れ回ったみたいな言い方はやめてほしいわ。まあ実際帝国派は王都周辺までしかいないわよね。旧ロブルタ王国の西部や北部は新王派だからさ」
帝国を歓迎して自ら招き入れそうなくらいの貴族達は、王都周域に集中している。何故ならかつての魔物の大群と戦渦によって、ロブルタ王国領の大半は壊滅状態に陥ったためだ。
西部や北部の帝国派は伝手を頼りに逃げる事が出来たが、荒れたかつての領地を放棄していた。
残って防衛に協力した地方貴族は、名目上陞爵や領地加増となったものの、実態は戦後の後始末と復興のためだ。
「おかげで新都ロムゥリを中心に、先輩の信奉者で固めることが出来じゃないのよ」
まったく……わたしが苦心して国の有り様を変えただけなのに、先輩ってば、呑気過ぎるわ。
「やり方はともかく、これでも感謝しているのだよ。今後も励みたまえよ」
本当にズルい人よね。でも先輩は女王として、わたしの立てた策には全力で応えてくれる。
失敗する事だってあったのに、生命を預けてくれるのよ。
「預けるというか、握っているのは君の方じゃないか」
そうとも言うわね。先輩に関しては肉体も魂も、とにかく研究に必要なだけ予備を作ってある。先輩だけじゃなく、仲間達みんなわたしの手の内なのよ。
「いまさらだが、カルミアが一番悪そうに思えるのは気の所為?」
エルミィが呆れたように口をはさむ。逃げ込む先のアーストラズ山脈は魔境だ。薬師、錬金術師としても優秀な彼女には入り用になる薬を作ってもらっている。
精製に時間のかかる薬は、魔力注入作業が終わると、だるいし暇なのよね。
それにいまはメネス達の連絡待ちなので、わたしとエルミィ以外は待機しているしかないのだ。
「そろそろ時間だわ。エルミィ以外、部屋から移動してちょうだい。先輩もですよ」
魔女さんと約束した人物が、こちらへと合流する。何度か顔を合わせた異界から転移して来た女の子達だ。
ようするにお守りを頼まれたわけ。ただね……わたし嫌いなのよね異界の人達って。
わたしの渾身の発明を、あいつらに何度邪魔された事か。わたしの発明を馬鹿にした罰があたったのか、わたしの故郷の町は魔物の大群に滅ぼされた。
まあ冒険者達があらかじめ保護していたから、殆どの町の人は無事だった。
いまごろ何もない田舎町で、移住して来た吸血鬼戦士達と仲良くやっているはずだわ。
「その認識はカルミアだけだよ。町の人は助かったと思ったのに、もっと怖い状況に感じているんじゃないかな」
ひと言多いのよ眼鏡エルフは。
「じゃあ私も隣の部屋に行くよ。バステト、バスト。カルミアをしっかり守ってね」
エルミィは隅っこで眠る影に向かって、そう呟いた。猫人と猫魔獣はピクッと耳を震わせてエルミィに応えていた。
用心深いのは良い事。でも、これからやって来る人物に、害を与えてしまう方が不味いのよね。
やって来たのは咲夜という少女と、聖奈という子だ。咲夜はこちらの世界の冒険者の女性と異界の男性の娘だ。
魔女さんがお父さん、お母さんと慕う人物の子。立場的には魔女さんにとって妹になる。ただ魔女さんとその両親にあたる人達には血の繋がりはないそう。
他にも複雑な理由があるけれど、わたしにはどうでもいい。もう一人は咲夜の親友だった娘。いまはわたしが与えた聖霊人形の男の子の姿になっているけどね。
あちらの世界で何があったのかは魔女さんから聞いた程度。興味がないのに、夢の中に入り込んで延々と覚えさせられたっけ。
わたし達と違って、平和で暇な国なんだなぁ……くらいしか感じなかったわよ。
大体この咲夜って娘の世界から来る異界人は、悪しきものに歪められているから、性悪なものが多くて嫌いなのよね。
この二人はその点まともだ。聖奈の方はわたしと同じ庶民で、ド根性な性分は好ましい。
魔女さんは逆に聖奈のせいで咲夜が苦しんだから嫌ってる。悪しきもののせいなんだから許してやればいいのに……そういう所が子供なのよね、あの人。
「貴女達には、わたし達と一緒にローディス帝国という国に向かってもらうわ」
呆けて突っ立つ二人にわたしは声をかけた。ずいぶん締まった身体と目つきになったものね。甘えがなくなって好ましい限りだわ。
「前に話したわよね。貴女達は本来ならそのローディス帝国で召喚予定だったって」
二人でわたしを見てボソボソ話している。こっそり話していても、聖奈の身体を通して、わたしには丸聞こえなのよね。
頭のあまりよろしくない咲夜に憑けたおっさんの招霊君達が、だいぶ助けになったみたい。
あいつら特にうっさいから、引き取ってもらって助かったのよね。互いに気に入ったみたいで何よりよね。
「……まあいいわ。簡単に言うと、帝国には四人の皇子と一人の皇女が器として育てられていたのが分かったわ。あなたたちの身代わりの依代として用意されていたのよ」
わたしがわかりやすく説明しているのに、何で二人ともキョトンとさした目で見るのかしら。まさか言葉が通じてないのかしら。
「あのさ、あたしも聖奈も何だかわからないまま荒野に放り出されたの忘れてない?」
「?」
「やっぱり忘れてるよ、この人」
「失礼ね、忘れてないわよ。どこまで説明したのか覚えてないだけよ」
何よ、二人して膝をついて。仕方ないのでわたしは順を追って説明する事になった。
「あなたたちがこの世界に来る事になった全ての元凶は、悪しきものと呼ばれる偽神のせいよ。わたしもかなり迷惑を被ったわ」
「その悪い神はあたしらを呼んで何がしたかったのさ」
「嫌がらせよ。悪しきものがいた世界では既にあいつは滅ぼされて拠り所がない。だから縁のあるものがいるこのフィルナス世界を荒らしに来たのよ」
本当に迷惑よね。せっかく力を得て、協力までしてもらって世界を築き上げだのなら、余計な事など考えないで育てる事に集中していれば良かったのよ。
初めから上手く行くわけない。何度だって失敗する。結局は神座につきながら堪え性のないわがままなお嬢様のままなのよ。
先輩を見習って欲しいわ。あの人親の都合で何度も殺されかけているし、性別だってあやふやだ。でも、めげて自棄になったりしない。
「あの〜……独り言が早口過ぎて、何言ってるかわからないんだけど」
あぁ、またやってしまったみたいね。
「早い話、あなたたちは嫌がらせの生贄よ。詳しい事は咲夜のお姉さん気取りのおばさんが話してくれるわ」
────ガィーンッ!!
わたしの頭上から高速で金だらいが落ちて来て、わたしは気を失った。
…………。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「どこからタライが?」
咲夜と聖奈がオロオロしている。これはアレね、魔女さんの仕業だ。まったく……おばさん所か、わたしにとっては、おば〇さんなのに。
わたしも学習する。つい魔女さんの悪口を口に出してしまうと、警告がわりのタライが落ちて来る。
わたしの性格をわかっているので、懲りずにまたやるのは許してくれるようだ。
「とにかく、あなたたちは悪しきものに取って玩具のようなもの。さっき言ったように用意された器に呼び出されて魂もろとも奪われるわ」
死ぬ思いをしたのに、この二人は最悪の状況を避ける事は出来ただけ。
「あの、私は死んだんだけど」
「うるさい娘ね。魂を保護しているのだから、咲夜に何度ぶっ殺されようが未遂よ未遂」
「やっぱ頭おかしいよ、この人」
「そんな事わかっていたでしょ。それより、四人の皇子と一人の皇女って言ったわよね。それって数合わなくない?」
おじじ達の意見を聞いたのか、咲夜にしては良い所に気づいたわね。
咲夜に聖奈。それと咲夜と聖奈の死因に関わった男に、影の薄い二人。あと咲夜のもう一人の親友らしい少女の六名が呼ばれる予定だった。
「……そうよ。取り憑く先が男か女かはともかく、器は五つ。あぶれたものは、召喚による強化を得られないままやってくる事になるわ。だから大した力を持てないわけ」
修学旅行の帰りのバスとやらで、六名はまとめて死亡するはずだった。そのうちの咲夜だけが力を得る事なく転移する事になる予定だった。
悪しきものの執念の矛先は、自分の企みを打ち砕いたものに縁ある咲夜へと向けられていたからだ。
「……もしかして、あぶれるの咲夜だったんじゃないかな」
「あたしもそう思う。それで、あたしと聖奈が帝国にいたらどうなったと思う? 聖奈とは一応仲直りしたけどさ、別行動していなかったら……あんた殺るよね」
「殺るっていうか、虐めていたと思う」
親友の仮面被るのやめて、仲直りはしたんだ。仲良しというか、いまは聖奈が男の娘みたいだから、恋人みたいよね。
「うっ……否定はしないよ。でも、殺るやらないは、もうおあいこよ。むしろオーバーキルだし」
「仮にも親友だったものに、五回もぶっ殺された聖奈は、もっと怒っていいと思うわ。聖女として自覚が出たのかしら」
「…………」
「…………」
二人とも理解したようね。わたしを見て盛大なため息を吐いた。この召喚は咲夜があぶれる予定だった。異界から呼ばれた強者や勇者って、突然与えられた力に酔いしれて、感情を制御出来ないものになる。
力のないものが、力を得たもの達の中でどういう扱いになるのか……言わなくてもわかるわよね。
「モブ男達がそんな事を言っていたような気がするよ。ハーレム作りたがるとか、すごく傲慢になったり我儘になったりするって」
欲望丸出しになった眼鏡男子みたいなのは、どこの世界にもいるのね。落ち着いたら二人には、異界の学校の話をしてもらおう。
「……実際好き放題出来る力を持つのは、あなたたちの世界でも有名な人物よ。庶民が力を得るよりも、偉人の方が優れているに決まっているものね」
ただ力が強いほど制御が困難になると思う。呼んでみたものの、それが原因で滅ぶのは本末転倒だよね。
「……現実はあなたたちの想像するより、もっと残酷よ。おそらく最後の戦場に駆り出されて、魔王様や魔女さんの部隊に討たれただろうから」
「えっ……いまこの人、魔王とか言わなかった? いるの、そういうボスみたいなの」
「いるも何も、あなたたちの保護を依頼したのが魔王樣の母親の魔女さんだもの」
咲夜は魔王様にとって、叔母になる。魔王樣というのは、冒険者から話を聞いてわたしが勝手に呼んでるだけ。
冒険者達のリーダーの変態商人が、ハアハア気持ち悪い吐息混じりで自分の主をそう呼んでいたのよ。
その魔王様の母親が、わたしの知る魔女さんだ。昔……彼女が捨てられていたのを拾って育てたのが、咲夜のお父さんだそう。
だから実際は咲夜と魔女さん達に血の繫がりはない。咲夜のお父さんも異世界転移者らしい。
ただ転生してきた魔女さんのお父さんと、転生していないままの咲夜のお父さんは同じ人物なのに、別人みたいなもの。ややこしいのよね。
「ややこしいわね。わざわざ自分が不利になる事を言うし」
同じ事を咲夜も思ったようね。難解なパズルを前にしたかのように渋面をつくる。
わたしにもよくわからないのよ。わかるのは、咲夜を生んだサンドラと言う名のお母さんを、魔女さん達がとても大切に想っているくらいだ。
「悪い奴らがあたしを狙ったのは、その魔女さんという人達を困らせたり、悲しませたりするためなんだね」
「そうね。聖奈達を聖女だ皇女だと持て囃して、あなたを虐め、最後は彼ら自身に殺させるつもり。まったく趣味が悪いわよね」
まだ二人とも半信半疑のようだ。実際呼び出したのは、魔女さんの魔力をもらったわたしだからね。
起こり得なかった仮定の話なんて眉唾ものだ。咲夜の父親の冒険譚も、彼女の父親自身の経験ではないので、熱意を向けられても困るだろう。
聖奈の方はもっと露骨だ。わたしにまだ敵意は向けていない。でも、警戒しているのがわかる
「なによ。わたしを疑っても貴女達の境遇が変わるわけではないわよ」
なんかむかつくのでハッキリわからせてあげたわ。目線を追うと、エルミィの成長の証ばかりみてるので、だいぶ混乱しているようね。




