閑話7 亡国の王女の独白
本来なら閑話とは、物語の合間に挟むものなのですが、おまけなので御勘弁下さい。
カルミアは絶対に頭がおかしい。だって私はあの女に暴力を振るい続け、攫って殺そうとした。あんな魔物、ろくな装備もない女学生一人で相手にするのは無理だったはずなの。
アスト様やお仲間が助けに行けば、魔狼に噛み殺されて終わりなはずなのに、生きて戻って来た。あり得ない。
ティアマトという少女は、銀級冒険者並の戦闘能力とは聞いていた。でもカルミアは雑貨屋の娘、ただの錬金術士のはず。私より弱いのにどうやって抜け出して来たの。
私がカルミアを気にいらないのは、庶民のくせにアスト様のお気に入りだからじゃない。歓迎会の時に、バカ皇子を相手に一歩も引かず、不遜に振る舞う姿に見惚れてしまったからだ。
見窄らしい服、ろくなものを食べていなそうな華奢な身体。アスト様の友人と言う事で、ただでさえ場違いなのにロブルタの重臣達が何故か噂をしていた人物。
興味を持って見ていたけれどただの小娘。国王陛下よりも、賤しく食べ物ばかり見ていた。注目されるべきは私であってカルミアじゃないはずなのに。
この国の元王妃の、妄執ともいうべき悪霊が囁いてきた。叔母だった存在が情けなくも姪に乗り移ってまで復讐しようとしていた。
冗談じゃないわ。でも、この悪霊の力は利用出来ると思った。使える駒を揃えるのに、自分の国の手を汚したくないものね。
カルミアはすぐに私の中にいる悪霊に気づいた。知らなかったわけない。この女は知っていて、私と元王妃を同時に痛めつける最適な手段に出たのだ。
眼鏡男はあっさりと取り押さえられた。私は辱めを受けたけれど、この男が憐れに思った。カルミアは頭が良いけれど、認識が雑だ。興味が薄いと、自分に迷惑をかけた相手すら忘れるのがわかった。
それに、容赦ない。どうみてもボロボロの私にトドメとばかりに追撃して来た。あの楽しそうな微笑みを、私は忘れない。私が苦しんでのたうち回っていようと、成分とやらを抽出するためなら何でもやる。狂った錬金術師、それがカルミアの本性だ。
事件を引き起こした私は、主犯として本来なら斬首に処されるはずだった。でも他所の国の王女であり、元王妃による被害者でもあるとして、死罪は免れた。
そのかわり、本国からは王籍を外され追放処分にされた。ロブルタ王国に好きに扱って良い代わりに、補償等は一切しない宣言に等しい。
本国の懐事情がこの所厳しいのは知っていたけれど、あっさりと見捨てたのは王よりも姉のユルゥムの策略に違いない。
後ろ盾をなくした王女など、どの国でも国を荒れさせる面倒なだけの存在。ロブルタ王国にも構わず放り出せと圧力をかけたに違いない。
私は生き残るのに必死にならざるを得なかった。アスト様の正体を知るいま、例え王女のままでも成り上がりは果たせなかったとわかる。
でも、どこへ。使用人達や取り巻きは事件発覚と同時に逃げ出し、側仕えの者達は、義理で付き合っているというよりも監視のために残っていた。
頼れる相手のない中で私をもっとも知る人物は、憎いはずのカルミアしかいなかった。あの頭のおかしい女は魂を見る。それが、アスト様のように高貴な方でも、叔母のように濁ってドロドロでも欲しがるのだ。
私は賭けるしかなかった。しつこく食い下がると、このカルミアという女は興味を引く。試したくなる。意外と見ているのはわかっていた。
扱いは酷かったけれど、私の思いは通じたようだった。本当に酷かったけれど、殺そうとした相手を受け入れようとするだけで危ないのはわかるし、自分のためより仲間やアスト様の為にやっているのはよくわかったわ。
そう、このカルミアという少女だけは、私をいつまでも王女様として扱う。言い方が違うか。扱いはめちゃくちゃなのに、頭の中にはシンマ王国の王女様であると認識をし続けて、失った尊厳を彼女だけが守ってくれたのだ。
見捨てられた王女、それが私ヤムゥリだと言うのに。アスト様も仲間たちも同じだ。殺そうとした私が悪いのだけど、あまりに扱いが酷いとかばってくれる。いや、本当に酷くていっそ殺してと思ったわよ。
甘いと思うしお人好し過ぎるように見えるけれど、違うの。カルミアは、本当に成分が第一なの。尊厳も、結局は魂の輝きのためだと抜かしたからね。
どっかの恐ろしい魔女が、この頭のおかしい女に、魂のやり取りを教えたせいで、私達はみんな酷い目に遭う仲間として団結が生まれた。
なぜか酷い目に遭う率は私やメネスが高いのだけど、バカバカしい毎日は嫌いじゃなかった。
兎耳も、半分は私を玩具にしたかったのだと思う。でも、気にいった素振りを見せてあげたら、困惑していた。私を腹黒の欲まみれの女と思っているから、素直な可愛らしい姿を見せると戸惑うの。
そうやってからかって楽しんでいて油断した。いつもなかなか認識を改めない癖に、私の時だけ更新が早かった。私の腹黒さを利用して、試飲薬とやらで久しぶりに地獄を見せられた。
やっぱりあの女は殺す。野放しにすると、ろくな事ばかり仕出かす。あの火竜のフレミールが、大した力もない少女に本気で怯えているもの。
殺しても死なないたちの悪いカルミアによって、私は何故か新しく誕生したバスティラ王国の女王にされた。いいようにやられてばかりで癪なので、アスト様の秘密を公言してやったわ。
どうよ、これで貴女達も詐欺師の仲間入りよ。私を、殺すなら殺しなさいな。
でも、アスト様の秘密はもう取り消せないわよ。
ささやかな抵抗というか、復讐をしたのに笑われた。アスト様はすでに英雄の域に達していて、男だろうと女だろうと国民は今更気にしないのだそうだ。
それにロブルタ本領の軍人の大半はアスト様の信奉者。私の国のものは言うに及ばず、蠍人達や吸血鬼族までアスト様について行くだろうから。
ああもう、駄目だ。殺さないまでもクビにしてもらって、ついて行きたいのまでバレていて、アスト様に頭を撫でられた。
カルミアは狂っているし、アストリア様は人たらしの悪魔。それでも構わないから、置いて行かないで私も連れていってちょうだいね。
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最後に少し、とある男からのメタネタを心の叫びとともに····。終わり部分に不快な表現に近い場面があります。
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「待て、わたし達の戦いはまだ続く、じゃない。俺を放置して勝手に行くな」
酷く動揺した目の血走った大男がロブルタの王都からやって来た。どこかで見たガタイの良い男。ストレスからか、頭髪がすっかり薄く抜け落ちている。
「ロブルタ王都の冒険者ギルドのギルドマスターともあろう方が何故お一人でロムゥリに?」
ロムゥリの太守館は、商業ギルドのギルドマスターのアミュラが長官として政務を執り行なっている。例え王都のギルドマスターであろうとも正式な手続きなく入館出来ない決まりになっていた。
ガレオンという名前の大男は、仕方なく商業ギルドへ行き手続きを行う。身分証となるプレートや国王陛下を始め貴族の重鎮の書状の束を見せられて、受付を担当した青年が慌てた。
冒険者ギルドのギルドマスターが単独でやって来るだけでも異常なのに、国王陛下や重臣の書状まであれば一大事である。
受付の青年はすぐさまギルドマスターのアミュラ氏に連絡して、入館の許可証を発行する。
ロブルタのギルドマスターのガレオンは文句も言わず黙って許可証を受け取り、長官のアミュラと面会を行う。
「見ての通りだ。彼女はここに戻っているのだろう。取次ぎを頼みたい」
無表情を絵に書いたようなロムゥリの長官アミュラ。しかし書状を確認する目だけは鋭い。
「これは私では手に負えない。自分で話すのなら中庭にいるから好きにして」
ガレオンが王命を帯びてやって来ている事を理解し、そして面倒臭く思ったのか、アミュラはあっさり通した。王都のギルドマスターの信頼性の高さというよりも、必死さが気持ち悪かったと、後に告げていたのをガレオンは知らない。
ロムゥリの太守館の中庭は一台の円盤型の馬車のようなものが浮いていた。噂の錬金術師の乗り物だとすぐにわかる。大きな猫のような魔物と、目を合わすと狩られそうな武器を持つ少女が屋根の上でニタッと笑う。
「カルミアに会いに来た。これは面会の許可証だ」
ガレオンも錬金術師の少女の振る舞いには慣れているので、アミュラに無理やり書かせたものだ。国王からはそうした費用も出ていた。
「中に扉があるから入るねィ。おっさん臭いから消臭液に気をつけろィ」
恐ろしい気配の割に、至ってまともな注意をする。ガレオンはゆっくり中に入る。
アストリア王女様も利用するため、内装は簡素だが素材は耐久、魔法防御に優れたものばかり使っている。そして魔本と呼ばれる本から飛び出す扉が開いていて、少女達の騒ぐ声が聞こえた。
ガレオンが中に入ると急に粘体生物に襲われた。
「警報が鳴ったから何かと思えばギルマス?」
ガレオンはかつての部下のメネスを見てホッとした。粘体生物はスマイリー君と言ったはずだ。消臭とは、この事を言ったのだろうからガレオンは大人しくしていた。
「カルミアはいるか。国王陛下と重臣達、それに俺から話しがある」
騒ぐ声が聞こえるので、いるのはわかっている。メネスがカルミアのいる部屋へ行くと騒ぐ声が止み、カルミアの声が聞こえて来た。
「ガレオン? 誰よそれ。今、ヤムゥリ様の最終調整で忙しいから断っていいわ」
相変わらずギルドマスターだろうが国王陛下だろうとお構いなしのようだ。
「メネス、カルミアに伝えろ。今すぐ応じなければ俺にも考えがある、とな。スマイリー君で消せない爪痕を残すがいいかと」
いい加減、あの頭のおかしな少女の扱いには慣れた。メネスが何かを察して青い顔で伝えに行く。元部下が元気そうに、仲良く変わりなくいるのを見て嬉しく思うガレオンだった。
「わたしの円盤君に、ハゲ親父のバッチィ成分撒き散らしたら許さないわよ」
ほら釣れた、ガレオンは我ながらしてやったと思った。
「旅に出る前に、我々の神の滴を納めて行くように陛下から書状を預かっている」
ガレオンはメネスに書状の束を渡す。
「はぁ? そんなのエルミィのお兄さんに頼みなさいよ。わたしはもうハゲの薬なんて見たくないのよ」
「そういうと思って、これを用意した。見ろ」
ガレオンは国王から預かった他国への入国許可証と、ガレオンからは冒険者ギルドからの金級の冒険者と認めるプレートが三名分も用意されていた。
「これがあるとないとでは他所の国での活動に差が出るぞ」
欲しいのなら薬を寄越すかレシピを残して、そう言いかけてガレオンはカルミアの胸元を見て唖然とする。
「あぁ、これはアミュラさんがクランのリーダーに掛け合ってくれたのよ。ムーリア大陸のギルドの金級冒険者の証ね」
メネスが口元を抑えて笑いを堪えて、吹き出しそうになっている。ガレオンは茹でプチダゴンのように、真っ赤な顔になって崩れ落ちた。
「残念ね。神の滴は簡単には手に入らないから神の薬なのよ」
容赦なく浴びせられる少女の言葉に、ギルドマスターたるガレオンが場所を忘れて大泣きした。彼は知っている。このカルミアという少女は頭は良いが忘れやすいと。
ここで薬の供給を絶たれては、二度と薬を手にする事は出来なくなる。
「憐れな生き物ね。何ですか先輩」
ガレオンは泣きながらキレた。カルミアはアストリア王女様が注意をしてくれたので、彼が何をしようとしたのか気づいたのだ。
ガレオンは勝った。まさか立場ある男がそこまでの事をするまいと高を括られ舐められっ放しではいられないのだと。
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カルミアが妥協案を提示したものの、「大人を舐めるなぁ〜っ」 そう絶叫したガレオンのその後は闇へ封印され、誰も知らない。
ロブルタに戻って来た冒険者ギルドのギルドマスターが果たしてガレオンなのか、どうかは国王陛下さえ知る術がなかったという――――――――。




