18 光魔集束炉
エドラの都へ行くとセルケトをはじめ、大勢の蠍人の民に迎えられた。いや、故郷の再興するとは言ったけれどさ、やってみないと成功するかどうかわからないのよ。
「それでも良いのです。カルミア様がお仲間様方と、大変な苦労をされて私達の故郷の復興材料を集めて下さったのは知っておりますから」
ニコッと微笑むセルケト。絶対に失敗なんてしませんよね、と無言の微笑みの圧力をかけて来る。
「再生そのものは、もう容易いのだろう」
呑気にいってくれるわね、先輩も。わたしの仲間達は、荒れ地の再生チームと言っても良いくらいに大地の恵みを高めるものが揃っている。
アマテルが加わった事で彼女の用意したルー花の種をもとに、ルーネがついに花の妖精を喚び出すことに成功した。名前はブリオネにした。ルーネ同様に、鉢植君で先輩人形に乗れるのが助かるわよね。
水棲の植物についてはネストが川や湖、リヴァラハが海のものに関して詳しかった。水の魔法も強いので、エルミィやティアマトの負担も減る。
ただ地下に広大なダンジョンを築くとしても、魔力が枯渇すれば意味がない。そこで考えていたのが光魔集束炉による魔力転換器だ。
大地を焦がさんばかりに燃え盛る陽光熱を魔力に変換して、地下空間に擬似太陽と、魔力を満たす装置だ。
「フレミールの炎に耐えられるくらい外板を強化して、劣化を防ぐ為の再生も付与する必要があるんだけどね」
さっそく火竜のブレスで溶けないかの実験をしたいのに、フレミールが実験用の火竜の大部屋に入りたがらない。
「何してるのよ」
「オマエ、ワレをまた騙すつもりであろう」
あぁ、また絞られると思って警戒しているのね。
「フレミールのブレスの魔力は、吸収しないともったいないからここでやるだけよ。別に外でもいいわよ」
警戒心が生まれたのはフレミールが学習している証なので、わたしとしては良い傾向だと思っている。
フレミールといいアマテルといい、根がお人好しの天然なので不安なのよね。わたしや先輩がいるうちはいいけど、わたし達はそんなに長く生きられないからね。
この話しをするとノヴェルが泣くので先輩やヘレナにメネスには口にしないように注意している。ヤムゥリ様はダイダラスの血が入っているので、よくわからない。
「うぅ、なら入るぞ。騙したらオマエでも容赦せぬ」
はいはい、齧るなり燃やすなり好きにしなさいな。まったく真竜にもなったのに、精神年齢はお子ちゃまなのよ。
ヘレナの作るご飯が美味しくなってバクバク食べ過ぎていたので、隙だらけの肥えた火竜を絞るように、彼女から注意されていたのよ。
だからわたしは騙していない。運動を自発的にさせてるだけだもの。ちゃんと事前に説明もしたわよ。これは、蠍人の故郷に設置する装置だってね。
「フゥぉぉ〜ブレスが止まらぬ」
口を開けさせ続ける美声君が溶けないのも謎だし、ブレスを吐き続けて喋る声が届くのも謎ね。無意識でフレミールが保護してるのかしら。でも、実験は成功だわ。
フレミールの炎に耐え続けられれば半永久的に、装置から魔力を供給出来る目処がつくものね。
無理矢理成分として絞るのは本人の身体に負担になるかもしれないので、今回は実験も兼ねてブレス、いわば魔力放出による成分吸収をしてみた。
火竜であるフレミールがブレスを吐くのは種族としての快楽的な行為だ。最初の内の成分は喜びに満ちて、なんとも質が良く、高い純度の魔晶石が出来たくらいだ。
ただ、止まらないブレスに不安を覚えたあたりから、不運の滴飴で絞り出す成分と変わらなくなってきた。
大量の魔力放出のおかげで、フレミールのフォルムもだいぶマシになった。フレミールのおかげで、装置の耐熱耐久性に問題ないことも確認出来たので、後はこれを効率化して吸収力を高めるだけだ。
「オマエ、騙したな」
「事前に説明もしたし、薬を飲ませてないのだから騙してなんかいないでしょ」
人化した姿に戻りブルブルしているフレミール。実験も出来て、魔晶石を得て、フレミールが学習して、ヘレナも喜ぶ。わたしとしては大満足の結果よ。
「オマエは悪魔だ。人でなしだぁ~」
ぬっふっふ、フレミールが自分が迂闊なのが悪いと思いはじめ、怒りの矛先を探している。先輩のようにわたしの首に巻き付き喚くしかないみたいだけどね。
そしてフレミールは悪くない。いつだって騙すやつは正論っぽいことや立場で物を語るのよ。真っ正直に受け止めちゃ駄目なの。
「相変わらず容赦ないね、キミは」
悪魔の化身というのならば、この人たらしの先輩こそ相応しいわよ。そう思った瞬間、すでにフレミールの逆側から首を取る速さをフレミールも見習いなさいな。
そしてニヤニヤしながらバステトまで来た。貴女まで来たらわたしの首が物理的にもげるのでやめなさい。
火竜の大部屋から出て来たわたしは首にかかる負荷に耐えかねて気絶した。蠍人の為の装置の耐久よりも自分の首の強化を先にした方がいいんじゃないの、そう毒を吐く眼鏡エルフの声が、遠のく意識の中に聞こえた。
首もそうだけど、フレミールの馬鹿みたいな魔力放出の吸収作業で、わたしの魔力が尽きただけの話しなのよ。魔女さんから魔力増加の指輪をもらったけれどフレミールが肥えすぎて、想定以上に魔力を使ったせいだ。
ヘレナに怒られて、先輩とフレミールとバステトはわたしが目を覚ますまで反省台で晒し者になっていた。
先輩は、新領地を入れると三国の大王ともなる英雄王だというのに、何をやっているのだろうか。
蠍人達もどう反応して良いのかわからないのでスルーしていた。
反省台とは、エドラの新設した神殿の大広場のお立ち台で、まあ反省台ではなく演説台なのよね。神殿入口近くにわたし達が円盤君で乗り込み、拠点に使っているだけだ。
そんな場所に乗り込んでも蠍人達は怒らない。なんというか、魂のせいじゃなく、単純にわたし達を信頼して自由にさせてくれる。
「呼ばれて来てみれば、何をしてるのよ、あなたたちは」
意識の戻りかけたわたしの耳にヤムゥリ様の声がした。ヤムゥリ様の統治は順調だ。いよいよ蠍人の星造りに入るために、新領からエドラに戻って来た所で、反省する先輩達を見て、ため息をついていた。
「変わらないわね、まったく」
呆れているけれど、口元は笑っている。護衛にはモーラさんとメジェドがついていた。タニアさんはエドラのギルドマスターと、ムルクルの隊商ギルドを任され死ぬほど忙しいと泣いていた。
ロブルタ王都の冒険者ギルドマスターのガレオンは髪の毛にストレスでダメージを受けていたけれど、タニアさんはやつれてなんか妖艶さを増していた。
「アホ共が集まって来るので、輸送体制の人員や護衛は問題ないとさ。ただ、支部にもっと内務処理を行える人材を寄越せって言っていたぞ」
モーラさんが、ムルクルの隊商ギルドで指揮を取っているタニアさんの伝言を伝えてくれた。同じことをヤムゥリ様も要請して来た。わたしに言わないで、先輩やロブルタの国王陛下に言いなさいよ。
「ノヴェル、ロブルタからノエムを連れて来て」
目を覚ましたわたしはノヴェルの妹を連れて来るように頼む。
「うん。連れてくるだよ」
嬉しそうにノヴェルは魔本を出してロブルタの農園に向かう。光魔集束炉を大型化し効率をあげるためと、地下世界を広げ整備するには、ノヴェルの負担が大き過ぎる。ノエムがいれば、細やかな調整を頼めるのでノヴェルがダンジョン作りに集中出来るわけなのよ。
「魔女さんにあらためて確認を取ったけれど、予想通り蠍人の故郷でダンジョンを作るのは問題はないみたい。枯渇した大地に破滅の陽星、誰も欲しがらないものね」
外的魔力は豊富でも、いつ暴発するかわからないような土地に移りたがるものはいないそうだ。
あれも暴発前に魔力吸収出来ればもっと有効活用出来るのでしょうけれど、器の方がもたないわよね。
セルケトにはそのあたりを伝えてある。二つの太陽のうち巨大な太陽がなくなれば、もう一つの太陽のもと、地表の毒素を浄化して住むことも可能になると。
魔法で浄化していくのもいいけれど、大地の恵みの回復薬のように、毒素を浄化する薬や植物を地下で作り、育てるように奨めておいた。薬に関しては、わたしの場合は剣聖様の成分で作った錬金釜でつくりだせるけれど、蠍人には難しいかもしれないからね。




