10 豊穣の女神をつくる ② 魂は嘘をつけない
先輩はもちろん地図を見ただけでは何の事を示しているのかわからない。
ただ荒廃した地域と河川の位置を見て、何かに気がついたみたい。
「大地は荒廃しているのに、水が枯れていないのはおかしいと思っていたが、これは水脈を利用して魔力を吸い上げているのかね」
地図しか情報がないのに、先輩は違和感の正体に気がついた。ノヴェルが、違和感を感じたのは、この自然の摂理に反した作りね。
「だが魔力の反応はなかったと思う。説明したまえ」
「水脈は水脈でも地下水脈ですよ。網の目のような地下水脈を使って魔力を吸い上げて、二つの川から流し込んでいるんです」
ムルクルの近くを流れる川の先ともう一つの川の先は合流して中洲のような離島になって海となる。港町がバスティラ側にずれているのは、河口付近が流れ込む砂のせいで浅瀬になっているためと思い込んでいた。
「プロウトの港街もそうですが、河口に港を築く方が内陸部の商品を運び入れやすいですよね。この地はそれがズレていておかしいと思っていたんですよね」
アミュラさんの船で乗りつけるにも、流石に浅すぎると難しいようなのでヒッポストレインにした経緯がある。
「カプラの港町は意図的にずらされたのだと思います」
デカブツのデカブツ。離島が心臓部とすると相当な大きさになるはず。
「デカブツが離島にいるのではないのかね」
「いますよ。というよりも離島そのものがわたしのほしい、巨大牡牛の心臓を使って作られていると思いませんか」
先輩が地図を複写したものに何やら書き込む。意外と先輩の絵が上手い。ノヴェルと魔本を描いてるからかな。
「ほぅ、こうすると、巨大牛人の絵が浮かび上がるな。これはあり得るのかね」
先輩の絵に巨大な牛人の姿が浮かぶ。こうしてみるとデカいなんて代物ではないわね。
ムーリア大陸の伝説に、星の竜の話しがあったわね。その話しは、こうしてみると御伽話ではないのがわかるわ。
「世界には、ロブルタの都ほどの都市の船や、巨大な陸亀や、大海を呑み干す蛇がいるというが······蠍人の星を見ていなければ信じられなかったかも知れないな」
先輩も、これがこの世界を乗っ取る生物兵器であると確信したようね。巨大なためまだ完成に至っていない。
悪しきもの達の影で、とんでもない計画を進めていたのね。しかも狡猾にシンマに巣食う悪しきもの達や、邪まなるものを盾にして。
「私の一族の中でも、牛頭族はとくに知恵は回ります。スキュティアとは別の意味で信仰に熱心で面倒なのです」
アマテルが嫌そうに言うけど、これって貴女が面倒で放置したせいじゃないかしら。とくに巨大牡牛の心臓を捜しもせずにいたから調子に乗ったんじゃないかな。
怠惰なふりでとぼけて、乗っ取る気だったんじゃないかしら。アマテルがブルブル震えて涙をこぼす。わたしが疑っているのに勘づいたみたいね。
「魂、潰してみればわかるんだけど、先輩はどう思います?」
「疑わしきは潰すべきだろうね」
「ち、違います。逆です」
「何を言ってるのよ。大事に至らず未然に防ぐことが出来るのなら、貴女の魂くらい捧げなさいよ」
わたしと先輩の悪ノリと思っているみたいだけど、アマテルの魂を宝珠と変えた。この所ずっと専用風呂釜でゆったりさせているので、アマテルの魂の輝きが増している。淀みがないので、隠し事をしたり嘘をついたりしてないのは確かなようだった。
「あ、貴女おかしいです。どうして簡単に魂をやり取り出来るんですか」
アマテルが聖霊人形・豊穣型に戻って捲し立てる。
「何を今さら言ってるのかしら。わたしは錬金術師で、錬生師なのよ?」
わたしを騙したいのなら何も考えないか、思考を抜き取るか、先輩のように考えを読ませながら実行の確率をわたしに悩ませるしかないのだ。あとは魔女さんのように、膨大な魔力だとどうにもならないわね。
魂は嘘をつけない。思考を抜いても隠しだてした思いは刻み込まれるので、内容はわからなくても気づくきっかけにはなるのよ。
「僕も知らなかったんだが」
「言ってないもの。それに、先輩達は裏切るも何も、とっくに生命のやり取りしているじゃないですか」
本当に、何度死にかけていると思ってるのかしら。先輩もヘレナ達も、悪意のないままわたしを殺す達人みたいな娘たちだから厄介なのよ。殺意を振りまく殺し屋が可愛く見えるもの。
アマテルはワタワタしていたけど、呑気な本質を見る限りは、やるなら勝手にどうぞって感じなのよね。
それをどう受け止めるのかまで、考えていないわね、この巫女姫。
「よきにはからいたまえ?」
ぐわぁ〜っこの巫女姫、急に思い出したわね。当時この地にやって来た時に、方針について進言があったのに適当に流して忘れていたのよ。
わたしが魂の記憶を探ったことで、閉まったまま忘れた記憶が蘇ったのね。本人に自覚がないので、わたしも調べるのに難航する、一番困るやつよ。
「色艶も良くなったし、そろそろアレね」
手乗り人形状態でも絞るわよ。
「巨大牡牛の心臓は盗まれたのでも、奪われたのでもなく、アマテルが許可を出して運ばれたという見解で良いのかね」
「そうなりますね。ダイダラスはもともとは悪気がないわ。スキュティアも詳しいわけではないのでしょうから、言い伝えをそのまま信じるしかなかったのでしょう」
スキュティア達はいわば偽の伝承を教え込まれて来たのだろう。つまり、民を騙す輩がいる以上は話し合いはもう通じとは思っている。戦いは避けられない。ただヤムゥリ樣の時のように、発端に責任がないのなら、わたしは叩くより使う。
わたしに薬を放り込まれて、アマテルの小さな叫びが専用釜に響く。スマイリー君に囲まれて、いろいろ絞っても漏れ出ないから安心しなさいな。
本体がゲッソリやつれても、聖霊人形・豊穣型に乗ればわからないのは利点の一つよね。アマテルのわたしへの認識は、スキュティアよりヤバい奴に変わったけれど、無駄にしごかない分マシだと判断したみたい。意外と神経が図太いのよね。
素材が揃ったので、アマテルを基本にした聖霊人形を作ることにした。
「聖霊人形・豊穣型のアマテルの形も出来るし、牛頭でも作り出せるけど何か希望はある?」
記憶を辿っても、自分の顔ってなかなか認識として残っていないものだ。
「目立たないようにお願いします」
分体というか別人みたいなものなのに、何で目立たなくしようとするのかしら。本人の希望はなるべく通したいので、望む通りの体格に近づけるけどさ。
アマテルからもらった人物像を想像して、わたしは牛人型・聖霊人形を完成させる。
牛人といっても牛頭型以外は、人族とさほど違いはないのよね。角もないし。だから見た目以上に力があり、出るとこ出てるだけだ。
顔や髪はアマテルを知る招霊君のイメージをもらう。完全に似せた後に、少しアマテルの理想を反映して影の薄い顔たちと、黒髪へ変える。
かえって目立つ気もするけれど、その方がアマテルを誤認しやすい。ただ名前をアマテルにするとわたし達がややこしくなるので、新たに誕生させた方をナンナルと呼ぶ事にした。
東部地域の主だったもの達がムルクルに集まる。スキュティアが必然的にまとめ役を買って出る。力を失った部族長とはいえ、ムルクルに対して暴挙に出るものはいなかった。
現状を打破したいのはどこの街も同じようね。スキュティアの真似をして、仲間の首を捧げようとしないように、あらかじめ通達しておいて正解だったわ。放っておくと、バステトが狂喜しそうなくらいの首が献上されたでしょうから。




