6 神の牛の心臓
牛人の本来の大きさを考えてのことなのか、市長の屋敷は大きな造りをしていた。円盤君のまま中へ入れたのも入り口が大きく中も広いからだ。円盤君は浮いてるので建物の床も汚さないからいいわよね。
ガレスとガルフは足を出し肉球を拭いた。バルスは嫌がるので、即席の靴を履かせたら、なぜか喜んでいたっけ。
このスキュティアという市長代理は危ない。わたしの中で肩書きがどんどん変わる。つまり、わたしも彼女の正体を掴み損ねているという事だ。蠍人のセルケトはわかりやすい娘だったからね。
それに、神の牛って、なんかヒュエギアが神農の魂がなんやかんや集まって来た人格って言っていたような。彼女達の大切な神の如き牛人さんの魂を、悪しきものが奪ったままにしておきたい。騒ぎになるので、わたしが聖霊人形として人の身に宿したなどと知られたくない。
なにやら凄く見てくるのよ。貴女の話す相手は先輩であって、元庶民のわたしではないのよ。
「ねぇ、カルミア。アマテルさんて巫女の人がヒュエギアに混じってる、なんてことないよね」
流石にエルミィも気になったのか、伝声君でコソッと伝えて来た。いつものように正論をぶっちゃけない。この辺りはエルミィの優秀さね。いや腹黒さかしら。
「可能性はあるけど、ヒュエギアに紛れたのだとして、名乗り出ないのはなんでかしらね」
わたしはそれが気になっていた。悪しきものがいたので、身を隠し、都合の良い魂の逃げ場を見つけたのならわかる。ただ、悪しきものが滅んだのに、いっさいそんな話しを聞いていない。
「考えられるのは二つよね。戻りたくない事情がまだ解決していない。もう一つは、居心地が良くて戻りたくないか」
三つ目の両方というのが、この問題の正確に感じた。ヒュエギアの持つ厳格な空気感って、このスキュティアという娘の持つ雰囲気の模倣のような気がして来たのよね。
生来はのんびり屋さんで、悪くいえば怠け者。バステトの眷属と気が合うようだし、牛さんのイメージってそれよね。
とにかくわたしは何も知らない。牛人達の教育問題なんて、どうでもいいのよ。
「あの巨大牛人は、悪しきもの達が神牛を真似て造ったデカブツなのだな」
おっと、先輩とスキュティアの話しが進んでいる。
「言い伝えでは巨大蠍人に対抗すべく、我々がつくりあげた魔物を奪い盗んだようなのです」
元々は巨人族の模倣だったようだ。ダイダラスと言う巨人族の一族のものが、巨人化の技法を教えて対抗出来るようにしてくれたのだそうだ。
「ふむ。それならば、巨大化の為に使う動力となるべき心臓はどうなったのかね」
ナイス、先輩。わたし達がほしいのは巨大牡牛の心臓だからね。隣国が荒れ果てようと暴れようと、面倒なデカブツさえ量産させなければ、人同士の争いなんて日常のありふれた姿だもの。
この世界から力を奪い壊す事に繋がる力さえ封じるなり、戻すなりすればあとは好きにしていいわ。
「あの、そちらの方は宮廷錬金術師のカルミア様ですよね」
わたしが知らんぷりを決め込むので、スキュティアという胡散臭い女性は名指しでわたしを会話へ引摺り寄せた。しっかり調べはついてますよ感がうざい。
なんだろう、変態女商人に通ずる臭いがあるわね。あっちは受け身でこっちは授け手とでも言うのか。
会う前から予感していたけれど、苛烈な決断を即行動に出せる人って、話しを聞かなそうじゃない?
「ご、誤解です。あの者たちは、残されたもの達が自分達の行いの巻き添えにならないように、潔く自決したのですから」
だから、それが怖いのよ。何かやらかす度に有能な方に死なれたら、再建も覚束無くなるでしょうに。
「ひとまず、勝手に死ぬの禁止。それとスキュティア、そこまで言うのなら貴女はわたしに魂を寄こしなさい」
この得体の知れない女性を知るには、魂を見るのが早い。スキュティアは歓喜の表情を見せた。えっ、貴女もセルケトと同じじゃないでしょうね。
なんと言うかスキュティアは精神性の高い、信念の人だった。予想通りだわ。
「あぁ、わかったわ」
「どうだったのかね」
先輩が興味深そうに見る。無垢で純粋で····。
「そうね、ひと言でいうと面倒臭い人ね」
崇高な信念を持って物事を推し進める。でも妥協がなくて、些細な失敗も許さない。馬賊の襲撃で力を図る時も、全員死んで来いと言ってそうね。
本人はショックを受けているけれどクソ真面目な人間ってだけで、話しがまったく通じない相手ではないとわかっただけでも良かったわ。そこは予想が外れたわね。
牛人の巫女は、何かあって亡くなったのね。騙されたか、裏切られたか。悪しきものや邪まなるものに魂が奪われることなかったのを幸いとして、ヒュエギアの所へ逃げ込んだんだわ。
奪ったやつが、そうした存在とは別な目的を持つものだったかもね。
「ヒュエギアには知識を提供してるだけだから、アマテルという巫女の魂は戻せるわ」
あくまで本人が了承する必要があるけどね。それまで、この女教師のようなスキュティアが、飴を与えられるかどうかにかかって来そうね。たぶん無理そうだけど。
「ヘレナ、このスキュティアにお菓子作りを教えてあげて。きっちりした性分だから、覚えはいいはずよ」
それならせめて物理的に飴を作らせよう。スキュティアに魂を返して、わたしはヘレナに任せた。ヘレナが凄く嫌そうに見るけれど貴女の腕の見せ所よ。
「それで、肝心の巨大牡牛の心臓の行方は掴んでいるのかしらね」
もし黒幕が悪しきものだと厳しいわね。悪しきものが消滅している今、情報も錯乱していて、取り戻すのは容易ではない。
アミュラさんやオルティナさんから、あのたちの悪い偽神は自分の世界の救済など丸切り考えてないと聞いていたからね。
怪しいやつの目星はついたけど、スキュティアがいる所では話せないわね。それに、現状ムルクルの街の困窮を何とかしたいだろうから。
「そうね。それもあって、ヒュエギアなのね」
牛人の巫女さんはスキュティアが苦手なだけで、自分を慕う牛人の民を見捨てたいわけではなかったみたい。それなら一番詳しく話せる彼女から聞き出すべきよね。
「スキュティア、街の窮状はわかったわ。リビューア帝国が荷を奪わないと約束をするのなら、食料支援を行うわ」
まず、リビューア帝国から約束をしてもらえるとは思う。守られるかどうかは別としてもね。これは単に襲撃を受けた後の手間を省くための約束だから。正々堂々と賊徒を屠っても許される免罪符なわけだわ。
「わざわざ輸送に手間をかけなくてもいいんじゃないの?」
眼鏡エルフは駄目ね、お嬢よね。輸送っていうのは経済の活性化も兼ねているのよ。魔本の扉でロブルタとリビューア帝国で直接食料支援したって、バスティラ王国が儲からないじゃない。
それにスキュティアの様子から、同じ遊牧民族でも牛人の民と、騎馬の民では根本の思考が違う。育むものと、奪うものとが仲良く手を取り合おうというのだから、血を流すこともあるわよね。
「ねぇ、カルミア」
だから眼鏡エルフは、黙ってなさいな。簡単に運び込んでみせたら、ありがたみがなくなるの。儲けを上乗せ出来ないの。アミュラさんに叱られるでしょうが。
「ふむ。キミの好きなようにしたまえ」
さすがに先輩はその点をよくわかってるわ。雑魚い馬賊や暗殺者の集団を狩っていけば、わたしの巨大牡牛の心臓を盗んだ輩の尻尾を掴めるってわけ。
この一連の流れは悪しきものに唆されたか利用したかのか、巨人族の秘術を持ち出したやつの仕業だけどね。
そこへたどり着く前に、わたしたちはロブルタや旧シンマに巣食う闇を払う必要があるのだから、当初の目的通りに一掃しないとね。
スキュティアをはじめ、ムルクルの人々が素直な人達で逆に良かったのかもしれないわね。困窮がハッキリしていて、縋る以外にもう奪う余力も残されていなかったから。あ、違うか。助けを得るために奪う力を自ら絶ったのか。
それともう一つスキュティアが白状した事情が、他にもあった。馬賊の維持には馬の維持が必要で、自分達の家畜に食わせる草も乏しいのに、戦闘の役にしか立たない馬に大量の飼い葉を食わせる余裕がなかった。
わかりやすい懐事情には、わたしも同情するわ。いつまで経ってもお金が貯まらないのよ。
他所の街へ移るにも縄張りがあるのと、シンマが滅んでしまい宛がなくなり、東部の街はみんな似たり寄ったりの状況になっていた。
「冒険者ギルドや商業ギルドもないようだから、いずれ専用の隊商ギルドでも作って護衛させるわ。奪うより儲かれば襲う必要もなくなるでしょうからね」
これからは賊徒も間引かれ、慎重に行動するものが残ってゆく。リビューア帝国の中央がどう手を打つのかわからないけれど、生きるのに必死なロブルタやバスティラが暗殺者を雇い派閥争いに明け暮れる暇は当分ないのだけは確かだった。
どこまでも、貧乏と食料不足がついて回るんだけど、これってわたしが庶民の出だからって、厄病神の加護や貧乏神の加護持ちとかじゃないわよね?
※ 2023年9月18日、タイトル変更。
「巨大牡牛の心臓の行方」 → 「神の牛の心臓」
スキュティアの知る情報は、言い伝え程度に変更。




