第15話 錬金釜 ① 初めての犯行
錬金魔術科の授業も本格的な作業工程に内容が進む。まずは自分用の魔力合炉を作ることから始まる。
「みんなも知っての通り、魔力合炉は錬金術師の間では『錬金釜』 とも呼ばれる魔法の道具だ。」
エイヴァン先生が言うように、鍛冶職人なども使う魔力合炉は小さな魔力結界のようなものである。
投入した素材の成分と魔力を余さず利用するために、錬金術師は壺や釜のような形にして使い、鍛冶職人は窯の形で使う。
利用の仕方はそれぞれ違うものの、基本的な構造ご同じなのはそのためなのよね。自分用のものを造るのも、そうして使う用途によって適した形や魔力容量などがかわるからだ。
希少な素材で作る薬品なんかは魔力合炉そのものが、既に希少な鉱石や素材を使って作られているという。
鍛冶職人のものは後から結界符で、高熱に耐えられるように出来るみたい。魔力合炉一つ取っても、目的や用途に合わせて色々種類があって面白いのよね。錬金魔術科の生徒達もそれは同じ意見のようだった。
「ここにいるものは、今まで何かしら錬金釜を使った経験があるのは前の授業でわかった」
貸出用の錬金釜で実習したのは生徒自身の技量を図るためだと言っていたけれど、自分に合った錬金釜を作るためでもあったようだ。
「簡単なものなら市販のものや、貸出用のような錬金釜でも大した影響はない。だが君たちが錬金術師としてやっていくというのなら、自分の用途や魔力量に合わせた錬金釜を使う方が、性能や質に大きく影響するのはわかるな」
ニヤッと挑発的にエイヴァン先生が言う。頭でっかちの生徒をからかうような言動にわたしはムカっとするのだけど、女生徒の大半は素敵に痺れるらしい。
「プチダゴンの頭をキュッて絞って墨だらけにしてやりたいくなるね」
わたしの物騒な言葉にエルミィが呆れる。最初の会った時はエイヴァン先生に魅了されてんじゃないのって感じだったのに。わたしといたせいで正気に戻ったようね……なんてね、違うか。
「ほんとにカルミアは懲りないよね。面白そうだけど、講師相手にそんな事したら退学になるよ」
面白いとは思ってるんだ。まあ、やりませんけどね。わたしだって好きで騒動を起こしてるわけじゃないもの。
寮長のお説教って、ねちっこいし長いから辛いのよ。
「それより、どういう釜にするの? エルミィって薬学も受けてるのよね」
鉱石や魔物の素材を扱う錬金釜と、薬草や水分を扱うからすり鉢状のものを使う薬師もいる。魔力を込めないのなら、薬研のように専用の道具もある。
「薬は薬用のものを作るつもりだよ。錬金釜だと大き過ぎるし魔力を使い過ぎるからさ」
代用出来なくはないけれど、効率が良くないものね。ほんと用途によりけりだわ。
「万能釜があればいいのに、無理かな」
誰が使っても、どの用途に使っても、効率化と最適化をしてくれる錬金釜なんてあれば無敵よね。
そんな伝説的な魔法の道具もあるかもしれない。でもそんな優等生じみた道具で面白味のないものを作るよりも、失敗する可能性があった方が新しい発見もあると思うのよね。
錬金釜は学校にある素材を使って、各々自由に作って良いと言われている。
用意されているのはありふれた鉱石や低位の魔物の素材なので、能力や用途に合わせるといっても、貸出用のよりはマシな程度の錬金釜になりそうだ。
「流石にこれだけ無難な材料だと、おかしなものは作れないね」
エルミィがつまらなそうに言う。あまり特化したものを作って授業に使われても迷惑かける可能性が高いだろうし、学ぶ事が出来なくなるためだと思う。
他の生徒達は、錬金釜そのものを作る事が楽しいようだ。まあ滅多に作るものでもないから、気持ちはわかるわ。
「よし、これを使おう」
わたしはエイヴァン先生の用意した素材から無難なものを選び、貸出用の錬金釜へ投入してゆく。
錬金釜を作るのに錬金釜が必要なわけだけれど、最初の人って錬金釜なしで錬金釜を作ったって事になるわよね。
興味を持ちかけたけれど、わたしは錬金釜を作る事に集中する。そして魔晶石の投入の際に、わたしが生成した魔晶石をいれてみた。
快適スマイリー君が作った、ヘレナ成分たっぷりの魔晶石だ。せっかくなので自分に合う錬金釜で、ヘレナと相性良いものを作れたらいいなと思ったのだ。
スマイリー君特製魔晶石の入った錬金釜は、ヘレナの髪の色と同じ赤みがかった茶色をしていた。赤茶なので錆びて失敗したように見えるのでエルミィをはじめ、同科生みんなに笑われた。
うぅ見てなさいよ。これは貴方達の平凡な魔物の魔晶石と違って、可愛らしい美少女の綺麗で純粋な魔力が籠もっているのだから。
より魔力純度を高めるなら、ヘレナの魔晶石がもっと必要になるわね。
ただ……ヘレナは快適スマイリー君を嫌がるから、お風呂入った後の汗とか吸わせてくれないのだ。仕方ないのでヘレナが眠った後に、酸味の強いヤツレ実の皮を軽く削りヘレナの口の中に押し込む。
うなされていたようだけど、御免なさいね。おかげ様でヘレナからたっぶりの涎が回収出来て、快適スマイリー君も喜んで魔晶石化してくれた。
────翌朝、猛烈に喉の乾きとヤツレ実の削った皮が落ちていて、何かを察したヘレナにこっぴどく叱られた。
次からは犯行がバレないように、証拠の回収と水分補給を忘れないよう、わたしは肝に命じたのだった。