26 複雑な勢力図
ロブルタの王宮から先輩達が戻って来た。ローディス帝国内で紛争が起きているらしく、早々に戻って来たそうだ。
「戻って来て構わなかったのですか」
先輩はわたしではなく、カルディアの首に腕を巻き付け、ティアマトのように鼻をスンスンしながら違いを確かめている。
まとわりつかれるとうざいのだけど、先輩を自分に取られたようで何か心の中が、もにょもにょするわね。カルディアも何故か満更でもない顔なんだもの。
まあいいわ。よし、先輩はカルディアに任せたわよ。湯郷理想郷計画は、わたしがやっておくから。
「やはり違うね。似たような姉妹という感じだ。やはりカルミアの首が一番良い」
先輩が戻って来て、わたしの首を狩る。カルディアは器械像でもあるから、実は骨格もわたしよりしっかりして頑丈だ。先輩はこのわたしの脆さが良いのだよ、と嬉しそうに首をグイグイした。
カルディアがニヤッとした。美声君を使わなくても自分に近い存在だからか、何が言いたいのかわかって悔しいわ。わたしとカルディアの湯郷理想郷計画を巡る攻防はまだまだ続くようね。
「それで、ローディス帝国から、流入してくる避難民の処置は国王陛下達に任せるとして、介入はしないという事でよいのですね」
「ロブルタとしては、戦力はともかく、介入するには食糧事情が乏しい。先の戦いの被害が回復していないのだから当然だな」
このタイミングで、アミュラさんをロムゥリに据えられたのは実に大きい。商人としての才覚は、ムカつくけれど女商人の方が総合力は上だ。
しかし、アミュラさんは兵站術に長けていると思う。本人も気づいていない才覚じゃないかな。だから、わたし達には最高の商人なのよ。
湯郷理想郷計画も、湯覧船がどうこうより、しっかり輸送面の利便性を考え川幅を広げ、貯水湖の氾濫を抑えて作物の収穫量を上げるようにと、計画を打ち立て直していたからね。
「一つのクランに、国家レベルの人材と戦力が整っているのだな。僕らも見習わなければなるまいよ」
そう思うのなら、お坊ちゃんお嬢ちゃん貴族だけじゃなく、庶民の有能な人材の登用をお願いしますね。
学園の中にも有能な生徒達はいたものね。ノヴェルの魔本を一緒に作っていた子らなどは、小さな地方領主の子などで、戦災で土地を失ったものが割といた。
戦禍がなくても貴族になれたか怪しい状況だからこそ、学園に入って手に職をつけようとしていたのだから。
戦争続きで、ロブルタ王国は貴族による領地経営が機能せずに滞っている。先輩がいま、ロブルタ王として君臨するのなら絶好の機会なのよね。
「王国の経営は君に任せる。好きにしたまえ」
この人、本当に玉座に未練がないのでヘレナとか苦笑している。ヤムゥリ様を女王に立てたのなら、先輩も女王として立てと言われたらしい。
こういう状況なので反抗も起きにくく、すんなり代替わりしやすいのは確かなのよ。
でも先輩は断った。多分、オルティナさん達からムーリア大陸の皇女の話しを聞いたせいだ。先輩は器が大きすぎて、ロブルタ王国だけでは収まらない。
「ヤムゥリがその気なら彼女に任せたまえよ。僕はキミと駆け回る方が性に合っている」
つまり、ずっと先輩のお守りをしろと言うことらしい。国王陛下は先行きが見えず、心労でせっかくフサフサになった頭を抱えて抜けた毛を悲しそうに見つめていたそうだ。
王妃さまは戦時中だから式典は省き、強引にでも先輩を王に据えよと命令を出したみたい。
「名目上は、先輩はもう女王の座についたってことね。英雄王から放浪王に称号が変わりそうだわ」
「言ってなかったが、母上はご懐妊なのだよ。戦力のある僕に、暗殺者の目を引き付けて置きたい思惑があるのだな」
うわぁ、聞きたくなかった大人の事情。いや、情事かしら。先輩と王妃樣の間で取り引きがあったみたいね。先輩が自分から生まれてくる弟か妹のために身体を張ると告げたらしい。
新しく生まれてくる子供が次の王位を継ぐ年になるまで、暫定王座なのだと。
「それじゃ吸魔の里に行くより先に、暗殺者集団を潰すのが先ね」
強さはわからないけれど、狂人みたいなのにずっと我が物顔でウロチョロされるのは嫌よね。
······ずっと気に掛かっていたんだけど、暗殺者集団達より西の国の方がヤバいんじゃないかって。
邪なるものはローディス帝国に根を張っていたようだけど、デカブツの巨大牛人って、どこが呼んだのか謎だったのよね。
先輩とロブルタ王宮の文献を調べてみたけれど、牛人に関しての記載はダンジョンで見かけるミノタウロスのような獣人系のことだけ。
悪しきものは、魔女さん達が倒して残滓を潰して回っていたそうだけど、信徒は各大陸に広まっていたみたい。彼らの拠点とするムーリア大陸の国々も侵教されていたようだし。
「西方にあるリビューア帝国は、自由で気高い人々の住む国だったはずだよ。海洋民族でもあり、様々な部族の暮らす集合国家だ」
牛を神聖視しつつも、有用に活かす国でもあるとか。ムーリア大陸の都市国家郡が、そのまま一大帝国として手を繋ぎあったような国みたいね。
話しを聞く限り、面倒そうな印象が強いわ。そういう地なら、秘かに儀式召喚していてもおかしくない。
ただし、それが国の総意ではないだろうという事も頭に入れておく。
「乗り込んで、片っ端からダンジョンなり神殿なりを探るしかないか」
わたしがそう断言すると、先輩が目を輝かせた。ダンジョンの中だと広い所でもない限り、今までのような火力にものを言わせるような戦闘にはならないと思いますよ。
そういうわけで、主要メンバーの招集をかけた。リビューア帝国へ行くのはわたし、先輩、ヘレナ、エルミィ、ティアマト、ノヴェル、メネス、ルーネ、シェリハ、バステトだ。
ヤムゥリ樣は、蠍人の巫女セルケトのいるエドラに向かった。タニアさん、モーラさんは護衛従者として、ヴェガとミューゼの吸血鬼族部隊をヤムゥリ王女親衛隊として加えた。
ロムゥリにはアミュラさんがフレミールとわたしの分身みたいなカルディアといる。ドライアドのドローラと蠍人戦士アクラブ戦士団が街を守る。
フレミールには、申し訳ないけれどロブルタの主要都市にいつでも駆けつけられるように残ってもらったのだ。
港街のプロウトには、女傑リドルカ候爵に吸血鬼族の戦士達が防衛に向かい残っている。アミュラさんが人材の不足分を補うそうなので、そこは任せる事にした。
ロブルタ王都には、ヒュエギアにノエム、バステトの眷属とわたしの獣魔達が農園と育ち始めた霊樹を守っている。霊樹の根本はヒッポスのお気に入りらしい。バルスはバステトが騎乗にしているので、今回は円盤君を引くために、ガレスとガルフを連れて行くことになった。
リビューア帝国の情報は、シンマ王国が滅んでしまったいま、殆どないに等しかった。とりあえず、大きなお風呂があるのかわからないので、ロムゥリにある大浴場で久しぶりにみんなで入った。
頼むわよ、分身。帰ってくるまでに、わたしの夢を少しでも実現させておくのよ。
第二章 砂漠の心臓編 この回をもって終了となります。第三章まで、しばしお待ち下さい。




