24 ヤムゥリ女王とバスティラ王国
滅びたシンマ王国にかわり、新しく聖地エドラを都としたバスティラ王国が誕生した。玉座には元シンマ王国の第二王女ヤムゥリが就いた。
しかし、彼女は代王である事を始めから宣言しており、真の王は、ロブルタ王国の跡継ぎアストリアだとした。
◇
「まったく、悪女の王女様らしく堂々と玉座に就けばいいのに」
建国の宣言は壊滅したエドラではなく、ヤムゥリ様が最初に復興を手掛けた街ロムゥリで行われた。
「いいでしょ。私にも誇りがあるもの」
女王になったことで、国を捨てて逃げた元シンマの王や貴族達が我が物顔で戻ってくるのが嫌だったそうだ。
彼女は王座につかないことで、彼女の血族がバスティラ王国へ入り込めないようにしたのだ。
「まあ、私が最初に出す法令はノコノコと顔を出した、戦犯貴族の打ち首よ」
ニヤニヤしながら目の前に引き立てられて来た実の姉へとハッキリ聞こえるように言う。ユルゥム元王女は、身震いした。自分が妹を切り捨てたように、妹も自分に情などかけない事がわかったからだ。
最高に楽しそうね。昔、貴女殺されかけた時の事を思い出すわ。いい笑顔をしていたものね。ヤムゥリ樣のこうした徹底ぶりが今は憎めないのよね。
わたしの感慨に対して、悪い顔をして愉悦に浸るヤムゥリ様の顔がみるみる歪む。
「あ、貴女の頭、おかしいでしょ。殺しかけたのは事実だけど、あの頃の仕打ちの酷さを忘れないでよ」
ほら、威厳を見せつけないと、ユルゥム元王女がいっそう怯えるだけですよ。この悪魔のようなヤムゥリ様を怯えさせるわたしに、見てはいけないものを見てしまった顔をする。
「この女、信じられないわ。痛みどころか、生き恥をさらしたのに」
本当に何をそんなに驚愕しているのかしら。少し成分欲しさに絞り続けただけじゃないの。
「嫌な思い出のわりには、その頭飾りとか標準装備になってるわよね」
痛い娘のようで誰も触れなかったけれど、ヤムゥリ様はなんちゃって兎人と呼ばれている。ニセ兎人だからね。装備の更新は繰り返しているけれど、頭飾りはお気に入りみたいだわ。
「これは私のだもの。好きにさせてよ」
「先輩が、黒パンを愛するようなものかしら。ヤムゥリ様が気になさらないのであれば構いませんが」
王族の恥ずかしい概念というものに関しては、一般庶民との感覚にかなりの誤差がある。
多くの人にかしずかれて素っ裸になるのをためらわない先輩のように、ヤムゥリ様にも独自の矜持があるみたいね。まあ、専用装備品なので、気にいったのなら良いとおもうわ。
耳元には虹色輝星石が二つ付いていて、みんなの魔力が詰まっているのもあるかな。
なにせただの飾りとして売るのなら、基本の原材料が安いから利益が充分見込めるのよ。代理とはいえ女王様が身につけているとなれば、みんな買うわよね。
「耳のついていないタイプが売っているから無理だと思う」
ぐっ、眼鏡エルフめ、少しも夢を見させないド正論を吐いて。
「それで、その人はどうする? 縛首にするなら恨みそうだから、招霊君で呪いを回収させてね」
わたしの言葉にユルゥム王女が「血も涙もないの」 と騒ぐ。実の妹を見捨てて切り離し、守るべき民を見捨てて逃げだし、共に逃げる肉親を切り捨てて、いまこのユルゥム元王女はここにいる。血は王女が流すとしても、涙は流せないかな。
最低の人間だけど、生き足掻くさまは素晴らしいタフさを見せつけてくれた。さすがはヤムゥリ様の姉というわけよね。
「血を分けた姉妹だから、否定はしないよ。でもその言われ方は、なんかムカつくわ」
同族嫌悪っていうものね。なんか、ヤムゥリ様がキィーッと怒り出した。余計な事を言って興奮させないでとユルゥム元王女からも懇願される。大丈夫よ、ヤムゥリ様はいろんな意味で公正だから。
「当たり前じゃないの。姉上にはひととおり私と同じ目にあって貰わないと」
投獄したのも、ある意味再現よね。まあ、ヤムゥリ様の方がもっと過酷だったけど。
「ぐきぃ〜っ、おまえがやったんだろうがぁ」
手加減しているのをバラされて、誤魔化したって駄目よ。わたし、ヤムゥリ様は仲間として、お友達として信頼しているけれど、ユルゥム元王女には素材抽出の対象としてしか興味ないもの。
盛大にデレるヤムゥリ様に、エルミィが呆れてため息をついた。この眼鏡っ娘には言っている意味がわかったのね。
「えいっ」
ヤムゥリ様の魂をいただくことにした。多分だけど、これからこの人はシンマの旧王族や貴族の手のものから狙われる。先輩はすでにわたしの手の内だけど、ヤムゥリ様も危険だからね。
「何をするのよ」
「死んでもいいように処置しただけよ。バステト、貴女の一族以外にも暗殺者にされたものはいるのでしょう」
ニュッと、どこからともなく現われた狂人。
「混乱をもたらす一族と、獣をさらすもの一族がいるねィ。イミウトは吾輩達の敵ねィ」
フシャァァと、怒り出した。なんでも獣を狩り殺し、首を切り落とし、胴体を首の根から槍で串刺しにする儀式を好む種族だとか。
いや、貴女もわたしの首を刈ろうとするから同類よ、と言ったらなぜか狂った。
「ああいうのが、これから夜中にこっそりやって来ると思うと眠れないでしょう?」
バステトは具体的に二つの部族を上げていた。闇が深いわね。邪なるものが密かに育てていた組織らしい。実際は他にもいそうだけど。
「幸いセルケト達蠍人が騒ぎを起こしたおかげで、闇の住人達も西へと逃げたみたいだわ」
手探りに偵察に来た奴を捕まえて、彼らがかつて根城にしていた街を調べたいわね。だって、財宝隠していそうだもの。
「そのあたりはタニアとメネスをチーム分けして探させなよ。それで、どうなるの私」
ヤムゥリ様は権力欲はまぁまぁあるけれど、財宝に関しては無頓着だ。ただ探索者のチームを作って調査させるのは良い考えだと思うので、後で二人に話してみようと思う。
「分魂はしたから魂はかえすわ。先輩やセルケトもだけど、ヤムゥリ様もいまはルーネやドローラの状態に近いわ」
強いていうなら、分体はわたしが預かり本体はそれぞれ本人のままだ。ますますわたしってば、死霊術師じみて来たけど、錬成師で錬生師なわたしは生命の扱いに長けて当然なのよ。
最近は扱える魔力量の桁が上がったので、錬金釜の更新祭りが必要になったくらいだ。
「筋力はちっともあがらないのにね」
ぐむむ、眼鏡エルフめ嫌味な一言で的確にわたしの心を抉るわね。宝珠に集まった招霊君達も結構な数がいたので、まとめてヤムゥリ様を守ってもらう。意外と人望があるのは、シンマと蠍人との戦いで共に戦い亡くなった方達が、無念に散って力を奪われた魂を呼び寄せたからね。
邪なるものは冒険者達に任せて、わたし達は新たに広げた領土の復興と、蠍人の故郷への帰還、暗殺者達との戦いになる。ヤムゥリ様はエドラでバスティラ王国の政務を行うことになるので、ロムゥリはを任せるものが必要になった。
「ドローラは駄目なの?」
「あの娘はやれば出来るけれど施政官ではないもの。メネスやタニアさんは探索者として吸血鬼族とチームを組ませるし、モーラさんにはヘレナのようにヤムゥリ様の専属の護衛になってもらいたいからね」
本当は先輩が戴冠し、ロブルタ、バスティラの中央に位置するこのロムゥリを、新都にして大王の座につくのが一番なのだ。
「あの人は貴女に付きまとう気でいるから無理よ」
ヤムゥリ様に断言された。ちなみにいま先輩はヘレナとルーネにフレミールとシェリハを伴い、ロブルタの王宮に帰還して報告と今後の方針を練っている。
大まかな筋書きは先にみんなで話し合っていたので、あちらの情勢による変更があれば、美声君の伝声で伝えてくる。あっちはあっちで騒ぎになっているみたいだけど、フレミールもいるし先輩がなんとかするわよね。




