21 死滅した世界
埃臭い広間にいたのは、神殿の巫女といった感じの蠍人だった。蠍人を扇動したわけでもなく、暴走を止めるわけでもなく、なんでこんな所で一人で敵対するわたし達を待っていたのかしら。
「とりあえず封印っと」
何か蠍人の巫女が話し出そうとしていたけれど、呪いの言葉かもしれないので、浮揚式鉢植君改の中に封印した。
「はぁ? 何してるのカルミア??」
殊勝な顔で、真面目に話しを聞こうとしていた眼鏡エルフが叫んだ。馬鹿ね、呪いを使ったのが特定出来てないのに、蠍人の巫女なんて怪しいのを放置するわけないじゃない。
「キミの考えはもっともだが、フレミールに降伏を申し出たのは確かだぞ」
先輩はわたしが倒れている間に、何があったのか教えてくれた。のこのこと、無害を装って歩いてやって来たらしいわね。神殿内の案内をしたいから、そこで待っていると言いに来ただけのようだ。
「殺されても良い覚悟で来たのなら、好きにして良いわけでしょう?」
というか、蠍人なのに誰も攻撃に移らなかった時点で、わたしの中では処分確定よ。怪しいどころじゃないわ。なんか、違うの、本当の事を伝えたいだの騒ぐけど、舐めた真似をしてくれるわね。
ルーネ専用の浮揚式鉢植君を改造した鉢植君改は今のフレミールの魔力でも脱出がやっとのはず。今回の戦いで魔力を相当失った巫女には、簡単に脱出など出来ないと思うけれど、監視は厳重にしましょう。
「バステトの力を奪い、三人の蠍人に分け与えたのは、この蠍人よ。それにデカブツをつくり出して指示を出していたのもね」
まあ、みんなも疲れていたし、エルミィが騒ぐから、不意を付かれたんだろうね。エルミィがグムムッって唸ってるけど。
「とりあえずダンジョンの中を探りましょうか。ろくなものがなさそうだけど」
囚えた蠍人の巫女はわたしの役目がぁ、とかまた騒ぐ。あのねぇ、自分で調べられるものを、さも自分が案内しましたみたいな恩の売り方をしたって、誤魔化されないわよ。
道すがら暇になるので、蠍人の巫女に魔法封じと自爆付きの美声君を作って咥えさせた。デカブツを操るような魔力を抑えるのは無理だけど、呪いを実行しようとした時に壊すためにね。
「うぅ、わかっています。ただ一族の名誉のために誓って言わせていただきたかったのです。私達が邪神の呪いで操られていたと」
わたしが邪なるものと呼ぶものに蠍人達の神官級のものが操られて、様々な災厄の原因を作ったらしい。
「まあ、そうでしょうね」
順番的にはそれは正しい。順番的にはね。
「えっ?」
巫女だけでなく、先輩以外、みんなきょとんとしていた。
「えっ? なんで、驚く所ではないわよ。当然の流れでしょうに」
わたしはヤムゥリ王女樣と歩くバステトを見た。ニィといい笑顔の狂人。力だけでなく、知能も取り戻したのかしら。
「呪い云々以前に、バステトの国を侵略して滅ぼしたのは正気の蠍人達なのでしょう、バステトを封印して力を分け与えたのが貴女だとして、それから何年経っていると思うのよ」
いつ邪なるものが入り込んだのか、これはノヴェル達のドヴェルガーの国が滅ぼされた時期と関わりがある気がするのよね。
因果関係があるのかどうかわからないけれど、ノヴェル達といた術師のギルドはバステトの国と関係があって、滅んでしまったため、援軍を送れなくなったのだとわたしは思っている。
帝国に潜む邪なるものが、ドヴェルガーの国の次に狙いをつけたのが、バステトの国だ。ただバステトの国は蠍人に滅ぼされていたので戦いになった。
この戦いで両国は疲弊したのか、異界の強者を率いた悪しきものの信徒をはじめ人族の軍団に帝国、両王国を制圧された可能性があるわね。魂を欲する悪しきものの思惑が、働いていたのは言うまでもないわ。
蠍人を封印していた神殿の力を、シンマの王が自ら弱めてしまったため、蠍人達が出てきたのだろう。
邪なるものも、悪しきものの勢力が弱ったために、急に動き出したのかもしれない。
付け入る隙がなければ邪なるものも手が出せないのだけど、隙はシンマの王が自ら作ってしまった。邪なるものの介入でバステトの封印が解けた。復讐に動く彼女を利用して、邪なるものが蠍人の巫女にして女神である彼女に呪いをかけ、一族を汚染した。
「そんなわけで貴女が呪われていても、まともでも敵は敵という原則は変わらないのよ。わかったかしら」
浮揚式鉢植君改の中で、蠍人の巫女が肩を落としてがっくりしている。残念ながら貴女達がこの世界に介入して来る神々なのは知っていたのよね。
おもに冒険者達や最近知り合ったアミュラさんやオルティナさん達からの情報だけどね。辻褄が合うし、あの時代から生きるフレミールが、ようやく認めたからね。そんなに辛かったのかしら、試飲薬。
「馬鹿なことを仕出かすが、やはりキミは賢いのだな」
また先輩が回りくどい褒め方をする。あくまでも想像の範疇に過ぎないわよ。確かめたわけじゃないもの。
「肥沃な大地欲しさに侵略を行ったことは認めます。私達にも事情はあったとしても、こちらの世界の事情とは無関係ですから」
蠍人の巫女の言い分では、侵略は完全に蠍人側の思惑あってのことで、事実を認めるようね。だた罪悪感より使命感があったみたい。それについては実際は過去のことだから、わたしとしては本当はどうでもいいのよ。
「いったんは貴女達、蠍人は勢力を広げたのよね。蠍人だからって、砂漠が好きってわけでもないのでしょう?」
肥沃な大地を欲しがったわりに、シンマの地は荒れて砂漠化している所が多かった。神殿の力が弱り、この世界に戻れた時に目にした光景に一番怒りを感じたのは、この蠍人の巫女なのではないかと思った。
「異界の強者を呼び出すために、かなり無理をした結果が、このシンマの有り様よ。怒りに囚われなければ、吸血鬼族と手を組んで戦う選択もあり得たわけね」
隙を付かれたのも、そのせいね。いくら操られているにしても、力を奪われたバステトが蠍人の中心に潜り込むのは厳しいもの。
「それは、私のせいです。あんなにも緑豊かな大地を、ここまで荒廃させたもの達に負けたのかと思うと悔しくて」
先輩がニヤニヤしている。好きだよね、こういう壊れた人が。バステトは力負けしたことには特に何も思ってないみたいだし、ヤムゥリ王女樣はその場にいたら、自分の親族を率先してぶっ潰してたわね。どうして、わたしの周りには頭のおかしな貴人が集まるのかは、もう考えたくない。
「よし、決めたわ。魂を寄越しなさい」
聞き役に回っていたみんなが、またわたしがおかしなことを言い出したと呆れていた。
「魂······ですか」
わたしが何を言っているのかわからないようなので、有無を言わさず聖霊珠を取り出し蠍人の巫女の魂を取りかえる。
やっぱり貴女が星核の持ち主だったから、巨星が輝いていたのね。
「これで貴女はわたしのものね」
まったく無抵抗だったのは、どのみち案内するつもりだったからかしら。魂を人質に裏切りは封じたので、ひとまず浮揚式鉢植君改から解放した。みんなの視線が痛いけれど、気にしたら負けよ。
ダンジョンの最下層へついた。ダンジョンというか、地下施設よね。蠍人を封印し、そのまま祭壇に利用して異界の強者達を呼んでいたのだ。
「その先の扉が私の世界へ、繋がる通路になっています」
古びた大きな扉があった。わたしとノヴェルの合作の魔本の扉のように、認めたものしか通れない扉。
蠍人の巫女の住んでいた世界は、異様に大きく紅い太陽とそれの半分くらいの光を放つ太陽がある。
「なに、この世界。地表が陽光で黒々と炭化してるわよね」
だから逃げて来たのか。干上がってしまって、水気もないわね。エルミィとシェリハがすかさず結界でみんなを包む。一応蠍人の巫女にもね。
「光を媒体に生きる魔物や、生命体くらいしか生きていけない環境ね」
こんな世界で生命体が活動しているのは驚きよ。これは、いくらなんでも大地の再生は難しいわ。星核を戻したとしても、破滅が確定しているようなものだもの。
生命体がいたとしても、蠍人が生きることが出来るかどうかは別だ。
「いいわ、星核を分析して地下に貴女達の安寧の地を築いてみるわ」
可能性があるとするのなら大量の魔力は感じるので、ノヴェルのダンジョンメーカー頼りになるわよね。生命の死に絶えた星なら、ダンジョンをどれだけ造ったって、生態系を狂わすも何もないものね。
「助けて下さるのですか」
蠍人の巫女が図々しいことを言ってるわね。最初からそうしなさいな。貴女方の介入が、ノヴェルの国やバステトの国をはじめ、ややこしくしている自覚を持ってほしいわ。
「追い出すだけよ。貴女の場合は、奪いには来たけれど、この世界に居つくつもりだったのでしょうから」
異界の強者を召喚したり、ボコボコと魔物を量産したりさせたのは、悪神邪神の類いだ。あれらはこの世界がどうなろうと知ったことではないと無茶するからね。シンマの惨状を見ればよくわかるわ。
だから、この蠍人の巫女の思いもわからなくはないのよ。どうしようもなくなってヤケになって奪いに来たのは許せないけれど、あいつらと理由が違う。
「キミの根拠は相性かね」
先輩、よくわかってらっしゃる。そうなのよ、蠍人だけに虫干しして、干からびるまで成分を抽出させて欲しいわ。蠍人の巫女は、上質の魔力を含んだ魔晶石が出来るはず。
倒した蠍人の魂は宝珠に集まり、邪なるものに奪われずに済んだ。魔物達のは半分くらいは奪われたけれど、もう半分は大地に還った。
「状況はわかったから戻りましょう」
この死滅した世界からこれ以上、蠍人がやって来ることはないのがわかった。ヤムゥリ王女樣次第だけれど、蠍人はしばらく滅んだシンマにかわり、彼女のつくる新しい国で保護させよう。
「勝手にいろいろ決めてるけど、住民達と揉めないの?」
「惨状をもたらしたのは、結局シンマの王侯貴族達だから、シンマでただ一人民のために残り、人々を守った貴女が認めれば、吸血鬼族も蠍人も関係なく受け入れるわ」
そういうふうに、こちらに都合よく物事が運ぶように先輩が下地を作っている。散り散りになった蠍人が行った先々で悪さしていたのなら容赦なく討伐するけれど、戻って来て従順に王女樣の民に加わるなら、この器の大きなヤムゥリ王女樣は差別なく受け入れるわ。
「あなた、ずっとそうやって、私の行動を勝手に決めて」
ぷりぷりしながらもヤムゥリ王女樣は、頼られて嬉しがる。先輩とは別の意味で乗せやすく、別け隔てなく人を導ける才能の持ち主なのよ。
ダンジョンから戻ったわたし達は、神殿に残された財宝全て引き上げて、円盤君で待つ仲間達と合流した。




