第14話 自由科目
ヘレナには悪い事をしてしまった。彼女は幼く見られるのが嫌だったからだ。
「私も確認ちゃんとしないから悪いの」
泣きながら、それでもヘレナは許してくれた。快適スマイリー君自身は悪くないのに、泣かされる人が続出する。
わたしも反省しエルミィからシーツだけでなく、砂糖の提供を促す。エルミィも自分が被験者になれない理由を知って複雑な表情をしながら、お詫びの品を持って来てくれた。
「……かえって気を使わせたわね」
わたしの開発した品々は、エルミィの興味は引いたようだ。本当は売るつもりだったけれど、ヘレナを泣かせてしまったので手持ちの砂糖と交換してもらった。
連日騒ぎを起こすせいでティアマトとは別に、わたしは寮長の持つ要注意人物リストに載ってしまったようだ。
錬金魔術科はその性質上、実験での騒ぎを起こす事は多い。でも寮内で立て続けに騒ぎを起こす人は今までいなかったと、寮長にため息混じりに愚痴られた。
ティアマトの件は一緒にしないで下さいよ、といいたかったよ。まあ言った所で関わりあったのは事実なので、文句を言えないのが悔しい。
おかげでエルミィとも打ち解けたし、わたしもヘレナも新しいシーツで快眠性アップしたから良しとしようか。
付与魔術科の二日目は、延々と先生の講釈を聞くだけで終わった。わたしはともかくヘレナのように自分自身へ付与するタイプは、付与による効果で万能感を体感しやすい。
口を酸っぱくして注意しておかないと、暴れる者が毎年のように出るそうだ。
「ヘレナはもう使えるんでしょ?」
「うん。基礎程度だけどね」
すでに万能感というより魔法による能力向上効果の気分を味わって、やらかした後だったそうだ。
「魔力が高いと効果も上がりやすいもの。その分反動も大きいのが難点よね」
一緒に組んだことのある冒険者パーティーの付与魔術師は、効果を三段階にして使い分けていた覚えがある。
いま思うと自分にも他人にも使い分けしつつ付与していたので、凄い人だったのかもしれない。
学校卒業して田舎町に戻ったら、あの冒険者パーティーと、一度話がしたいものだ。
わたしの教わった常識が、あのパーティーのせいでズレてるんじゃないかと、同世代の子達の集まる中で感じるようになった。
お昼をみんなで食べた後は、自由科目の時間だ。選択科目は二科目までだけど、自由科目のある日はもう一つ好きな科目を受けられる。
選択科目と違って同じ錬金魔術科の授業だとしても、もちろん内容に差はある。魔法を使うものとしての嗜みとか、知識の幅を広げる役にも立つようね。
わたしはヘレナと一緒に、魔導技術科を覗く事にした。付与士のわたしにとっては魔導具使いなんて天敵みたいなものなわけ。でもさ、良い機会よね。魔導具に付与するとどうなるのか、実際試せるのかなど知りたいじゃない。
「そんな事して、魔力暴走したりしないかな」
なんかヘレナが未来をみたような発言をした。大丈夫よ……たぶん。魔道具に魔導回路を刻む方がいいのかな?
ともかく魔法に関する書物が見つからないので知りたいのよね。失敗しちゃって記録残っていないのなら、失敗しなければいいのよね。
そのためにも魔導技術科で、基礎を少しでも学んでおきたいわけなのだ。
魔導回路、魔法陣、刻印などは、記号や文字を起動させたい場所に標す必要がある。
付与や呪符と違って、基本的には刻むものが多い。使用するものや場所が大きくなりがちなのも特徴の一つだとわたしは思う。
呪符師の凄い器用な人は、砂粒くらいの小さな物に魔力を込めて文字を印すという都市伝説がある。
未知の病とか、そうした呪符師による呪いの砂が、目に見えないうちに身体に入り込んだと噂されたものだ。
もっともそれならそんな細かな作業してまで呪術を使うよりも、瘴気をバラ撒く方が早いなんていう輩はもいる。
やってる事の是非はともかく狙った相手や獲物だけをきっちり仕留めるなら、かなり厄介な方法だと思う。
貴族などの派閥争いで医師も見放す原因不明の病による死は、暗殺や毒とか公にしたくないとか色々あるだろうからね。流行り病でもないなら、わたしは呪符師を疑うわね。
ヘレナがわたしの身体を揺するので我にかえる。ほんの数日でわたしの奇行に慣れ、被害も受けているというのに、いい娘だよね。
魔法学園内には、彼女の魅力に気づくものはいないと思う。冒険者達は危ないわね。実際通りを歩いただけで、何度声をかけられたことか。
虫除けの粉で、あいつら寄り付かなくなるのかしら。ヘレナのためにも開発を急ごう。
魔法学園に入って何が一番いいかって、研究対象が豊富で発想が次々に浮かぶ事だ。
田舎町だとこれがまるきり駄目で、色んな物に対して必要性がないから困るのよね。
物をろくに必要としない生活が成り立っている。それが発明の妨げになっているのは盲点だったわ。
学園に来て本当に良かった。それにここだと助言だってしてくれるからね。
快適スマイリー君は美容だけに使うのではなくて、傷を癒すのにもいいのではと、エルミィから助言をもらった。
怪我で発熱した患部を冷やしながら消毒して、治療薬を施すとかね。彼女は薬学も習っているから開発に成功したら買ってくれそうだ。
ヌッフッフ〜、助言役であり愛用者にもなりうる貴重な人材だわ。
「カルミア、悪い顔になってるよ」
また独自の世界に浸りそうになったので、ヘレナが優しくポカポカと叩いて戻してくれる。おかげで貴重な自由科目の授業は、しっかり学ぶことが出来たよ。
そして今夜もお風呂がわたしの疲れを癒やしてくれる。ゆったり出来るせいか、色んな発想が浮かぶのよね。
排水の問題を解決すれば、家でも簡易化したもの置けそうね。
「カルミアは本当にお風呂が好きだね」
わたしが呆けっと考えている間に声がかかる。そう言って来たヘレナも、わたしに付き合わされて連日入浴に来てるじゃないの。
わたしのせいで全身ツルツルになって恥ずかしそうに隠しているけど、可愛らしさが増して個人的には良い仕事をしたと思い直してる。
それを言うと見た目以上にある筋力でポカポカされて痛いので、黙っておく。
スマイリー君の件から、わたしは秘密裏にヘレナ美少女化計画を目論んでいた。そうとも知らず、純真可憐なヘレナは、ティアマトとお話ししているのだった。
わたしがもう一つ美容で注目したのは、エルフの食事だ。エルミィのおかげで、彼女らの主要の食べ物が良くわかった。
わたしたちが普段食べない食材の中に、エルフがエルフである理由が隠されている気がするのよね。
食材の買い足しの際はエルミィを理由に、美肌効果の高そうな物も買っておく事にした。
快適スマイリー君はしょせん一時的な効果だから、本格的にやるなら体質改善が一番だ。
エルフの日常で使う食材は売ってる店があまりなかったけれど、安く仕入れられた。
まあ、木の根っこのような食材とか、齧るのも大変そうな茎とか、苦そうな葉とかばかりだからだろうね。
わたしが色々と企んでいるとも知らずヘレナは無邪気に笑う。わたしがいつものように考え込み過ぎて、湯船の中で溺れかけたからだった。