20 砂漠の心臓····墜つ
巨大蠍人も、竜化したフレミールによって墜ちた。残りは巨大蠍人だけだ。
滅びた王都の周域で魔物狩りをしていたメネス、シェリハ、ヤムゥリ王女樣がわたし達と合流した。
大量の素材は自動掃除人形君を十体ほど作ったので回収を任せている。蠍人の戦士に見つかると壊されてしまうよね。そのため、対視認の擬態つきだ。混乱して動揺している蠍人達が、魔物の死骸に興味を持つ余裕なんてないと思うけどね。
逃げた魔物や蠍人は放置している。バラけて逃げたものを追う余裕はわたし達にはないから。それにリーダー格のいない小部隊では、ロムゥリやプロウトの城壁は破れないと思う。
逃げた魔物も、本能的にロブルタ方面は避けている。共感覚でもあるのか、同族が痛い目にあっているのを知っているのかもしれない。まあフレミールの存在感をわからない魔物は、魔物として駄目ってことよね。竜の魔力の薄い側に、わたしだって逃げるわ。
蠍人もそれは同じようだ。こちらはわたし達がどこから来たのか認識している。まとまって逃走すると火竜の咆門の餌食になるので、散り散りに退散しているようだった。生存する魔物も、北西に向かうのはそのためね。
「メネスとシェリハはごっつ君でガードしつつ、デカブツの素材を回収よろしくね。ヤムゥリ王女樣は、蠍人を要警戒で」
わたしは先輩とルーネとともに巨大蠍人へ嫌がらせの攻撃支援を行う。ヘレナ達はフレミールの邪魔にならないように、デカブツの巨大な足を一本ずつ切り取っていた。
「再生速度が他の二体より早いわね。それと、歪な感じ」
フレミールのようにデカブツにも進化があるのかしら。巨大牛人もサイズ違ったから、この巨大蠍人もそう考えておくべきね。
あの距離からわたし達を発見して魔法をかけて来たくらいだもの。
「先輩、ルーネ、いったん退いて」
わたしが嫌がらせに放ったモチモチ玉の真似をして来た。蜘蛛の巣のようなねばつく網で空を翔ぶ二人を捕らえようとしたのだ。冒険者のようにたちの悪い魔法の網は、拘束して触れた部分から溶かす液体に塗れていた。
「距離を取ると、威力が落ちるのをわかってるわね」
まとわりついて動くヘレナ達には、巨体を動かすことで対応する。
「嫌がるってことは、外殻を削られるのが痛いって事よね」
それなら楔を打ち込んで再生で傷を塞ぐ前に魔法の侵入路を築いてやるわ。
「先輩、ルーネ、これを上空から投下して」
モチモチ玉の爆発型だったのだけど、蠍人の外殻が固くて通じなかったものだ。
「失敗したのだろう?」
先輩が不思議そうに見る。
「爆発した時に、ひっ付いたトリモチが魔力を吸います」
出来れば錬金釜でちゃんとしたのを作りたかったけれど、いまは火力を通すのが先だ。付与で魔力吸収を行い、薄くなった魔法防御部分に火竜の咆門を撃ち込む。
空いた穴に楔を打ち込み、傷を塞がれても、内部に魔力誘導を行う。先輩とルーネが再び空高く舞う。みんなには空からモチモチ玉もどきを放ることを告げて、時間稼ぎの後に離脱させる。
「フレミール、聞いての通りよ。どこに魔力誘導線が作れるかわからないから、一番集中したところに攻撃をお願い」
いい発想を貰えたわ。頑張って削ってもデカブツの底無しの魔力でふさがれて、こちらの魔力も物資も尽きてしまう所だったから。
いくらフレミールが強くても、連戦で孤軍奮闘する火竜と、補給を受け続けられている巨大蠍人では、継戦能力に差が出てしまう。
「ワレは負けぬわ」
強がっているけど、こちらの有効的な手段を見計らって、魔力を温存しているのはバレてるわよ。真竜になれて、はしゃぎ過ぎてる姿は叡智のかけらもない、お子ちゃまの樣だったわよ。
先輩とルーネが妨害されないように、わたしはデカブツの視界に黒墨の霧玉を放つ。威力もなにもないただの黒い水みたいなものなのに、デカブツは魔力で黒墨の霧玉を払い除けた。
弾かれたせいで、一瞬だけ霧玉のあたりが黒くなる。
思考があるのなら、悩むわよね。やったわたしだって、その行動で何がしたいのかわからないもの。ただ、上空に行った二人への注意は逸らせたみたい。黒い物体にダメージがないことで、似たような黒い物体への注意力が落ちた。
貼り付くモチモチを魔力で剥がそうとするところに、ヘレナやノヴェルが切りこみ、足へ傷を与えてティアマトが砕く。離脱を助けるようにエルミィが傷を矢で穿ち、すぐさま離れた。
先輩達も、魔力防御の弱った箇所に火竜の咆門を次々に撃ち込み、破れた隙間に魔力誘導の楔を打つ。
急な意図を含んだ攻撃に、デカブツが癇癪をおこして暴れる。デカいからね、その風圧や振動だけで、わたし達にはダメージが来る。でも魔力を温存していただけだから、全員跳んで離脱が図れるのよ。
むしろ苛々したデカブツの注意がわたし達に向かった事で、フレミールへの警戒がなくなっていた。
最大まで魔力を練り上げた火竜の大咆哮は、魔力の壁に穴を開けられた巨大な蠍人【巨星蠍人】を焼き尽くした。
膨大な魔力の渦にのまれ、巨大な砂漠の心臓が崩れ落ちる。
「回収よ、自動掃除人形君、みんな急いで」
フレミールが全力を出したため、デカブツの心臓となる巨大な魔晶石が剥き出しになっていた。あれが落ちるとデカブツの身体は消えてしまう。
「オマエ、ワレに少しは感謝がないのか」
回収作業で忙しいのに、フレミールが面倒臭い。って、今更だけど竜化してる時も美声君が使えるの? それは後にして、褒めて欲しくてウズウズしている火竜の鼻面を撫でる。
「はいはい、良く頑張ったわね。みんな戻ってくるまで休んでなさいな」
フンスッと、ノヴェルのように鼻息を荒くするフレミールにより、わたしの身体が吹き飛んだ。この火竜め、自分の鼻息が、小竜のブレスより強いの忘れてるわね。
わたしは吹っ飛んだ先が砂地で良かったと安堵する。意図せぬ風圧には回避難しいわね。自動掃除人形君には回収の指示を続ける。時間が惜しいので擬態は解除させた。フレミールには祝杯の時に一服盛るとしましょう。真竜とやらになったみたいだし、絞り部屋行き確定ね。
「また、悪いことを考えているな」
空から先輩が戻って来て、ルーネと二人で抱きついて来た。あっ、いまは首はやめてくださいね。フレミールのせいで身体中が痛いのよ。
「倒してすぐに回収指示を出すとか、カルミアはカルミアだね」
戦いで、蠍人の体液と砂埃だらけのエルミィが呆れて呟いた。眼鏡だけは曇ることなく、綺麗に磨かれたままだ。
ヘレナとノヴェルとティアマトが遅れてやって来た。一番動き回っていたので、さすがにヘトヘトになっていた。
先輩とルーネが気を利かせて、わたしから離れる。疲れているだろうに、それを見てヘレナとノヴェルがダッシュからの体当たりをした。
「うごぉっ」
危うくお腹の中身を、全部吐き出しかけた。戦闘後の方がダメージ食らいまくってるのは気のせいじゃないわね。
「ごめんなさい」
二人とも悪気はないし、頑張ったからいいわ。わたしは二人の頭を撫でる。ティアマトも褒めて欲しそうなので、頭を撫でていると眼鏡エルフに突進され、わたしは何やら吐き出しながら気絶した。
――――――――気がつくとわたしは黒パンを被り、バルスの上に寝かされていた。
「気がついたねィ。首をくれいョ」
一緒にいたバステトがそう言ってわたしの首を取り、頬ずりした。あれ、魔力はフレミール並みに上がったのに頭はおかしいままなの、この娘。急にまともに喋られても気持ち悪いから、構わないけどさ。
「全員無事に戻って来たようね」
オルティナさん達も、メネス達も元気そうだ。泣きじゃくるエルミィは無視して、フレミールのところにある魔晶石を見る。
「炎の力を宿しているわけでもないのに、随分と濃く紅い魔晶石なのね」
フレミールのブレスのせいかと思ったけれど違うわね。倒した後に見えた魔晶石はもっと輝いていたように見えた。いまは魔力はあるけれど、ただのデカい魔晶石ね。
「オマエの起きるのを待つものがいる。みんなで行くか?」
「いえ、罠があるといけないから、オルティナさん達とフレミール、ルーネ、バルスは残って円盤君で休んでいて」
フレミールはくたびれていたので、ダダはこねなかった。伝声で様子は伝えるから、人化して休んでもらう。
オルティナさん達も、了承してくれた。ルーネとバルスはフレミールが休んでいる間に、見張りをお願いした。
滅びた王都の街は殆どの建物が瓦礫と化していた。ヤムゥリ王女樣の記憶にある王宮も、見る影もないくらい崩れていた。
「王宮は、財宝を持ち出す暇もなく逃げ出しただろうから、後で宝物殿を探すといいわ」
王女樣ったら魅力的な提案をして来たわ。座る玉座も瓦礫の中なので、再建よろしくって言いたいのね。
それはいいけれど廃墟を修復するよりも、新しく築いた方が早いわよ。
荒れ果てた都の中で、唯一無事な建物が見えた。あれが神殿なのだろう。
わたし達を待つものは、蠍人が出てきた神殿内のダンジョンの前で静かに佇んでいた。




