19 三巨星と三連剣
魔物の大群は、シェリハ達に任せて、わたし達は円盤君から降りた。敵の集まる真っ只中に降りるのは嫌だけど、細切りにされるのは御免だからね。
「いや、作ったのカルミアじゃないか」
眼鏡エルフの、緊張感のない正論は無視よ。バステトとバルスは既に魔物の大群の影に紛れて消えた。崩れた街中には、魔物ではなく蠍人の軍団が陣をかまえていたので、気配を捉えたようだ。
蠍人達は、魔物の体液塗れの怪しい円盤君から人が続々と出て来て、大騒ぎになる。
「目標はデカブツ。踏み潰されないようにね」
三体の巨体は離れたところにいる。群がる蠍人を蹴散らしながら、まず近いところのデカブツを目指してヘレナ達が向かっていった。
「あの娘たちだけであれを相手にするつもりなの?」
援軍として来たオルティナさんが、蠍人を斬り伏せながら問う。
「そうですよ。わたし達は一番大きな巨大蠍人ともう一体の巨大蠍人の足止めしますよ」
本当にこの人数で、数万の蠍人を相手にしながらデカブツを牽制するのか、そう目が訴えていた。今さら何を言ってるの、だよね。
だいたい貴女達のクランのマスターも、アレを狩って来いって言ったのよね。しかも援軍は貴女達だけで。
ティアマトのご両親は明らかに人外の冒険者だ。ムカつくけどあの極悪女商人も、不気味な強さがある。
「言いたい事は、わかるわよ。私たちをあの変態集団と同じに見られても嫌だし」
わたしの視線に気づいていて、マーシャさんが弁明した。身内でも変態だと言い切るのね。
「金級以上の冒険者を目指すのなら、殻を破って来いって放り出されたの」
本当に殻を破る戦いだとは思わなかった、そう呟くのが聞こえた。ヘレナ達が巨大蠍人を相手にしている間に、わたし達はイプシロンから動きを止めに入る。
「先輩とルーネは威嚇を。オルティナさん達は蠍人の相手をお願いします。体力配分に気をつけて」
わたしに言われなくても、既に三人とも布陣を敷いていて、背後の蠍人を次々と斬り伏せていた。さすがは上級冒険者ね。連携が素晴らしく、美しいわ。
おそらく本来の得意武器とは違うのに、異様に剣の扱いが上手い。クランに所属するという、剣聖仕込みなのかしら。ヘレナの腕も、磨いてあげてもらいたいわね。
「カルミア、狙い目ダヨ」
先輩とルーネの砲撃を嫌がり、デカブツのイプシロンが巨大な鋏でガードの形を取った。そこへわたしがネバネバのモチモチ玉を連発して打ち込む。モチノキの油脂に殺虫剤を混ぜ混んだ対デカブツ蠍人用の特製玉だ。
「あ、貴女、あの娘達みたいに魔法とか撃ち込まないの??」
控え目だったガリアさんが驚く。戦闘中に随分と余裕ね。
「あんなデカブツ相手に、チャチなわたしの魔法なんて効きませんよ」
耐久力は巨大牛人が圧倒的に上だ。この蠍人達はは硬いし、魔法防御力もある。
デカブツになると、この距離では火竜の咆門すら弾くようだもの。傷はつくからまだマシだけど、わたしに出来るのはいつも通りの嫌がらせよ。
物理耐性や魔法耐性が強かろうと、身体に貼り付くトリモチは剥がせないみたいね。なんとなく苛々した感じは伝わる。デカくて鈍いので、どれだけ殺虫剤が効果あるかは見てみないとわからないのは仕方ないわよね。
なんか、助っ人のみなさんのボヤキが酷いわね。美声君を渡しておけば良かった。これだから研究バカはって言ってるので、仲間内に心当たりの人がいるのかもしれない。
このレベルの人達が実験台扱いとか、さすがは魔女さんがいるクランよね。文句を言いながらも、フル装備の蠍人の戦士団を簡単に屠るし、デカブツ相手にも怯んだ様子はない。
この人達、素材のためにデカブツも切り刻む気でいるのかしら。まさか、クランのマスターってデカブツを食べる気? フレミールみたいな竜じゃないでしょうね。
「妄想で遊んでないで、本命に撹乱の支援玉を撃ち込みたまえ」
先輩が空から降って来て、わたしの背後からしがみついた。なんか補給とか呟いていたけれど、弾薬補給したかったのかな。すぐに飛び立ち、わたしに蠍人が近づかないようにルーネと一緒に牽制してくれた。
「こっちも援護お願い。私達ではデカいのまで止められないよ」
オルティナさんから救援依頼が来た。あれ、やっぱ無理か。
「わたし達は仲間達と違って普通なの」
普通ではないけれど、仕方ないわね。
「先輩、ルーネと時間稼ぎお願いします」
わたしの声が届いたのか、二人とも巨大蠍人の顔面に集中砲火を始めた。
わたしは巨大蠍人の顔面に、追加のモチモチ玉をぶち込んだ。デカいから当てるのは簡単だ。怒るイプシロンが、わたしに向けて背中の毒針を突き刺してきた。
わたしはデカブツの攻撃の軌道が確定した瞬間に飛ぶ。同じデカブツでも、蠍人の方が攻撃が柔軟で危険だった。
地面を毒針が穿つ。間髪いれずに、三人の剣士が斬撃を入れて、尻尾を斬ってしまった。何よ、通用するじゃない。
「でも、再生するから気をつけて」
蠍人はトロールのように再生する。三人も、そういう相手とも戦い慣れているようで、すぐにその場を離れた。
三人が一撃離脱の攻撃を仕掛けている間に、先輩がわたしに近づく蠍人の戦士達を蹴散らす。即席ながら良い連携だわ。
「ちょっと、何よあれ」
巨大蠍人を相手にしていたあたりに、巨大な紅い竜が現れた。
「四十M級のドラゴンが出るなんて聞いてないよぉ」
マーシャが情けない声を上げた。多分紅いし、フレミールよね。あの娘、あんなに大きかったかしら。この前は専用室に一人で籠もっていたから、竜の姿は見てないのよね。
「ワレは古竜から真竜になったのじゃ。悔しいがオマエのせいで生命の危機を迎えたからのぅ」
まだ根に持っているみたいね。大きくなったってことは脱皮したの?いつ? 素材はどこよ。
空気を読まない巨大蠍人がフレミールに仕掛けたせいで、脱皮した素材がどうなったか聞きそびれた。竜化したのは素材を確保するためかしらね。
敵に操られて暴れ出したのではないようだから、デカブツの始末はフレミールに任せる。
「ユグドールとかアウドールといい勝負しそうね」
なによ、それ。古竜以上の存在が二体もいるクランとかおかしくないかしら。あ、冒険者達の中にいたわね。魔女さんといい、ドラゴン達を配下にしていることといい、この人達のリーダーって化け物か何かよね。でなければ、頭がおかしいわ。
他の大陸の事情なんてあまり知らなかったけれど、そんな豪華な顔ぶれで稼いでるのなら、いっそわたしたちの方が討伐報酬をもらいたいわ。
バステトから蠍人の首を狩ったねィと報告が入った。首をあげるから首を寄越せとか、わけのわからないことを言うので、戻ってこさせた。元々おかしいのに、力が戻って更に狂っていたら、わたしの首が本当に飛ぶわね。
フレミールが、デカブツの一体を倒した。突然現われた巨大な竜に、さすがに蠍人も恐れをなして逃げ惑った。
実際にダメージを与え続けたのは仲間のみんなだけれども、再生をされると面倒だからと、素材を得るためにフレミールが始末したようだった。
火竜の力を使うのは反則に近いのだけど、敵は三体も出しているし、軍団も魔物も桁が四ツも五つも違うのよね。
デカブツの一体が沈んだことや、魔物を召喚していた三将全て討たれたことで、ようやく蠍人達の抵抗の力が弱まった。




