14 竜の耐性と試薬
嫌な予感を察知したのか、農園から狼ワンコ達が召喚を通してやって来た。ガレスとガルフがわんわん煩い。
「うるさいのに、誰が呼んだのよ」
どうもルーネが、わんわん吠える声を感じて呼んだみたいだ。
「あなたたち、召喚で来ることが出来るんだね」
魔本で来ればいいのに。それだとヒュエギアに怒られるらしい。尻尾に元気がなくなった。
「まあ、いいわ。あなた達にも呪いを払う力を付与した武器をくくりつけるわ」
しばらく見ないうちに大きくなっていた。ガレスとガルフにはヘレナ達につかせる。不満そうだったけれど、ヒュエギアに告げるわよ? と脅すと大人しく従った。あの娘がどう躾てるのか見てわかるわ。
ヒッポスまで来かねないので、ルーネには念押ししておいた。ヒュエギアも一緒に付いて来かねないからね。
休憩している所に、偵察部隊から再び連絡が入る。ロムゥリ方面軍の壊滅で、敵が集結して攻めて来ているらしい。
「派手に叩きすぎたのかね」
「合流されて増えるより、叩ける時に叩けましたから、いいと思いますよ」
嫌な予測だけど連戦は現実となった。それも三方面からやって来るみたい。敵軍の到着はおよそ二日後。その後の軍編成までは見れなかったそうだ。
「エルミィ、メネス、火竜の咆門を二つずつ渡すから、使う時に味方を巻き込まないように気をつけてね」
空中から攻撃する先輩達にも一門ずつ持たせる。相手の魔物ごり押し物量作戦に対して、わたし達は火竜の疑似ブレスで対抗する。
「うぅ、ワレの古竜の誇りを踏みにじりおって」
フレミールが泣いている。泣き崩れている。ノヴェルに頼んで、火竜形態になれる大きな部屋をつくってもらったのだ。アワレ実やムジ菜、はぶ茶やどくだみやとうきびなどを刻んで混ぜ混み、砂糖で誤魔化したものを美鱗液と言って試飲させたのだ。
「カルミア、いくらなんでもやり過ぎだよ」
わかっていたけどヘレナにキツく怒られる。ノヴェルが作った専用の大部屋でスマイリー君を広げて待たせておいたのよね。フレミールにはそこで火竜形態になってもらい、鱗の艶がどうなるのか見たいと騙したわけ。
「申し訳ないと思ってるわよ。でも、火竜の魔晶石が足りないんだもの」
みんなに砲撃させるために、魔晶石の予備がもっと欲しい。いっそ、大きくなったフレミールから絞れば大量に魔晶石化出来るかもと、スマイリー君や、貴人の嗜みを広げておいたのだ。
量は取れたけれど、人化と対比すると、濃度は落ちるみたいね。
「いつかやると思ったよ」
エルミィが、呆れて言う。この眼鏡エルフ、自分だって薬を盛ったの忘れているわね。
「わたしが悪かったから、フレミールもいつまでもメソメソしないの」
「オマエは鬼か。ワレの尊厳をなんだと思っておるのじゃ」
「尊厳で敵が倒せるならそうしてるわよ。誰にも見えないようにしたからいいでしょうに」
すっかり色々出し切って、げっそりしているフレミール。でも、これで火力はかなり補えたわ。当人もグズってうっとおしいけど怒ってないからね。
「僕やティアマトのように、頻繁に渡しておけば何も問題なかったのだよ」
先輩の言葉にティアマトが頷く。この二人、積極的に装備も更新したがるからいまさら何をしても受け入れる度量があるのよね。
フレミールが絶句した。細かい事を気にしない大らかさがあるって素敵な事よね。
「私も無理やり絞り出された覚えがあるんだけど、ここまで酷くないからいいや」
メネスは自分を越える羞恥行為をさせられたフレミールに、同情というか嬉しそうに微笑む。良い笑顔ね。
「て、定期的に魔晶石は渡すから、私やノヴェルには止めてよ?」
わたしを叱ったヘレナがノヴェルを盾にした。言質はとったわよヘレナ。
「おらも渡すだよ」
ノヴェルは理解してるのか微妙だったけど、貰うものはいただくわ。
「我輩も絞るねィ」
バステトがない胸をそらして魂を寄越そうとした。いや、欲しいのは魂じゃないから。あと、貴女の成分は、言われなくても絞り尽くすつもりよ。
呪い対策に、バステトとヤムゥリ王女様の成分は有効だからね。
「メネス、エルミィと一緒に今のうちに魔本を使って、王女様から成分を絞って来てくれる?」
もの凄くいい笑顔のメネスが、フレミールに飲ませた試飲薬を机から取った。全身タイツを王女様の成分で、耐呪効果成分を足して作り直して、武装にはバステトの呪いを切り裂く力をつける。
「対策はこんなところよね。これで一応どこに敵将がいても、バステトの力を取り戻せるわ」
戦闘好きそうなアクラブという蠍人と違い、残り二人が攻撃に加わっているとは思えないのよね。わたしなら、大量の雑兵を当て続けて疲弊させるもの。
悪しきものの戦略はムカつくけど、そういう嫌な作戦を全開で行っていた。いなくなったというのに、こういう状況になっているのは蠍人のせいではなく悪しきもののせいだから。
フレミールはしばらくノヴェルに任せることにした。専用部屋を嬉しそうに作って、わたしに協力したのが誰か教えて上げたいわ。
フレミールは無駄に知識があるから、自分が賢いと思って詐欺師に騙される典型なのよね。尊大で誇り高いから、おだてに弱いチョロい存在。わたしとしては、人の世の中で彼女が騙されないようにあえて騙して、鍛えてあげてるようなものなのよ。
フレミールがわたしと目が合うと、サッとノヴェルの影に隠れる。戦闘まで、ずっとこの調子でいるつもりね。
「火竜、それも古竜をそこまで怯えさせる人間は、なかなかいないと思うよ」
先輩がわたしとフレミールの力関係を見て、楽しそうに言う。まるでわたしがフレミールを使役しているみたいに言わないで。
「まあ、いいわ。あの試薬一回でフレミールの人化三十個分の魔晶石が採れるとわかったから」
人化している時に飲ませて、効果が出る前に竜化させるのがコツよね。余力を作るなら、もう一回くらい絞りたいから、せっせと食べさせましょう。
「竜の耐性で、それほどの威力のものを、人の身で飲ませて大丈夫なのかね」
それはフレミールに合わせたものだから、お腹壊すなんて生易しいものではないかもね。
「あれ、試薬の原液がないんだけど」
あんなの飲んだら、一週間は地獄を見ることになるわよ。
「キミが指示した時にメネスが持って行ったはずだ」
「ティアマト、スマイリー君と嗜みシリーズをヤムゥリ王女様に渡して。後、この薬を飲ませて中和するように。マスクも持っていきなさいね」
きっともう手遅れだ。ティアマトに頼み、せめて残骸の回収して、今後に活かそうと思う。先輩が呆れて肩をすくめた。でも、良質な魔晶石が得られるので王女様の御助力をありがたく思いましょう。
伝声を通して、ヤムゥリ王女様の言葉が聞こえて来た。
「あの女······絶対コロス!」
ヤムゥリ王女様にはティアマトに中和薬を持たせたので、脱水症状で倒れる心配はなくなったはず。なんだかやたら騒いでいるようだけど、ティアマトがきっちり寝かしつけて帰って来た。
多分この所の難民問題や、蠍人の襲来で疲れているのよ。押し付けたわたしも悪かったと思ってるのよ。これからまたすぐに戦闘になるから、それまでしっかり休んでほしいわね。
わたしも忙しいけれど、ノヴェルとエルミィも忙しい。ノヴェルはフレミールの面倒を見ながら、川沿いの防壁を固く高くし、掘りを広く深くしていた。掘りは水害対策にもなるので戦後も使える。
エルミィは、消費した薬の補給や有効だった弾丸や矢の増産を頼んでいる。こちらはヘレナとメネスが付いて補佐をしている。
わたしは先輩とバステトに絡まれながら、ルーネ専用の器械像を制作している所だ。器械像は土人形と違って絡繰人形をゴーレム化するため、強靭で細やかな動きも可能になる。
いままでの先輩人形だと耐久性能に不安があったし動きもぎこちない。しかし、本体にバステトやヤムゥリ王女様の特製鉱石を混ぜた、先輩型器械像なら、武装も仕込めるし触れただけで呪いを封じる能力まで持たせられる。
「いままで通り、核に浮揚式鉢植君も収まるから安心してね」
ルーネが大喜びだ。見た目は先輩をふた回り大きくした程度なので、きっと魔物には区別つかないわね。肩から火竜砲が二門、腰からも氷竜砲が二門仕込まれている。
また空も背中に翼が仕込まれていて、ルーネの魔力なしで飛翔出来るのがいいわよね。
先輩が羨ましそうに見るので、火竜の咆門の手甲型を二つ作り、浮揚する砲門と魔銃と合わせ六発同時発射出来るようにした。
先輩とルーネだけで、一方面制圧出来そうな火力になったのは言うまでもないだろう。




