第13話 快適スマイリー君
エルミィを伴って部屋に戻ると、ヘレナとティアマトが魔法の話しで盛り上がっていた。
昨晩の騒ぎの件でティアマトが魔法で鍵を壊したのを知り、ヘレナが興味を持って聞いていた。
炎の熱と氷の冷気で金属を壊したようね。小さな金属部分だけに魔力の焦点をあて、必要量だけ魔力放出するとか、とんでもなく難しい事を簡単に言ってるよ、この娘。
実演しようとしてるけど、万一失敗して大騒ぎになると、また怒られる羽目になるのはわたしだ。騒動は懲り懲りだから外でやって欲しい。
わたし達が来ると、二人ともニッコリ笑顔でお疲れ様と言ってくれた。
エルミィの顔を見てティアマトはまだ強張った表情になるけど、本来はあなたの同室の娘なんだから仲良くしなさいよね。
「どう、わたしの自慢の発明品」
ガラクタだって街の人は言うけれど、わたしには宝物だと思ってる。あと、本当の宝は素材を収納している魔法の小箱なのだけど、一個しかないし非売品なのだ。
これは錬金術と付与魔術、それに空間系の魔法などを使えないと出来ない錬金術より上の錬成魔法になる。
本物を見せられた時は絶望した。
わたしの魔力や技量では巨大収納力どころか、亜空間を作り出す事も固定させ存続させることなど無理だったし、時間制限や整理整頓させて収納させるのも出来っこなかった。
世の中には化け物クラスの天才がいるのでしょうけど、庶民のわたしは背伸びしないで出来ることを考えた。
それがお店の地下のさらに地下に専用の部屋、倉庫を作って繋げた収納魔法なのだ。
一方的に放り込むだけ。空間維持だの時間固定だの、膨大な魔力はいらない。
店の倉庫にしまい込む時だけ、転移の魔力を使えばいいのだ。それでも結構な魔力使うので、改良が必要なのよね。
理想は野営道具だけしまうとか、食事処に専用の箱を作っておいてもらって、旅先でも温かい料理や柔らかなパンにありつける、そういうのが欲しいわね。
世の中の営みや生態系を壊すような無限の収納って、個人による資源と資産の収奪になりかねない。そんなのはわたしは望んでいないからね。
「ねぇカルミア、この少し大きめの瓶の中に入ってるの何?」
わたしが妄想に入ってる間に、エルミィがわたしの商品を広げあれこれいじっていた。
「待って、ベッドが大変な事になってるじゃないのよ」
錬金術師を目指してるくせに、何て無頓着な眼鏡エルフなんだ。
「シーツ汚しちゃったかな? 新しいの後であげるから勘弁してよ」
おぉ、思わぬ形で新しいシーツが手に入りそうだよ。ついでに商品買って欲しいけど、自分で作れそうなものは買わないか。
「ちなみに、それは快適スマイリー君よ」
「は?」
エルミィだけでなく、ヘレナやティアマトまでポカンとしていた。なによ、可愛らしい名前でしょ?
「美容用のお手入れをしてくれるスライム型の人形よ」
「スライムのゴーレムなの?魔物ではないの?」
「魔力を通せば動くから、ゴーレムはゴーレムよ」
ゴーレムも魔力の摂取を続ければ自立生命体……魔物とかになるのかな? 錬金術も死霊術も、突き詰めるとそこにぶつかるような気がする。
霊魂を宿せば生命になって、魔力を宿せば魔物になる。魔力と魂で何が違うのだろう。
異界人の残した書には、炎と水で霧を生み出し動力にしたり、雷のような熱と光の魔法の電気を使って、ゴーレムを動かす方法が載っているらしい。
一度読んでみたいけれど、異界人を積極的に呼んでいた聖教国は滅んでしまっている。そうした書物の大半は不明となっているようだった。
幸い学者達が知識を伝え、記録していたから余力ある国の宮廷図書室などに保管されてるみたいね。
「お〜い、カルミアさんや、戻っておいで」
わたしが一人の世界に入りブツブツと言い出したので、みんな笑っていた。
「使い方を教えてよ。あとなんかカルミアの名前のつけ方って酷いよね」
この眼鏡エルフ、容赦ないな。ていうかエルフだけに、快適スマイリー君の出番なさそう。信じられないくらいに、スベスベ肌だから無意味ね。
「ちょっ、無言で触るのなしね」
おっと、無意識にエルミィの頬を撫でていたようだ。
「そうね、ティアマトも効果見えなそうだし‥‥」
わたしはヘレナを見た。大人達と違って必要性は感じないのは同じだ。ただ二人に比べると、ヘレナの身体なら、まだ効果は目に見えてわかりそうだった。
「ヘレナ、協力してくれる?報酬はエルミィが新しいシーツくれるっていうから」
ヘレナは不安そうな表情をしたけど、新しいシーツの誘惑に負けた。残念ね、ヘレナ。わたしも勝てないから気にしちゃ駄目よ。
「それじゃあヘレナ、服を脱いでベッドに仰向けになって」
「えっ? 裸になるの?」
「美容用だもの。痛くないから大丈夫よ」
みんなのいる前で裸になるのが恥ずかしいらしい。お風呂でみんな裸になってるじゃないの、とは言わない。
ヘレナは小柄たけど、鍛えているから筋肉の線が美しくて綺麗なんだけどね。
わたしは清潔な布を取り出して、ヘレナの髪を纏めて包む。ヘレナは諦めたのか、拗ねながらも大人しくしていた。
「じゃあ起動するよ」
わたしは快適スマイリー君を瓶の中から取り出して、ヘレナのお腹に流すよう魔力を注いでゆく。
「ひんやりしてるのに、フワフワな感じなのね」
施術されてるヘレナは少しくすぐったいようだ。
「どうやったら止まるの?」
「わたしの注いだ魔力分が切れるまでよ。消化して魔力は補給出来ないようにしているから」
「それなら安心なんだね。それで美容効果の程はどうなのかな」
「見てればわかるわよ」
エルミィがヘレナの様子を楽しそうに見るので、ヘレナが妙に顔を赤らめる。ティアマトは興味がないのか、わたしの商品をいじって遊んでた。
快適スマイリー君の効果は抜群のようだ。毛穴の汚れや余分な皮脂、それに余計な毛まで溶かし込んで食べてくれる。
これが魔物なら食べたものを消化して魔力に変えるわけ。スマイリー君はゴーレムなので、魔力を魔晶化してくれるのだ。
「えっ、結構凄くない?」
「でしょ? でも、石ころとか草とかは食べてくれないのよ」
まあ命令次第で食べてくれるんだけど、嫌そうな感じがするのよね。それと注意していないと、髪の毛まで食べてしまうのだ。頭髪まで食べないように、スマイリー君に施術中に教え込む必要があった。
領主の奥様が嬉々として一度買ってくれたのよね。でも注意事項とか、人の話しを聞かないから丸坊主になって、めちゃくちゃ怒られて牢屋に入れられかけた。
「カルミア、このスライム何を食べるって言ったの」
「だから汚れよ。毛も食べてくれるから、お肌ツルツルになるわよ」
わたしがそう言うなりヘレナは青褪めた顔になり、ガバっと起き出す。気をつけていたから頭髪は無事よ?
「わ、私のーーッ゙────」
────素っ裸なのを忘れて、ヘレナが大絶叫したため、わたしは後で寮長に呼び出されて怒られる羽目になった。