7 二人の女商人
わたしの声が聞こえたのかしら。ロムゥリの街の近くに、大きな商船があらわれた。大きな川だけれど、外洋に出るようなあの大型の船では喫水の深さの関係で、入って来れないと思うのよね。
魔力で浮いているはずなのに、魔力を感じさせない。それどころか乗っている輩がヤバい。どう見ても冒険者の一人で、ぼったくり変態女商人がいる。
この間はいなかったし、魔女さん以外はどちらかというと武闘派でまともだった。でも、この女商人は違う。幼い子供だろうが、飢えて死にそうな老人だろうが容赦なくぼったくる。
わたしが商人を諦めたのは、この女商人のせいだ。それに、自分で薬を作るきっかけも。
「先輩、銃を貸して下さい」
「うん? あの船は敵なのかね」
「約一名は敵のようなものです。エルミィ、あの女は魔力障壁を張るから付与のない鏃で追撃して」
船で街の内部へ侵入されると厳しい。わたしは船上で指揮をとる女性の額を狙って、長距離魔銃で魔弾を放った。エルミィがこちらの弾速に合わせるように弓矢を放つ――――――。
隙だらけの女性の額に、魔法の弾丸が当たったように見えた。しかし、予想通り魔法の壁のようなものが女性の身体を護る。
「ブヘッ」
女性の額にエルミィの弓矢が見事に当たり、仰け反って倒れた。
「殺ったかしら」
あれくらいで死ぬような輩ではないので、実弾と交えて魔銃を撃ち込む。
「あれで倒せないのか。異国の金級冒険者も素晴らしいのだな」
不死者のように起き上がる女性を見て、先輩が感心している。あれは予想した以上に、肉体強化が強いようね。ヘレナの倍くらいの魔力があるわ。殺るならもっと距離を詰める必要がある。
「我輩が行くねィ」
バステトが飛び出そうとしたのを、ティアマトが止めた。
「駄目だ。迂闊に近寄ると出てくるぞ」
そうなのよ。あの冒険者達は強いのよ。女商人一人でもあのタフさだもね。魔女さんは化け物だし。わたしの声、魔女さんには聞こえていたわね。
「どうするの? このまま戦うの?」
ヘレナが先輩の前に立つ。あの女商人に宣戦したようなものだから、報復が来ると警戒している。
「まだ大丈夫よ。あいつら馬鹿だから、あれくらいでは敵意と見做さないわ。それに交渉中だろうから」
それよりティアマト、貴女やっぱ知り合いがいるのね。金級冒険者の娘って言っていたし、あの派手な獣のような女性がお母さんかしらね。仲間の女商人を介抱しないで蹴っ飛ばして起こしていたのは好感が持てるわ。
「さて仕留められなかったのは残念だけど、食糧を買えるかもしれないから行きましょうか」
このタイミングで、プロウトの港ではなくて、ロムゥリの街へやって来たのは事情を把握している証よね。
魔女さんはいないみたいだけれど、もう一人女商人らしき人が船室から出てきて、わたし達にペコッと挨拶をした。
先輩を守るようにヘレナとティアマトが前を歩き、その後ろをわたしとエルミィとバステトで先輩を囲むように歩く。
「大きい船だけど、造りが変わってるわね。組み立てたのではなくて、錬成で出来た感じだわ」
こんな巨大な物をたやすく錬成するなんて、あの魔女さんくらいよね。他にもいそうで、この冒険者達は怖いのよ。
「クラン【星竜の翼】のアミュラと申します。唐突な入港にも関わらず、ご許可をいただき感謝します」
ヤムゥリ王女様の部下につけた事務官が、ちゃんと手続きをしていた。その時に、そちらの船長を兼ねている女商人と遊ぶと伝えていたのだ。
「だからって、魔銃や弓矢で撃ち抜くのは、どうかと思うよ」
ヘレナが真っ当な事を言う。でも甘いわよ。あれは、馴れ合っちゃいけない類の生き物なのよ。わたしの考えに、仲間のはずのアミュラさんが賛同している。女商人自体は優秀だけど、相当苦労しているようね。
「これで我々と、通商を結ぶということでよろしいですね」
「あぁ、それで構わぬ」
先輩とアミュラさんがガシッと握手を交わす。感情は薄いけれど、喜んでくれてるのかな。アミュラさんとの交渉で、彼女らのクランと協定を結ぶことが出来た。
このタイミングで来たのは魔女さんの指示で、シンマの難民へ食糧供給をするかわりにロブルタ、シンマ両王国のダンジョン探索権を求めて来た。
ダンジョンの探索権なんて、冒険者なら勝手にやって来てこちらで登録すれば良い。クランの支部を置くからよろしく、みたいなものかしらね。
アミュラさんの話しぶりから、シンマ王国がもう持たないと見ているのだとしても、ロブルタ王国に恩を売るメリットってないわよね。
「あなたよ、あなた。カルミアという少女を確保すれば、この国は貰ったも同然よ」
気味悪い笑顔で女商人のリエラが抱きついて来た。あまりに素早くて、ヘレナやティアマトでも反応が遅れた。
「人のドタマかち割ろうとしておいて、このままただで帰すわけないでしょおぉが」
うん、気持ち悪さまで増してるわこの物体。この人、黙っていれば美しい女性なのに、狂人とは別の方向に頭がいかれてるのよね。
先輩がためらいなく魔銃を抜き、わたしごと撃ち抜こうとする。というか、撃った。
「ちょっと貴女馬鹿なの? 王子····王女? のくせに臣下ごと撃ったわね」
この女商人、この超至近距離でも撃ち抜けない固さだったわ。
「その娘は僕のものだ。一緒に殺されたくなかったら、手を放したまえ」
さすが先輩。一瞬でわたしを囮に女商人にわたしを守らせ隙を作った。影からバステトが湧き出て、わたしごと首を刈ろうとした。
どうして、わたしを平気で巻き込む攻撃をするのか、変態女商人も頭が追いつかないようだ。わたしも理解出来ないのだから、わかるわけないわよね。
「遊びはそこまでにしときなよ」
目にも止まらない速さって、こういう人の事を言うのだろうね。狂人の攻撃が、リエラの首を落とし得ると判断した瞬間に止められた。
いや、ついでにリエラの頭を拳で殴って沈めるのを忘れない。
「ダラク! こいつの回収。話しは済んだから荷物を嬢ちゃん達に渡すよ」
冒険者の筆頭といった感じのしなやかな肢体の女性だ。リーダーのリエラがあんな感じなので冒険者の統率は彼女が行っているようだ。
「ウチの娘が世話になってるようだね。手を焼いてないかい」
わたしはチロッとティアマトを見る。ティアマトはこくっと頷く。
「あれを、手懐けてるあたり、血は争えないもんだね」
血? この人なにか知っているようね。まあ、物心がついたばかりのわたしを放置したまま、行方の知れない両親なんて気にしてなかったけどね。
「いまのは忘れろ。レーナに怒られる」
ティアマトの母らしき女冒険者は、思ったことがすぐ、口に出るようだ。深く考えるより身体が先に動く典型ね。
攻撃を止められてから、隙をつこうとするバステトを見てニヤリとする。こちらもなにか因縁があるのかしらね。バステトの顔が狂人から兇人に変わっていた。
「王子さん、積荷は全て置いてく。来月もう一度運んで来るから、それまでに街の港を整備しておくことを勧めるよ、でいいのかな」
伝言を知るであろうリーダーは退場しているから、仕方がないわよね。
「うむ、伝言うけたまわった」
ティアマトのお母さんのティフェネトから、先輩がわたしとバステトを受け取る。一度だけ、ティアマトの頭をわしわしすると、あっさり船室へ戻っていった。
いろいろ言いたい事や聞きたい事はあったけれど、ひとまず懸念されていた食糧事情は解決出来そうだ。
蠍人と戦うどころか、餓死者が出てもおかしくなかったからね。
「港は後でノヴェルと築いておくわ。ロブルタへ渡る橋も、大きな船が通れるように高さを変えるか、吊り上げ式にでもしないとね」
ムーリア大陸には、豊穣の地と呼ばれるダンジョンがいくつもあって羨ましいわね。わたしたちもヒュエギアを中心に、農園の拡大を頑張りたい。
大量の食料品の積荷は、魔本の倉庫にしまう。どこから出したのってくらいの量だけど、こちらもノヴェルの魔本倉庫に運び入れればいいので、手間は少ない。
量としては五万人分が三ヶ月、大事に食べて持つかなってくらいね。流れてくる人が増えると足りなくなるし、魔法の助けがあるにしても、あの人数に滞在され続けては土地が汚れる。
考えなしに集まって来る人々を見ると、民衆を見捨ててシンマの王族や貴族連中は、北や西の方へ逃げたのかもしれない。ローディスとは別の帝国があったのよね。災禍をやり過ごして、シレッと戻って来る気かしら。どこかで見た記憶と一緒で、少し不快だわ。
「そうはさせないために、ヤムゥリがいるのだろう。シンマの事は彼女に任せたまえよ」
わしっ、と先輩に首を絡まれた。この人、シンマどころかロブルタまでヤムゥリ王女様に任せる気じゃないの?
まあ、それはそれで面白いかもしれない。




