2 砂漠の蝙蝠 ② まずはお風呂作り
先輩は守備隊の隊長たちと、領主のヤムゥリ王女様を交えて何やら協議をしていた。ヘレナとタニアさんそれにモーラさんから護衛についている。
会議の様子は、ヘレナが美声君を使って中継してくれる。住人がまだいない砦のようなものなので、内容は復興に関する話が殆ど。会議を開いてまで話すような内容でもない。でも先輩はともかく、ヤムゥリ様の箔付けに必要だった。
ロムゥリに滞在していた守備隊の人数も、戦況の落ち着きを見て各地に散っている。領土に敵はいなくなっても、魔物は出る。荒廃した街や村は他にも山程あるため、ロムゥリに駐屯する守備兵は二百名ほどしかいなかった。
吸魔族がロブルタまでやって来るとは思えないけれど、シンマ王国からあぶれものやならずものは来るかもしれない。
現にシンマ王国の各地で暴徒が出ていて、ロブルタ領に逃げて来る一般人は増え続けている。それは前の戦禍で、そうなるように仕向けた面がわたしたちにあったせいだろう。シンマの崩壊が思ったより早かったというだけなのよね。
ロムゥリの瓦礫群を、フレミールが風圧だけのブレスでまとめて吹き飛ばす。古く壊れまくった建物を再建したり、廃材を使うよりも、整地して使う方が楽だ。
「会議は先輩に任せるとして、わたしたちは居住区の整備を先にやるわよ」
先輩を瓦礫の屋敷に住まわせるわけにいかない。急ごしらえのヤムゥリ様の居住地も酷い有様だ。彼女は、元王女様なのに汚いとかボロいとか一言も文句言わなかった。だからまあ住まう所くらいは快適にしてやっても良いよね。
「おらも街づくり、頑張るだよ」
「ノヴェルはいい娘ね、頼むわよ」
ノヴェルが堀を作り、壁作りをした方が丈夫で後々街を築くのに作業もしやすい。とくに水利の整備には、昔の町割りでは不便で不衛生なままだ。もちろん簡単に崩されないように、先に土台部にティアマトが木組みで基礎を作り、ノヴェルはそこに器用に土を被せていた。
仕上げにエルミィが錬金術で作った粘土で壁に塗り込み、岩で作った板状のものをフレミールが貼り付けてゆく。
「カルミア、注文通りの幅に外壁は出来たよ」
わたしのところに泥だらけで仲間達がやって来て、口々に自慢する。ロムゥリ領は国境の川から水を引けるので、ノヴェルの作った堀には水を流しこむ予定だ。
「瓦礫はあのままでいいのか?」
吹き飛ばした本人は、片付けを命じられるのは御免だと思って先に訊ねてきた。
「あれは後で土に埋めて、水はけをよくするために使うからいいのよ。ルーネとドレーラに防災林を作ってもらう目印にもなるからね」
復興はロブルタ王国の領土を中心に行って来た。だからシンマ側の本格的な復旧作業は、このロムゥリ領が初めてになる。
シンマ王国側の荒廃は帝国軍が荒らしたせいだ。要請を請けたロブルタだって、もっと酷くシンマ王国に荒らされていたので、憐憫は感じないのよね。ちなみに先輩が指揮していた海沿いの街の被害は軽微だった。
「さてと⋯⋯水も引いたし領主邸とギルド建設予定地に、お風呂を作りに行くわよ」
ヤムゥリ号を改修したので、戦馬車もついでに直した。基本素材を見直したので、アルヴァル以外の馬でも軽く引っ張るだけで済むのだ。外壁上を馬で走れる広さにしたのも、そのため。数の暴力に対して、移動砲撃ってかなり有効だったものね。
攻めてくるシンマ王国軍は王都を破られ、滅亡寸前なので、もう問題はないはず。でも吸魔族や暴徒や他国の動きが読めない以上、防衛体制は備えておく。
「それならお風呂より先にすることあるのでは」
「エルミィはまだわかってないようね。衛生面や健康、それに戦意を養う意味でも心と身体を洗うお風呂は重要よ」
まったく‥‥遠い大陸からやって来て、学園で何を学んだのかしら。
「いや、君の常識こそおかしな事を学んでよ。それと吸魔族っていうか吸血鬼族って、こっちまでやって来るのか疑問だよね」
眼鏡エルフの疑問は正しい。だいたい魔族って、山とか森林とか魔力のこもった土地が好きなはずなのよね。
砂漠地帯って無駄に暑くてあまり魔力がないから、シンマの王都を占拠しても、生活は苦しいはずだ。
「調査に行きたい所ね。ただ、メネスやタニアさんたちだけでは、戦闘になった時に厳しいわよね」
適任者はいるけれど、わたしや先輩の首で遊ばせてやりたい。はぁ、わたしが行くしかないか。
「カルミアが行くのは一番駄目でしょ」
話しを振っておいて何を言うのか、眼鏡エルフは。
「陽光を覚えたフレミールがいるから大丈夫よ。そうね、わたしとフレミールとノヴェルで様子を見に行って来るわ」
先輩にはヘレナとティアマト、ヤムゥリ王女様にはエルミィと狂人バステトがいれば護衛も充分だわ。んたしも首の心配が減るもの。
偵察に向かう前にノヴェルとフレミールには、街づくりの基礎をもっとつくってもらうけどね。
「ワレは良いがノヴェルは何故連れて行くのじゃ」
「おらがカルミアを守るから良いだよ?」
ノヴェルはフンスッってしてる姿が一番かわいいわね。
「ノヴェルの大地の魔法が、飛翔する相手には有効なのよ。吸血鬼族は蝙蝠も使役するからね」
蝙蝠って数が多いと厄介なのよ。ダンジョンなんかでよく見かけるので、耳が発達していて目が悪いイメージだ。でも視力は良いから偵察によく使われる。
それに蝙蝠って、吸血する種類は実は少なくて、果物好きだった気がした。だから何もない砂漠地帯は好まないはずなのよね。
「わたし専用の馬車もつくって乗るから、エルミィは先輩達の補佐をしっかり頼むわよ」
「うぅ、わかったよ」
どうやら一緒に行きたかったみたいね。シンマの王都や近郷から難民が流れて来るだろうから、先輩やわたしにかわって指揮をとれるのはエルミィしかいない。あてにしてるのよ。だから頼むわね。
専用の馬車は、浮遊式旅客室の小型のものだ。戦馬車より小さく、左右と後ろに招霊君の回転式砲座、上部には潜望鏡がついている。
馭者台は荷台の中に引っ込んでいるので、いざと言う時は馬と切り離してルーネの浮揚式鉢植君のように、飛んで逃げられるのだ。
「ぬふふ〜、エルミィには秘密だけど、ノヴェルの大地の魔法が飛翔動力になっているのよね」
反重力装置が底面に組み込まれているので、重力で自在に操れるわけ。ただノヴェルの魔力をあまり消費させたくないから、通常は馬にひかせて、効力は落ちるけれど、浮遊のための魔力は魔晶石を使っていた。
「ワレらのような巨体を飛ばすために魔力で無理やり浮遊するより、磁力や大地と大空の力を使うものも多いというからの」
フレミールは風の魔法で飛ぶ。龍族など巨体の生物は、わたしと同じように力の反発を利用しているそうだ。
とにかく逃げ足だけはしっかり確保したし、本当にどうにもならない相手に出くわしたのなら、フレミールが竜化してわたしとノヴェルを連れて逃げる。まあ毎回保険に使っているから、今更だしわかるわよね。
偵察から戻って来てもゆっくり出来るように、お風呂場だけはしっかりつくっておく。
守備隊の方達のために、ギルドハウスの予定地には大きな浴場を、領主邸にはヘレナの実家に作った蒸気風呂と大浴場の併設施設をつくった。
「人数の多い守備隊より大きいゾ?」
「あたりまえよ。一応、貴族の頂点の王族が使うのよ。貧相な浴場を作るわけにはいかないでしょ」
水が豊富なのも、浴場作りには助かった。わたしはせっせとやる事を終えると、ノヴェルとフレミールと共にシンマの王都方面へ向かった。
お風呂の出来に満足して浮かれていたわたしは、馬車に乗り込む影には気づいてなかった。




