第1話 砂漠の蝙蝠 ① ロムゥリの街
わたしたちは魔法学園を卒業した。学園に通う事がなくなっても、相変わらず毎日わがままな先輩に振り回されている。そろそろ落ち着いて下さいよ、と思うのよね。
「キミに僕が‥‥の間違いではないのかね」
改装を重ねて新調した車輪いらずの馬車、浮遊式旅客室。その馭者台の席で、アスト先輩がいつものように、わたしの首に腕を回して狩り取る仕草をする。
英雄王子、世継ぎの王子としてロブルタ王国民に絶大な人気を誇るというのに、やっている事は学生の時と全く変わらない非常に残念な先輩だ。胸ばかり大きくなって、頭の中身は相変わらずなのは、人の上に立つものとしてどうかと思う。
「また、そんな事ばかり口にして。意識を落とされると危ないよ。先輩も程々にね」
変わらないといえば、わたしの親友ヘレナが優しく注意を促してくれた。彼女は正式に先輩の護衛騎士の座に就く事になったのだ。
面倒見の良いヘレナは、わたしと先輩の世話役に近い。いつもの戯れにも呆れたように声をあげるがニコニコしていると可愛らしい。出会った頃のままの幼い少女の姿なのに、剣士としての実力は今や王国一と噂されるくらいの美少女なのよね。
「落ちてる方が、静かだからいいんじゃないかい」
くっ、⋯⋯眼鏡エルフめ。相変わらず口が悪い。眼鏡エルフことエルミィは、宮廷錬金術師となったわたしの助手として籍を置いている。役職には就きたくないので、わたしが預かる形だ。立場的には弟子なんだから師匠を助けなさいよね。
「寝るならボクがアストの守りにつくぞ」
ティアマトまでわたしを眠りにつかせようとする。何よ、親衛隊に入ったからって先輩の肩を持つなんて裏切りよ。
そうはいいつつも、ティアマトが冗談混じりの話しに乗ってくるのは珍しかった。学園に入ったばかりの頃は、不器用で口下手な娘だったから尚更だわね。彼女の成長が見てとれて嬉しいわ。
「カルミア寝るだか? おらの本を出すだよ」
「眠りの魔法、カケル?」
おぉ、ノヴェルってば相変わらず可愛らしいわね。そしてルーネ、魔法で眠らせようとしなくていいからね。
ノヴェルは魔法学園で魔本制作を習い続けて、ついに魔本で倉庫を作る事に成功した。何言ってるのか、わからないわよね。
今までは人が通れるくらいの高さと幅のある土を固めて、魔法で秘密の部屋を作り出していたわけ。土魔法の延長ね。ノヴェルは学園の蔵書にあった飛び出す魔法の魔本の性質や機能に目をつけて、扉絵を開くと魔法の入り口が開く本を創り上げたのだ。
もともと細工や土魔法の得意なドヴェルガー族の姫だったのもあり、学園で学んだ事を活かして独自に工夫を重ねていたのよね。
浮遊式旅客室の中にはノヴェルの作った魔本用の書棚がある。それぞれの本を開くと、対応した部屋に行けるようになった。戻って来る時は、開いた本か先輩のいる席の後ろの席へ出るようになっている。転移とも違うので、魔力消費が殆ど掛からずに移動出来るのが大きい。
魔本の種類は様々で、わたしの錬金術用の部屋や素材保管庫、寝室やお風呂や調理室にダンジョンまである。ノヴェルの魔本が凄いのは、本の頁を差し替えて一つの本に仕上げ直す事で、部屋が中でくっつくのよね。もちろん個別も可能だ。
まあ、この魔本を仕上げるのは結局はわたしだったんだけどね。便利だし、面白いから全魔力を使って作製したわよ。作るとなると一冊作るだけでも大量に魔力消費がいるねよね。
魔本作りにはフレミールも協力してくれたので、専用通路からダンジョンも行けるようになったし、王都の農園にもいつでも行ける。
今回はヒッポスを連れて来た。魔馬のアルヴァルたちはヤムゥリ王女様たちの馬車ヤムゥリ号と、戦馬車を二台引いて先行し国境の街に行っている。ガレスとガルフは農園で、ヒュエギアやノエムのために留守を守っていた。
「オマエずっと働き詰めだったのじゃから、大人しく寝ておいた方がいいぞ」
古竜の人化した姿のフレミールが、小姑みたいでうるさい。やたらとわたしの体力のなさを心配するのよね。昔よりも体力も魔力もかなりあがってるんだから安心してほしいわ。
「首狩る、手伝うねィ」
我輩も連れてけとバステトまで騒ぐ。眷属はガレス達と留守を守らせるために残した。忍びこまれても面倒だから、仕方なくバステト一人だけ連れて来た。相変わらず人の首を狙う物騒な狂人だわね。
それに先輩の首を狩らずに、どうしてわたしの首を狩ろうとするのよ。魔女さんとの約束忘れたのかしら。
メネス、ヤムゥリ王女様、タニアさんにモーラさんは先に国境の新しい領地に向かっていた。
その王女様から急報が入り、シンマ王国の王都が壊滅したとの事だった。
「情勢がまた変わるのかしら。シンマの王族の行方はわからないけれど、備えは必要よね」
場合によっては、ヤムゥリ王女様がシンマ王国の王家で唯一の生き残りになるかもしれない。
敵の動きや目的も知りたい。だから先輩は国王陛下に留守を任せてやってきたのだ。遊び目的でもないので、都で大人しくするようにって文句言いづらいのよ。
「攻め込んだのは、間違いなく南方の魔族たちだね。いくつか疑問もあるけど」
先の戦禍のダメージが大きくて、シンマ王国には反撃する余力が残っていなかった。ヤムゥリ王女様のもとへ入ったのは、シンマの隣接貴族達からの救援要請だったそうだ
戦禍に関しては、悪意あるものに操られていたにしても自業自得で、ロブルタ王国がシンマ王国を助ける義理はない。
ただ魔族、それも凶行と武闘派で有名な吸血鬼一族が勢力を伸ばして力をつけると、ロブルタ一国ではあがらえなくなる危険性が高かった。
「まずは、現地にてヤムゥリたちと情報のすり合わせが必要だな」
先輩もそのあたりはよくわかっている。わたしの首を撫でながら、ロブルタ王国の代表としてどうするのか、先輩なりにずっと思案していたようだ。
「もうすぐロムゥリの関所街に到着しますよ」
馭者を務める先輩の従者のシェリハから声が掛かる。ロムゥリの街の統治者はヤムゥリ王女様だ。新しい街の名前は、ロブルタ王国と自分の名前をくっつけ命名していた。
戦後まもないロムゥリの街は、まだ焼け野原に等しく、野戦陣地のような状態のままになっている。停戦交渉の後に残した兵隊の人達が、残骸を片付けてくれていたんだけどね。ただ人数は少ないし、駐屯地となる場所を築いて偵察と防衛が主な任務だったので、復旧作業はろくに進んでいなかった。
「キミたち、随分とやつれてないかい」
ヤムゥリ王女様だけではなく、メネスたちもげっそりしていた。先行させたけれど、ひと月も経っていないわよね?
「熱波よ、熱波。暑い風が昨日まで街にとどまっていたの」
夏ってわけでもないのに、季節はずれの暑さで参ったみたいね。ヤムゥリ号には、冷房装置は付いてなかったわね。
「シンマ王国って、まさか暑いの?」
ヤムゥリ王女様が黒いのって、腹黒で悪どいからじゃないの?
「違うわよ。国の全部ってわけじゃないけど王都から南西方面は砂漠地帯が広がっていて、たまに熱風が吹くのよ」
その熱波のせいで王都が滅んだわけじゃないでしょうね。着いて早々にやる事だらけね。
「わたしはヤムゥリ号を冷暖風仕様に改装するから、会議は先輩たちに任せるわ」
シンマ王国の現在の情報が、とにかく少ない。南の魔族の国が攻めて来たとしても、ヤムゥリ王女様の話しを聞く限り、魔族には住みづらい国だと思うのよね。
吸魔族は話しを聞く限りの情報では、好戦的な部族だと思う。異界の強者がいるからと、相手を利用して鍛えて遊んでいるように思ったけど違うのかな。
いずれにせよ、シンマ王国はもう滅びに向かっている。その余波をロブルタ王国が受けないように、わたしたちはロムゥリの街を防衛強化しにやって来たのだから。
御来訪ありがとうございます。
お待たせしました。第二章、砂漠の心臓 編スタートです。
閑話はまた章の後に掲載出来たらと思います。




