第2話 出奔した王女
エルヴィオン大陸には多くのエルフたちが暮らしている。エルフという名称で一括りにされていたけれど、当然ながらエルフにもいくつもの部族や種族がある。
同じ森の民でトレントやドライアド達も混ざっているため、血の受け継ぎ方でエルフ自身の特徴もかなり違うという。しかし部外者には区別がつかないようだ。またエルフの国も実際は一大王国ではなく、小国家連合というのが正しい。
エルベキア森王国というのは、その中の最大勢力を誇る国だ。霊樹の育成が他の部族よりうまいので、盟主的な立場についていた。
私達の一族は、エルフ達の中でも霊樹を三本しか持たない弱小勢力だった。それでも独立勢力として小さな国を築いていられるのは、魔法の能力の高さと、薬師としての経験値のおかげだと思う。
ただその特技で国を保てていられたのは、私が生まれる前。いまは他所の大陸からやって来た冒険者達と取引を行うようになっていて、エルフの楽園と呼ばれたエルベキア森王国も変わっていった。
取引を行うとある冒険者たちは高い錬金術の能力を持っていて、私達の一族よりも素晴らしい薬をつくることが出来た。対価に霊樹の実を持っていく。
国としての産業を潰される形になった私の一族は、エルベキアに吸収されてしまう。そして守って来た霊樹まで奪われた。取引で真っ先に使われるのは、三本しかなかった私達の霊樹。
私がこの国を見限り出てゆくころには、私達の霊樹は三本とも枯れてしまった。
「霊樹が枯れるって、どういうことよ?」
私の学友、今や親友となったカルミアが、たった一つだけ残った霊樹の実を欲しがるのであげた。彼女なら私に代わりに霊樹の実を大切に扱うとわかるからだ。
戦乱続きのロブルタ王国も、今はようやく落ち着きを取り戻した。霊樹の実はカルミア達と切り拓いた農園に埋められ、聖霊人形のヒュエギアたちにより管理されていた。
私が浮かない顔をしていると、カルミアは心配してうるさい。離れていてもブツブツ独り言を開放されっぱなしの伝声道具ごしに話す。ずっと隠し事をしていたせいもあって、信用は薄いのはわかるんだけど、そっとしてほしい時もあるんだよ。気にかけてくれるのは、嬉しくてもさ。
彼女の場合は研究に差し障るという理由をつけた、優しさなので時折困惑する。だから魔法学園を卒業する時に、私の本当の事情を話した。
本国の騎士達の横暴や、霊樹の枯れた原因は因果関係があると私は考えていた。エイヴァンやエルミオ兄さんは、一族のための資金稼ぎと、原因究明の為に旅立った。
私も故郷を捨て、ひとまず二人を頼り魔法学園へやって来た。この奇人変人な少女のおかげで、私は目的を見失いそうになっていた。
毎日毎日、目が離せないくらい馬鹿な事を仕出かすので手がかかる。嫌になるくらい面倒な娘なのに、一緒にいるのが楽しい。
別に本国に復讐したいわけじゃないけれど、枯らすまで私達の霊樹を酷使した報いくらい受けてもらいたかった。
「馬鹿ねぇ、エルミィは。そういうのはきっちりお返しをしてやらなきゃ駄目よ」
報復が正しいなんて、エルベキアでは教わらない。でも彼女はハッキリとそう断言してくれたので嬉しかった。カルミアとアスト先輩の二人は、何かがぶっ壊れていると思う。
────でも私達の一番大事な心を大切にしてくれる。
霊樹はスクスクと育ち、あっという間に実を成すほどに育った。いつか本国を見返すほどに大きく成長するとカルミアは仲間たちを見ながら保証してくれた。
報復にも種類がある。同胞に直接手を出すのではなくて、地団駄を踏んで悔しがるくらい立派な霊樹を見せつけてやるのが、エルフにとっては一番悔しいのを、この奇妙な友人は良く理解してくれていた。




