第115話 先輩の思惑
ロブルタ王国とシンマ王国の元の国境の街の跡地で、停戦交渉が行われた。率いて来た軍の半数近くを失ったものの、戦禍による被害のない、両国より余力のあるローディス帝国レイビス公爵が立会い人を務めた。
交渉の場にはロブルタ王国側として先輩が立つ。シンマ王国側は第一王女にして、トーマ公爵夫人であるユルゥム王女がやって来た。
先輩の側にはフレミールとヘレナが護衛についていて、わたしと元シンマ王国第二王女のヤムゥリ王女さまはその後ろに控えていた。
ヤムゥリ王女さまは性格がとても素直な方なので、会見の場に出ることを自分から志願してきた。そして楽しそうにニマついて、かつての姉を見ている。
帝国軍は潰走させたものの、主力軍を完全に失い継戦能力がないシンマ王国軍は、ロブルタ王国軍の進軍を恐れていた。賠償金を払い停戦出来るのならここだと、ユルゥム王女が使者として選ばれたようね。
公爵夫人としてすでに嫁いでいるのにユルゥム王女は公爵夫人の籍を外し、王女としてやって来たのは先輩にその身を捧げるつもりなのかもしれない。
「────臣下に降嫁した年増のお古に価値があるなんて、思ってませんよね? お姉様?」
追放されてもヤムゥリ王女さまはシンマ王国の王女さまには違いない。身内の姉に対して、容赦ない言葉を浴びせる。
学園でやらかした後に、誰が自分を切り捨てたのか‥‥ヤムゥリ王女さまはよくわかっていたようね。あちらが強気に切り込もうとする度に、わざと話の腰を折る。流石だわ。
ヤムゥリ王女さまのおかげで、ロブルタ側は多額の賠償金を得ることが出来た。また元々のロブルタの領土の返還と、この戦いでロブルタが切り取りした全ての土地の保有権を認めさせた。
────先輩の思惑通り海岸線の領土はロブルタの傘下に入った。
たとえ不利な約定でも、シンマ側は認めざるを得ないのよね。ヤムゥリ王女さまがいなければ、ユルゥム王女の色気で先輩を押し切り、譲歩を引き出す腹積もりだったんじゃないかしら。
先輩には通じないので、媚びられてもうっとおしいだけでしょうけど。
戦後の停戦交渉が終わり、シンマ王国軍とローディス帝国軍は帰途につく。
交渉はヤムゥリ王女さまの独壇場といった感じ終わった。仕掛けたのは全てシンマ王国の方で、ヤムゥリ王女さまもその一員だったのをすっかり忘れているようね。
「最後はユルゥム王女が、ぐぎぎっ‥‥て呻いていたけど大丈夫かな」
会見の様子を側について見ていたヘレナは、シンマからのいらぬ恨みを買ったのではと心配する。
「そのためのヤムゥリ王女さまだから平気よ。実際、会見をぶち壊したのヤムゥリさまだもの。それに悪いのはあっちだから、恨むのは筋違いだわ」
「うむ。ヤムゥリ王女の奇行のおかげで、同胞だったはずの彼女に怨嗟の声が集められたな。追放した事は忘れて」
わたしと先輩がヤムゥリ王女さまの同行を許可したのは、まさにそれが理由だ。問題がややこしいのは、ヤムゥリ王女さまが、いまだにシンマの王女さまの立場を保ちながら、先輩の側についている事だろう。
恨んでも腹がたっても、シンマの命運はシンマ王国を追放されたはずのヤムゥリ王女さまが握っていた。
何も得ることなく帰還するレイビス公爵などは顔を引きつらせていたくらいで、ヤムゥリ王女さまは精神が病んでいたように見えたと思う。
「シンマ側とロブルタ側の国境沿いの領土を、ヤムゥリ王女さまに任せるのでしょう。いい盾になりそうよね」
先輩はとことんヤムゥリ王女さまを使うつもりでいる。ヤムゥリさまもそれに異を唱える気はないみたい。
今後シンマ王国が衰退して国内が荒れていくであろう流れで、ヤムゥリ王女さまの存在感は逆に増すはずだ。
不満を抱えたものたちが、そうなった一因であるヤムゥリ王女さまを攻めるのか、担ぎ上げるのか‥‥あえて両国の間に置いて惑わせるのだ。
「先輩の思惑といえば‥‥帝国の軍事力も何気に削りましたよね」
海沿いを攻めたい意図もあったので追撃を譲るにしても、危険な異界の強者達を残したままなのは先輩の指示だったもの。王族って恐ろしいわよね。
「……君は、自分が進言したのを忘れてないかね」
覚えてないわよ、そんな昔のこと。意見はしても決めたのは先輩だ。その英断が出来るから先輩は英雄なのよ。────だから照れて首を締め過ぎるのは止めましょうか。
「シンマの戦力を叩き過ぎて、裏からリビューアなどに攻め込まれると面倒になります‥‥と言っただけですよ」
シンマ王国の南方には魔族と呼ばれる者たちの連合国がある。西方にはリビューア帝国という国と国境を接していた。
その中でも魔族国家の中に武闘派の国が近くにあった。異界の強者達は、本来彼らへの対抗手段でもあった。
それに‥‥シンマ周辺国はロブルタを始め、悪意あるもの達に扇動されている可能性が高い、そうわたしは考えていた。
停戦交渉でごねる事なく早々に解決を図った裏には、手薄になったシンマ王国の防衛の隙を魔族軍か帝国が襲撃したのではないかと思う。
「それを踏まえての作戦行動だったわけよ。きっと賠償金を支払う所ではなくなるかもしれないわね」
わたしの予測を信じて、先輩は一人勝ちさせないためにローディス帝国軍の戦力を削らせたのだから、怖いわよね。
「君というやつは────」
先輩にがっつり首を取られて、頭を手でワシワシされた。照れ隠しが激し過ぎですよ。進言を聞き入れ、独自に考えを加えたのは先輩だもの。
わたしたちも戦後処理を早々に終わらせた。千名ほどの守備隊を残して王都へ戻る。
賠償金はかなりふっかけたけど、シンマ王国は払う気はないのに承諾した。これでシンマの状況はハッキリした。停戦を急ぎたいシンマ側が、すぐさま攻めてくることもないと自分から白状しただけで充分だった。
ロブルタ内で発生した魔物の大群による被害と、シンマ王国軍に荒された領地の復興には時間がかかる。ロブルタにも余力がないのが現状だった。
先輩は新領地の領主や、自国内の再興のための領主領民の割り振りなど全てを、国王陛下に丸投げにすると決めている。
ロブルタ王城内では決まっていると思うのよね。先輩のなかではロブルタ首脳が計算していなかった沿岸部や、シンマとの緩衝地を自分に利する領主を先に派遣するように伝えてあったから。
それは先輩の意見で、わたしが逆に相談を受けた。だから抜け目ないと言ったのに。
わたしは使えるものは親でも使うように進言した。海岸の新領地には、今回の戦いで功績の高いルエリア子爵リドルカさまを陞爵させて移転させ、ヘレナのお父さんをルエリア子爵領の後釜に据えるのを忘れない。
リドルカ子爵の父親にも、逃げ出した公爵領主の領地の一部を与えて先輩の派閥を構築させた。
リドルカ子爵さまにヘルマン、二人とも先輩と一緒に戦った戦友でもあり、その戦いぶりに心酔している。将来先輩が王座についた時には頼れる腹心になってくれるわね。
ヤムゥリさまを加えれば、ロブルタの半分はもう先輩の勢力といって良いと思う。
王都へ戻ると会戦の勝利の報告を受けて、帝国軍の守備隊もすでに帰還し始めていた。あの時点ではまだ再逆転の可能性があったにせよ、ずっといられると、ロブルタの負担が大きいものね。
王都ではささやかながら戦勝祝いが開かれた。勝利の立役者の先輩は、アルヴァル達の引く馬車の屋根に椅子を用意してパレードを行う。
わたしは戦馬車の台数を増やして必要以上に華やかに飾り立てて、行列を賑やかにした。
「これでようやく戦争が終結した感じだね。だいたいわたしたちは学生なのに、戦場で駆け回りすぎだよね」
戦争の被害は大きい。でも夏休みが終われば学校は再開されるだろう。わたしたちを取り巻く環境はきっと変わるに違いない。もうしばらくは先輩や仲間たちと、馬鹿な事を言い合う日々を過ごす事になりそうね。




