第114話 侵略戦の幕引き
先輩の指揮のもと、ロブルタ軍は三度の急襲を繰り返した。シンマ軍も受け身ではやられる一方と見て、急襲の後に防衛陣地への攻撃を再開する。
シンマ本国からの援軍として到着した虎の子の魔法使い部隊の、戦陣魔法は威力が高く、防衛陣地の魔法防壁を簡単に切り崩してきた。
本格的な攻城戦。軍団魔法による副次効果が思っているより大きかった。
「────これから総力戦になる。皆、気を引締めたまえ」
それでも先輩の指揮は揺るがない。強い人だ。
崩された防御壁から敵軍が殺到する。侵入する軍も魔法で全体付与がかかっていた。対魔法防御だけではなく、弓矢も弾く強度の魔法だった。
「‥‥異界の強者達の魔法ね。そっちがその気なら」
一気に侵入口から突破をはかるシンマ軍へ、フレミールが火竜の強力なブレスを放った。高威力、高火力の攻撃が、侵入した敵を中心にと防御壁ごと破壊し尽くす。そのあまりの威力に、戦闘の喧騒が一時止んだ。
「全開ブレスとか、地上だと目茶苦茶高威力なのね」
「オマエが全開でいけと言うから、ワレは放っただけだぞ」
フレミールが開けた穴を、ノヴェルがすかさず大地の魔法と結界で塞ぐ。エルミィが更に補強し、魔法防壁の強度は以前よりもかなり上がった。
今の一撃で、侵入して来た兵や続いて向かって来ていた三千近いシンマ軍の兵が、蒸発して消えた。ロブルタ王国の切り札の威力は、敵対するシンマ軍だけではなく、ローディス帝国さえ肝を冷やしたようだ。
ロブルタ王国の第三王子が英傑であるという噂は、以前よりあった。しかし実際にあってみると、女性のように美しい線の細い若者‥‥という印象を抱くものが多かったはずだわ。
「いまので先輩だけではなく、従者たちもやばいと認識されたかもしれないですね」
「ふむ‥‥狙い以上の効果があったようだな」
先輩が責務に目覚めた以上は、戦力を隠し立てする必要はないからね。抑止力と考えるなら、フレミールの存在感は他国を圧倒すると思うのよ。
シンマ王国軍が退き始めた。一般兵をどんなに強化しても、今の異界の強者や魔法部隊の練度では通じないとわかったのだろう。
「────追撃に移りたまえ。ただし深追いは禁物だ」
先輩は慎重だわね。敵の退却が罠ならば、追いかけた部隊が逆に壊滅の憂き目に合う。兵力でまだ負けている以上、先輩は無謀な真似をしない。
ロブルタ領内で収奪された糧食を奪い返して、シンマ王国方面へ誘導するように追撃をかけた。糧食は毒がないか調べてから、配布に回すことにする。
追撃に対して、反転し特攻をかけてくる部隊がいくつかいた。罠ではないみたいね。まとまりがないので直線上に並んだ瞬間に、フレミールのブレスで一掃されていた。
もう火竜のブレスは来ないと思うのは勝手だ。でも反撃に来れば容赦しないよ、フレミールは。
「迂闊な者たちを、ただ蹴散らすのはつまらぬものよ」
フレミールも普段は温厚なのよ。竜族の性分なのか、強いものと戦いたがるのよね。フレミールの竜型聖霊人形をつくってティアマトあたりが乗り込めば、いい訓練相手になるんじゃないしら。
それにはフレミールの成分だけじゃ素材が足りない。鱗といわず、一旦脱皮していろんな素材をわたしに提供してほしいわね。
「おらは大きなアストに乗りたいだよ」
「ふむ、それはいい。検討したまえ」
ノヴェルが巨大な人形づくりに意欲的だ。先輩もなんか乗り気。それはもう人形じゃないわね。あのデカブツくらいの大きさなら、小さくなる必要なさそうだ。
竜型でも巨人型でも、あの大きさの石像や木像となると、相当重くなる。魔導回路で補助をを入れるか、反重力装置のようなもので素体の負荷を減らさないと、自立するだけでも難しいのよ。骨組みから組み立てを考えて、魔力で動力も確保するには普通の魔晶石では難しいわ。
あぁ──だからデカブツ系の魔物は、重力系を自然に身につけるのね。竜族のように全身が魔力で浮揚するものは別だ。巨人も大地の魔法が得意なのが納得する話しだわ。
「僕を大きくするのは構わないが、ちゃんと服は着せてくれたまえよ」
おぉ、先輩も羞恥心が芽生えたみたいだ。人前であれほど堂々と裸になれるのは、傅く人の多い王族の特性だと分かったけれど、素養の問題もあると認識していたわ。
大勢の人前で躊躇いもなく、わたしの首を狩る先輩。戦闘中に随分余裕ね。震えの反動で気分が高揚してるのかしら。
ノヴェルには悪いけれど、先輩を大きくするのは止めておいた方が良さそうね。わたしだって良識はあるのよ。だって‥‥泣きながら、大きな黒パンを開発させられる未来が見えたもの。
────撤退してゆくシンマ王国軍の追撃は、帝国のレイビス公爵とその軍勢に任せた。彼らがロブルタ領の先へ進軍して、シンマ側の領土を勝手に切り取ろうと、略奪しようとロブルタ軍は関与しない。
やられた分やり返したい領主達はいると思う。でも‥‥ここまで反撃を加えられたのは、帝国軍の援軍の力だ。
帝国の援軍がなければ、シンマ王国軍は増援を使い三方から攻め寄せて王都に迫っていたはずだったからね。フレミールがいくら強力でも、三方からは守れない。
「ロブルタ王国って、悲しいほどに貧乏だってはっきり言ってくださいよ」
最終的にはそれが原因ね。ロブルタ王国には、帝国に支払う報酬などない。だから追撃後の美味しい部分を譲る事で、報酬のかわりにすると約定を交わしたのだ。
ロブルタ王国だって今後の復興にかかるお金を考えると、奪いに来た輩から奪い返してもらうしかない。ロブルタとしては、国防が果たせただけで満足するしかなかった。
「ヤムゥリ王女がいるからではないぞ。あちらが先に手を出したとは言え、ロブルタには恨みを買い付ける余力はないのだよ」
「そうはいいつつも本当に欲しい、海岸部の敵領を抑えに行くのは流石ですね」
先輩は抜け目ない。シンマ王国の海沿いの領主達は、ロブルタ領内を荒らしたあと、会戦に合流しているはずだ。今頃は進軍して来た帝国軍の迎撃のため、シンマの王都方面へ駆り出されて、沿岸部は守りが薄い。
ロブルタ領はすでに壊滅していて、攻められる心配はないとシンマ側が考える……それが先輩の考え。
今度はあちらがローディス軍からの国防戦となる。無条件に近い形で帝国の進軍を譲ったのは、彼らを囮にするためだった。いまなら防備も緩いと先輩は判断したのね。
‥‥結構エグい考えよね。帝国軍が完全に犠牲になるもの。全て貧乏が悪い。先輩も金策を考えるくらい、ロブルタが貧窮すると見ているのね。
「それにしても、海岸線を制圧するにしても、防衛線が伸びて守りきれないんじゃないですかね」
「そこは平和裏に解決して、放棄させるのだよ。移民としてロブルタ王国に付くも良し、シンマ王国へ帰属するのも止めはしないと」
この先輩ってば、いやらしい選択をせまるよね。一方的やられた側の隣国の王子の判断を、甘いと評するか名君と評するかは分かれそうだ。
────私財を持ってシンマ王国へ逃げる事を許可するんだから、懐が深いとも思われそうね。
先輩の思惑は望郷の思いを断つ事にある。それとシンマ王国がこれから起こすであろう仕打ちを想定している。
「私には政治的な事はわからないから説明をお願いします」
先輩の近衛騎士の役割を務めるヘレナが難しい表情をしていた。ノヴェルやティアマトなどは興味がなく欠伸をしているわね。
「恨んでいるはずの相手に優しくされ、忠誠を誓った相手に辛くあたられた時に、人々はどう考えると思う?」
一国の王なんてものは、権威がなければチンピラの親分みたいなものだから、人の心の転がし方をよくわきまえているわよね。
お馬鹿なお兄さん達はそうした才能のない典型的なダメ貴族のようだったけれど、先輩は変態なだけで才能は突出しているわ。
「褒め方に悪意を感じるが、そういう事だよ、ヘレナ。キミは今後は僕の専属護衛になるのだから励みたまえよ」
わたしの首は締めるのに、ヘレナには随分と優しい。ヘレナ‥‥騙されちゃ駄目よ。この先輩は、ヤムゥリ王女さまや狂人バステトと同類で、笑いながらこうしてわたしの首を狩れる人なんだから。
────悪意あるものによる陰謀は、ロブルタ王国、シンマ王国の国土の半分近くが侵略する敵軍に奪われ戦禍の炎に焼かれて終結した。
三国中、ローディス帝国のみが戦禍を免れた。しかし侵攻中のローディスの軍勢が異界の強者達により襲われて、得られるもののないまま壊走した。




