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錬生術師、星を造る 【完結済】  作者: モモル24号
第1章 ロブルタ王立魔法学園編

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第113話 英雄王子

 ローディス帝国の主力軍がロブルタ王都南方へと到着した。そこにロブルタ王国軍も合流して、シンマ王国討伐軍が結成されることになる。


 わたしは、先輩と仲間たちと共に王宮へ向った。王宮の国王陛下の執務室では人払いがされていて、国王陛下と王妃様が土下座して迎え入れた。


「なにをしているの、この方々」


 膝をつく相手、逆よね。一国の王と王妃が自分達の子供である先輩に‥‥というよりわたしに向かって謝っている。別に帝国に吸収されてもいいから、国民の平和を守りたかっただけなのでしょうに。


 シンマ王国の暴走は、悪意あるものの残滓と、別な影に踊らされての結果であるのでしょう。暗殺依頼をかけたにしても、今更よね。


「────釈明させて下さい」


 王妃さまが、そう言って先輩を見た。先輩は両親をそれなりに大事に思っていたし、立場を思えば仕方ないって理解はあった。許すかどうかは別として。


「そういうことだから、顔をあげてくれたまえよ、父上、母上」


 殺されかけたのに、先輩は器が大きいわよね。実際先輩に手をかけた、わたしが言うのもなんだけどさ。庶民に謝るよりも、親として先輩のことを改めて支えてやってほしいものね。


 国王夫妻との話しがついた。ロブルタ王国軍は先輩が総大将として率いることになり、一万人の王都軍のうち、六千名を連れてゆく。帝国軍の主力一万八千人と合わせ、二万四千人もの軍となった。


 帝国の主力軍を率いるのは、帝国でも武闘派で知られているレイビス公爵だそうだ。わたしは知らないおじさんの事など興味ないから、武闘派も穏健派もどっちも変わらない。わたしたちは先輩の護衛なので、礼節だけは正して欲しいと懇願された。


 軍の人数は帝国側が三倍もいる。しかし、戦場での基本的な指揮権は先輩に委ねると、連合軍会議で決まった。帝国軍の軍人達に侮られるのは腹ただしいので、先輩の装備は真っ先に更新しておいたわ。


 先輩の側にはヘレナとフレミールがついている。ヘレナは剣士だ。でも儀仗用の槍を持たせ格好良く着飾らせている。元々騎士としての稽古を重ねているので、槍の扱いも上手なのよね。フレミールも同じだ。先輩の王家の群青色(ロイヤル・ブルー)に対して、炎の赤で引き立たせていた。


 先輩に指揮権を持たせる事には、帝国軍側の軍人達も異を唱えることはなかった。帝国側でも、始めから領土奪還軍はロブルタ王国主導で行うことは決まっていた。


 王国の跡継ぎになる、英雄と呼ばれる小僧(実際は小娘) の采配をレイビス公が単純に見たいだけだったようね。


「────てっきり皇子様がやって来て、名目上は先輩を立てて、実質の主導権は握るのかと思っていたわ」


 ローディス帝国だって、守備兵も合わせた大軍を援軍に出すのは無償なわけではないのよね。ロブルタ王国を実効支配するための援軍でもあるし、兵力を出す以上は色々と都合良く利用したいはずだった。


「皇子は抑えが効かなくなると、危険だから外されたらしいよ」


「帝国軍内で少し揉めていたみたいね」


 エルミィがメネスと一緒に情報を仕入れて戻ってきた。ローディス帝国側も次代を担う皇子に初陣を飾らせて、経験を積ませたい思いはあるようね。


 指揮を先輩に取らせるのも、失敗すれば先輩の責任に、成功すれば皇子の手柄にするためだった。籍だけ置いて、お飾りらしく振る舞えば充分なのよね。


 実際この戦いは領土奪還を謳いつつも、目的はシンマ王国軍を撤退させる事にある。皇子が血気に逸ってやり過ぎてしまうと、戦闘が泥沼化する恐れがあるものね。


 先輩が率いるロブルタ、ローディス連合軍がルエリア子爵領の防衛陣地へやって来た頃、シンマ王国軍も増援が合流し五万の兵力に膨れ上がっていた。


「‥‥なんか敵の数がやたらと増えていませんか」


 ヒッポスを連れた馬車は目立ち過ぎるのよね。だから、アルヴァルの三兄弟馬に、アスト号とヤムゥリ号を繋げて来ていた。展望台も狙う的になるので外してある。先輩が馬車に乗って、最前線で戦うような戦場ではないものね。


「帝国の援軍の情報を、シンマ側も耳にしたようだね。こちらが放棄したロブルタ領を彼らも放棄したのだろうね」


 わたしの呟きに反応して、先輩が会議での情報を美声君で伝えてくれた。魔物退治と違って軍隊同士の戦いは、魔法使いの数と質、それに運用が決め手だと思うのよね。


 わたしの残した台車付きの砲台も、侵攻する敵軍を倒すより足止めと、魔法使い達への嫌がらせを兼ねていたものね。


 さすがにシンマ王国軍は、わたしの兵器の対策を考えていたようだった。全員というわけじゃないけれど、顔全体を覆面のようなもので守っているものが見えた。


 領民を逃がす為の単なる時間稼ぎなので、目的を果たした今は運用を変えればいい話だわ。


「暑さが厳しくなっていくこの時期に、あんな暑苦しい格好でどこまで動けるかしらね」


 シンマ軍がいくら暑さに強くても、乾いた気候のシンマと水気の多いロブルタ王国の暑さとは質が違うと、ヤムゥリさまがボヤいていたものだ。


 わたしはオークから採れる安価な脂で作った脂霧玉(オークズパトス)と、フレミールの焔の弾を防衛陣地の台車砲台へ配布する。


 このルエリア子爵領は、ロブルタの王都の山風が吹き下ろす独特の風が吹くのよね。わたしの兵器と相性が良いので、物理を完全に無効化する結界を全軍に張り巡らすくらいしないと防げないの。


「ロブルタの風とはよく言ったものだな」


「ロブルタを落とすなら、まず南西の山々を抑えるしかないのでしょうね。魔物だらけの魔境ですが」


 シンマ王国やローディス帝国がロブルタ南西のアーストラズ山脈をわざわざ抑えるなら、そのままロブルタを無視して相手を攻めた方が奇襲になって早い。


 ロブルタ王国自体に魅力がないと思われている証だ。大国に挟まれ交易の利もあげることを躊躇われ、放っておいても滅ぶのは時間の問題だと言われていた。


 もっとも魔境を越えていける戦力の時点で、過剰戦力なのよね。わたしも貧乏で苦労したけれど、先輩が王座に就いても、苦労が耐えなそうね。


「ロブルタの民はみな己をわきまえているさ。今後活路を見出すとするなら、ダンジョンと海路だろう」


 そのためにもこの戦いでシンマ王国軍を追い返し、少なくとも海岸沿いの領地までは奪還したいところね。


「アスト先輩、カルミア。合図が上がったよ」


 防衛陣地の櫓に偵察へと向ったヘレナとメネスから伝声がきた。メネスは調子を取り戻して、自分の役割を頑張ってくれている。


 ずっと戦い続けていた防衛陣地も、互いの援軍が続々と到着するため、攻守の手を休めていた。


「期せずして会戦となったわけだが、諸君‥‥この一戦にロブルタの未来がかかっている。火竜の加護を信じ進みたまえ」


 ────会戦の口火はロブルタ王国軍の六千名が、防衛陣地から討って出たことで始まった。援軍として到着早々に、数で劣るロブルタ軍側から出撃するとは考えてなかったのか、シンマ王国軍は動揺した。


 先輩はアルヴァルのファルーが引く戦馬車に乗っている。座席は二人乗りだ。左右と後ろに人が乗り込めるようになっていて、上部にも四門の回転式風樽砲台がついていた。

 

 戦馬車は全部で三台用意しておいた。先輩の戦馬車にはシェリハとフレミールが乗る。ベル―の引く戦馬車には先輩型の聖霊人形(ニューマノイド)を操るルーネとヘレナとティアマトが乗り込んだ。ジルーの引く戦馬車はヤムゥリ王女さまとわたし、ノヴェルが乗る事になった。


 乗って来たアスト号とヤムゥリ号は、エルミィとメネスが念のために乗り込み、防衛陣地内で守っていた。療養中のタニアさんたちや残りのメンバーは、新しく開拓中の農園に留守番してもらった。


「先輩、ルーネ。囮の魔法弾を先制で放ちます。王女さまもいい?」


「ええっ。私を見捨てた事を思い知らせてやるわ」


 アルヴァルの戦馬車で先行したわたしたちは、一斉に敵陣に魔法弾を叩き込む。五万の陣営の前面など、被害は微々たるものだ。それでも急襲された事で浮き足立つ敵軍がバラバラに動き出す。


 敵であるシンマ軍と、味方であるローディス帝国軍に、先輩の勇猛果敢な戦いぶりは浸透したはずね。


「よし────退きながら追撃。敵の厚い所へ撃ち込みたまえ」


 敵を釣り出し、先輩が別な陣地へと砲撃を加えていく。相変わらず良い判断よね。釣り出されたシンマ軍はわずか千人ほど。これを先輩とルーネが魔銃で次々に撃ち倒してゆく。


 前面の守備が剥がれたところで、本命のロブルタの台車砲台が六千の兵に紛れてやって来た。脂霧玉(オークズパトス)を敵陣の奥へと、まんべんなく撃ち込んだ。


 独特のオークの脂の臭いが、敵陣を包み始める。脂霧玉(オークズパトス)は風にのり兵士の休む天幕や、覆面の布や衣服に染み込んでいく。


「匂い対策が仇になったわね」


 寮で散々使っていたから、オーク脂の燃焼力には詳しくなったものだわ。少々の風や雨に濡れても消えないし、大量に燃やすとかなり臭いのよね。


 昔は気にしないで済んだのに、寮生活だとそうもいかなくて、ヘレナと消臭するのに悪戦苦闘したものだわ。


 頃合いを見て、わたしたちはフレミールの焔の弾を撃ち込んだ。着弾して割れると、炎が弾け飛ぶ。暑そうだから、更に熱くしてやれ作戦は成功した。覆面なんかしていたら、さぞかし脂を吸い込んだでしょうね。


「追撃の来る前に砲台を退げよ」


 先輩の命令により、攻め込んだ六千の内、千名は台車砲台を守りながら防衛陣地に戻ってゆく。


 先輩とわたしたちは残りのロブルタ軍五千名と一緒に、迎撃に来た千名と、混乱する敵陣の前面を叩いた。そして再び先輩の命令が飛び、追撃の来る前に退いた


 台車砲台の数と射程には限界がある。不意をついて砲撃は出来ても、五万の敵陣の全てに撃ち込むのは難しい。しかしロブルタの山風に乗った初戦のこの突撃で、シンマ軍は一割以上の兵に損害を出していた。


 初陣というのに五万の敵陣に真っ先に突っ込んで行く。その先輩の度胸と、地形の利を活かした作戦行動に、帝国のレイビス公爵やロブルタ王国のルエリア子爵、ヘレナの父親のヘルマン卿も驚いていた。いや、ルエリア子爵やヘルマンさんは初めてじゃないよね。


 大軍相手に自ら口火を切り、防衛陣地まで帰還した。先輩はやれば出来る子なのに、やらないでわたしに押し付けていただけなんですよ。


 今は震えながら、わたしの首に巻き付いていますが。ちょっと可愛らしい‥‥でも締め落とさないで下さいよ。


「魔物や教団の時とは違うのだよ」


 先輩の震えは敵を殺すことにではなく、大勢の味方を死なせることの恐怖だったみたいね。殺しに来る相手を叩くのに躊躇う馬鹿はいない。


 人道的にというのは平和と秩序の保たれた街中での事だ。戦場では可哀想だからと敵を助けて味方を討たれては元も子もない。でも命令して、戦わせにいかせるのは別だ。


 本当に先輩は良い王様になれるわよ。申し訳ないからって部下たちより先に前に出て。戦馬車に乗っているからって、戦端の口火を自ら切るなんて────どこの英雄さまよ。


「あのデカい巨大牛人(アルデバラン)魔物の大暴走(スタンピード)の最中で、戦い続けていたからでしょ」


 防衛陣地のわたしたちの拠点──アスト号まで戻ると、先輩の様子を見て正論エルフがため息混じりに言った。


 ひと言多いけれど、メネスと二人で先輩を剥がして、倉庫内のお風呂へ連れて行ってくれた。


「次は燃えやすい部分を湿らせて対策をしてくると思うのよね。暑さ対策にもなるし。だから粉々大爆発作戦でダメージと、へばり付く重さと息苦しさでいくわよ」


「次から次へと良く考えつくものね。粉々って、粉が爆発するの?」


「きめ細かいとか燃えやすいとか、粉にもよるわ。爆発はついでよ」


 水浸しの所へ細やかな粉が衣服や皮膚などにまとわりつくと、重く息苦しくなるもの。苦しくて覆面を外せば、再び辛苦玉や臭玉の出番だ。


 戦費の削減にもなるし、精神をガッツリ削れる良い作戦だと、褒めてもいいのよ王女さま。


「シンマ軍の将校も、作戦の基本的立案が()()なせいで成り立ってるなんて思ってもみないことよねぇ」


 なんか小馬鹿にされた気がする。一番楽しそうに撃ち込んでいたのはヤムゥリ王女さまなのに。


 それはもう絵になるくらい楽しそうだった。ヤムゥリさまは元国民、彼女を守る役目をしていた兵士たちに、最高の笑顔でぶっ放していた。


 ……この人も、バステトと同じくらい頭がおかしいからいいのだけどね。でも砲撃の度に死ね〜っ死ね〜っ! って叫ぶのは立場的にも止めたほうがいいと思うわよ。

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