第112話 カルミア·スター
対シンマ侵略軍を駆逐するために、帝国からの援軍が早くも到着した。先行部隊のおよそ八千人の兵士だ。先行部隊は基本的にロブルタの王都防衛のもので、奪還のための軍はこれから続々とやって来ることになるという。
戦時下の食料問題を考えると、ロブルタ王国には長期的に大軍を維持する能力はない。支援をする側も、侵略軍の懐具合を計算に入れて動いていたようだ。
どのみち西の穀倉地帯は魔物の大暴走で受けたダメージが大きい。侵略したシンマ王国軍が長い期間駐留し続けるのは難しいというのが、ロブルタ王国とローディス帝国の共通の見解だった。
シンマ王国軍は占有した領地から食料をかき集めることがかなわなかった。防衛陣地との戦線でも、戦う自国軍拠点までの補給路を築くので手一杯になっていた。
◇◆◇
「アスト王子の英断で、魔物に荒された領地を捨て、防衛陣地を早々に築いたという事が、称賛されてますね」
元気を取り戻したメネスが街の様子を報告してくれた。王都の冒険者ギルドで、タニアさんとモーラさんの重傷からの回復を報告しに行ったのだ。いまはまだわたしのもとで療養中だとも伝えている。二人を心配していたギルドの人たちは胸をなでおろしたそうだ。
メネスはギルドマスターのガレオンから現在の王都を取り巻く詳細な情報と、タニアさんモーラさんの王子専属護衛の就任を条件として神の雫の引き換えを行うことを提示して来ていた。
メネスは当然として、わたしの仲間たちは歓迎している。治療の件は別として、本人たちも願ったり叶ったりだと喜んでいたからね。
「条件は飲むそうだよ」
本人たちがたとえ同意したとしても、主力冒険者となると難しいのよね。元の立場が高い二人の引き抜きは、王家と冒険者ギルドに禍根を残しかねないからだ。
そこで神の雫を取引の材料にした。「悪魔に魂は売らん!」 ────そう豪語して吠えていたくせに、髪の命令にはあっさり魂を売った。
‥‥毛生え薬でAランクパーティーから引き抜いた事を、タニアさんたちが知ったら傷つくし、揉めそうだから黙っておくわ。
「これでタニアさんとモーラさんが正式に手に入ったわ」
「その言い方だと、僕が悪い事をして手にいれたように聞こえるからやめたまえ」
先輩とヤムゥリ王女さま、それに何故かバステトがいた。眷属達と宿舎で雑魚寝が嫌だとうるさいから、王女さまの檻に放り込んだの忘れていたわ。
ヤムゥリ王女さまの顔が朝だというのに暗く、やつれてる。わたしを見るとキッと睨んで、バステトに指を差し吠えた。
「こいつをなんで私の所に入れたのよ。一晩中、その鎌で『ヤムゥリの魂は実に良い輝きだねィ』なんて囁いてくるのよ。頭がおかしくなるわ」
危ないから隔離しておきたかったけど、正解だったみたいね。檻から出して眠る時はあの草刈り鎌を没収して、拘束しないと駄目そうね。今もわたしの首を狩る先輩の首を狙ってるし。長年の習性や癖なんて、鎖が解かれたところで抜けない証だ。
人懐っこい殺し屋とか、本当に狂ってるわよね。首を刈っても死なない不死者のペットを先輩とバステトに与えないと、わたしの首が一番危ないわ。
「ここに、虹色鉱石の新型、虹色輝星石があります」
最近加わった仲間たちのみんなから成分を集めて、錬金釜を更新するあの地獄の作業が続いていたのよ。魔力を回し過ぎて、吐き出したわたしの成分もたっぷり詰まったものだ。
新メンバーのものは新メンバーのものでまとめて融合を省略させるやり方を覚えた。でもその分魔力を消耗するようになったのよね。
でも新たに出来た、鉱石はもう鉱石の段階を超えていた。恥ずかしいけど、星を創る成分という意味を込めた名前にしたわ。
「それを我輩にくれよゥ」
もう目が釘づけね。しつけたわけでもないのに、無理に奪おうとしないだけ偉いわ。
「これはね、ここにいる子たちみんなから出来ている石なのよ。あなたがここの誰かの首を刈ってしまうと二度と作れないかもしれない」
これは事実ではないかもしれないわね。魔力なのか系統なのかはわからないのだ。一定の抽出条件を通過出来たから、わたしの技量が上がった感じがする。
呪詛が強くて使えなかった元王妃樣の成分と違い、狂っていてもバステトの成分は馴染みが良かった。
この娘が純粋に狂っているだけで、呪怨の類いじゃないから出来た結晶なのよね。招霊君たちや魂に好かれるのも理由はわかったわ。バステトは遠い昔に封印されていた、ブバスティス連邦のペルバストという国のお姫様だったそうね。
封印したのも頭のおかしい集団だったらしい。ただ彼女を慕う招霊君たちからは、それ以上情報が取れなかった。
こいつ‥‥こんな顔しておじいちゃん先生より年寄りだったのよ。そうノヴェルと同じくらいの歳月が過ぎている存在。
あの当時、この世界に何かあったのかは、これで明らかになったわね。今頃になって、世の中がざわつくのが何故なのかまではわからない。あの魔女さんもそれに近しい気がした。いや、あの人はもっと格が上かな。だから魔女さんだもの。
虹色輝星石のおかげで、バステトはあっさり懐柔出来たわ。
ヒュエギアとノエム、タニアさんとモーラさん、それにバステトたちがいれば農園は守れるわよね。
「ん? バステトは戦場に連れて行かないのかね」
先輩の身辺警護を任せるのに、バステトほど適任者はいない。だからこそ外した。だって暗殺者になりたくてやってるならともかく、当人は強制されていただけだもの。
狩人として暗殺者として非常に身体能力が適しているのはわかっている。でもね‥‥やりたくない事はやらなくていい事から教えてあげたいのよね。
「ニャハァ、変なやつだなカルミアはァ」
「仲間はきちんと守るのよ。でもあなたがそれで死ぬのもナシよ」
こういう娘は自分の生命を軽んじるからね。ヤムゥリ王女さまを見習って、たくましく生きてほしいものね。
「問題がなくなったのなら、それを一通りつくりたまえ」
先輩がわたしの首に腕を回したまま、身体ごとクルッと動かして後ろを見せた。
────なんてことでしょう、全員集合してるんだけど。メネスとシェリハに連れられてタニアさんとモーラさんまでいるわ。ガレスやガルフ達はともかくバステトの眷属まで。
「自慢したかったのだろうが、軽々しく人前で見せるものではないのだよ」
そういう先輩は真っ先に要求していましたけどね。真っ先にバステトに渡した事で、拗ねて首を締める力が増してるわ。
ついでに先輩の聖霊人形を最新型にして、ルーネがもっと自在に動けるようにしよう。
装備の更新は、わたしの魔力と体力が持たないから順番にしてもらった。
毎回この娘たちの、この瞬間だけは目がギラついて怖いのよ。




