第109話 ヒュエギアとノエム
眠っていたヤムゥリ王女さまに許可を求めに行くとギャアギャアと煩い。いいじゃん、もう帝国の皇子との結婚の目も消えたのだから。先輩と違って現状では、元の肩書きで貰ってくれる国はなさそうじゃない。
「結婚出来ないかもしれないのと、子供がいるのとは別でしょ。せめて父王にでも嫌がらせをしなさいよ」
流石は王女さまね。目の付け所が違うわ。────というわけで、ヤムゥリ王女さまの娘ではなくて、シンマ王の私生児、つまり王女さまの妹という事にした。庶民の母上がなくなり、ヤムゥリ王女さまを頼ってロブルタ王国へやって来たことにしましょう。
ヤムゥリ王女さまがロブルタで盛大にやらかしたために、行き場をなくした。不憫に思った先輩に姉共々拾われたというわけね。
それにしても元王妃様に似るって、ロブルタ王家にはシンマ王国の血が強く入っているのがわかる事例ね。
「僕の名で保護するのは構わないが、ヒュエギアは人形なのだろう?」
わたしに無駄にいつもくっついているから、先輩も錬金術に詳しくなったわよね。わたしのは錬生術なので、少し違うのよ。
「先輩は、人工生体は知っていますか?」
錬金術に携わるものの中には、生殖行為に頼らない生命体の創造に生涯をかけるものが、一定数いる。わたしから見ると、死霊術に対する生霊術みたいなものだ。土人形も魔力か魂かの違いでしかないのよ。
あくまでわたしの考えってだけで、世の中の研究者はどんな考えなのかは、交流があるわけでもないから知らないのよね。
「僕は君から得た知識くらいしか錬金術については知らないないが、確か人が人を造る技術を言うのだろう?」
先輩の持っている認識が、魔法について勉強をしている人の一般的な見解よね。でもね人の定義というものはわりといい加減なのよ。何を持って人として認識をするのかで、違ってくると思うのよね。
例えばルーネは今は人型をしているから小人、成長すれば人族に見られると思う。でも同じ木人族のトレントは見た目は木のままだ。人語を解せても全ての人が人族として扱うかわからない。
言葉は話せても、見た目が木だから駄目というのなら、人族の定義は人族の姿かどうかで決まるわけよね。
ゴブリンとかも、悪さをするものが多いから見かけたら討伐対象にされている。でも、召喚されたゴブリンはどうかしら? 悪さするのが命令を受けたからであったら?
母親から産まれた子だって、意思の通じない子はいる。だから人ではないという考え方もあるそう。
結局わたしが何を言いたいかって言うと、人が人って認識するのって、自我があるかないか、そして意思が通じるかどうかなのよね。
今起きている戦争が一番わかりやすいわ。わたしの仲間達は、ロブルタ王国を蹂躙する人々を敵として見ている。まさに言葉は通じても、意思は通じない状態よね。
逆にルーネやヒッポスとかは魔物や魔獣なのに、大人しくわたしたちの指示に従ってくれる。魔物でも、意思が通じるから、人ではなくても仲間意識を持ってくれる。
人っていう区別や言い方をするから分かりづらいのよね。人工生体も人を造る技術の一つではあるけれど、自我がなければ自由に動くだけの土人形と変わらない。
「興味深い話しではあるが、君の聖霊人形とやらは自我と意思はあるのかね」
「ありますわ、アストリア先輩様」
ヒュエギアが意思を持って自分から話をし始めた。先輩をなんて呼んでよいのかわからず、呼んだあたりも自分で思考した結果だとわかる。
聖霊人形は自立型の自我を持つ人形だからね。自らの意思に合わなければ、主に対して異を唱えることもある。そういう意味でほとんど人と変わらない。
人や動物と違って素体が人形なので、視覚、聴覚以外の器官が鈍いかもしれない。それに魂が御魂蔵の宝珠のため、研究者によっては不死者扱いするかもしれないわね。
「ヒュエギアが何と呼ばれようと、まあ、わたしたちとしては、畑を管理してくれれば良いですからね」
「ふむ……本筋はそこだからな」
さっそくヒュエギアは、ルーネから作物の種をもらい、ノヴェルが平地を土に変えた所へ行く。
「わたしは畑を本格的には作ったことないからわからないのよね。ルーネの魔草と違って土を慣らしたり造ったりするんだよね」
「はいカルミア様。わたしの魔法で、土の中の石や取り切れなかった根っこなども環境を整えるための素材にします。ほとんどノヴェル様が除去してくれてますが」
ノヴェルも土を扱うのとか、作るのが上手いからね。褒められて久しぶりに、フンスする姿が見られたわ。
ヒュエギアか植える作物に合わせた状態にするための、肥料やら堆肥やら色々欲しいものを作らされる。冒険者が放置したオーク素材の肥料も押収された。
広大な畑に使う量を、わたし一人でつくる事になる。
────あれ、わたしの方が使われてるのだけれど、気のせいかしら。まあ‥‥いいわ。土を耕すための器具もこの際だからいいものを作るとしましょう。
「おらの聖霊人形を作ってほしいだよ」
ノヴェルのおねだりは可愛いわね。って、そのおねだりは大変なのよ?
「先輩みたく小さくなって入るなら、今までの人形と変わらないわよ?」
いくらノヴェルでも分体を出せないでしょう。そうね、人工生体みたいに人を構成する素材を使わず、ノヴェルの成分と魔力を中心に、素体と御魂蔵の宝珠に混ぜればいけるわね。
調整が難しい。ノヴェルの魔力を強め過ぎると、魂を形成する招霊君たちが力負けして暴走してしまう。バランスを取るために、ヘレナとエルミィ成分を混ぜる。
ヒュエギアはどちらかといえば農作物を中心とした知識の塊なので、魔力はわたしとそれほど変わらない。それでもかつては田舎街一の天才魔女だったんだから、一般人よりは高いはずよ。うぅ、自分で言っていて悲しくなるわね。
先輩が慰めてくれているつもりなのかべったりして来た。いや、あなたよりわたしの方がいまは圧倒的に上なはずですよ。なんせこき使われまくってますからら、
「────出来たわ。ノヴェルの娘だとおかしいから、妹にしなさいよ」
「おらの妹······」
ノヴェルの型を使っているし、ノヴェルの一族らしき招霊君が彼女のために立候補したので、相性もバッチリでうまくいったわ。
「名前はそうね……ノエムでどうかしら」
ノエムはヘレナとノヴェルの大きさにエルミィを少し足した感じの娘になった。魔力はやはりわたしと同じくらい。ただ、ドヴェルガーの血とエルミィの能力が混ざり、細工ものや少しなら錬金術が使えるようだ。力はかなりあるわね、羨ましい。
「しばらくは畑を耕したり、ヒュエギアの補佐をしてもらうことになるわ」
わたしがこき使われるのを助けてくれる、良い娘の誕生よ。本当にいいものが作りたいのなら、わたしが作るべきだと、ヒュエギアに脅されましたが。
「おもしろいね。主の命令に、本当に逆らうんだね」
先輩を背中に抱えて、ひィこらと作物に優しい薬の開発をさせられているわたしに、エルミィが寄って来た。
ノエムに関しては問題なかったみたいね。先輩へ何気に対抗心が高いので、いまは大人しくしていてよ。
「これを見ても、そんな言葉が言えるかい」
エルミィがなんか大きな種を取り出した。それは‥‥学園の図鑑でしか見たことのないものよね。
「それは、霊樹の種ですね」
ヒュエギア、霊樹も知ってるのね。てか、なんで霊樹の種をエルミィが持ってるのよ。やっぱりあなた、王族なんでしょう。
「これはエルミオ兄さんに預かってもらっていたものだよ。学園だとさ、撒くには条件が悪かったし。農村も魔物に荒らされそうだったから駄目なんだ」
勿体ぶってないでさっさと寄越せば、もっと早くいいものが作れたのに。
「素材にする分はないよ。これをここで育ててもらって、成長すれば取り放題じゃないか」
霊樹の実が取り放題とか素晴らしいわね。眼鏡エルフが初めて神エルフに見えたわ。大きくなった時に目立たないように結界もいる。いっそ、ここをわたしの錬生術の研究所にしようかしら。
「いい考えだが種を撒くのも、研究所を建てるのも、戦いが落ち着いてからにしたまえ」
先輩がわたしの首に手を回して待ったをかけた。確かに今後の成り行きによっては、ここを放棄せざるを得なくなるかもしれないものね。
霊樹と研究所は諦めたけれど、満天の星空の下で入るお風呂づくりは譲れないわよ。




