第108話 聖霊人形 〜ニューマ・ノイド〜
シンマ王国の侵攻軍への対抗用の兵器と防衛陣地を作って回った後、わたしたちは王都へ戻って来た。
ロブルタの王都は次から次に入る凶報に混乱していた。王国西部の魔物の大暴走の被害が深刻だと報告を受けたばかりの所へ、シンマ王国軍の侵攻が知らされたのだから当然ね。
「物価が安定したばかりなのに、これじゃあまた食料品とか値上がるわね」
売り物があるだけまだマシだろうか。ルエリア子爵領も既に魔物に畑は荒されていたものね。種類にもよるけれど、魔物は実っていない畑や果樹をわざわざ傷つけたりしない。
しかし人族‥‥シンマ軍は踏みにじったり燃やしたりと、無駄に荒らす。占領した後の事を考えるなら、
ルーネの畑を増やすかな。でもアルラウネであるルーネは、どちらかと言うと魔力草のような薬草を育てるのが得意で、麦とか芋とかの食用の野菜をたくさん作るのは向いてない。
呼ばれ方が色々あるけれど、いわゆる植物人や木人はトレント族に大別されている。ドライアドやニンフが有名ね。欲しい人材ではあっても、いま必要なのは樹木や花ではないのよ。
ルーネは先輩を守る役目もあるので、ずっと畑につきっきりというわけにもいかないのもある。そのためには畑を作り、守れる存在を別につくるしかないわね。
ごっつ君たち、人形では結局のところは不完全なのよね。操り手も必要になるし、本来の土人形のように命令式では簡単な作業しかこなせない。
いまのわたしの土人形では、ルーネや先輩みたいな使い方以外、戦闘も作業も中途半端なのよね。
「────決めたわ。ルーネの仲間を増やそう」
畑ばかり増やしても、面倒見きれないのなら意味がないものね。食料はわたしたちにも大事になる。
「先輩、わたしに農村をつくる土地を下さいな」
たまにはわたしからおねだりしてみたわ。先輩が不快な顔でわたしを見て、自分の額とわたしの額に手を置いた。
「熱はない……気のせいか。招霊君とやらにいたずらされたのではないのかね?」
普段取らない態度だったせいで、招霊君が犯人扱いされてしまった。ごめんね招霊君たち。
「冗談は抜きにして、土地が必要なんですよ。食糧危機に対して今のうちから備えておかないと、冬場が悲惨ですよ」
今年の秋、ロブルタ王国西の領土は間違いなく収穫が落ちる。特に魔物の大暴走によって、通り道になって荒された地域は作物だけではなく人手も足りない。
シンマ軍を撃退しても領境の土地や侵攻を受けた領土も荒らされていて、復興には時間がかかる。
先輩がわたしの判断を受け入れたのも、維持が難しいと思ったからね。どうせ保てないのなら頑張って抵抗しても意味がない。支援体制を先に構築しておき、後の復興へと回す。
「ロブルタ周辺にも土地は余っている。君が欲しいのはドワーフ領側にあたる東の山かね」
先輩もローディス帝国の動きがわからないから、備えについて思案していたようね。
「ええ──東にちょうどいい山があるので、そこを下さい。名目は‥‥そうねヤムゥリ王女さまの幽閉場所にでもしましょう」
攻め寄せてくる敵国の元王女さまが、王都内をうろつき回っているのがバレるのはあまりよろしくないものね。
いまはわたしと同じ庶民なのだけど、立場を失っても肩書はついて回るものだ。いざと言う時の、先輩の為の逃げ道でもあるから、そのために東の山なのもわかっているようね。
「父上からも母上からも、君には全面的に協力するように言われているよ。母上はとくに‥‥ね」
悪意の罠に乗せられて殺害するつもりでいたので、罪滅ぼしの意味合いがあるのかしらね。
国王陛下は別な焦りがあるみたい。王宮には寄り付かないから、何が起きていようと知りませんとも。罪に思うのなら、先輩の代わりになる子を頑張って設けてくださいね。あぁ、それはそれで争いの種になるのかしら。
メネスの合流を待つため、わたし達は王都の東の山──アガルタ山へと向かう。寮にいると王宮や冒険者ギルドの使いが毎日うるさいからね。
「ねぇ、ノヴェル。ここの道を落石に見せた岩で封じてもらえるかしら」
「わかっただよ。おら大きいのつくるだよ」
ノヴェルがヒッポス並みの岩を作ってくれた。道を塞ぎ簡単に入りこまれないように、道の周囲も隆起してもらう。塀という程じゃないけれど、下からやって来た時に、この先へと進むのが難儀だと思わせるのが狙いだからね。
「これだと、私達も出れないよね」
正論眼鏡エルフめ、わかっていて言ってるわね。ノヴェルに大岩を置いてもらったのは、転がる扉にするためよ。
「風樽君を仕込んで、招霊君で動かすと、ほら」
招霊君たちにより大岩がゴソッと動き出して、坂道を転がり出す。
あれっ────あんな速度で山道を転がって行くと、わたしの魔力では止められないんだけど?
「ノヴェル、もう一回作ってくれるかしら。今度は四角に近い形でお願いします」
山での崩落事故はよくある事よね。わたしは何も見なかった。だって、風樽君を回収して招霊君も戻ってきたもの。いい判断だわ。
「あの勢いだと、間違いなく王都の東門は破壊されたことだろうね」
先輩が嬉しそうに、わたしの背後から腕を首に回して耳元でボヤいた。
‥‥不可抗力よ。証拠はないもの。わたしたちもびっくりしたのよ。
「まあ、あれでわたしにかまけてる暇がなくなるわよね」
まったく──わたしはロブルタ王国のために汗水流して働いていているのだから、ハゲ薬が切れたくらいで騒がないでほしいのよね。
学園にいる管理のおじさんと、おじいちゃん先生の分は、エルミオ先生に預けてある。エルミオ先生もわたしに刺激されて研究している。けれど、うまくいってないみたいね。肝心の成分が足りないから、研究しても答えは出ないのよ。
「着いたよ、カルミア」
先行していたヘレナとティアマトから報告が入る。先輩が国王陛下に交渉して得た土地は、山間の中の広場になっていた。
「流石に完全に山の中だからかしら、思ったより狭いわね」
隠し畑を作る場所の候補はあと二つある。どちらも同じくらいの広さらしい。
「肥料もいるから少し間引いて広げましょう。フレミール、小川を蒸発させないように燃やして広くして。エルミィは火災にならないように消化の用意を。ノヴェルとルーネにシェリハは灰の回収をしてね」
ヤムゥリ王女さまとメネスは休ませている。王女さまは心労が激しく、薬で無理やり寝かせたのだ。
「僕はどうするのだね」
「先輩はわたしの助手よ。うろつき回っても何もないですからね」
先輩の素体をベースに魔物というか魔人人形を造るつもりだ。先輩の言う事を聞いてもらいたいので、手伝わせる。
使う魔晶石もルーネとノヴェルとシェリハを入れる。育成能力の高い三者の力で、ドライアドとは言わないからトレントくらい出来るかな。
新たに作ったのは聖霊人形のヒュエギア。大地を耕し、作物を育てるのにうってつけの人材よ。
招霊君たちの中で農耕に詳しいものや、農民だったものたちの魂を集めて宝珠化し、聖霊人形へと入魂させた。
素体の元は先輩とヤムゥリ王女さまを合わせてみたので、かなり美人になったわ。
「いや、これだとまんま義母の若い頃になるんじゃないかね」
おぉ、言われてみれば、そうかも。誰もわからないだろうからいいわ。ヤムゥリ王女さまの娘にでもしておけば何も問題ない。
幽閉先で何していたんだって非難されるかもしれないけど、その時はその時よね。




