第106話 死せる悪意の策略 ① チンピラは盗賊と変わらない
わたしはみんなに手伝ってもらいながら、店の中を片付ける。使えそうなものは全部回収しておいた。争っていた隣の領主もダンジョンの利権どころではなくなったらしい。
いまなら先輩もいる。兵士を派遣して治安回復に務めるだけで、領有権を認められると思う。
お店を片付けても、街がこの有り様で商売にならないままなのは困る。なにより放置された状態だと、この小さな領主街は盗賊の住処になってしまう可能性が高い。
学園を卒業して戻って来た最初の仕事が盗賊退治は嫌だ。冒険者たち‥‥状況考えて、せめて支払いの金貨くらいベッドにでも隠しておく配慮してよと思うわ。
シンマ王国との街道からは外れているので、この街への旅人の往来は少ない。しかしダンジョンがあるので、障害のなくなった今、冒険者はやって来る。なるべく早く領主と住民を派遣してもらった方が良さそうね。
「それならわたしとモーラとメネスで、ルエリア子爵領まで行って来るよ。海を駆けし馬なら速いでしょ」
流石は斥候の鑑、タニアさんね。近隣の様子も調べて見て、王都に報告を入れたいそうだ。わたしも情報がほしい。
「僕からも頼もう。脅威は去ったから、復興のための増援が必要だと伝えてくれたまえ」
先輩も行動が早いわね。さっそく陛下に届けてもらう書状を認める。タニアさんとモーラさんはそのまま王都で解散、メネスだけは申し訳ないけれど、往復で戻って来てもらう事にした。
雑貨店を片付けてしっかり施錠と封印をした後、わたしたちは領主邸に行く。魔物に襲われ逃げ込む人々が頼るのが、領主様だっただろう。
領主邸を囲う柵は破壊され、魔物の侵入を許した建物は半壊していた。それほど大きくないし、頑丈でもないから仕方ない。
近隣の街へ逃げたもの以外は魔物に食われたか、闇に呑まれたかしたのかしらね。領主邸を見れば、その痕跡が見てわかった。
「柵は役に立っていないのだな」
「柵といってもゴブリンを防ぐ程度だもの。ダンジョンが近い街の防備がこれではね」
先輩が呆れている。わたしは何度か領主邸に訪問したことはある。柵に関して、側仕えの人に進言した記憶もあるのよね。でも子供の言うことなので、しっかりしてて偉いね〜で終わったわ。
まあ‥‥柵を壁として強化した所で、オーガなど防げたかどうかは難しい。
「ねぇ、カルミア。あの冒険者達が置いて行った素材って、オークの毛皮やオーガの角だったよね」
エルミィが、わたしと同じ事に気がついた。あの冒険者達は異教徒の動向を調べていた。何度かこの街に来ていたのはそのためだ。
襲われている街の状況に遭遇して、領民を助けていた可能性もなくもない。
助けを求めて領主邸に行ったものが亡くなったのは、運がなかったというべきなのかしら。
怪我を負った人達の為に、わたしの家に押しかけ、薬のストックを根こそぎ持っていったに違いない。
後でわたしがギャアギャア騒ぐと煩いから、退治した魔物から雑に素材を集めてぶち込んだ気がする。
ぐっ……状況が見えてきて、ムカつくのに責め立てづらいわ。
「鉱石とかは、その件とはきっと別の時だよね」
エルミィがもう一つの可能性を指摘してくれた。そうよね、あの量や素材は別の所のものよね。
つまりだよ……あいつらはわたしの留守をいいことに、毎度毎度勝手に上がり込んで、わたしの店を拠点がわりに使っていたという事だ。やっぱりチンピラはチンピラね。
「ぐぬぬ、ムカつく。冒険者じゃなくてあいつらこそ盗賊じゃない」
「盗賊は、お金や素材をわざわざ置いていかないと思うよ」
「そういう問題じゃないのよ」
貴重なお砂糖や塩までなかったわけよね。請求額の割り増しをしないとやってられないわ。
冒険者たちの素行の悪さはともかく、街の人が生き残り逃げ出せた可能性があっただけでも良かったわ。復興するにしても僻地に人は集めづらいものね。
「先輩とルーネ‥‥それにフレミールは領主邸と冒険者ギルド跡から、住民の登録簿や私財の回収をお願いするわ。護衛と荷物運びにガレスとガルフも連れて行って良いわ」
火災には至っていないので、破損していても書類は残っていると思うのよ。食べ物はあったから、わざわざ魔物も書類を食べない。わたしたちは、このまま領主邸の庭先で駐留を決めた。
エルミィとシェリハはヒッポス達と留守番をしてもらう。わたしはヘレナとノヴェルと一緒に組み、ティアマトはヤムゥリ王女さまと組んで街の財産の回収に向かう。
領主邸の崩れた倉庫を改修し、運び入れる荷車を二台と、荷袋を各家ごとの分を作る。街の人口は八百人ほどなのと、田舎街の財産はたかが知れていたので作業は一日かからなかった。
「この街の住人は、何が楽しくて生きて来たの」
王女さまがお宝なんて何もないじゃないと、上級貴族丸出しの発言をした。なかなか悪いお姫さまっぽくていいわね。
「荒らされていない調味料や香辛料の類は、この辺りでは貴重なのよ。十分お宝よ。それに‥‥家財道具なんかもね」
街の人間の半分は農家で収入は少ない。冒険者も冒険者みたいに羽振りは良くなく、儲かっているのは酒場と宿屋と武具の修理屋くらいだ。
なかなかわたしの発明品を買ってくれなかったのは、懐具合が寂しいからなのよね。決して不良品だからではないのよ? あっ招霊君たちめ、一斉にそっぽを向いたわね。
わたしたちは領主邸の敷地内で滞在を決めたので、そこでそのまま野営をする事にした。見張りはヘレナとノヴェルが展望台と馭者台の台座についている。新たに造った蜂の巣針君による速射砲で、魔物や盗賊達がきたとしても、撃ち殺す気まんまんの二人がいた。
────ヘレナさんや、あなたの本分は剣士なのよ。
馬車内の倉庫では、先輩を囲み会議を開いていた。メネスから美声君を通して、隣国の動きがおかしいから国境沿いへ行くと報告が入ったのだ。
そうだよね。あの嫌な悪意が、あれだけの事で企みが潰えるわけないもの。だから悪意あるものなのだ。
「魔物の大暴走で、隣国の国境がボロボロになったとして‥‥先輩ならどうしますか」
「僕の個人的な意見なら、叩くだろうね」
どっちを、と言わないあたりが先輩らしいよね。わたしなら魔物の討伐に託つけて切り取りに行くようにと、そそのかすわ。
表向きは友好的なようでも、元王妃樣に次いで、ヤムゥリ王女さままで排除されたような形だものね。ロブルタと帝国が組んだ可能性を考えてもおかしくない状況だものね。
「シンマに切り捨てられたのは、私の方なのに?」
ヤムゥリ王女さま個人は、自国に見捨てられたと思っているようね。でも利用出来る大義があれば、切り捨てた身内も利用するのが国というものなのよ。
「王女さま個人からの視点では、そう見えるだけよ。シンマ王国側から見ると、元王妃の名前を持ち出して、排除させたように見えておかしくないわ」
破壊現場を見たお付きのひと達は、早々に逃げ出した。事実がしっかりと相手国に伝われば、王女さまのやらかしは断罪と賠償問題レベルだったとしてもね。
「でも、彼らが無事に帰り着いてなければ話は変わるわ」
お付きの者達の帰路で、彼らの口が塞がれた可能性もある。それでも情報は流石に伝わっているはず。しかし当事者や近しい者がいないと、真相まではなかなか正確に伝わっていないと思うのよね。
いまになってみるとわかる。王女さまの処分を好きにして良いと言ったのが、果たしてシンマ王国の宮廷の総意だったのか怪しいものだ。
「僕の兄達を始末したのに、ヤムゥリ王女をまさか生かすとは、母上や悪意あるものも考えていなかったろうね」
先輩がわたしを見てニヤッと笑う。元王妃の魂とヤムゥリ王女さまと、本来なら断罪に処しておかしくない。
世継ぎたる兄達を助けるためには、それしかないだろう。
「君のせいで父上も母上も思わぬ若返りを果たして、やる気になったなんて言ったら発狂しただろうね」
そんな事のために、ハゲを治して美容効果を高めたわけじゃないんだけど。まあ見知らぬ王子二人のことなんて、わたしとしてはどうでもいいし興味がないものね。元王妃様とヤムゥリ王女さまには生かすメリットがあっただけのことよ。
「王都に戻ろう。ここは他領の現状を考えると、盗賊たちも根城にするメリットはしばらくないだろう」
ダンジョンがあっても魔物が溢れかえることは当分なさそうだものね。領主邸の倉庫はノヴェルに岩山に変えてもらった。あとの事もルエリア子爵や冒険者ギルドに丸投げする事に決まった。
ダンジョンはしばらくすれば元に戻るだろうから、先輩は冒険者ギルドが望むなら領主邸を使う許可を与えるつもりだ。
「それと先輩、もう一つ懸念があるわ」
シンマ王国が不穏な動きを見せる事で、刺激されるのはロブルタ王国ではない。ローディス帝国が動く可能性が、充分にあるのよね。現王妃様が帝国側にいるなら尚更だ。
先輩に対する皇子様の態度から、帝国の首脳陣が、ロブルタ王国を普段どう捉えているのかがよくわかった。
シンマ王国が侵攻すれば、ローディス帝国が黙っていないとわたしは思っている。
庇護下の土地は、帝国のもの同然だという考えがあるはずだから。悪意あるものが企んだのは、ロブルタ王都内に内紛を起こす事で、最終的にはシンマ王国とローディス帝国の両国に戦わせる事。状況が変わっても最終目的はブレずに続く。
ロブルタ王国に来ていない工作者達は、まだ悪意ある存在が滅んだ事を知らず作戦を動かしているように思うのよね。
だから、魔物の大暴走が起きた報告が届けば、当初の予定通り作戦が実行されてしまう。
「何、その無駄な戦い‥‥っていうのが今の状況よね」
戦争になって三国の戦死者がたくさん出ても、その魂を回収すべき存在は滅んでいるのだもの。いやまだ別なのがいるかもしれないけどさ。
とりあえず決めた事なので、無駄と分かっていても実行します。────って、どこぞの無能な領主や役人ですか、って感じだわね。
「私たちに止められるのか」
フレミールやティアマトの武力ならば、局面の一つは止められる。でも、彼女たちの力は、踊らされた人々を殺すために使うのは、わたしが嫌だ。
「いや気をつかうのは嬉しいのじゃが、困った時は言うとよい」
フレミールって竜のくせにお人好しよね。そんな事させたら、あなたたちの高潔な魂が濁るから駄目よ。
「────はぁ、カルミアは結局それだよね」
エルミィが呆れたように言う。あなたたちはわりと傷つきやすいの、自覚していないでしょ。ある意味ヘレナやノヴェルの方が精神上はタフだ。
最初は精神がお子ちゃまだからかと思っていたけれど、決めた事に対して忠実なのよね。
「王都へ戻るとしても、一旦ヘレナの実家に戻りましょう」
わたしは美声君を使ってメネスに王都で合流するように伝える。また逃げる人々には、王都の周辺地域の領土へ向かうようにさせた。




