第105話 カルミアの雑貨店
ダンジョンから戻り、わたしたちは田舎の領主街へと向かった。予想していたように、わたしの故郷の領主街は荒らされ見る影もなくなっていた。何人の街の人が生き残り、他領へと逃げられたのだろう。
「‥‥ほとんど魔物にやられたみたいだね」
エルミィとシェリハが馬車の上から警戒しつつ、街の様子を確認していた。壊された壁などから状況を確認出来たようだ。
オーガの群れなど、魔物達に集団で来られた場合、田舎領主街には戦える兵力はなかったように思う。頼りの冒険者も、ダンジョンで帰らぬ人となっていたので絶望的だ。
街が壊滅した噂がヘレナの実家のルエリア子爵領まで届いていない所を見ると、隣接する他領も襲われていて、残りが子爵領へやって来た感じのようね。
招霊君がやたらと協力的だったのは、ひょっとすると顔なじみだったのかしら。もしもそうだとすると、少し悲しいわね。
きっともっとわたしを褒め称え、素直に発明品を買って上げれば良かったという後悔があったのだと思う。
「カルミア、それは不謹慎だと思うよ」
ヘレナが気をつけてわたしに触れた。先輩が攫われた事や、ルーネの分体の消滅でヘレナの心は摩耗していた。そのせいで普段より動揺して、取り乱していた。
わたしの首を締めてしまい、逝かせかけたのが効いたみたいね。実際は服の襟首をつかんで揺らしただけで、すでに体力のなかったわたしがダウンしただけなのよ。
ヘレナは悪くないので、気にしちゃ駄目よ。でも‥‥出来るなら、わたしの扱いの加減をもう少し優しくお願いします。
もうすぐ夜も明ける。鳥の鳴き声がどこからかするものの、人の気配も魔物の気配もない。
「ひとまず君のお店を見に行こうじゃないか」
わたしは休んでもヘロヘロだというのに、おんぶお化けのように背中にしがみつく先輩。先輩も蘇りを果たしたばかりで、本調子じゃないのだから大人しく寝ていてくださいよ。
「小さな商店街というのか、食料品を扱う店以外はわりと綺麗に残っているね」
エルミィが、店の中を覗く。逃げ出した家の扉は開けっ放しで、魔物らしき足跡が入り込んでいた。乱雑に食糧を漁ったのだろう痕跡が多く見られた。破壊の仕方が雑なので、直すより壊して作り直す方が早そうだ。
わたしの雑貨屋は、一番奥の端っこにある小さな店になる。わたしの店に行く途中にあった商店や商会の大きな店も扉が開いたままだったり、窓を破られたりで、人か魔物か‥‥血痕も見られる所はあった。ただ食べられない商品は、倒されたもの以外は綺麗に残っていた。
「これってさ、盗賊達に奪われる前に回収していいのよね」
災厄泥棒みたいな真似をしたいわけじゃないけれど、街の財産は、生き残った街の人に少しでも分けてやりたい。魔物の群れの規模を考えると、このあたりの盗賊が生存している可能性もかなり低いけれどね。
街を壊滅させられるような盗賊団ならば、盗賊落ちしてないだろうからね。
「カルミアの家を確認して、その後で手分けして集めましょうか。冒険者ギルドや領主邸もあるのでしょう?」
タニアさんは流石に慣れているよね。小さな村を襲うような盗賊達が相手だと、ほとんど何も残らないそうだ。大規模な盗賊団はギルドへ討伐依頼が入るらしい。
アーストラズ山脈は自然豊かで強力な魔物も多い。隠れ家にするなら悪しきもの達のように、強者が集団でいる必要がある。
だからだろう、ロブルタ王国は魔物が多くて盗賊は少ない。
「冒険者ギルドには、半年に最低一件くらいは盗賊団に関する依頼は載せられていたかな。でも山側ではなく、街道側だね」
受け付け嬢をしていたメネスも、依頼に関して詳しく覚えていた。やはりわたしの住んでいた街を襲える規模の盗賊はいなかったようね。
雑談を交わす間に、懐かしの我が家が見えて来た。正直な所を言うと、一階部分はヒッポスの身体の方が大きいと思う。寮生活が快適になるわけ、みんなもわかったかしら。
「そうは言うけど、その年齢で個人の店を持っているだけでも大したものじゃないかな」
モーラさんが褒めてくれた。慰めなのはわかるよ。でも冒険者として、生計を立て続けるのは難しいのを彼女も知っての言葉だから嬉しいわ。
ヘレナの実家も貧乏と言いながら、土地も広いし家もわたしの家の三倍以上はあったからね。そのあたりはヘレナのお父さんも、貴族なんだと思う。
「私の住んでいた部屋の半分もないのね」
ヤムゥリ王女さまの同情的な憐れみの視線がムカつくわ。悲観するわけではないけれど、庶民的にはこれでも豪邸で、恵まれているのよ。
「おら、カルミアの家は好きだよ」
ノヴェルはいい娘ね。まあ、この娘のおかげで、家の大きさとか広さの概念変わったので、狭くても目立たないからいいんだけどさ。
わたしの店は外見からは荒された様子はなかった。まあ小さい店だし、食糧なんてカラカラなので、魔物の食指は動くわけないわね。
闇の世界の住人達も欲しかったのは財産じゃなくて霊魂だろうから、わたしの家なんて眼中に無かったわよね。
「いや、臭いからじゃな」
ティアマトやフレミールが顔を顰めた。いや、錬金術師や薬師の店は確かに独特の香りはするものよ。でもそこまで臭う?
「そう言われると変ね。誰か侵入した形跡があるわね」
入口の扉に置いていた簡易の封印が雑に書き直されていたのと、わたしでも持ち上がる重さの置き石がズレている。留守とわかっていても街の人は、わざわざわたしの店を物色しようと思わない。
街の人たちとは価値観が違うので、わたしの店にはガラクタしかないと噂されてるからね。
魔物がわざわざ封印貼り直したり、石だけをどかしたりするわけないわよね。よほど強い風がここにだけ吹いたのなら別だけど、封印を直す物好きはいないもの。
「影や人の気配はないぞ。ただ近づくと余計に臭う」
ティアマトが私の家の周りに潜むものがいないか調べてくれた。フレミールは嫌そうな顔をして、ノヴェルの側に逃げた。
この街の状況下で、まだ変なのいたら困るわよね。臭う? そんなティアマトたちが顔を顰めるようなもの、残していないはずよ。
「────ただいま······って、何これくっっっさ!」
狭い店内に素材が山のように積まれていた。棚にあったはずの薬用の干した草や傷薬、香りの粉などの商品は根こそぎ奪われていた。山のような素材の大半は、処理の雑なオークの毛皮だった。
「カルミア‥‥机に金貨の入った袋と手紙があったよ」
このやり方は間違いなくあの冒険者たちだ。色々わたしを騙して報酬をぼったくった分、買うときには余分に代価を置いて行く。
本人達は粋なはからいだと思っているのが腹ただしいのよね。だって余分な支払いは、元々わたしの取り分のはずだもの。
今回も、この使い物にならないオークの毛皮やら何やらの処分と、部屋中に染み付いた臭いを除去する手間を考えた場合、赤字だわ。
むしろ時間が限られた中、余計な事をしてくれたせいで、大赤字よ。次に会うことあったら、被害額の百倍請求してやる。
「どのみちわたしの家で泊まるのは無理だったけどさ。ルーネ、この毛皮を肥料に変えるから新しくつくる鉢植君の中で使って」
「アイ。ミンナにあげるヨ」
ふよふよっとルーネが浮かんで来て了承する。ルーネの眷属に贈るのに良いそうだ。染み付いた臭いはスマイリー君になんとかしてもらうしかないわね。広い店じゃなくて良かったわ。
「ふふ、カルミアのお部屋を見て来たよ」
「寮より雑多かと思ったが、自室は簡素なのだな」
ヘレナと先輩が楽しそうだ。家中に臭いが染み渡っていたのでマスクはさせている。
わたしの部屋は、飾りっ気もない部屋。簡素と先輩は言うけど、寮と同じで狭い部屋には目一杯の保存された素材がある。ベッドと机、それと錬金用の台が所狭しと並んでいたはずだ。
多分‥‥あいつらが、わたしの部屋の貴重な素材まで根こそぎ持っていったんだわ。街の人や、泥棒には何の価値もないのに目敏い輩だわ。
地下の倉庫がわりの部屋は空っぽのはずだった。なのに、大量の鉱石と魔晶石が投げ込むようにあった。
「‥‥ここも散らかしてるし」
ぐぬぬっ──鉱石のせいで、わたしの簡易魔法収納が壊されていた。フレミールの話だとわたしの収納の技量は未熟だ。壊れてなくても、放っておくと、使い物にならなくなったとしてもムカつくわよね。
「ノヴェル、ティアマト、保管倉庫に運ぶの手伝ってくれる?」
「これを丸めればいいだか?」
「種類ごとに使えるところだけ取り出して、運びやすく板状でいいわ」
「おら頑張るだよ」
面倒なのでノヴェルに使える金属だけを選別してもらって、残りはティアマトが部屋の隅へ片してくれた。わたしだけで片付けるのは辛すぎるから、助かったわ。
わたしの家に興味があった仲間はそのままスマイリー君と一緒に部屋の掃除や片付けも手伝ってくれた。
先輩やヤムゥリ王女さまは、狭いのが面白いらしく埃まみれになりながら掃除までしていた。王族の遊び心のツボは本当によくわからないわね。
王族二人が雑用をこなす雑貨屋って、雑貨屋をしてていいのかしら。でも箒の使い方から教えないと、埃が舞い上がりすぎて酷い事になっていた。
シェリハを呼んで来て、何故かわたしまでお掃除の講習を受けることになった。寮では綺麗好きなヘレナが掃除をしてくれるだけで、わたしは先輩たちと違うのに。




