第103話 闇の住人
────わたしは滅多刺しにされた。瀕死……というより死んだに等しい状態だった。
ノヴェルが泣きじゃくりながら、わたしの棚から薬を急いで取り出し、生命を繋いでくれた。ノヴェルのおかげで、フレミールの魔法が間に合った。死にかけ慣れて来たのが、なんか嫌ね。
「何が起きたのじゃ。魔法か?」
フレミールの魔法のおかげで出血はおさまった。でも血が足りなくてフラフラする。ノヴェルとヘレナに支えられ立ち上がる。わたしはスマイリー君に、わたしの血の始末と、やって来た悪意の解析を頼んだ。
「あれは悪意あるもの、影の世界の存在ね。ただ‥‥わたしたちが嘆き苦しむ姿を娯楽として見たいだけ。そのために先輩をわたしたちの目の前で殺すつもりだわ」
だから悪しきものは、先輩をすぐには殺さない。先輩自身にもわたしたちの苦しむ姿を感じさせて絶望させる。そうやって、わたしたちが助け出そうともがく姿を見せつけるはずだ。
先輩の口の中に押し込んだ薬は、しばらくの間、心の痛みと身体の傷を癒やしてくれる。ひとりでいる事の心細さを、先輩が思い出すかもしれないから。悪意あるものは、それをわかっている。いまはまだ、わたしたちを信じて耐えていると思う。
それに宝珠。あれには犠牲にされた魂が詰まっている。先輩が殺されるかわりに、彼らが身代わりになって助けてくれる。無力な魂でもやる時はやるそうだ。
身代わりになってもらうにしても、死の経験は心に刺す。わたしとしては先輩の心が折れないかだけが心配だ。助かったとしても、先輩の心に一生消えない傷が残るかもしれないのだから。
……ルーネ、先輩の事を頼むわね。精神の傷は先輩にくっついて行ったルーネがある程度は防いでくれる。
美声君の連絡は途絶えた。でも装具の付与効果はまだ残っていると思う。
あの魔女さんの魔法防御はそういう類のものだとわかった。魔女さんの力を突破出来るだけの力もあるようだけど。
「復帰したばかりで悪いが、みんなに説明をしてくれないか」
見張りをヒッポス達に任せてみんな集まって来た。匂いが感じ取れなくてティアマトがうなだれている。みんなの意見を代表するように、モーラさんがわたしに問う。
「異界の強者達がいたでしょう。あの中には『異界の勇者』と呼ばれるさらなる強者がいるのは知ってるわよね」
いわゆる召喚生命体の一種だ。強さや能力は儀式や呪文や魔法陣によって違うし、魔力や供物や召喚者の能力や人数でも差が出る。
中には悪魔や天使や神やらを自称するものも現れるらしい。あの異界の強者達はそうして呼ばれた存在なのだと思う。
「あのチンピラ冒険者たちや魔女さんたちが、この世界に根を張る異教徒の一つを‥‥神を名乗る存在ごと叩き潰したから、各地の異世界の信徒が暴れ出したようなの」
ローディス帝国やシンマ王国とのいざこざも、結局暗躍していたのは彼ら闇に潜む集団だ。暗殺者というか、そういう能力を持つ異界人と思った方がいいのかもしれないわね。
たぶん魔女さんの加護がなければ、わたしたちはいいようにもて遊ばれていた。信じた仲間同士の同士討ちとか、好きそうだもの。
あそこにいた異界の強者は、また別の世界の集団で、一人一人は銀級冒険者並の実力に見えた。なのに、覚悟も経験も足りてないようだ。
特攻をかけて来たものだけ、求められた役割を果たしたのね。異界の数だけ異界人もいるのは、道理だとしても……面倒よね。
「暗殺者達は、影の世界の人間。先輩を攫った悪意あるものは、それを取り込んだ偽神の成れの果てよ」
見つけたらフレミールに、陽光の聖炎でも吐いてもらって根こそぎ灰にしてもらおう。
「いや、ワレのブレスはただの炎じゃから······」
「なら浄化属性を身に付けておいてよ。ヘレナ、貴女の剣にも聖なる光を宿すわよ」
「私の剣も? 先輩は無事なの?」
「襲撃してきた影には通じなかったけれど、招霊君に設置したアワレ実の汁で先輩が涙零しまくりだからね」
わたしには心強い味方のスマイリー君や招霊君達がいる。先輩の成分を散々絞り取って来たのは誰だと思っているのよ。
先輩の涙、汗、皮脂、毛髪、鼻水、涎、耳垢、乳? 黄金の聖水から触れてはいけない何かまで、身体から吹き出す全てをわたしとスマイリー君は知り尽くしているのよ。
ティアマトの鼻は誤魔化せても、わたしが先輩を逃がさないわよ。
「…………」
うわ〜っ、みんなにヤバいやついた! ‥‥みたいな反応された。タニアさんとモーラさんなんか絶句してるし。
「冗談よ。まぁ、体液放出量の多い先輩同様、メネス、ヤムゥリ王女様のデータ収集率が高いのは確かよ。」
先輩はこういう時の為に、捨て身で生体サンプルを提供してくれていたのかもしれないわね。流石だわ、先輩。
「違うと思うよ。ルーネから連絡来たんだね」
───ぐっ、眼鏡エルフは本当に毎度空気を読めない。場所の特定はルーネが発信した魔力で検討がついている。敵の成分も回収したし、弱点は探れる。
ヘレナの剣と、フレミールの炎で戦えるかな。フレミールが苦い表情だけど頼りにしてるのよ。
「もう一手ほしいわね」
魔女さんがダンジョンに促したことを考えると、相手は自分達の世界に逃げ込んだ可能性もある。
いくらなんでもそんな真っ暗闇の世界を、生身のままで彷徨いたくはないわよね。
「そこで登場するのが、元王妃様の禍々しい魔晶石ね」
毒には猛毒を恨みには呪怨を。先輩人形の女ごっつちゃんをつくり、禍々魔晶石と鉢植君を一体化させる。
鉢植君は呪詛で腐敗しないように、ノヴェルが強化してくれたものにした。
勝手に動き回らないように、浮揚するには先輩の魔晶石のみ対応させた。
「なんか拷問のような感じになってるようだけど、これ言う事聞くの?」
言葉のわりに、少し楽しそうなヤムゥリ王女さまが鉢植君を突っつく。貴女‥‥仮にも一緒に悪さした仲なの忘れてないかしら。ていうか、身内よね?
「自由になりたければ、大嫌いな先輩を助け出すしかないのよね」
動くためにも先輩の成分が必要だからね。妄執が凄いから、先輩を殺して自分も後を追うようなことは考えてなさそうだ。
「これからダンジョンへ直行するわよ。影が襲って来ると厄介だからみんなこの首飾りをつけて」
メネスの闇の力を利用した影縛りだ。ないよりマシ程度でもあればマシ。ヒッポスや狼の双子と各馬の首にも影縛りをつける。馬車には明かりを灯して、展望台には照明をつけた。
闇の霧でも照らす魔法のランタンを馭者台に設置した。
「倒れるわけにいかないから、ちょっと休ませてもらうわね。道はヒッポスに伝えたから後はお願いします」
さすがに動けなくなった。フレミールのおかげで回復したけど、体力が追いつかない。
先輩、また一緒にお風呂に入って馬鹿な話しで騒ぎたいな。だから、闇堕ちなんてしないで大人しく待っていてくださいよ。