第102話 探していたもの
ヘレナの実家で休養した後、わたしたちはカルミア雑貨店へ向かう。わたしの実家ね。辺境の地の手前、田舎領主いた街の小さなお店。
懐かしい故郷へいざ凱旋──って言うほど、留守にしてから長い時間が経ったわけでもないのよね。
学校の授業そのものよりも、もの凄く濃い日常を過ごしたせいだ。わたしの頭が錯覚を起こしていると思う。
それに混乱の要因の一つは、わたしを玩具にしてくれた冒険者パーティーとの思わぬ再会のせいだけどさ。
「素材のためとはいえ、今更ダンジョンへ行く気分にはならないのではないかね」
アスト号の馭者台に座るわたしの背後から、先輩が首に腕を絡めて話しかけて来た。それ‥‥癖になってません?
「あの魔女さんが、どっかから一方的に喋ってくるんですよ。ダンジョンに、わたしに必要なものが眠ってるからって」
何があるのかはっきり言ってくれない。魔女さんは知ったら冒険にならないでしょって言うのよね。でも‥‥あるって知らされている時点で、冒険ではなくなって、ただの調査に変わるのよ。
調査に成り下がった探索なんて、情報があるほうが助かるのに。怖くて言い返せないのよね。あの魔女さんのことだから、心の中まで読まれていそうだ。
「心まで読まなくても、君の場合は口にするから隠せないだけではないかね」
先輩は王族の責務から解放されて楽しそうだ。ルエリア子爵領では、王子様として堅苦しい挨拶をしたり、胡散臭い笑顔や、犠牲になった家族に悲しい表情をみせたりと大変そうだったからね。
玉座に踏ん反り返って贅沢を享受しながら国民のためを連呼される屑みたいな王様よりも、嘘臭い演技をしながら、面倒臭いとのたまう先輩は素敵だわ。
「それでは僕が人でなしに聞こえるからやめたまえ」
────グエッ。馭者の首を狩ろうとしないでください。ヒッポスが心配そうに首を回したじゃないですか。
先輩は退屈しのぎにわたしをいじって遊ぶ事にしたらしい。ちなみに魔女さんの加護で、生身の身体でも魔法がかかったままになっていた。
「あまり詮索してはいけない存在なのだろうが‥‥僕はあの双炎の魔女と同意見だな」
「急になんの話しですか?」
「フレミールと同等以上の冒険者達を相手に、嫌がらせをブチかます錬生術師に興味が尽きないことだよ」
あれは因縁あってのことだからやっただけ。いくらわたしでも絡んで来ない冒険者をいきなり不意打ちしたりはしないわよ。
あっ‥‥王都の輩は別よ。あいつらはもう敵みたいなものだからね。見かけた瞬間に駆除しないと。害虫はね、見かけた瞬間に始末しておかないと増えて困る事になるのよ。
大量の魔物を退治した後のためだろう。ヘレナの実家からわたしの故郷に行くまでの間、魔物はまったくといっていいほど現れなかった。
ゆっくりと馬車をひくヒッポスの上では、ガレスとガルフがのんびりと羽の上でお昼寝している。新たに加えた三頭の馬は、馬車の後ろから付いて来て時々嘶く。
三頭の馬上にはタニアさん、モーラさん、メネスが乗っていて周囲を警戒しつつ、ギルマスの悪口を言って盛り上がっていた。
騎乗技術も何気にある三人。先輩の専属騎士に推薦した方がいいかもね。
「こういうのんびりした旅と言うのもいいものだな」
「そういうの、先輩みたいな人が言うと不吉な感じがするのでやめましょうか」
相変わらずわたしの後ろから首に腕を巻き付け、じゃれつく先輩。首すじに息がかかってこそばゆい。あんまりにも顔が近いと思って横をみる。先輩がわたしにしがみつくように、変な態勢をしたまま眠っていた。
庶民には宮廷の闘争なんて想像出来ない。たった一つしか違わないのにこの先輩は苦労人だ。
独りぼっちでずっと彷徨っていたノヴェルと、人の中にいながらぼっちな先輩。何をするでもなく仲間とわいわいと騒がしくやれるのが、二人にとっては一番楽しいのかもしれない。
ずっと続いていた街道も、整備されているのはシンマ王国方面だけのようね。田舎街の荒地へ向かう道は、目印となる杭が打ち込まれているだけの、でこぼこ道にかわる。来る時はそういうものだと気にならなかったのに比べると旅には向かない道よね。
「先輩──この先は埃っぽくて肌寒いので、寝るなら中に入ってくださいよ」
少しずつ高地に上がっていくのもあって、王都やヘレナの実家に比べると、日が暮れあとは冷えやすい。
剥がそうとするけど、わたしの首が締まるだけで離れない。眠っても玩具を離さない子供みたい。わたしが玩具なのは否定しないわ。
「……少し早いけれど野営にしましょう。もう少し西に進むと、旅人が良く利用する水場もあるわ」
ノヴェルの造った山や洞窟は大地の力が強い。荒れ果てた地に、大地の力がみなぎったおかげか、山は木々を育み、水を貯め川をつくった。
術師の記憶と、わたしの記憶にズレがあるのはそのためね。あの記憶からではわたしの故郷と違いすぎるもの。
ティアマトがやって来て、先輩をわたしごと抱えてベッドまで運んでくれた。先輩が変な事を言うから心配しちゃったわよ。
「エルミィ、悪いけれど野営の指示をお願い」
寝息が急に荒くなったので、目が覚めて狸寝入りをしている気もする。一人で寝かせておくのは不安なのでそっとしておく事にした。
「アスト先輩はカルミアに任せるとして、馬車の配置を狭めた方がいいかな」
なんとなくエルミィも不安を口にした。ヒッポスと馬車二台でコの字の陣をつくり、囲いの中に馬たちを並べる。
ガレスとガルフは、ご飯を食べた後、ヒッポスの上で眠りつつ見張りを手伝う。あなたたちの鼻はあてにしているから頼むわよ。
「ノヴェルも中にいた方が良さそうだね。見張りはティアマトとフレミールの班にわければいいかい」
「頼むわ。シェリハとヤムゥリ王女さまは人形で出るようにさせて」
ルーネは先輩の側にいる。ヘレナとメネスが馬車内の倉庫入り口を見張っている。
「ミエナイ。キヲツケテ」
ルーネから警告が届く。何かがいる。それもかなり強いのに、ティアマトやワンコ達の鼻にも、フレミールの感知にもかからない。ルーネや先輩は、魔女さんのおかげで感知力が上がったのかもしれない。
「────先輩、近づく気配はわかりますか」
わたしは先輩とノヴェルを抱きかかえる形でベッドに座り直す。
「近づいていることしかわからないな。見ようとすると靄がかかるようだ」
わたしは招霊君にアワレ実の汁を含ませて自分達の周りに張り巡らせた。アワレ実の汁は目に入ると涙が止まらなくなる。ホミの実と合わせて気付け薬にも使うこともある。
なんだろう、この敵。魔力感知にまったくかからないのに、近づいてくるのが先輩じゃなくてもわかる。
招霊君がかき分けられているのに、なんというか気付けない。招霊君に触るから気づけているだけ。
「世界が違う? それとも時間?」
魔女さんに問いたいけど、こちらからは連絡通じないのよね。彼女が何かに気づいて、先輩とノヴェルに加護をかけてくれただけでもありがたいのかもしれない。
招霊君の位置から狙いは先輩だと分かった瞬間────ノヴェルを守るために突き飛ばした。先輩の口にありったけの薬を詰めた丸薬と、あの宝玉を圧縮した宝珠を含ませた。
冒険者たちと魔女さんが本当に探していたのは、この見えない悪意だ。
だから言ったのに、ああいう場面であんな言葉を吐くと不幸を招きよせるって。そしてごめんなさい、先輩を守りきれなくて。
起こることがわかるのに、無力な自分が腹ただしく思う。
わたしは先輩と共に、見えない刃に貫かれた。ティアマトとフレミールが駆けつける気配で、悪意の存在は先輩を攫って消えた。あとに残るのは出血多量で死にかけのわたしと、突き飛ばされて痛む頭を気にも止めず泣きじゃくるノヴェルの姿だった。