第101話 蒸気風呂をつくる
領主邸で騒ぐと周囲の目がある。あまりはしゃぐのもためらわれるので、予定通りにヘレナの実家に向かった。
ヘレナのお父さん、ヘルマン卿は戦いの後始末がまだ沢山残っていた。でも窮地に駆けつけてくれた王子様やわたしたちを放っておくわけにもいかない。わたしはヘルマン卿を借りると告げて子爵様を威圧して歓待役を行ってもらう事になった。
忙しいルエリア子爵には申し訳ないわね。でもねヘレナには親子水入らずの時間取って欲しいし、堅苦しいのも辛気臭いのも嫌なので気楽にしたいのよね。
「カルミアのその図太い神経が羨ましくなるよ。痛々しい姿の領民を横目に、宴は確かにシンドいね」
眼鏡エルフめ。結局は同じ考えで、領民と一緒が嫌ならわたしと変わらないのに、一言多いのよ。
「あの冒険者達はなんだったのだろうか。見たまえ、僕の指のカルミアの指輪が完全に虹色に輝いているのだよ」
そうなのよ。鉢植君じゃなくて、先輩の指輪が、御自分の扱う装備に関して意図的に魔法防御と物理無効を付与するそうだ。
それもわたしの魔法の効果を何度も上書きし直せるのよ。この加護は、ずっと使い続けられる規格外の魔道具だった。どうもノヴェルの首から下げるペンダントにも、同様の付与をもらったようね。
「彼らは隣のムーリア大陸から、異教徒達を探して潰しに来たんだそうですよ。あんな場所に異教徒の拠点があったのも、彼らがこの大陸で暴れまわった結果じゃないかしら」
先輩を殺した異界の強者は転移してきた。たぶん、あのレーナという人が加護を与えたのは、こちらが意図的にやったとはいえ迷惑料のようなものかもしれない。
「‥‥っていうかその金貨、当然山分けですよね」
先輩への贈り物は加護だけじゃない。一万枚もの金貨が入った魔法の箱が鉢植君の中に入っていたのだとか。
どうしてわたしに直接くれなかったのよ。そっぽを向いてしらばっくれていたのに。
「庶民と王族なら立場上、先輩に渡すよ」
正論エルフめ、わかってるわよそんなの。そんな立場とか気にする人じゃないのよ、あの連中も魔女さんもさ。
「カルミア殿、ヘレナの父ヘルマンと申す。いつも娘がお世話になって······んぐ」
魔女さんの真似をして、招霊君に風樽を持たせて、ヘルマンさんの口にヘレナのふんわり焼き菓子を撃ち込んでみた。
「カルミア、何をやっているのよ」
エルミィが慌てる。ヘルマンさんがあたふたして騒ぎになる。
「だって話が長くなりそうだもの。それにヘレナにお世話になっているのはわたしたちだからね」
堅苦しいのは宮廷だけにしてほしいものね。だからって宮廷で礼儀正しくお淑やかにした覚えはないのは言わないでもらいたい。
「もお〜カルミアは〜〜」
ヘレナのもお〜〜は、ノヴェルのフンスッ! 並みに飾りたい一幕よね。
「ヘレナ自慢のお菓子を、お父さんに真っ先に食べさせたかったんでしょ。わたしは外に出てお風呂を作ってくるから、ヘレナは親子でゆっくりしてなさいよ」
みんなワイワイとヘレナの部屋を見学したあとは、気を遣って馬車に戻っていた。邸といっても貧乏騎士って言っていたからね。みんなで泊まるには幾分狭い。
それでも馬を飼えるだけの厩舎と小広場、槍や剣に鎧は揃っているので戦場での働きは問題ないようね。
ヘレナがやりくり上手なのは、早くにお母さんを亡くしたのと、使用人が雇えない、こうした生活のためなんだろうとわかった。
ヘレナ親子はあれでいいとして、お風呂作りを始める。給水排水の問題があるので、建物のキッチン側に場所を確保する。隣家と離れていて空き地の所有権はヘルマンさんにあるそうだ。
「ノヴェル、若干傾斜をつけて整地してもらえる?」
「任せるだよ」
ノヴェルにダンジョンを作らせない方がよいとの警告を頂いた。なので彼女のもう一つの得意魔法である大地の魔法で、お風呂場の床づくりを手伝ってもらう。ダンジョンでなければいいのよね。
その上に貰った蒸気風呂を参考にわたしが作った小型の蒸気風呂と、お風呂用の湯船と水風呂用の湯船を設置した。
「お部屋は岩で囲うだか?」
「外壁だけでいいわ。無防備の所を外から見られたくないだろうからね」
邸の中ならともかく、外なので一枚岩の壁で囲う。釜の位置をキッチン側の薪置き横にしたので薪でも魔晶石でもどっちも使いやすくした。
内壁や床はカイタの枝とソウキの木とハルミ竹を粉状にして、乾燥させたウスラバカミの実を粉にしたものを混ぜた板にして嵌め込んでいく。重いので、作業はノヴェルとティアマトが殆どやってくれた。
「この板材なら、抗菌防虫効果に頑丈で保湿性もあるから水滴が残らないのよ」
屋根は半球状になっていて、水滴が流れ落ちるようにしておいた。維持に手間がかかると使用人のろくにいないこの邸では、管理が難しくなるものね。
「お風呂を湯船で入りたければ、蒸気風呂で沸かしたお湯を湯船に入れれば完璧よ」
蒸気を外へ逃がす開閉調節式の窓もつけたので、好みの状態でお風呂が楽しめる。
「我ながら、自分用に欲しいくらいの湯場が完成したわね」
排水も濾過装置を通して流すように配慮したので、ルエリア子爵領が発展しても、水を汚さないと思う。どうしても戦いの後は返り血とかで
汚れるからね。ルーネに頼んで濾過装置の中には繁殖しない水草が入っていた。
スライムと植物の中間の魔物草で、水分に含まれる不純物を吸収してくれるのだ。これをわたしが錬生して魔晶石を生むものに変えた。水棲式スマイリー君みたいなものね。
「では、さっそく使ってましょう」
「えっ、先にヘレナとお父さんに使ってみてもらわないの?」
様子を見に来たメネスが驚いていた。まったく、わかっていないわねメネスは。不備がないか確かめるのが造ったものの責任ってものなのよ。
「思ったよりも出来がいいから、入りたくなっただけでしょうに」
うっさい眼鏡エルフめ。あなたはお風呂禁止するわよ。お風呂は馬車の中の倉庫で、今頃はタニアさん達が使っているはず。先輩は珍しく気疲れしていたので、ベッドでダウンしている。念の為フレミールがついてくれていた。
「メネス、貴女もお風呂入っておくといいわ。シェリハと王女さまと見張り番を交代するんでしょう」
領主邸では宴が開かれていたけど、まだ魔物が来ない確証ないのよね。王女さまは八門式風樽砲をぶっぱするのが楽しかったようで、見張りを自分から買って出ていた。
「じゃあ入る。エルミィはどうするの」
「わ、私も入りたいです」
ノヴェルとティアマトはとっくに蒸気風呂の準備をして、汗を流し始めていた。くっ、一番先にわたしが試す栄誉が。でも二人が協力してくれたからむしろ先に使ってもらって良かったわ。
蒸気風呂は蒸発させる水に薬液を混ぜたり、香り草を湯場に置いたりする事でより効果を高めるのだとか。
寮の入浴剤と同じかしらね。学園に戻ったら、提案して研究に加えてもらいましょう。毒素の溜まりまくっていたメネスには、蒸気風呂が肌に合ったみたい。わたしは体力がないので、温度を上げ過ぎると危ない気がした。
自分用に作る時には、もう少し微調整が出来るような改良が必要ね。
ヘルマン邸の蒸気風呂は領主邸にもない新しいお風呂として、街の名物になる。ヘレナは呆れていたけれど、お父さんが気にいって喜んでいたので、嬉しそうにしていた。
いい笑顔よね。わたしはいろいろとつくりたいのは、こうした笑顔を見たいからなのかな、なんて殊勝な事を思ってしまう。
だって、あのヘレナのような天使の微笑みは、錬生術師でも神様でもつくることが出来ないのだから。