第100話 邂逅
大量湧いた魔物の素材の回収は領兵や領民に任せて、わたしたちは領主街へと入った。戦闘中に生じた臭いは、街中まではさほど届いてなくて助かった。
「────アスト殿下、窮地に駆けつけていただき誠に忝のうございます」
騎士団を引き連れてルエリア子爵が膝を付き、先輩に挨拶と感謝の言葉を述べる。
食料を安く買い入れ出来たのも、王妃様のはからいだったようだ。災厄に対する先見性に恐縮していた。
「わかっていたら、異教徒も退治してたでしょ」
半分はあの人達の自演なのよね‥‥と、わたしがぼやきかける。しかし慌てたエルミィに口を塞がれた。
王妃樣の落ち度が美談に替わっているので、余計な口を挟まず、話に乗っかれと言う事らしい。はかったように食料満載の馬車を見れば、勘違いさせられるものね。今回受けた被害も、魔物から回収した素材で補える。
先輩もその辺は心得ていて、エルミィにわたしの口を塞がせたまま、倒した魔物の素材全てをルエリア子爵領の復興資金に回すように伝えた。
完全にただ働きだわ。ヘレナの故郷だから強く出にくい。でも‥‥お父さんに褒められてニッコニコのヘレナを見れただけでも来て良かったわね。
あのヘレナの笑顔への対価と言うのなら、素材全てを売り払っても足りないくらいだもの。
「ありがとうね、カルミア。薬まで出してくれたから、重傷者も死なずに済んだよ」
それでも警護兵の数人に犠牲者は出た。あのまま放置してやり過ごしていれば、ここの領地での被害者はなかっただろうに。
「気にしなくていいわ、ヘレナ。少なくとも先輩の評判は激上がりだもの」
投資分は回収しかねたものの、お金では得られない名声は手に入った。この戦いの噂が広まれば、先輩の武勲に対して文句をつけられるものはいなくなると思う。
ルエリア子爵領の領民の証言もある。それに過剰在庫の食料を売った商人が、大量の魔物の素材を相場より安く手に入れて、ホクホク顔で宣伝してくれるからね。
わたしがイライラしている原因は他にある。素材は惜しいけど、先輩の功績になるなら良い。魔晶石が得られないのはかなり痛いけど、まるっきり配分されなかったわけじゃない。まったく別の問題がそこにあったからだ。
「──なんであのろくでもない冒険者共がここにいるのよ。それも我が物顔して」
苛立ちの原因は騒動の一端を生んだ冒険者達だ。なんかやたら臭いし。その事について誰がやったのか、文句を言っていて騒がしい。
あらためて近くで接触してみると、強さも装備もとんでもない。化け物揃いだわ。中でも魔女さんらしき銀級冒険者は、階級と実力が見合っていないわ。
あんな深層の化け物みたいなの、前はいなかったはずだわ。あの敵の数とデカブツ足しても魔女さんらしき人に敵わないんじゃない?
魔女さんが何かしたのか、気づいた時には身体の動きを止められていた。魔力バカのフレミールですら、魔力を抑えこまれ顔を歪めている。
この魔女さんは、この場の魔力を涼しい顔をして簡単に制している。わたしがそれに気づいた事にも気づいている。ヤバいわ、この人。
「あの子の血かしら。随分とふてぶてしい娘に育ったわね。絶対に勝てないとわかっていても、嫌がらせをするあたりは竜魔の血かしらね」
魔女さんの手にはいつの間にか先輩とルーネの乗る浮揚式鉢植君が乗せられていた。
「魔力不足を仲間の成分で補うのね。発想が面白いわね」
簡単にわたしの手の内が暴かれてゆく。なんなのこの魔女さん。先輩人形も興味深く見ているし。
「錬金術師の性ね。並の術師なら、人体の血肉に近い素材を用いて人工生体を作るものなのに、貴女の土人形の場合は絡繰人形とか、自動機械人形に近い」
土人形は魔力を与えられて動く魔物だ。術式や命令を組み込めば、ある程度作成者の言う事を聞くようになる。
でもそれは自我があるわけではない。魔力によるただの命令術式。だからわたしは核となる魔力のかわりに、ルーネを置いた。
本来ならば、このやり方は人形術師や鍛冶師の分野になる。専門外の技術なのよね。
「だって‥‥意志ある生命体を造った所で、身代わりになれないと意味がないじゃない」
錬金術師として邪道と言われた気がしたので腹が立った。招霊君を使えば、魂を何重にも守れる。そのかわり人格が保証出来ないし、身代わりに魂が亡くなるのなら、やってる事は異教徒の儀式と変わらないものだからだろう。
「責めているんじゃないわよ、褒めてるのよ。それに、ほら」
魔女さんから手渡されたのは、わたしの浮揚式鉢植君と変わらぬ大きさの、眩い輝きを放つ宝玉だった。
「きっちり異教徒から取り返して来たから、貴女が持っていなさい」
何よ、この魔女さま。話がわかるじゃないの。この小さな宝玉一つにいったいどれだけの魂が封じられているのかしら。魔物の素材よりも得難いお宝だわ。
「最近あの冒険者達が調子に乗っていたから、痛い目? 見せてくれた御礼にこれも上げるわ」
取り出されたのは三人ずつ座れる椅子の小部屋の箱。何これ? 奥に竈のような台座と、水入れなどがある。冬場の暖房室? ‥‥というか、これボタンのようなもので収縮可能なの──?!
「熱気風呂とか蒸気風呂と呼ばれるものよ。部屋の外から窯を使って室内の温度を高めるの。詳しくはこの本に書いてあるから工夫してね」
わたしがお風呂好きだと何故知っているのか置いておいて、これはいいわ。凄くいいわ。
収縮魔法は別として、お風呂だけなら作ろうと思えばわたしも作れる。一人用から大勢に対応したものまであって、竈で室内の温度を上げて、焼けた石に水をかけて蒸気を出す。
身体の内部まで熱されたあとに水風呂に入ったり、冬場は寒い外気に触れたりするそうだ。
スマイリー君を使わずに、身体の毒素や汚れが吹きでるので、丁寧に身体を擦ったり、薬液を塗り込んだりするらしい。
素晴らしいわ。だからこの魔女さまはお肌がツルツルなのね。実にいいものをもらえたわ。たっぷりのお湯でのんびり浸かるのもいい。でもね、これなら狭い我が家でも個室と水を入れたタライを用意すれば、いい汗をかけるもの。
わたしの熱意に押されて、なんか魔女様は顔が引きつったみたい。
「わたしは魔女様ではなくて、レーナよ。貴女は隠し事が苦手のようね」
魔女様‥‥じゃなくて魔女のレーナさんは、【双炎の魔女】と呼ばれる銀級冒険者だ。隣のムーリア大陸からやって来たと言う。目的は異教徒の拠点潰しと、魂の解放らしい。
わたしに託された魂は、わたしについてくる招霊君たちが望む時に使って良いそうだ。
「そうそう、お部屋を作るくらいなら良いけれど、あまりあの娘にダンジョンを掘らせては駄目よ? わかるわよね」
あの娘‥‥つまりノヴェルの事もお見通しのようね。頷くしかなかった。あの冒険者達よりも、このひと一人の方が圧倒的に強いのよ。
それに、このレーナという人は懐かしい気持ちがする。アスト王子に雇われた庶民のことなど気にしなくていいはずなのに、声をかけて来たのは偶然じゃないわよね。
レーナという冒険者は先輩の入った鉢植君にも何やら魔法をかけていた。わたしの付与では魔力が弱いので上書きして強化してくれたようだ。
あとで確認した所、フレミールのブレスでも壊せない魔法防御効果になっているらしい。
「世の中は広いわね。フレミールが言っていたとおりだわ」
古竜であるフレミールよりも強い人間があの冒険者集団。少なくともわたしは、この先輩を守る魔法防御に匹敵する魔道具を作らないと、今後やっていけない事を教えこまれたも同然だ。
助言はもらったので、早く研究に入りたいところだわね。ヘレナの実家でのんびりした後は、わたしの故郷のダンジョンへとみんなで調査しに行く事になっていた。
今回の戦いで素材も消耗したし、予算の事もあるので、ダンジョン探索は外せなかった。
うぅ、どうせなら資金援助も頼めば良かったよ。なんかお金の話しを切り出そうとすると、プイッとそっぽを向かれた。
【錬生術師、星を造る】 百話目となりました。
なんとなくキリの良い話数に、大事な話しを差し込みたくなるのは、もの書きあるあるでしょうか。
タイトルやあらすじだけではよくわからない作品を、ここまで読んでいただいた方々ありがとうございます。引き続き応援よろしくお願い致します。