第1話 ロブルタ魔法学園 魔法研究学校へ
ロブルタ王国には国営の魔法を学ぶ学校、ロブルタ魔法学園 魔法研究学校がある。
設立された時期は不明のようで、隣国の教導学校や訓練学校に比べると味のある古めかしい建物のため、昔からあるのがよくわかる。
生徒は魔法使いだけではなくて魔法を学問として研究する者や、調剤科に医学科など怪我や病気に対する研究や処方を学ぶ場所にもなっていた。
大半の学生は卒業すると商売を始めたり、研究室に入ったり、王宮で薬師になったりと、将来安定した職につける。そのため魔法を扱うものたちに人気のある学校だった。
そうした田舎の領主街からやって来た、よくいる若者の一人がわたし────カルミアだ。
わたしは田舎の領主街で、両親が残してくれた雑貨商店を営んでいた。お客なんて顔見知りばかりで、からかい半分遊びに来る街の人達が来るだけの小さなお店。
ある日ある時、お客さんの来ない店として有名なわたしのお店に、冒険者パーティーという輩があらわれたのよね。そしてダンジョンという所に拉致されたの。
そこで人並み以上に魔法の力があるんじゃないのかと知った時に、紹介されたのが王立魔法学園 魔法研究学校という学校なわけね。
わたしは魔法の技術について、研究したい事がたくさんある。だから魔法の知識を高められるのならば学びたいと思い、王都を目指してやって来たのだった。
わたしに限らずこの魔法研究学校を訪れる誰もが自分だけは才能があって、伝統ある魔法研究学校に入るべきだと考えているように見える。
故郷では十年に一人の天才魔女と言われたけれども、試験会場にはわたし程度の魔法使い見習いはゴロゴロいるわね。
知識だって同年代の子たちを圧倒するくらいの、かなり頭の良い集団もいた。田舎娘が自意識過剰だと、今頃呆れられていそうね。
入学試験シーズンの寒空の下には、そんな夢見る入学希望者の熱気に溢れているようだった。
魔法研究学校の試験会場は、大講堂が使われた。千五百人以上の席がある建物で、普段は学校行事や王族の方や有名な講師が来た時に使われるだけの場所だ。
わたしは混雑を予想して、試験会場には予定よりも、かなり早目に行くようにした。
会場に着くと試験用紙を手渡される。順番に席に座り、出来る問題から解いていく。解けない問題や難しい問題はチェックはするけれど、パスすることが多い。
だって興味がない問題なんか、頑張って頭を捻らせようと答えなんて出ないもの。
なんでも不正を防ぐために、魔法と無関係な問題や決まった答えのない問題まであるみたい。
毎年設問も変わるから試験の対策をするとしても、それが実際に可能なのは過去の問題集を読める王立図書館のみとなる。
図書館を使うためには利用料を取られるし、入学試験期間は貸し出し禁止になっている。
結局のところ王都住みでお金と時間に余裕がない限り、前もって勉強しておくのは難しいってことになるわけね。
そんなわけで筆記は自分が思ったより知らない事が多いなと知らされたので、さっさと終了する事にした。
試験場の監督をしていた先生が、「もういいのか」と驚いて尋ねてくる。わたしより十名程先に来ていたのに、わたしが抜いてしまったからだ。
わたしは「はい」 とうなずく。これ以上書きようがないものに時間を使うよりも、面接官が大勢を相手にして疲れてしまう前に面接を済ませたかったのだ。
筆記試験の制限時間は、まだたっぷりとある。早目に来れば当然時間をたくさん使えて、有利という事になるわね。
それに気づいて早く来た人達は、抜け目ない人達なのだろう。
席の確保は競合者の締め出しにもなるから、席を確保し続けてる人達も中にはいた。居座る人達が合格出来る保証はないのだけど、合格人数を考えると効果はあるのかしらね。
現に試験終了時間が明記されているにも関わらず、遅めに来る強者たちもいる。千五百ある席が、全て埋まっていて、試験に挑む事すら叶わない人もいるようだ。
面接の時間も限られているので、蹴落とすために粘り過ぎると自分も落ちる罠ね。なんか面接官の先生が、そういう裏話をぶっちゃけていた。試験の結果もまだなのに、暇だからって内情を知らせていいのかしら?
公然の秘密なのだそうで何度も受けた事のある人や噂を聞いている人は、早目に来て、そうした妨害にかまけるんだとか。
解答用紙を受けた際に名前や時間はチェック済なので、目的を忘れてやり過ぎる人達はお察しの結果になっていそうね。
面接で求められたのは、魔力量でも知識量でもなくて、学ぶ気持ちと必要性だったと終わってから感じた。
知識は完璧な集団は、筆記試験の結果は良かったのに半数以上が落とされていた。わたしより魔力のある子達も、魔法の力を誇示しようとして王国兵に捕まっていたものね。
王族も通う学校なので、理不尽な選定方法にも意味があるのかもしれないわね。
それでも会場に入る事すら出来なかった子達に比べて、受ける事が出来ただけでマシな方なのかな。
わたしは高い競争率を勝ち抜き、魔法研究学校へ合格した。筆記試験の結果は予想通りというか、まあ聞かなかった事にしてほしいわね。
ほぼ面接官とのやりとりだけで貴重な一席獲得出来たのだというのは、わたしにだってわかっているわよ。
それでも才能豊かな人達の多くいる中で、合格出来たのは素直に嬉しいものなのよね。
だいたい天才魔女とは言われても、田舎の領主街では魔法よりも力仕事や針仕事の方が重宝されていたんだから。
魔法なんてあってもなくても生活に何の影響もない、と考える人達の多い街だったものね。
あの街で天才って言葉は、実際はろくに働ける力のないものという、馬鹿にされた揶揄の意味に近い。
火をつけたり水を出したりする生活魔法だって、ただの便利屋扱いされるだけだったからねぇ。
故郷の人達にはいつか見返すとして、ううん絶対に見返してやるとして、わたしは合格通知をもらって入寮のための準備を始めた。
安い宿でも毎日の食事もあって、宿泊費用がかかる。だから移る事が出来るのなら、早いとこ移動したかったのよね。
準備にしても学校で必要な物は大抵は学校で用意してくれるので、貧乏なわたしにはとても助かるのだ。
教科書類は卒業生が置いていったものを貸し出してもらえる。希望者は申し込みをして、貸し出しの手続きすればいいだけだった。
新しい教科書かどうかで、その人の懐具合がわかっちゃうのは悲しいものの、中身が同じならば、わたしはそれでも充分。
他にもわたしが受けるつもりの錬金魔術科や付与魔術科の道具や材料も、 授業の際には学校の備品を使える。
魔法の道具類は新品よりも、手入れされ馴染んだ道具の方がいい場合もあるそう。
逆に変な癖がついていて、合わない事もあるから難しいものね。
買い揃えても薬師や錬金術士などに進まないなら、そうした道具は教科書と違って邪魔になるものだ。そのため新品を買う人は、裕福な貴族でも実は少ないそうだ。
自分で用意するのは主に生活に必要な物や食料品となる。
ベッドやテーブルや棚などは各部屋に備えつけられている。枕やシーツは必需品で、筆記用具やランプも一応持って行く事にした。質の良い油は高くて買えないのよね。
魔法研究学校の学生寮は、古めかしい歴史を感じさせる石造りの建物だ。一年に一度、魔法で外壁の汚れを落として職人が修繕を重ねているそうだ。見かけ以上に年季が入っている施設だった。
魔法研究学校と寮には共同の食堂もあって、学校はお昼に寮側では朝と夜に利用出来る。授業の休みの日は、寮側でもお昼に使えるみたいだ。
街中の食事処よりも安くて美味しいらしいのよね。お金のないわたしには目の毒でしかない所だわ。
毎日の利用だとお金も結構かかるので、自分達で調理も出来るようにと、調理室も別にあった。
食料品は調味料などを先に買い込んでおいて、各自部屋に置いておき、授業の前や後にその都度食材を買って作って食べるのが一般的だった。
晴れて魔法研究学校へ入学するわけで、これまでにも試験を受けるための旅費、試験までの滞在費用、入学試験の受験料や合格した後の授業料などと、結構お金がかかっている。
わたしは裕福ではないから調味料一つ買うような、ちょっとした出費でもお財布にダメージが入って痛い。
街の人には馬鹿にされたものだけれど、探索に出て稼げて助かったわね。冒険者パーティーのお手伝いのおかげで稼ぐ事の出来た貴重な報酬が、いまは役に立っている。
子供だからって舐められるし、騙されて苦労しながら頑張って貯めたお金なのよ。思い返すと腹ただしいので、感謝なんかしないからね。
お金は貯めるのは凄く大変だったのに、使うとなると簡単に消えてゆく。水の泡って、まさにこういう状態を言うのね。
わたしは王都でなるべく安くて質の良い店で、必要最低限の品を買い揃え学校近くの寮に向かった。
魔法研究学校の寮は親元を離れ遠くからやって来た、わたしのような子供が圧倒的に多い。値段のわりに設備が整っているのも寮を利用する理由にあがる。
裕福な貴族や商人の子供は寮に入らずに王都にある自邸から通うし、邸のない貴族や商人なら宿を借りていた。
もちろんわたしのような安宿ではなくて、身分に合わせたそれなりの所にね。
貴族といっても全ての貴族が裕福なわけはない。中には貧乏貴族、つまりわたしのいた田舎の領主のように、身分の低い下級貴族や領地を持たない騎士爵などは寮に入る。
たまに威張っている子もいるけれど、魔法研究学校に来るような子は基本的には控え目で、大人しい子が多かった。
わたしの部屋は相部屋で、先に来ていた同居人はオドオドした小動物のように可愛らしい子だった。
荷物をまだ仕舞っていない所を見ると二つあるベッドのどちらを使うのかを決めかねて、同室のわたしが来るのを待っていてくれたみたい。
「はじめまして。わたしはカルミアといいます」
「は、はじめましてヘレナです」
荷物を抱えての唐突な挨拶にも即応するとか、やるわねこの娘。
一応貴族の子なので平民のわたしは荷物を置き、改めて挨拶をする。
寮長に先に必要な書類の提出をしに行った時に、相部屋の子は騎士の娘と聞いていた。
勝手に警戒して身構えてしまって恥ずかしい。。荷物はわたしと大して変わらない量のようだ。
「ヘレナ様、ベッドをお先に選んで下さいませ」
貴族の子に対してどういう接し方がいいのかわからない。先に来ていたのだから、早い者から選ぶのは間違いないと思うのよね。
「あ、あの私の事は敬称なしでいいです。あとベッドは相談したくて」
なんか凄く怯えてるように見えて、意見をはっきり言える子なんだとわかる。
「それならお互い遠慮はなしで。それでもベッドは先に選んでほしいの」
遠慮は止めようといいつつ、ヘレナという娘の人柄から、譲り合いが始まりそうだもの。
「そ、それなら窓際のベッドを使います」
あれ、なんかわたしと彼女って逆じゃないかしら。平民のわたしが主導権を握ってどうするのよ。
でも初対面なのにあんまり気遣いし過ぎても先は長いし、精神的にバテちゃうものね。
同室の子には恵まれたかなと思う。乱暴だったりうるさい人だと喧嘩になってるだろうし、気難しい子や無反応な子は打ち解けるまで時間もかかるし大変だから。
ヘレナはたぶん用心深い性格の娘だと思うのよね。わたしの勝手な推測だけど。
貴族と言っても騎士位の子供では、平民と大差ないとわかっている。この娘は別に臆病でも、卑屈ではないから慣れれば普通に話してくれそう。
どちらかと言えばわたしの方が、面倒な図々しいやつって思われてないか心配になってしまったわ。
ご来訪ありがとうございます。二作品目の連載となります。
更新は一日一話くらいのまったりで進める予定です。
※ 2023年7月8日 講堂の席数五百人→千五百人に変更。
※ この物語は、頭髪に関わる話し、成分と称する体液に関わる話しがあります。
※ 2024年4月11日、久しぶりに読み返して読みやすい表現、文章に手直しを開始してます。
※ 2024年6月より別掲載していた続編部分の連載を、こちらの本編に合わせて改稿再掲載しております。
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