表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

取り残された少女は旅に出る

作者: 和田好弘

第一話と最終話をくっつけた話。


 眠い。


 昼休みも終わっての5限目の授業。


 授業科目は日本史。よりにもよって日本史。


 元さんの授業だ。


 山元(やまもと)先生。通称(げん)さん。またの名を社会科の催眠術師。


 元さんの授業はただでさえ淡々と単調に進むのに、独特のリズムの口調もあいまってやたらと眠くなるんだよ。冗談じゃなしに居眠り生徒を量産する有様だ。


 それが昼食後、ほどよくお腹もこなれて、ただでさえ睡魔が襲っているというのに、そこへ催眠術が容赦なくかけられるのだ。


 私はさがって来る瞼に抗いつつ、教科書を睨みつけていた。


 酷く眠い。


 うっかり目を閉じてそのまま“おやすみなさい”とならないためにも、目を開け続けることに私は必死なのだ。


 きっと今の私の目つきは、ハムスターをも睨み殺せるチワワのごときものだろう。


 そして元さんはというと、元さんの催眠術の術中に落ちた生徒などものともせず、いつもの調子で授業を続けている。


 ……もしかすると、私たちはもう見捨てられているのかもしれない。私たちの成績は如何に(どっちだ)!?


 などとアホなことを考えつつ眠気と戦う。


 当然のことながら、目を開き続けることに必死で、開いた教科書なんてまったく見えていない。それどころか元さんの授業もまともに聞こえていない。聞くと寝てしまう。


 ……ダメじゃないか!!


 睡魔との戦いは最高潮だ!


 そんなことを朦朧とした頭でぐるぐると考えていると、突然あたりが明るくなった。


 見ているけれどまったく見ていない教科書から視線を外し上を見る。


 教室の天井の下、円がたくさん浮かんでいる。それこそ天井一面を覆いつくすかのように。青白いものを始め、赤や黄色やピンクに緑と他さまざまな色のものが。


 ……え?


 さすがの元さんも授業を止め、突然現れた光の輪を見つめて硬直している。


 そりゃそうだ。完全にオカルトだもの。


 えぇ、眠気もふっとんだよ。


 でもクラス内はそれなりに落ち着いたもの。こんなことになったら騒ぐ連中はみんな夢の中だ。園山とか。


 他のクラスは騒ぎに――え、他のクラスも!?


 なんか「異世界召喚キターっ!」って騒ぐ声が聞こえてきた。


 天井に浮かぶ光の輪っか。よくみるとそれはクルクルと回っている。やがてその輪の中に文字? 記号? そんな感じのものが描き出されたかと思うと、いっそうまばゆく光り輝きだした。


 ふと真上を見る。


 私の頭上には――なんだこれ? なんだか私だけ真っ黒な円なんだけど!? しかも文字も記号もなにもなく、真っ黒に塗りつぶされたような円。輪っかじゃなくて円盤!? え? なに? 私だけ仲間外れ!? 村八分!? さすがにショックなんだけれど!?


 そんなことを思っていると、周りを認識できないほどに真っ白な光に包まれ、私は思わず目をぎゅっと瞑った。


 そして急な静寂。


 あまりの眩しさに、太陽を直視してしまったときのような残像に目を瞬かせつつ、私はあたりを見回した。


 そこはいつもの教室。2-Aの教室。


 天井をみると、由美子が調子に乗って付けた足跡が見える。机を踏み台にジャンプして天井に足をつけ一回転して着地なんていう、今思うと超危険なことをやらかしたお調子者。当たり前だけれどパンツが丸見えだった。


 うん。間違いなくここは2-Aの教室だ。


 ただ、いつもと違う点は――


「なんで誰もいないの?」


 いや。うん。分かってる。分かってはいるんだ。あの異常なことがあったんだから。でもそれを認めたくないんだ。


 廊下に出る。やたらと静かだ。


 他の教室を見て回る。誰もいない。


 学校中を見て回る。誰もいない。


 嫌な予感がする。じわりじわりと恐怖と焦燥が私の胸中を蝕み始める。


 学校を飛び出す。誰もいない。


 慣れた通学路を走る。誰もいない。


 家に帰り着く。誰もいない。


 誰もいない。誰もいないよ。


 みんな召喚された? 嘘でしょう!?


 でも、おかしなことがある。


 車に乗った人も召喚されたであろうことは分かった。


 道路の真ん中に整然と並ぶ車の列。信号待ちで停まっているわけじゃない。普通に道路を走っている車間で停まっている車の列。エンジンはみんな停まってる。


 おかしいでしょ。


 普通なら、運転手が突然消えたらそのまま無軌道に車は走って事故を起こすハズなのに。なんで行儀よくみんな停まってるの?


 自宅にもどってTVを付けてみる。何も映らない。


 PCの電源を入れ、ネットに繋ぐ。ネットは正常だ。でも動画関連なんかは見れるけれど、ライブ配信は全滅だ。


「……誰もいない」


 私はへたり込んだ。






 私は玄関に座って、ずっとドアを眺めていた。


 誰も帰ってこない。


 時刻はもう深夜の1時を過ぎた。


 空腹を感じるし、喉も乾いているけれど、ここを動く気がまったく起きない。


 膝を抱えて、家族が、誰かが帰って来るのをじっと待っている。






「……あ」


 いつの間に寝てしまったのか。私は体を起こす。硬い床の上で寝てしまったせいか、体のそこかしこが強張っている。


 壁に掛かっている八角形の時計を見る。時刻は午前10時を回っていた。


 玄関を開け、外に出る。


 世界は静かだった。


 いつもなら、大通りを往く車の音がここまで聞こえて来るのにそれがない。いままでは耳慣れていたせいで気にもしたことがなかったけれど、それが聞こえないだけで何故か不安な気持になる。


 当然ながら人の喧騒も聞こえない。話し声も、生活音もなにもかも。


 鳥の声も犬の吠え声さえも聞こえない。


 私は怖くなって家に戻ると、また玄関で膝を抱えた。


 これからどうしよう?


 これからどうしたらいいんだろう?


 不意に、以前ネットでみたとある動画の事を思い出した。


 人類が突然パッと消えてしまったら、世界(文明)はどうなるのか? ということをシミュレーションした動画だ。


 確か……1日で電力関連がダウンするんだったか。


 火力発電は燃料切れで停止。原発は安全装置が働いて停止。水力発電はどうなんだろう?


 それが事実としたら、もう停電になっていてもおかしくはないんだろうけど、我が家にはまだちゃんと送電されている。


 私はノロノロと立ち上がった。


 本当に電力設備がダウンするなら、使えるのは今の内だけだ。


 無理矢理にでも食事をして、お風呂に入って、それから……それから……。


 考えながら、フラフラと浴室へと向かう。


 靴下を脱ぎ、浴室の扉を開ける。


 光の球が浮いている。


 ……。

 ……。

 ……。


 え? なにこれ?


『あぁ、本当にいた。これはこれでまた面倒なことになってるし。どういうことだよ!?』


 へ?


『あぁ、ごめんごめん。僕は――あー、簡単にいえば神様みたいなものだよ』


「か、神様、ですか?」


『うん。信じられないよね。でも状況がこの有様だから、神様がいたって問題ないでしょ』


 え? いや。あの。


 あ、ダメだ。頭が真っ白になって思考を放棄してる。


『うん。ダメみたいだね。でも落ち着くまで待っていられないんだ。とりあえず、状況を説明するよ』



 神様(?)の話は簡単だった。


 私以外のみんなが異世界に召喚された。

 地球に残っている人類は私のみ。

 これから攫われたみんなを回収すると同時に、誘拐(誘拐幇助)した神をぶちのめしに行く。

 行こうと思ったら何故かひとりだけ残っている。

 慌てて状況説明をしに来た。←イマココ。


『で、回収には時間が掛かるから、地球を現状のまま時間停止して保管する予定だったんだけれど、問題が発生したんだ』


「問題ですか」


『うん。君』


「え?」


『君、複数の世界からの召喚が重なった結果、召喚されなかったんだよ。でも召喚術の影響はモロに残っているせいで、こうして地球に残っているけれど、異世界の住人みたいなことになっちゃってるんだ。ついでに君の時間を止めるとおかしなことになりそうなんだよ。ほんとどういうことだよ』


「えっと……」


 首を傾げていると、光の球の両隣にまたしても球が現れた。


 ひとつは毛糸玉みたいな灰色の球。もうひとつは青灰色の光の球。


『ふつうはこんな感じの形をしているんだよ、魂っていうのは。でも君の魂は、召喚の術が絡み合った結果、こっちの毛糸玉みたいに表面に余計なものがひっ絡まった有様になってるんだ』


 うぇっ!? それって、私の魂のモデルなの!?


『この有様でね。私でもこの酷く絡まった知恵の輪状態のこれを解くには骨が折れる。時間が掛かり過ぎるために後回しにせざるを得ない。君はここにいるわけだし、安全だからね』


 は、はぁ。


『君の他に召喚が重なった者は、多くとも7重召喚くらいなんだ。そういった者は召喚の綱引きで勝ったところに引っ張って行かれたんだけれど、君の場合は932ヵ所からの同時召喚でね。決着がつかなかったんだよ。おかげで召喚儀式が失敗したってことで、君は取り残された。ざまぁみろってんだ。でも君の魂は召喚術がこんがらがって、これを解きほぐすのに細心の注意が必要で分解するのに数百年は掛かりそうな有様なんだよ、ちくしょうめ!』


 932って……あ、だから私の上ってあんな真っ黒になったのか。


『なので、君への対処は一番最後だ。全人類をサルベージし、ついでに馬鹿共をぶち殺し終わるまで待っていてくれ』


 ぶちこ……って、え、他所の神様を殺すの? 大丈夫なのかな?


 というかですね。


「それって、どのくらい待てばいいんでしょう?」


 聞いてみた。


『うーん……。数が多いけど、長くても1万年くらいかな?』


 は?


「え? あの、神様、それだと私、死んじゃうんですけど」


『へ? ……あ』


 うん。1万年だと、死ぬどころか化石になってるんじゃないかな、私。


 その後、相談した結果、こんな風になった。



 ・私と植物以外の生物は保護、保全(神様の所で時間停止して保存)。

 ・インフラ関連施設は凍結。

 ・私を除く世界そのものは3日でループ(3日過ぎると1日目に戻る)。

 ・私は期間限定(サルベージ完了まで)での不老不死にして不死身化。



 本当は私も保護、保全できれば良かったんだけれど、絡まった召喚のせいで下手に手を出せない、っていうのはさっき聞いた。でも能力を与える分には問題ないみたい。


『食糧やらなんやらは、適当にその辺のお店から回収すればいいよ。3日でリセットするから鮮度は問題ないし、消費してもなかったことになるから』


「いや、それはさすがに……。世界が戻った時に、窃盗が常態になっているのは問題でしかないんで、そういうのはちょっと」


『生真面目だねぇ。とはいえ、それも問題か。確かに。うん。それじゃ疑似的なネット通販みたいな能力をあげよう。なんかそんなのがラノベとかであったでしょ』


 ラノベチェックしてんですか、神様。


『クエストクリアでポイントゲットして、そのポイントで買い物すればいいよ。お風呂とか寝床、洗濯なんかもそれでどうにか出来るようにしておくよ。それなら問題ないだろう?』


 と、こんな調子であれこれ決めて――


『あ、やべ。のんびりしすぎた。それじゃ、能力関連は調整して、明日の午前0時。今日の夜中に実装するから。インフラもそれに合わせて凍結するから、使うならいまのうちにね。能力を使うには、(ユーザー)(インターフェース)を呼び出せばあとわかるからね。それじゃ!』


 云うだけ云って、神様は消えた。


 ……。


 とりあえず、お風呂にはいろう……。






 微妙なサバイバル生活が始まる気がして、私はナップザックに必要そうなものを詰め込んだ。


 私と植物以外の生物がいなくなって、私以外は3日ごとにリセットされる世界。そこをとんでもない期間ぼっちで生活しなくてはならない。


 ……新手の1億年ボタンかな? 期間はずっと短いけど。


 いや、短いっていっても、人の寿命の100倍くらい掛かりそうだかんね。私、ちゃんと生きられるのかなぁ。


 気が狂うんじゃないだろうか。


 とはいえ、いまさらどうにもならないな。






 そして翌朝。私はUIを呼び出した。


「UI」


 なんかゲームみたいな画面がでてきた。って、このデフォルメキャラは私か!?


 なんで無駄に凝ってるの?


 そして画面右側に並ぶクエストは、【1日に〇〇歩歩こう】とか、【ジоジо立ち3分】とかいうもの。


 うん。ポイントを取らせるための無理矢理な感じのクエストだね。まぁ、買い物のためにやるけど。


 そして【旅にでよう】というクエストを見つけた。


 旅か。基本的に徒歩だよね。自転車はパンクしたら私じゃ直せないし。


 でも旅か。自宅に留まって毎日同じルーティンワークで過ごすよりはいいかもしれない。とりあえず、どこを目指そうか。


 いろいろと考え、まずは北海道を目指すことにした。うん。地平線を見てみたい。水平線じゃなくて地平線。確か、日本だと北海道に唯一地平線を見ることが出来る場所があったはずだ。あとで図書館にでも行って調べよう。


 ナップザックを背負い、歩き始める。


 かくして、長い長い私の旅はこうしてはじまったのだ。































 はっ!?


 顔をあげ、慌てて視線だけで周囲を確認する。


 机に広げられた日本史の教科書に、得体の知れない文字? が書き綴られたノート。


 ……あぁ、また寝ながらなんか書いたのか。板書を写したはずなんだけど。


 教室内の生徒の大半が脱落してるみたい。


 ……あれ? 大半のクラスメートの名前が思い出せない。私、ここまで人に無関心だったっけ?


 そしてそんな教室の有様にも動じず、淡々と授業を勧める元さんは平常運転だ。


 成績如何は自己責任だって割り切ってんのかなぁ。試験結果があまりに酷いと、教師としての評価がさがると思うんだけれど。


 それにしても――夢? 夢にしては随分と長い夢だったなぁ。


 約7000年とか、おかしいでしょ。


 自分の夢に突っ込みをいれつつ、しょぼつく目を軽くもむ。


 授業に集中しなくては。


 そんなことを思いつつも、再度教室内を見渡し、私は思わずある一点を二度見した。


 それは窓の外。


 そこにこっちの覗いている人物がいた。


 それは見知った顔。


 白い鍔広の帽子をかぶった黒髪の美人さん。おっとりのんびりした感じの、ゆるふわ系のお姉さん。


 まさに深窓の令嬢と云わんばかりの美女だ。


 そう。私と()()()()()()()お姉さんだ。


 お姉さんは私に気がついたようで、まるで子供の様にぶんぶんと手を振っている。


 私もこっそりと小さく手を振ると、満足したようにそこから引っ込んだ。


 はっちゃんはなにしに来たんだろ?


 ……。


 あれ?


 え? 待って。もしかして、夢じゃない?


 UIオープン。


 目の前に半透明な画面が出現した。それは見慣れたUI。それこそ1000年単位で付き合ってきた画面。


 口元がひくっと引き攣れた。


 左側にメニューが並び、そして右には本日のデイリークエストが並んでる。


 一番上にあるやつは――



【旅の仲間と合流しよう】



 ……。


 神様。話が違うよ。スキルは削除して、記憶も消すって云ってたじゃん。すっかり思い出したよ?


 口元に勝手に笑みが浮かぶ。


 元さんの催眠術は絶好調だ。


 でも、いまの私にはもう睡魔なんてどこかへ吹き飛んでいた。































【悲報】やっぱり元さんの催眠術には勝てなかったよ……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あー、これあれですね。 第2話のタイトルが【旅にでよう】で、ナップザック背負って歩き始めて。そこから約7000年分ものストーリーが語られて(何千話、いや何十万話だ?)。神様が戻ってきてあれこれして第1…
[気になる点] 通販…どうやって届くのだろうか [一言] 肝心な部分が破れた本を読んだ気分です。いや、面白い発想の物語でしたがwww
[一言] 「白い鍔広の帽子をかぶった黒髪の美人さん」で愛称が「はっちゃん」ですか…… もしかして身長240cmくらいありませんか?w そっち系は召喚や保護の対象外だったんでしょうね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ