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サシなら勝てる(慢心)

 蹴飛ばした肉の感触に顔を顰めつつ、吹き飛んだゴブリン(多分)を見る。腹を蹴飛ばされ、壁にぶつかったゴブリンは倒れたままだが生きているようだ。俺は助走をつけながら今度は頭を思い切り蹴る。ゴブリンの首が変な音を立ててあり得ない方向に曲がる。これで死んだだろう。


「せ、せんぱい…、いきなり何を…?」


 見たことない生物が現れ、俺がいきなり殺したという展開の早さについて来れていない北條は混乱しているようだ。俺はそんな北條に構わず、自分が殺したゴブリンを見る。異世界転移した主人公が初めて魔物を見たときに殺すのを躊躇うのをみると、どうせ殺す癖に躊躇うなよとイライラしたものだが、実際にやってみると染み付いた倫理観のせいで多少の不快感はある。


 だが今のオレは多少の不快感がありはしても別の感情が大半を占める。


「やっぱゴブリンだよなこれ。周りが山になっただけじゃ異世界転移なのか分からなかったが、これで確定だろ。ははっ」


「せ、せんぱい?」


 「ハハハ、ハハハハッ!待っていた!待っていたぞ!アハハハッ!さよなら退屈な日常!初めまして刺激的な非日常!アハハハハハハハハッ!!」


 待っていた。そんな事起こるはずないと思いながらどこか期待していた。ただ惰性で生きるのではなく、己のすべてを賭けて必死に生きる日々が訪れるのでないかと。魔物がいるとなると死ぬかもしれない、むしろ死ぬ確率のほうが高いだろう。だが、今は喜ぼう。惰性で生きる退屈な日常が終わったことを、必死にならなければ生きていられない刺激的な非日常が始まったことを。


 視界の端で北條がドン引きしているが、構わず俺は異世界転移の定番を試す。


「ステータスオープン」


 ……。


「ステータス、メニュー、鑑定、マップ、ファイアボール、エクスプロージョン」


 ……。


 その場ジャンプしたり、走ってみたりするが、今までと身体能力に変化はない。


 …結論。チートなし、魔法なし、ステータスなし。


 ……これ、死ぬのでは?


「せ、せんぱい、さっきから本当にどうしたんですか?頭イカれてしまったんですから?」


 俺が現実に打ちひしがれていると、腰が引けつつも北條が尋ねてくる。


「異世界転移の定番、チートやステータスの確認をしていた。少なくとも今現在俺には確認できないが」


「ちーと?すてーたす?」


 どうやら北條には馴染みのない単語のようだ。俺は軽く説明してやる。


「はぁ、マンガやラノベでは定番だと。でもこれは現実ですよ?」


 正論でばっさり切り捨てられてしまった。だが異世界転移(多分)したならそれらもあると思うだろう。


「まぁ確認できないならしょうがない。とりあえず情報収集がてら人がいる所に行くか。この階には誰もいなさそうだし」


 最上階(屋上を除く)には資料室や実験室などしかなく、授業がなければ人はあまりいない。ゴブリンを簡単に倒せたせいか、俺はそこまで深刻な状況になっているとは思わず、気楽に下の階へ降りて行った。だが世の中そんなに甘くはなかった。

 

 階段を降りた先には逃げ惑う人、襲い掛かるゴブリン達、逆にゴブリンに襲い掛かる人が入り乱れて大混乱だった。 


「逃げるぞ!」


 今だに呆然としていた北條の腕を掴み、さらに下の階へ走り出す。


「せ、せんぱい!助けなくていいんですか?」


「流石に無理。一対一ならともかく何体も相手にできねぇよ。チートもないしな」


 数は脅威だ。ゴブリンといえど油断はできない。もしかしたら四方世界産かもしれないし…。


 北條が襲われてた人達を助けてなくていいのかと聞いてくるが即座に却下する。物語の主人公なら助けようとするだろうが、俺はチートもなしに自分の命をベットして他人を助けるような勇者ではない。


 一階まで降りるが左右どちらに行ってもゴブリンがいたので目の前の部屋に飛び込み鍵をかける。北條の腕を掴んでいた手を離すと北條はその場にへたり込んだ。


「もう何が何だかわかりません。一体何が起こっているんですか…」


「詳しいことは分からん。とりあえず今後の行動を決めておくか」


「今後の行動ですか?」


 聞き返してくる北條に頷く。


「そうだ。まずはこれからも一緒に行動するかどうかだな」


 俺がそう言うと北條が震える声で聞いてくる。


「い、一緒に行動しないんですか?」

 

「一緒に行動してもいいが自分が危なくなったら北條を見捨てるかもよ?」


 そう言ってやると北條が強張る。


 別に北條のことは嫌いじゃないし、可能な限り助けるだろうがそれは自分が生き残ることが前提だ。俺の優先順位は


 俺>友人(晴人のみ)>知り合い(北條はここ)>他人


 俺は死ぬつもりはない。せっかく訪れた非日常なんだ。すぐに死にたくはない。余裕があるならともかく、危険だと思ったら知り合い以下は迷わず切り捨てるだろう。


 自分のクズさを嗤っていると意外にも少し考えただけで北條は答えを出した。


「せんぱいに着いていきます。そっちのほうが生き残れそうなんで」


「いいのか?見捨てられるかもしれないのだぞ?」


 俺が尋ねると北條は頷いた。


「一人で行動してもすぐに死にそうですし、私も薫ちゃん以外がどうなろうとどうでもいいですし」


「他の友達なんかはいいのか?」


 その言葉を北條は鼻で笑った。


「私の友達は薫ちゃんだけですよ〜。表面上はみんな仲良くしててもその子がいないとこでは陰口言ったりしてますし、多分私も言われてます」


 女子って怖いなと思いました。(小並)


「それにせんぱいはなんだかんだで助けてくれそうですし〜?」


 上目遣いでこちらを伺うように見てくる。あざとい。


「どうだかな。とりあえずこの後は晴人と斉藤さんと合流を目指すってことでいいか?その途中で出来ればゴブリンを狩りたい」


「合流するのは賛成ですがゴブリン?を倒す必要ってあるんですか?」


「もちろんだ」


 ステータスがないのは経験値が足りなくてレベルアップしてないからだ。そうであってくれ。


 俺は普段は信じていない神に祈った。

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