悪意
「えっ…?」
白沢君が何を言ったか理解出来なかった。みんなが死んだ?もしくは犯されている?
「何をしたんだお前らっ…!」
上原君が怒鳴るが白沢君は怯むことなく、それどころか得意気に
「他の奴らは化け物どもの巣で壊滅したって言ったんだよ。偵察した化け物の数を実際より少なく報告して、実際に接敵した時に高宮側を残して千田側が逃げるだけでも効果は充分だった」
神様に会った空間で化け物に犯された人達を見て助けようと思った。偵察して情報を集め、実際に数ヶ所で救出できた。全ての場所で救助する前に千田さん達が騒ぎを起こしたので指揮を他の人に任せて私や上原君は千田さん達を抑えようとしたが、私達を分断するための罠だったらしい。
結果として救助隊は壊滅、上原君は重症を負い、私は裏切り者と千田さん達に追い込まれている。
私は絶望して膝から崩れ落ちた。何より悔しいのが私について来てくれた人達を絶望の淵に追いやってしまったことだ。
「なんでこんなことに…」
人の役に立ちたかった。人を助けたかった。人に感謝されるのは嬉しかった。だが結局自分の判断で多くの人を失ってしまった。
「人の善意を信じ過ぎていて悪意に疎い」
いつだったか言われた言葉。それでも私は人の善性を信じてると返したが、その言葉を言った人が今の私を見たらどう思うだろうか?
それ見た事かと溜め息を吐くだろうか?ただ鼻で笑うだけだろうか?
そんな事を考えていると白沢君達が近づいてきた。
「へへっ、もういいだろう千田。約束通り高宮は好きにさせてもらうぞ!」
「ええ、構いませんよ。ただ死なせないで下さいね。自殺させるのもダメです。彼女としたい人は貴方達だけではないので」
「分かってるよ、俺らも何度も楽しみたいしな」
そこでようやく自分に危険が迫っていることに気づいた。
「いやっ!近づかないで!」
逃げ出そうとしても体に力が入らず立ち上がれない。仮に逃げ出せても味方のいない私ではすぐに囲まれて捕まってしまうのは想像に難くない。
「待てお前ら!やめ…ぐわっ!」
「上原君!」
上原君が止めようとしてくれたが、重症を負っている彼は白沢君達にあっさり倒されてしまう。
「いい様だな上原!見下してた俺達にボコボコにされるのはどんな気持ちだ?」
そう言いながら白沢君達は倒れた上原君を囲んで暴行を加えている。
「やめて!上原君が死んじゃう!」
上原君は重症を負っている。これ以上の傷は命に関わりかねない。
「やめるかよ!前からこいつのことは気に食わなかったんだ!足止めするのも楽じゃなかったしよ!」
「足止め?」
つい零してしまった単語が聞こえたのか暴行をやめてこちらに目を向けた。
「そう足止めだよ足止め。本来なら俺達が何かと理由をつけて上原を足止めしてる間に佐々木達が高宮を確保する予定だったんだがしくじりやがって!」
「篠崎君…」
「まあ手間は増えたが篠崎には感謝してるぜ。あいつのおかげで高宮の初めてを奪えるんだからな!せっかくジャンケンに勝ったのに篠崎にやられた佐々木達はざまあみろ!」
仲間がやられたのにその人達を笑う白沢君を見てると誰とでも仲良くなれると思ってた自分が愚かに思える。人間のこんな一面を見せられると全ての人間を信じることなんてもう出来そうにない。
「マヌケの話はそろそろ置いといてそろそろヤらせてもらうか。上原に致命傷与えた俺が最初な」
「いやっ!上原君助けて!」
そう言って上原君に目を向けるが彼は倒れたまま動かない。
「上原君…?」
今まで楽しそうにこちらを見ていた千田さんが上原君に触れる。脈を測ったり呼吸してるか確かめているようだが…
「あら、上原君は亡くなってますね。先程の暴行がトドメになったのでしょうか?それとも失血死?」
は?千田さんは今なんて言った?上原君が死んだ…?
「いやあぁぁぁぁぁぁ!上原君が死んだなんてそんな…!嘘…」
「なに?マジで死んじまったのか…?俺が殺したのか…?」
白沢君は上原君が死んだと聞いて今さら動揺している。直接殺したことはなかったみたい。
「自分で殺したくせに何を言ってるの⁉︎この人殺し!」
上原君が死んだと聞いて冷静さを欠いていたが、下手人を責めるのは悪手だった。動揺していた白沢君は私に人殺しと言われて開き直ってしまった。
「うるせぇ!死んじまったもんはしょうがねぇ!どうせ殺すつもりだったしな。それによくよく考えてみたら今更だ。高宮側の連中を化け物どものエサにしてたんだからな!」
そうだ、この人達は上原君以外にも大勢の人達を陥れている。そこでようやく気づく、自分にはもう味方がいなくひとりぼっちだということに。
「あ…あぁ…」
自分の体を抱きしめるが震えが止まらない。今まではいつも自分の側に誰かがいた。だが今の自分の近くにいるのは敵だけで味方がいない。
「まあいい。そろそろ楽しませて…」
「千田さん大変です!」
私が孤独を自覚し震えていると突然ドアが開き男子生徒が入ってきた。
「どうしたんですか?今いいとこでしたのに。騒々しい」
絶望に震えている私を機嫌良さそうに眺めていた千田さんが不愉快そうに部屋に入ってきた男子生徒に問う。
「化け物が多数この校舎に入ってきてしまいました!今一階は大混乱です!」
「なんですって?なぜそのようなことになっているのですか?」
「目撃した者によると化け物の群れは誰かを追いかけていて、その追いかけられていた者がこの校舎に入ったらしいと…」
「ちっ、どこのバカですかそれは?化け物どもにこの校舎に人がいることだけは悟られてはならないと厳命していたはずですのに」
「分かりません…ここにいる者はちゃんと分かっているはずで不用意に外に出ることはしませんし、そもそも個人で外に出る勇気がある者はいません…」
「まあ下手人は後で吊るすとして、今は騒動を抑えなければ。すみませんがお楽しみは後です。行きますよ」
「あ?なんで俺が…」
「行きますよ」
不愉快そうに白沢君が答えるが繰り返された言葉に動きを止めた。千田さんの雰囲気が一変して逆らうことは許さない、そう言っている気がする。
「……ちっ」
白沢君は逆らうのはマズイと思ったのか不服そうにしながらも千田さんの言葉に従って部屋を出ようとした。
白沢君がスライド式のドアに手をかけようとしたら突然ドアが吹き飛んでぶつかっていた。
「ちーっす、魔物のデリバリーお持ち致しましたー。代金はテメェらの命だ」
ドアの向こうにはドアに蹴りを加えた姿勢の篠崎君がいた。




