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【短編】コイに堕ちた悪役聖女はナナバイ可愛い

作者: 緋色の雨

「クラウディア、おまえとの婚約を破棄、王立学園から追放する! 落ちこぼれの聖女でありながら、俺の友人でもある聖女、メリッサを陥れようとした罪は見過ごせぬ!」

「そうです、私に酷いことをした責任を取ってくださいっ!」


 この国の第一王子であるエンド王子と、その自称友人であるメリッサが声を荒らげる。直後、学園祭がおこなわれているパーティー会場がしぃんと静まり返った。


 クラウディアは他の誰にも負けないくらいの努力家だ。現時点で未熟なところがあるのは事実だが、それに腐らずたゆまぬ努力を続けている。


 それに、素の性格は茶目っ気があるが、そんな自分を律して聖女らしく振る舞っている。困っている者を見れば放っておけない慈愛に満ちた心の持ち主である。

 そんな彼女が別の聖女を陥れるなんてあり得ない。


 だが、エンド王子の怒りを買うことを恐れてか、誰一人として異を唱える者はいない。


「グランマの弟子だと言うから期待して婚約してやれば、実際はただ魔力量が多いだけ。いまだに第一階位から抜け出せない落ちこぼれ。そのうえ、可愛げまでないと来ている。おまえの婚約者として見られる俺の身にもなってくれ」

「……申し訳ありません」


 クラウディアは反論一つせず、粛々と受け入れている。


 だが、魔力が多いのはたゆまぬ努力を続けている証拠だ。

 それに、第一階位から抜け出せないのだって珍しいことではない。高等部を卒業する頃に第三階位に至れば一人前、ごく希に第四階位に至るエリートが現れるくらい。

 現役のあいだを通しても、第四階位に届かない聖女は珍しくはない。


 エンド王子が例に挙げたクラウディアの師、歴代で唯一第八階位に至った偉大な元聖女ですら、最初は何年も第一階位から上がれなかったと言われている。

 逆に、あっさりと第二階位に上がったあと、まったく成長しないケースも珍しくない。


 エンド王子に寄り添う自称友人――にしては妙に距離間が近いが、メリッサはそのタイプだ。初等部で第二階位に上がり天才と呼ばれたが、高等部の二年になっても成長していない。

 どころか、努力も足りないので魔力量も少ないままだ。彼女がクラウディアに勝っているのは現時点の階位と、エンド王子に媚びっ媚びな態度くらいだろう。


 結果を出せていないと、クラウディアを責めるのはお門違いである。


 なにより、エンド王子とクラウディアの婚約は政治的な事情で決まった。

 偉大なる聖女の弟子。その威光を手に入れようと、王族が組んだ政略結婚を一方的に押し付けておきながら、結果を出せないでいるクラウディアに無実の罪を押し付けて扱き下ろす。

 あまりに、あまりの所業である。

 だから――


「エンド王子、恐れながら申し上げます。クラウディアはひたむきな努力を続けています。いまだ第一階位から抜け出せぬことは事実ですが、他者を貶めるとは思えません」


 側に控えていた俺は口を挟まずにいられなかった。

 王立学園の生徒であり、エンド王子の護衛騎士。そんな俺が主であるエンド王子に意見をしたことで周囲がにわかにざわめいた。

 ここが名目上だけでも平等を謳う学園でなければ、即座に叱責されていただろう。


 もっとも、それを鵜呑みにして俺みたいな行動を取ると目を付けられる。最悪、出世にも影響するかもしれないが、彼女が無実の罪を着せられるのは黙ってみていられなかった。


「ノア、気のせいか? メリッサが嘘をついていると言っているように聞こえるのだが?」

「ノア様、酷いですぅ。私は嘘なんて吐いてないですよ~」


 エンド王子が俺を睨み、その威を笠に着たメリッサまでもが不満を口にする。それと同時、クラウディアが驚いた顔で俺を見ているのが視界の隅に入った。

 彼女は、自分を庇う必要なんてないと言いたげだ。


 もちろん、俺もこれが馬鹿な行動だって分かってる。

 だけど、俺は騎士だ。たとえ学生の身でも、騎士の理念は持ち合わせている。

 無実の聖女を見捨てられるはずがない。


 俺はエンド王子の問い掛けに、沈黙を持って肯定した。


「……ノア、そういえばおまえ、このあいだの護衛訓練では不可判定だったな? いくら個人戦が強くとも、護衛として働けないのでは意味がない。訓練をしてきたらどうだ?」


 それは何処かの王子が無茶ぶりをするからである――なんて言うほど子供じゃない。だが、ここでかしこまりましたと立ち去れるほど大人でもない。


「エンド王子。お叱りは後でいくらでもお受けいたします。ですがまずは、彼女が本当にメリッサを陥れるような真似をしたのか、確認するべきではありませんか?」


 そう口にした瞬間、エンド王子の顔が怒りに染まった。


「……そうか。おまえはあくまでもメリッサが嘘を吐いていると主張するのか。いいだろう。そこまで言うのなら、これから明確な証拠を集めてやる」

「うえっ!? あ~。エンド王子、もう、そんな人達どうでも良いじゃないですかぁ。さっさと彼女との婚約だけ破棄して、後は放っておきましょうよ~」


 メリッサがエンド王子にしなだれかかった。彼女は学生服のボタンを上からいくつか外していて、開いた胸元をこれでもかとエンド王子に見せつけている。

 アレでは聖女ではなく性女である。


 エンド王子はだらしない顔でメリッサの胸の谷間に視線が釘付けだ。だが、更に前屈みになったメリッサが、その視線の先に顔を割り込ませ「エンド王子?」と問い掛けた。

 エンド王子は慌てて咳払いをする。


「あ~、メリッサもこう言っていることだ。今回は婚約の破棄だけで勘弁してやろう。と同時にノア、おまえは俺の護衛の任を解く。おまえがその目でクラウディアを監視しろ」


 エンド王子は俺とクラウディアを見比べて嗤った。


「才能がない者同士、仲良くするのがお似合いだろ?」





 パーティー会場を後にすると、学園のキャンパスでクラウディアが詰め寄ってきた。


「ノア様、なぜ私を庇ったりしたのですかっ!」

「なんだ、庇って欲しくなかったのか?」

「ちがっ、そうじゃないよっ!」


 少しからかってやれば、すぐに聖女としての仮面が剥がれ落ちた。年相応に普通の女の子なクラウディアが、夜色の髪を振り乱して否定する。

 彼女はきゅっと唇を結んで、まっすぐに俺を見た。


「その、嬉しかったよ。学園を追放されたらグランマみたいに偉大な聖女を目指せなくなっちゃうから。だから、助けてくれて凄く嬉しかった」

「……そうか、ならよかった」

「よくないよっ! 私をかばったせいでノア様まで護衛の任を解かれちゃったじゃない! 立派な騎士になるのが夢だって言ってたのにっ!」

「……あぁそうだな。俺の夢は、立派な騎士になることだ」

「そう、だよね……ごめんなさい、私のせいで」


 シュンと項垂れる。その頭にポンと手を乗せた。


「ばぁか、謝る必要なんてねえよ。たしかに俺は、立派な騎士になるためにエンド王子の護衛騎士を目指してた。けど、それは間違いだった。無実の聖女を陥れるような馬鹿王子に仕えるなんてこっちから願い下げだね」

「……そんなこと言って、実家にはどうやって言い訳するつもりなの?」

「心配するな。自分で蒔いた種だ。自分でなんとかするさ」


 うちは代々騎士を輩出する名門で、兄妹はエリートコースを突っ走っている。厳しい家であるため、俺が護衛騎士を解任されたとなればあれこれ言われるだろう。

 だが、それでも、クラウディアを救ったことに後悔はない。


「もぅ……ノア様、かっこつけすぎだよ?」

「……そうか?」

「うん、とっても格好よかった。ノア様……ありがとう」


 刹那、まっすぐに俺を見上げたクラウディアが、俺の両肩を掴んで爪先立ちになった。グッと迫り来る彼女の顔。その艶やかな唇が、俺の頬を掠めるように触れた。


 次の瞬間、元の体勢に戻った彼女は、口元を隠すように両手の指を擦り合わせる。

 頬が赤く染まっているように見えるのは夕日のせいだけじゃないだろう。クラウディアは真っ赤な顔ではにかんで、身を翻して逃げるように走り去っていった。




「――まぁそんな訳で、俺はエンド王子の護衛騎士の任を解かれたって訳だ」


 学園の外にある街の食堂。

 友人のガゼフに会場でなにがあったか説明すると、彼はなんとも言えない顔をした。


「……おまえ、もうちょっと後先考えろよ」

「仕方ないだろ、許せなかったんだから」


 クラウディアを庇うのではなく、第一王子に寛容な態度を求める。『そうした方が、まわりの好感度が高いですよ』なんて方向で攻めれば、丸く収まったかもしれない。

 だが、それだとクラウディアの罪を認めることになる。それが嫌だったのだ。


「はぁ、真面目だね。それとも、クラウディアちゃんに惚れてるのか?」

「そんな下心で助けたんじゃない。俺はただ、無実の罪を着せられそうになっている彼女を見てられなかっただけだ」

「まぁそうだよな。クラウディアちゃんは堅物だし、飾りっ気はないし、真面目な良い子だとは思うけど、女の子としての魅力には欠けてるよなぁ~」

「……そうか?」


 たしかに、皆が制服を改造する中、クラウディアは既製品のまま着こなしているし、スカートの丈もかなり長い。メイクもしていない様子だし、髪も後ろで無造作に束ねているだけ。

 だがそれは彼女が着飾っていないだけで、素材は他の誰よりも綺麗だと思う。


「なんだなんだ、やっぱり惚れてるのか?」

「だから、助けたのはそういう理由じゃないって。ただ、知ってる女性の中で誰が一番可愛いかって言われたら、クラウディアが一番可愛いと思うってだけの話だ」

「……はぁ、ノアはまだまだお子様だねぇ」


 なにやら呆れられてしまった。




「……そんなところでなにやってるんだ?」


 夕食を終えて寮に戻ると、クラウディアが俺の部屋の前で三角座りをしていた。


「ノア様。……その、寮を追い出されてしまって」

「は? 寮を追い出された?」

「実は――」


 いままで彼女が暮らしていた部屋は、第一王子の婚約者にあてがわれる特別な部屋だったらしい。だが、婚約破棄によってその部屋も追い出された、ということのようだ。


「……いきなりだな。だが、それなら、他の部屋に移ればいいんじゃないか?」

「そう、なんですけど……いまは他に空き部屋もなくて、相部屋に一人で住んでる子は何人かいるんですが、私はエンド王子に糾弾された身なので……」

「なるほど、面倒ごとはごめんって断られたんだな」


 予想通りだったようで、クラウディアは抱えた足と胸のあいだに顔を埋めた。


「グランマは出張中だし、このままじゃ住むところがなくて、学園にも通えません」

「それは……大変だな」


 俺がそう口にした瞬間、クラウディアがばっと顔を上げた。

 立ち上がり、ずずずいっと詰め寄ってくる。


「そうなんです、大変なんです。ところでノア様は、相部屋に一人で住んでいますよね?」

「住んでるが――待て待て待て。まさか、俺の部屋に上がり込むつもりか?」

「最悪は部屋が見つかるまででかまいません!」

「いやしかし、異性で同棲は色々問題があるだろ?」

「問題ってなんですか? 私が学園に通えない以上の問題がありますか? あったら言ってみてください。全部論破してみせますからっ!」


 クラウディアは更に詰め寄ってくる。俺は後ずさるが、廊下の壁に追いやられた。更に一歩距離を詰めた彼女は、俺にピタリと身体を押し付けてきた。

 彼女のアメシストのような瞳に、自分の慌てた顔が映り込んでいる。


「いや、だから……規則とか」

「平気です。異性と相部屋をしてはいけませんなんて校則に書いてません!」

「それはたぶん、当たり前すぎて書いてないだけだ。……問題が起きたらどうする」


 顔が近いと、明後日の方を向きながら答える。


「書いていないことが重要なんです。それにノア様なら大丈夫です、問題になんてなりません! 炊事洗濯を始めとしたご奉仕もします。絶対にノア様に損はさせません!」

「いや、信用してくれるのはありがたいけどさぁ」

「ノア様が、私を学園追放から救ったんじゃないですか! 中途半端に手を差し伸べて、ここで見捨てるんですか? ちゃんと最後まで責任取ってください!」


 言い方はアレだが、たしかに言ってることは正論だ。

 それに俺は、エンド王子にクラウディアを監視しろと言われた身だからな。


「分かった。部屋が見つかるまでだからな」


 クラウディアが破顔して、とびっきりの笑顔を浮かべる。

 それを見て、俺は自分の選択が間違っていなかったのだと確信した。



「おじゃましまーす」

「もうただいまだろ」


 クラウディアを部屋へと招き入れる。部屋はワンルームで、キッチンとトイレ、お風呂が備え付けてある。二人でも十分に生活できる広さだが、異性となると問題もある。


「着替えとかは基本風呂の前にある洗面所だな。ノックは必須。あと、部屋の奥にあるタンスは空だから、クラウディアの荷物はそこにしまってくれ」

「ありがとうございます」


 いつの間にやら、クラウディアの口調が丁寧なそれに戻っている。

 それに気付いた俺は頬を掻いた。


「クラウディア、一緒に住むのなら、丁寧な口調はやめないか?」

「いいんですか――いいの?」

「俺は素のクラウディアの方が好きだ」

「ふえっ!? あ~えっと、しゃべり方がってことだよね。うん、知ってる、勘違いなんてしてないよ、私は大丈夫。もう何回も騙されて覚えた。ノア様は無自覚人誑し」

「はい?」

「なんでもないよ。これからは普通に喋らせてもらうね」

「おう、そうしてくれ」


 それから、軽く部屋で一緒に住む上でのルールを決める。まぁようするに、洗面所なんかの出入りはノックするとか、そういう事故を起こさないためのルールである。


「ま、詳細はおいおい決めていこう」

「うん。ノア様、なにからなにまでごめんね?」

「いい、気にするな」


 とまぁ、クラウディアと俺は同じ部屋で生活することとなった。その後、クラウディアと俺が交互にお風呂に入り、二人とも寝る準備を終えてパジャマ姿になる。


「さて、俺はこっちのベッドを使っているから、クラウディアは奥のベッドを使ってくれ。俺と並んで寝ることになるが……本当に大丈夫か?」

「私は大丈夫だよ。ノア様こそ、大丈夫?」

「……は? 大丈夫って、なにが?」

「隣に可愛い子が寝てて、ムラムラして眠れなくなる、とか?」

「むら――っ。ば、馬鹿なこというなっ!」


 咽せながらも叱りつける。

 シスターと違って、聖女は乙女でなければならないといった決まりはない。たとえばメリッサ。彼女が乙女かどうかは知らないが、あれくらいギャルっぽい聖女も普通に存在する。

 いまのセリフは、相手が相手なら冗談では済まなくなるところだ。


「馬鹿なことじゃないよ。私だって……男の人の部屋に泊まったらどうなるかくらい知ってるよ。知ってて、ノア様の部屋に泊めて欲しいって言ったんだよ?」

「クラウディア、おまえ……」


 アメシストの瞳には、たしかな覚悟が浮かんでいる。

 彼女はゆっくりと俺に詰め寄ってくる。

 押された俺はベッドサイドへと座り込んだ。クラウディアはそのベッドサイドに片膝を乗せると、両肩を押して俺をベッドに押し倒した。


「ノア様、初めてで上手く出来ないかもだけど、私、頑張るから……」


 馬乗りになった彼女は、俺のパジャマのボタンを外そうとする。だがその指は微かに震えていて、上手く俺のボタンを外せないでいる。

 俺は思わず溜め息をつき、それからクラウディアをぎゅっと抱き寄せた。お風呂上がりのクラウディアは温かく、パジャマの薄い布越しに伝わる感覚は柔らかい。


「ノ、ノア様――ひゃわっ!?」


 身体を密着させて横に転がれば、クラウディアと俺の上下が入れ替わる。クラウディアを組み敷くような体勢になった俺は――そのままベッドから立ち上がった。


「……ノア様?」


 不安と安堵をないまぜにしたようなアメシストの瞳が俺を見上げている。

 彼女を見下ろし、俺は思わず頭を掻いた。


「あのなぁ。俺が王子に虐げられたうえに、部屋を追い出されて落ち込んでる女の子の弱みに付け込むような最低野郎だと思ってるのか?」

「……ぁ」


 小さな気付きがクラウディアの口から零れた。


「ご、ごめんなさい」

「……分かってくれればいい。そっちも色々あって、今日は疲れてるだろ。そう言うときは、なにも考えないで寝るに限る。ほら、電気を消すぞ」


 俺はさっさと明かりを消し、自分のベッドへと潜り込んだ。

 真っ暗になった部屋の中で静かに瞳を閉じた。


「……私だって、弱みに付け込まれるようなチョロイ女の子じゃないよ」


 不意に、微かな呟きが聞こえた。

 俺は耳が良い方なのでなんとか聞き取れたが、おそらく俺に伝えようとした言葉ではないだろう。だが、だからこそ、その言葉は彼女の本心を現しているような気がして、その言葉の意味を凄く考えさせられることとなった。いまのはつまり、そういう意味なんだろうか、と。


 結局、俺はクラウディアの指摘通りに眠れなくなった。




 パーティーの翌日である今日の授業は昼から。という訳で、ホームルームが始まる前の昼過ぎの教室。ガゼフに眠そうな理由を訊かれた俺はかくかくしかじかと答えていた。


「――という訳で、寝不足なんだ」

「死ねっ、というか、死ねっ! この裏切り者めっ!」


 酷い言われようである。


「俺の話、聞いてたか? 行き場を失ったクラウディアを部屋に住まわせただけで、別に手を出したとかじゃないんだぞ?」

「女の子と寝食を一緒にすること自体が羨ましけしからんっ!」

「おい、あんまり大きい声を出すな、まわりに聞かれるだろ」


 聞かれてないかと周囲を見回すが、他の連中も騒いでいるので気にしてるヤツはいなさそうだ。それにひとまず安堵して、ガゼフへと視線を戻した。


「くっそ羨ましい。どうせ、良い思いとかしてるんだろ?」

「まぁ……そうだな、朝食は超美味しかった」

「ぐぬぅああああぁぁぁぁっ!」


 血涙でも流しそうな勢いである。


「いやおまえ、クラウディアには魅力を感じないとか言ってたんじゃないのかよ?」

「それとこれとは話が別だっ!」


 処置なしである。


「は、はは……だがまぁ考えてみればノアだしな。どうせ、ヘタレのおまえは彼女に手なんて出せないだろ。そう考えれば、先を越されたと焦る必要はねぇかもな」

「誰がヘタレだ」

「おまえだよ、おまえ。俺だったら、据え膳は絶対に手を出すねっ!」

「……おまえ、そんな風にがっついてるから、女の子に相手にされないんだぞ?」

「う、うるせぇ、童貞ちゃうわっ!」

「いや、そんなことは言ってないが……言ってて虚しくないか?」


 虚しくなる言と書いて虚言である。


「こら、ホームルームを始めるから静かにしろ、そこの童貞丸出しの二人!」


 いつの間にか教室に入ってきていた先生(生徒から人気の美人の女教師)の発言に、クラス中から笑い声が上がる。どう考えてもガゼフの巻き添えである。


「さて、恒例の社交パーティーも終わって、今日から通常授業が始まる。一ヶ月後には能力測定があるので、気を引き締めていけよっ!」

「「「――はいっ!」」」


 クラスメイトの元気な声が揃う。

 説明が遅くなったが、ここは王都にある王立学園だ。

 王侯貴族などが在籍する特別クラスに、発生した瘴気を払うために各地へと派遣される聖女やその護衛を育成する特派クラス、一般人や使用人を育成する一般クラスが存在する。


 俺達はその特派クラス。

 他の職に就くこともあるが、基本的にはこの国にあふれる魔物を討伐し、大地を浸食する瘴気を払う部隊に配属されるのが一般的である。

 先生の言う能力測定とは、それに必要な能力を測るテストのことだ。


「さて、それじゃ授業を始める前に、あらたな仲間を紹介しよう。入ってこい」

「――はい」


 凜とした声と共に、可愛くも綺麗な女の子が教室に入ってきた。一瞬、その女の子がクラウディアだと理解できなかった。朝見たときとは容姿が大きく変わっているからだ。


 薄いメイク。後ろで無造作に束ねていた夜色の髪は、サラツヤのストレートヘヤーに変わっていて、ワンポイントの髪留めが添えられている。


 身に纏うのは変わらず学園指定の制服だが、がっつり改造が施されていて女の子らしさが増している。特にスカートはわりと短い部類に入るだろう。

 いまのクラウディアを見て、堅物なんていう男はいないはずだ。


「それじゃ、挨拶をしろ」


 先生に促され、クラウディアは教壇の横に立った。


「――こんにちはっ。色々あって、今日から私もこのクラスで学ばせてもらうことになりました。みんな、よろしくね!」


 天真爛漫な挨拶に男共から歓声が上がる。

 女性陣はそんな男共の反応に呆れているが、クラウディアへの反応は悪くなさそうだ。元貴族クラスの生徒だったとはいえ、合同訓練などで一緒して気心が知れているからだろう。


「うひょーっ、今日は最良の日だ。あんな可愛い転校生とか、最高かよっ!」


 ガゼフが歓声を上げた――というかこいつ、あれがクラウディアだって気付いてない。アホかと思ったが、周囲の声を聞く感じ、気付いていないのはガゼフだけではないようだ。

 それに気付いた先生が苦笑いを浮かべながら「あ~、自己紹介もしとけ」と促した。


「……自己紹介、ですか? みんな知ってると思いますけど」

「たしかにおまえのことは知ってると思うが、いまのおまえを見て一目で同一人物だって分かってる奴は少数だ。というか、変わりすぎだよ」


 それにクラウディアは小首をかしげる。


「えっと……みんな、知ってるよね? 第一階位の聖女、クラウディアだよ?」

「「「――えっ!?」」」


 驚きの声がそこかしこから上がった。

 意外にも気付いていない連中が多かったらしい。


 教室が騒然となる。


「え、ホントにクラウディア?」

「王子に婚約破棄されて落ち込んでたんじゃないのか?」

「なんか、むちゃくちゃ可愛くなってるわよ?」

「失恋美少女キタ――っ!」


 なんて声が次々に上がる。

 そんな中、俺に気付いたクラウディアは、胸の辺りで可愛らしく手を振った。





 それから一ヶ月は騒がしい毎日だった。

 王子に婚約破棄を申し渡された悲劇のヒロイン――だったはずが、翌朝にはまるで別人のように垢抜けて可愛らしくなっていたのだ。いまでは、王子との婚約が嫌で、故意に野暮ったい恰好をしていたのではという噂まで囁かれている。


 そして実際のところ、その噂は真実のようだ。クラウディアいわく、政治的な理由で勝手に決められた婚約は嫌で嫌で仕方なかったらしい。

 まぁ……エンド王子を見ていると、その気持ちは分からなくもない。クラウディアという婚約者がいるにもかかわらず、メリッサの誘惑にデレデレしてたからな。


 ちなみに、クラウディアとそういった話をするのはだいたい寝る前だ。毎晩、夜更けまで付き合わされるせいで、俺はすっかり寝不足である。


「けっ、これ見よがしに寝不足みたいな顔をしやがって! どうせ、クラウディアちゃんの寝顔でも盗み見てるんだろ? そのまま手を出そうとして嫌われちまえっ!」


 今日は校庭でおこなう実技テストの日。

 順番待ちであくびを噛み殺しているとガゼフに罵られた。


「……いや、まじで眠いんだが。今度、ガゼフの部屋に泊まりに行っていいか?」

「死ねっ、って言うか、死ねっ!」


 のろけ話をしている訳でもないのに、相変わらずの酷い言われようである。


「って言うか、おまえ、クラウディアには興味がないようなことを言ってただろ?」

「……前はな。けど、一夜にして傾国級の美少女に大変身だ。しかも、日を追うごとに艶っぽくなってるときてる。知ってるか? この一週間で、何人が彼女に告白して玉砕したか」

「あぁ~、多いらしいな」


 いままで見向きもしなかったくせに、外見が可愛くなった途端にちやほやされてもあんまり嬉しくないとは、彼女の言い分である。毎晩報告されているので良く知っている。


「なんか、どうでも良さそうだな」

「正直、わりとどうでもいい」

「はっ、まぁだ自分の気持ちに気付いてないのかよ、おまえはよぉ。そんなんじゃ、そのうちクラウディアちゃんを取られちまうぜ、俺とかになぁ!」

「……ふむ。残念会はいつもの定食屋でいいか?」

「こいつ殴りてぇ……っ」


 完全にフリだったじゃねぇか、どうしろっていうんだ。付き合いきれないと、俺は校庭の反対側で聖女としての能力測定をしているクラウディアへと視線を向けた。



     ◆◆◆



「クラウディア、次は貴女の番――ですが、その前に言わなければならないことがあります」


 試験官にして先輩聖女。

 二十代前半にして第四階位にまで至る優秀な聖女エリスが申し訳なさそうな顔をした。


「……なんでしょう?」

「貴女は特待生枠ですけれど、いまだに第一階位から抜け出せていませんね? 今日の試験で結果が出せなければ、特待生を取り消して学園を辞めてもらうことになる、そうです」


 息を呑み、少し考えてから聖女エリスに問い掛ける。


「……エンド王子からの圧力、ですか?」

「確認は出来ませんでしたが、おそらくは。私も異を唱えたのですが、ここは王立学園なのでエンド王子の威光には逆らえません。いまはグランマもいらっしゃいませんし……」


 私の師でもあるグランマは遠征中だ。

 かなりの高齢で既に現役は退いているのだが、歴代最高の聖女だったグランマの発言力はいまも失われていない。彼女がいれば、この指示も覆せるかもしれない、ということだろう。


「どうしますか? 理由を付けて延期するくらいなら出来ますが……」

「いえ、試験を受けます!」

「本当に良いのですか?」

「はいっ! いまならきっと、奇跡だって起こせる気がするんです」

「……そうですか。ではまず、第一階位の奇跡を見せてください」

「はい。――行きます」


 第一階位で授かるのは、初歩的なヒールと、指定の場所に光の盾を出現させるプロテクション。その二つを順番に発動させてみせた。


「結構です。相変わらず、とんでもない魔力ですね。とくにプロテクションは、一流の攻撃でも防げそうです。魔力だけなら、一流の聖女並みです」

「グランマに、魔力を上げる修行だけは怠るなと言われていたので」

「なるほど、私も見習わなければなりませんね。……さて、いよいよ次です。新たな奇跡を授かれるよう、魔法陣の上で祈りを捧げなさい」


 頷き、儀式用に描かれた魔法陣の上に跪く。

 いままではどうしても本気で祈ることが出来なかった。

 なぜなら、国の都合で押し付けられた婚約が私は嫌で嫌で仕方がなかったからだ。


 聖女として結果を出せば、婚約が盤石な物となってしまう。

 それが、私が本気で祈れなかった理由。


 でも、いまは違う。

 だから私は、本気で祈りを捧げる。


 私を見いだしてくれたグランマは言った。

 大切な誰かのために祈りなさい、と。


 だから私はノア様を想って祈りを捧げる。

 私が結果を出せないでいたときから、ずっと親切にしてくれた優しい男の子。私が困っていたら、いつだってさり気なく助けてくれた。


 実の兄と正々堂々と家督を取り合っていて、エンド王子の護衛騎士になっていればその勝利も目前だったはずなのに、私のためにあっさりと投げ捨てた。


 だから私は、グランマのように偉大な聖女になる。

 そうしてノア様には、偉大な聖女になった、私の騎士様になってもらうのだ。


 落ちこぼれの聖女を救って出世コースから外れた愚かな騎士なんて誰にも言わせない。偉大な聖女を支えた、最高の騎士だって周囲に言わせてみせる。


 だから、こんなところで躓いてなんていられない。

 努力はずっと続けてきた。

 座学も必死に学んで、魔術の訓練も欠かさずに積み重ねた。


 足りなかったのは真摯な祈りだけ。

 その祈りはここに在る。


 だから……お願い。

 ノア様に報いるための力をっ!


 刹那、目を瞑っているはずなのに、目の前がぱぁっと開けた。

 空から、暖かな光が降り注ぐような感覚。

 三年前、初めて聖女としての奇跡を使えるようになったときと同じく天啓を授かった。


 ゆっくりと目を開くと、先輩の聖女が静かに微笑んでいた。


「素晴らしい。新たな力を授かったようですね」

「……はい」

「では、その力を使って証明してください。使うのはホーリーライトでも、ホーリーウェポンでもかまいません。私の前で使えれば合格です」

「かしこまりました」


 儀式用の魔法陣から退いて、少し開けた場所を陣取る。

 新たな奇跡の使い方は、さきほどの天啓で理解した。第二階位のホーリーライトやホーリーウェポンも問題なく使えるだろう。

 だけど、いまは――

 私は自分を中心にして足下に大きな魔法陣を展開、魔力を注ぎ込んでいく。


「え、その魔法陣は、まさか――っ」

「いきます。――エリアヒール」


 自分を中心にした半径三メートルくらいの魔法陣から淡い光が立ち上る。

 その光を浴びた者の傷を癒やすエリアヒール。

 第四階位の奇跡である。

 私の使った奇跡をまえに、校庭はざわめきに包まれた。


「驚きました。まさか一気に第四階位まで使えるようになるなんて、グランマ以来の快挙よ」

「ありがとうございます。これで、特待生から外されたりしませんよね?」

「もちろん、いまの貴女が外されることなんて絶対にないわ! ……でも、ここまでの実力を証明してしまえば、またエンド王子と婚約させられるかもしれないわね」


 聖女エリスは、私が婚約を望んでいなかったと知っているのだろう。どこか哀れむような視線を私に向けた。だから私は、にへらっと笑って見せた。


「大丈夫です。だって、私は――」


 とびっきりの秘密を耳元で囁けば、彼女は大きく目を見開いた。


「ちょ、クラウディア。それ、ホントなの!?」


 聖女エリスの澄ました態度が一瞬で崩れた。


「はい。最初の日は、弱みに付け込むような真似はしないって断られちゃったんですけど、毎日迫ったら受け入れてもらえました。それからは……毎晩、えへっ」


 言ってて恥ずかしくなった私は頬を赤らめる。

 イメチェンしたのはノア様に可愛く見られたかったから。でも、周囲から日に日に艶やかになってると言われたのは別の理由。毎晩、ノア様に可愛がってもらったからだろう。


 私は身も心もノア様に捧げている。


 私は恋に落ち――そして故意に堕ちた。


 他人に純潔を捧げた娘が王子の婚約者に戻されるはずがない。

 それに気付いたエリス先輩は、お腹を抱えて爆笑した。

 

 

 お読みいただきありがとうございます。

 今作は短編として構成してありますが、長編候補にもなっています。面白かった、続きが気になるなど思っていただけましたら、ブックマークや評価をポチッとしていただけると嬉しいです。


 >5日追記。

 たくさんの応援ありがとうございます。

『【連載版】コイに堕ちた悪役聖女はナナバイ可愛い』投稿を開始しました。

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