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08

 月曜日。

 学校へ行ったら卯木の態度が変だったからすぐにそれには気づいた。

 なんでも、あたしが告白し振られたものの諦められずに色仕掛けをしたということらしい。

 なんとも都合のいい情報の伝わり方だった。

 だが、あたしのしたかった阿部先生を守るということはできたので、感謝をしたい。


「ぼ、僕じゃないからね?」

「大丈夫だよ」


 疑っちゃったけど疑ってないから。


「それより卯木、公園でしちゃだめだゾ」

「え゛!? 見、見てたのっ?」

「大丈夫、すぐ帰ったから」


 ま、これで安易に先生もこちらに近づけなくなったことだし問題ないか。

 それに夜に出ることを禁止にされてしまったため、常に微妙な気分でいなければならなくなった。

 そんな時にまた変に近づかれて乱れさても困るわけだ、これこそ都合がいいというものだろう。


「佐々木、ちょっと俺と来てくれ」


 阿部先生の横には校長先生(確か)がいた。

 大人しく付いていくと、今度こそ空き教室で話すことになった。

 付いてきた他の生徒を先生たちが戻らせていく。


「佐々木律歌くん」

「はい」

「君の一方的な行為だと聞いているけど、実際にそうなのかい?」

「はい、お騒がせしてすみません。阿部先生には本当に申し訳ないことをしてしまったと思います。謝って済む問題ではありませんが阿部先生、本当にすみませんでした」


 完璧とは言えないだろうけど対応しては悪くない気がした。

 校長先生は少しの間悩むような素振りを見せていたが、「今度から気をつけなさい」と残して教室から出ていく。少しぐらいは真面目な感じが伝わってくれたのなら嬉しい。


「ごめん……あたしのせいで。もう戻ってもいいのかな?」

「いや……」


 だめだって、どこで誰が見ているか分からないんだから。

 校長先生が戻ったことで大丈夫だと判断して教室に戻る。

 にしても、本当にピンポイントで情報を流したものだな。

 阿部先生は絶対に守りたいという意思が伝わってくるが。

 あ……そういえば平穏な時間が過ごせなくなったのか……。

 寝ててもヒソヒソヒソヒソ、元のイメージが悪いから言いたい放題。

 残念だがな、色仕掛けできるほど胸とかねえぞ本当に。

 美人でもなければ可愛くもないのに、どうやってそんなのしろって言うんだ。


「律歌さん」

「んー? ああ」


 雫か、横には卯木もいる。

 こちらを見る目が不安そうなことから、本当なら恋人に近づいてほしくないのかも。


「でたらめだよね、こんなの」

「いや、あたしがしたんだよ」

「そ、そういう情報が出回っているからとかじゃなくて?」

「うん、なんなら卯木が情報を持ってるよ。ほら卯木」

「……これ」

「え……ほ、本当だったんだ」


 残しておいてくれて助かった。

 あくまであたしがそういう風にした、そういう流れにしておいてくれないと困るのだ。

 それに悪く言われるのだって慣れている。

 実の母親にだって言われたんだぜ? 同級生とかに言われたってなんてことはないぞ。


「残念ながら呆気なく振られたけどね~」

「……だめだと思うけど」

「うん、だから真剣に謝っておいた」

「謝ればいいわけじゃないよ」


 うぅ、痛いぐらいの正論だな。

 元はと言えば変に告白なんかしたせいでこうなったんだから全部あたしが悪い。

 ところで、阿部先生好きの人が怒って広めたのだろうか。

 雫といられるだけでいい卯木がするわけないだろうから他の人ってことになるけど……まあいいか。


「聞いてるの?」

「し、雫ちゃんもういいから行こうよ」

「……卯木ちゃんがそう言うなら」


 卯木効果すげー! でも、教室はうるせー……。

 せっかく暖かくていい場所なのに、寝られねえ……。

 噂というか起きたことでここまで盛り上がれるクラスメイトが凄かった。

 自分のせいでここも落ち着かない場所になってしまったのだった。




「え、お買い物とかも全部自分で行く?」

「うん、だって外に出たらまたなにかやらかすかもしれないし」


 どれだけ信用がないんだよ、しかもそれって軟禁みたいなものでは?


「学校は」

「それは行ってもらうよ。でも、休日とかに遊びに行くのは駄目」

「もし破ったら?」

「その時はその時だね」

「なにかしたら犯罪だから」

「さすがにそこまで屑じゃない。でも、誰かに迷惑をかけるということなら出してたら不味いでしょ?」


 こんな狭い家にずっとこもりきりとか精神が死ぬ。

 何気に教室で過ごすのは好きだったんだ、前にも言ったが色々なことを考えないで済んで。

 あのぽかぽかな陽気に包まれ、のんびりと寝られたあの頃はもう戻ってこない。


「じゃ、行ってくるね」

「その間も?」

「うん、ちゃんと家にいて」


 この空間も一気にいづらくなってしまった。

 なにもする気が起きなくてダラダラして過ごしていた。

 もし破ったらどうなるのか、味方のいないいまでは誰も頼れないから軽率な行動は避けたい。

 これまで頑張っていた家事もどうでもいい。

 結局これならもっとあからさまに対応してくる母の方が気が楽だったぐらいだ。


「つまらない」


 この息苦しい空間にいたらそれこそ死ぬ。

 でも、破れば過去のこともあるからなにをするかわからない。

 ああいう得体の知れない人間というのが1番怖いんだ。

 そんな時、ぴんぽーんとインターホンが鳴った。

 こんなの初めて聞いたからびっくりしたけど、とりあえず出てみる。


「やあ」

「え、卯木? なんでここがわかったの?」

「阿部先生に聞いたんだよ。入ってもいいかな?」

「あ、どうぞ」


 こんなつまらないところだけど掃除だけはいつもしているから大丈夫。


「お茶でいい? それしかなくて」

「うん。それにしても、こんな狭かったんだ」

「そうなんだよ……寝る場所もなくてさ」


 入り口の前で寝っ転がって寝ているものの、欲を言えば柔らかいところで寝たいぐらい。


「ここにお母さんやお父さんと3人で?」

「ううん、お父さんとふたりで」

「えっ? そ、そうだったんだ」


 引き取ってくれただけで感謝している。

 だけど息抜きに外に出ることすらできないのは……嫌だった。

 意味はないけど現状を説明。


「え、それって束縛しすぎじゃない?」

「うん……でも、破ったらなにかやられるかもしれないし」


 これ以上居場所がなくなってしまったら困ってしまう。


「あ、僕の家に……来る?」

「え、卯木の家に? 雫が怒るよ、それに迷惑をかけたくない。あと余計に酷くなるだけだから。言えてスッキリした、ありがとね」


 これ以上いてもらうと甘えてしまうから帰ってもらう。

 それから夕方まで寝たりして過ごしたのだが、


「……律歌、誰かを連れ来たでしょ?」


 鋭い父にバレて白状をするしかできなくなった。


「たった数時間も約束を守れないなんて駄目な子だね」

「な、なにかする気?」

「そうだね、これは罰だ」


 パシンと頬を叩かれた。

 勢いは強くないのに、なんだか重い一撃だった。


「さあ、これからは守るよね?」

「録画と録音してあるけど、どうすればいいかな?」

「は――」


 止まったことをいいことにスマホをこれみよがしに見せつつ距離を取る。

 当然、撮影なんかしていない。でも、脅すぐらいはできる、恩知らずって感じだけど。

 あたしだってただやられっぱなしというわけにはいかない。

 それに父の顔はなんか最初と違って昔の意地悪さが出てきているし。ま、あたしもだけどさ。


「あははっ、だって暴力振るっちゃったよねっ? さすがっ、あたしの親って感じだけど! で、どうする?」

「こ、このっ!」

「え、それ本気で取ろうとしてるの? いまだってこうして撮っているのに? あ、上手いこと言っちゃった! しょうがないから荷物とか持って出ていってあげるよ」


 なるべく平静を装って制服とかをかばんにしまって外に出る。教科書は学校で助かった。


「はい。通報とかしたらこれ警察に持っていくから。だからあたしと同じで謙虚に生活した方がいいよ。捕まりたくないよね? ……今日までお世話になりました」


 うるさく騒ぐ心臓を落ち着かせて、いつもの公園に行く。

 今日はあのふたりが盛っているということもなく、静かにベンチに座った。

 ――で。出てきてから数時間経過。


「どうしよ~……」


 お風呂に入れないことも、ごはんを食べられないことも、寝る場所がないことも。

 バイトすらしていない自分にとっては限りない難題のように感じた。

 朝まで考えてみたものの、いい答えは出ず。

 お風呂に入れてなくて気持ちが悪い。

 昨日は朝から食べていないからなんかズキズキと痛んでいる。

 水……は飲めるからいいけど、寝られてないから頭もズキズキ。


「あれ、律歌……さん?」


 まだ卯木なら……どうせ雫だったら自業自得とか言って終わりだろう。


「お散歩中?」

「うん、休日の朝は必ず歩いているんだ」

「そっか」


 それ聞いてどうするんだって話だけども。

 とりあえずベンチに座らせて、あたしは少しだけ距離を作った。

 だってお風呂に入ってないし……臭いかもしれないし。


「なんで学校のかばんを持って来てるの?」

「外に出る時は使っているんだよ。ほら、リュックとか別に買う余裕がなくてさ」

「制服まで持ってくる必要ある? かばんを使うのはいいとしても、普段着ている制服をそれにつめて持ってくるっておかしいでしょ」

「い、いいでしょっ、あたしはズボラなんだよっ」


 なに言ってんだ……余計にテンションが下がった。

 おまけにこの子鋭い、怖い。ちょっと袖がはみ出していたぐらいなのに。


「それに卯木ちゃんから聞いたけど、家から出られないんじゃなかったの? もしかして同情を引くためだった?」

「卯木のことは友達として好きだけどすぐに帰らせたよ。それにスマホだって解約していたんだからあたしが呼んだわけじゃないしね」

「なのにいちいち話した理由は?」

「それはあれだよ、女子高校生トークみたいな……ほらあるじゃん、お互いに愚痴を言って聞いもらうみたいなやつ。それとも、あたしはそれすらしちゃだめなのかな……」


 もしそれすら許されないのなら終わりだ。

 終わりなら終わりで、変なことにしがみつかずに済む。

 これからどうしようとか悩まなくて済む。

 それは楽だけど、こういう終わり方はなんだか嫌だな。


「ま、いいんじゃない。私はこれでもう帰るよ」

「うん、じゃあね」


 嫌だって考えても結局現状は変わらない。

 ゴミとかを漁るのは嫌だし、ここで果てるのだとしても公園に申し訳ないな。

 どこで潰れても迷惑をかけるから、やっぱりまだ死ぬわけにはいかないや。


「律歌」

「え、雪無?」


 彼女が歩く時だけは本当に静かに感じる。

 大袈裟だけど、彼女以外のことが無になるように。


「だいぶ周りは騒いでいるようね」

「あ、そうだね」


 実際、先生が抱きしめてきたこと以外は似たようなものだ。

 断じてそういうつもりはなかったものの、焦れったくなって肉体的接触を求めたように見える。

 抱きしめ返す意味なんてなかった。大体、無理だ無理だって考えておきながらあれはおかしい。

 抱きしめられたことでスイッチが入ったのか? 先生が好きでいてくれている前提で動いてた。


「ま、しょうがないわね、学校ではもう少しぐらい謙虚でいないと」

「えぇ……雪無が積極的にいけみたいなこと言っていたの……に」


 なんだろう、この気持ち悪さは。

 彼女が無表情なのは常のことだ。

 だからいま、こちらを所謂真顔で見ているのはなんらおかしいことではない。

 なのになんか違和感を感じる、言っていることが反転しているのもそれに拍車をかけた。


「もしかして――」

「やっと気づいた? 私よ、広めたのは」


 ああ、なんだそうだったんだ。

 仲良さそうだと感じたのは、見えているだけではなく実際にそうだった。


「正隆にそういう意味で近づく人間は初めてだったから戸惑っていたの。で、あなたがわかりやすい行動を取ってくれたから助かったというわけ」

「ということはさ、雪無は先生のことがそういう意味で好きなんだよね?」

「ええ。でもまさかあそこまで簡単に広まるとは思っていなかったけれど」


 こちらを見て珍しく笑いながら「人間はそういう話が好きよね」と口にした。


「それであなたは? こんなところにいてどうしたの?」

「ちょっと家出中なんだ、軟禁されそうになってね」


 友達を呼んだぐらいで叩くのはない。

 昔のあたしだって言葉ぐらいでしか責めなかった。

 自業自得と言えば自業自得だけど、こちらは強くないから雫みたいになすがままにはなれない。


「それなら私の家に来る?」

「え?」

「そうすれば正隆にだって会えるわよ、いつだって呼べるし」


 で、目の前でイチャイチャされているところを見ろと?

 軟禁されるよりかはマシかもしれないが、さすがにそれだけは嫌だなぁ。


「というかその言い方だとさ、結構な頻度で来ているみたいじゃん」

「そうよ」

「あ、そうなんだ。ま、誘ってくれてありがとね。でも、ふたりで仲良くしてよ」


 こちとらどうやって生きていこうか悩んでいるんだからさ。

 それはもう終わった話なんだ、先生だって迂闊にあたしには近づけないだろうから本当に終わり。


「そう。けれど本当にどうしようもなくなった時は頼ってきなさい」

「あはは、自分からこんな弱々になるようにしたくせに?」

「ふふ、そうよ」

「じゃあね、気をつけてね」

「ええ、ありがとう」


 2日もお風呂に入っていなかったらどっちにしろ学校になんて行けない。

 休んだら周りの思う壺だろうなー、精神的に追い詰められると知ったら色々してくるかもしれない。


「どうしよう……」


 雫や雪無とお喋りしている時は悩まずに済んだけど……ひとりになるとどっと押し寄せてくる問題。 

 雫と違って怖くない卯木を頼ったところで、彼女である怖い人に拒まれて終わりだろうし。

 逆に開き直って先生に頼ったところで、近くには雪無というあたしにとって最強格がいる。

 つまり、


「詰みだ! あっはっはっ」


 これ、もうどうしようもない。

 母を頼るにしても、どこに住んでいるのかすらわからないから無理だし、受け入れないだろう。

 それこそ自業自得とぶつけてこられて終わりだ。

 適当に歩くか、留まって最期を待つか。

 水があるからまだ最悪な思いはしなくて済むかも。


「なにひとりで笑ってんだ?」

「うぇ……?」


 好きなところでもある男性特有の低い声。

 結構高い身長、あとはやはりいつもの仏頂面。


「どうした? そんなアホみたいな顔をして」


 と、当たり前のように失礼なことを言ってくれる阿部先生がそこにいた。

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