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05

「律歌……本当に良かったの?」

「うん、だって携帯代はもったいないし」


 特に余計な物を契約しているというわけではないのに月に7000円は痛い。

 このお金があればふたり分の食材なら結構買えてしまうため、そちらに回したい。

 と言うよりも、正直に言ってほとんど意味がなかったからだ。連絡する相手がいないし。

 ただ、


「律歌、お前なんで抜けたんだ?」


 平日になったら依然として近づいて来る阿部先生にそう言われちょっと面倒くさいなって。


「お金がもったいないから解約したの」

「お前、急になにかトラブルとかに巻き込まれたらどうするんだよ」

「そうならないように気をつければいいでしょ。ほら、教室に行こ」


 こんなことしていたら怪しまれてしまう。

 逆効果だったのか、あれから寧ろふたりきりでの時間が増えてしまった気がした。

 や、あたしは結構問題児だったから放課後にふたりきりになったりするのはほぼ常のことだったけど。


「なあ、やっぱり話さないのは無理だ」

「だろうね、いまの阿部先生を見ているだけでわかるよ」

「外で会うのは当然やめるけどさ、学校でぐらいならいいだろ?」

「どんだけあたしのこと好きなんですかー」

「好きだぞ、普通に生徒としてな。最近は真面目だし、お前って案外頭がいいからな」


 そりゃ赤点なんか取ったりしたら後に面倒くさいことになるからだ。

 真面目にやっているのは雫や卯木が怖いから、寝ていると物理攻撃を仕掛けてくる。

 おまけに担任の先生がこの人だからしっかりしたかった。

 ……面倒くさいな。

 相手が教師だからとか、こっちが生徒だからとか。


「先生、なんで指輪だったんですか?」

「いや、真面目に女子は好きだと思ったんだ」

「だからってファッション重視の物ではなく本格的な物を選ぶんですか?」

「はははっ、本格的って言っても2万円だがな」

「それでもあたしからすれば十分高価ですけど」


 2万円あれば1回5000円だとしても4回買い物に行ける。

 頑張ってくれている父にもっと食べさせてあげられるし、たまにデザートを買ったっていいぐらい。

 なのにあんなの……そんな無駄遣いをしてほしくなかった。


「はいはい、悪かったよ」


 だって意味のないことだ。

 あと、返せないのにそんな高いのを貰っても困ってしまう。


「律歌」

「なにー?」


 早く戻ればいいのにあたしたちは空き教室で会話している。

 この時点で贔屓しているようなものだ、誰かが聞いていたら終わりだというのに。


「必要になったらいつでも言え」

「なにが?」


 前から思っていたことだけど、先生の手って結構大きい。

 もっとも、父のぐらいしか手の大きさは知らないんだけども。

 こちらの頭を撫でながら、「100万のことだ」と先生は呟いた。


「もうやめて……」

「大変なんじゃないのか?」

「……仲良くするんだとしても、お金がなければならないみたいなのは嫌なんだよ」


 教師と生徒、学校外では友達?

 そこにお金のやり取りはいらない。

 たった数百円を奢ってもらうのだって遠慮するぐらいなのに、100万って現実味がなさすぎる。


「あたしは、普通に阿部先生と仲良くしたい。特別とかじゃなくていいから、身近で阿部先生が頑張っているところを見ていたい。大変そうなら手伝いたいし、嫌なら距離だって作るし。だからいいんだよ、そういうのは。先生はあたしのことを考えて動いてくれているのはわかっているよ? でも、逆効果なんだよそれって。それに……あたしの言うこと全然聞いてくれないのはやだ……」


 もう一緒にいるのはやめようって言ったのに結局これ。

 そのまま普通に会話している自分にも嫌気が差す。


「スマホを解約したのは会話できなくさせるため。一緒にいることをやめようって言ったのはあたしと先生のため。もうやめよ、こういうのは。クビになっちゃったら嫌だってあれ本心からなんだから。次に不必要なことで話しかけてきたらこの手で終わらせるからね」


 矛盾しているけどこれぐらい言っておかないとだめ。

 このまま続けていけば必ずバレる、他の生徒にバレたりしたらそれこそ終わりだ。

 進展なんか望んでない、ただの自己満足による告白みたいなものだしね。


「帰ろ」


 で、教室に戻るって言うか、教室に戻ったら荷物を持って帰ると言うのが正しい。

 今日はスーパーにも行かなければならないし、無駄な時間を使ってしまった。

 しっかり栄養が摂れるように野菜も忘れずに買って、家に帰る。

 冷静に考えてみると、お買い物用のお金を持ち歩いておくのはあまり良くないかもしれない。

 でも、家に一旦帰ってからになるとそれはそれで大変だし……どうしたものか。


「お、珍しいね」

「あ、卯木こそ珍しいじゃん」


 僕っ子と遭遇した。

 ちょっと怖がりだけど可愛らしい女の子。

 雫と仲が良くて一緒にいないところを見るのが難しいぐらいなんだけど、今日はひとりのようだった。


「お使い中ー」

「あははっ、あたしもだよ」

「今日も阿部先生とラブラブしてたの?」

「うーん、違うかな、今日の夜ごはんなにしようってさっきまで悩んでいた感じ」

「なににしたの?」


 今日はパスタ。

 ただ玉ねぎとパスタを炒めて、塩コショウで味付けするだけで美味しい料理が出来上がる。

 白米になんでも合うように、こちらも可能性は無限大だった。


「明日は?」

「卵焼き」

「明後日は?」

「回鍋肉」

「へえ、いいね、自分で作れるって」


 家の方へ向かって歩きながら適当に話をしていく。

 特別はいらないんだ、あたしにとってはこういう普通がありがたい。

 あれだけ言っておけば話しかけてくることもないだろう。

 大丈夫、そこまで先生はおバカさんじゃないから。


「じゃねー」

「うん、気をつけてね」


 彼女と別れても歩き続ける。

 なんとも言えない涼しさがいまは心地良かった。




 1週間ぐらい様子を見てみたが、先生はちゃんと近づかなくなった。

 だが、逆に綺麗な女子生徒が先生と頻繁にいるところが目撃され、それはそれで気になるところ。


「――ね、ちゃんと聞いてる?」


 しまった!? 雫の言葉を無視している方が怖いぞ……。


「ごめん……聞いてなかった」

「はぁ……じゃあ今度はちゃんと聞いてね? 今度の土曜日、律歌さんの家に行ってもいい?」

「え?」


 なんでそうなったんだ?


「あたしの家、本当に狭いから。6畳ぐらいしかないよ?」

「だから?」

「あ、え……っと、来てもつまらないよ?」


 いいのか悪いのか、物は全然ないから綺麗ではある。

 とはいえ、本当に人を招くような場所ではなかった。

 それに下着とかは部屋内に干してあるし、見られるのは恥ずかしいと言うか。


「なるほど、初めては阿部先生がいいってことか」

「は? 違うよ、いや本当に狭いから。ゲームだってないし、テレビだって大きくないんだからさ」

「そういえば話は変わるけど、なんでルームから抜けたの?」

「あ、スマホを解約したんだよ」

「はあ!?」


 そんなのより食材とか日用品とかを買いたい。

 昔の佐々木律歌ではないのだ、もう主婦と言えるぐらいには真面目に家事をしている。

 昔からそうしておけばと後悔する日はあるが、過去は変わらないから前だけを見ると努力していた。


「お、落ち着いて、どうせあんまり役立っていなかったからさ」

「なにかがあった時にどうするの!」

「あははっ、阿部先生と同じこと言ってるー」


 が、こちらは先生と同じような対応にはならなかった。

 すぅと怖い顔になってこちらを見つめてくる。


「ね、これのなにが面白いの? 私、ふざけたこと言った?」

「あ……いや、言ってない」

「だよね? なのになんで笑うの?」

「や……阿部先生も同じように――」

「それだって心配してくれてるんだよね? なのになんで笑うの?」


 やだもうこの子怖い……。

 心配してくれているのはわかるけど、だからってそんな怖い顔をしなくてもいいと思う。

 もっと真面目な顔だったり、ちょっと不安、不満そうな感じならともかく、いまのままじゃただ相手を威圧し、萎縮させてしまうだけだ。


「律歌さんってさ、周りに悪影響しか与えないよね」

「なら別に来なければいいんじゃない?」

「そういうこと言うんだ」


 元いじめっ子だんとも仲良くできているんだからあたしのことは放っておけばいい。

 大体、おかしいんだよ、わざとなすがままとなっていたの。

 これだけの強さがあれば拒めばすぐに終わっていた話なのにわざと長引かせた。

 それに助けたわけじゃないのに近づいて来る理由がわからない。


「卯木やあの子だっているでしょ? だからもう放っておいたらいいじゃん」


 放課後は結構忙しいんだ。

 お金だってあまり使うべきではないから、放課後や休日の遊びには付き合えない。

 仮に無理やり付き合ったとしても、そういう時に空気の読めなささが露呈するだけ。

 元々嫌われ者でひとりは慣れている、ひとりじゃなかった時間を探すほうが難しい。

 が、そっかとかあたしが嫌いとかそういう流れにはならず、休み時間の終了により強制中断。

 話は変わるが、本当にここはぽかぽかで気持ちがいい。夏は暑そうだけど。

 直にうとうととし始め船を漕いでいたあたしだったが、さすがに寝ることはしなかった。

 授業が終わってから頬杖をついたり突っ伏したりして睡眠欲を消費していく。

 あたしはただただこんな平穏な暮らしがしたかった。

 誰にも悪く言われることなく、誰からも暴力を振るわれることなく、面倒くさいことから開放される。

 こんな幸せな夢みたいな、他者からしてみたら一般的な時間が過ごせるだけで十分だ。


「ねえ」


 だけどそれを終わらせようとするのも他者と言うものだろう。

 やって来たのは雫の親友、卯木。

 あんなことを言ったもんだから文句を言いに来たのだろうか。

 案外、「雫ちゃんがやめるなら僕もやめるね」とか言いそう。


「寝不足なの?」

「ううん、こうしているのが幸せなの」


 学校にいる時だけは色々なことを考えなくて済む。

 今日のごはんはどうしようとか、あれやらなきゃこれやらなきゃとか、そういうこと全部。

 椅子に張り付くようにして惰眠を貪っているいまが最高の時間。

 休み時間にいくら寝ようと誰も怒れない。

 本来なら話しかけることすら許されないことだけど、喧嘩腰じゃないから許してあげよう。


「席、戻さなくていいの?」

「うん、輪には溶け込めないから」


 みんなだって暴力女が静かにしていたら落ち着くはず。

 イメージは最悪だから、こちらだってそれなりに謙虚に生きようとしてあげているのだ。


「いいな、ここ」

「卯木も来る?」

「うーん、雫ちゃんが嫉妬しそうだからいいや」

「そっか」


 ただ会話しているだけで文句を言ってきそう。

 いま文句を言ってきていないのは、本人がいるからだと思う。

 だから卯木が去った後には、


「へえ、卯木ちゃんとは普通に話すなんだね」


 とまあ、こんな――って、あれ?


「や、妬いてるの?」

「当たり前でしょ!」


 おぅ……激しい肯定をいただいてしまった。


「だって律歌さん、私の時だけは微妙そうな顔をするから」

「それは雫が怖い顔をするからよ」

「卯木ちゃんのは聞くのに私の時は無視するからでしょ!」

「無視って言うか……よく考え事をしている時に言ってくるからだよ」


 考え事をしながらそちらもちゃんと聞けるなんて優秀な耳や脳じゃないんだよ。

 その点、卯木はなんとも言えない心地の良さを感じている時に来てくれるから対応しやすいんだ。

 あたしだってね、なんでもかんでも拒むわけじゃない。

 あの子みたいなふわふわした感じだったら受け入れる。

 でも、雫みたいにいちいち怒ってきたり、怖い顔をしたりする人は苦手だった。

 昔を思い出して嫌な気分になるから。


「……無視されるの嫌なんだ……だけどごめん、なんか一方的になっちゃって」

「あ、いや……」


 ここで謝るのはなんか違う気がする。

 謝るぐらいなら来なければいいなんて言わなければいい。


「あと、卯木ちゃんとばっかり仲良くしないでよ……」

「ま、雫と違って卯木は優しいし可愛いからねー」

「むぅ……私だって可愛いもん」

「あははっ、自分で言ったらだめじゃん!」


 さて、先生が近づいて来なくなったのはいいことだけど寂しい気持ちはどうしよう。

 あとあの謎の美少女とはどういう関係なんだ? もしかしてあれが本命だったりとか。

 指輪も本当はあの人にプレゼントしようとしていたのかもしれない。


「ね、最近阿部先生といる人のこと知ってる?」

「え、それは律歌さんでしょ?」

「え、違うよ……ほら、あの人……みたいな」


 教室の出口及び入り口で立っている人がいた。

 彼女は静かにこちらを見据えている。や、もしかしたら雫に用があるのかもしれないけど。

 あたしが見たことがきっかけになったのか、静かにこちらへと歩いて来た。

 不思議な話、クラスメイトはそれでもそちらに一切意識を向けない。

 静かだけどかなりの迫力があるのに、なんでだろうか。


「佐々木律歌」

「な、なに?」

「放課後、空き教室で待っていなさい」


 と、残し去っていってしまった。

 その間、なぜだか呼吸を止めていたらしく、途端に苦しくなって酸素を求める。


「い、いまの人だよ!」

「え、でも阿部先生の近くにはいなかったよ?」

「え……?」


 もしかしてあたしが先生のことを気にしすぎているだけ?

 ……なんかある意味怖くなったので突っ伏しておいた。

 もちろん、幸せな時間なんてやってこなかったけれど。

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