03
「どう?」
「うん、もうちょっとぐらいは大丈夫かもね」
「そっか。じゃあ……もうちょっとおかずとか頑張ろうかな」
早くも1ヶ月経過。
謙虚な生活を送っていれば父のバイトの収入だけでもやっていけるかもしれない……ということが分かった。ただ、電気代とかをもっと減らせると思うから……なるべく家にいない方がいいのは事実だろう。
「外食にでも行こう」
「はい? だめだからそんなの、行くならお父さんだけで行ってよ」
だってやっと初給料が入ったところだ。
いままでのはお小遣いとして貰っていたものを父が貯めてくれていたからなんとかなっていただけ。
依然として贅沢は敵、それになにもしていないのだからこちらに権利はない。
「だって律歌……なんか細くなりすぎてる気がして」
「ははは、お父さんこそ動くようになって細くなったけど」
「僕は太っていたからね。でも、律歌は元から細かったから心配で」
「大丈夫だって」
外食に行くぐらいだったら麺類をたくさん買ってきた方が安上がりだ。
食べ物に困らない、お風呂にも入れる、ちゃんと寝られる。
それだけで十分、あたしはもうスーパー謙虚女子高校生だから。
それにあまり食べなくなって食も細くなったから好都合だ。
いつまでも昔のままの思考をしていたらあっという間に野垂れ死にしてしまう。
「律歌が行かないならいいかな」
「お父さんは食べてくればいいでしょ、頑張ったご褒美として」
「……自分にご褒美なんかいらないよ、いままで甘えてきていたんだから」
そんなこと言ったらあたしなんて延々にご褒美買えなくなっちゃうけど。
で、結局今日は少しだけお肉を多く焼いて肉丼にした。
こんなことで「ありがとうっ、美味しいよっ」と言ってくれる父に申し訳ない気持ちが。
ごはんやお肉だって全部父がお金を頑張って貯めてくれたから買えたのであって、あたしはただ炊いたり焼いたりしただけなのに……いちいち大袈裟だから困る。
なんかいづらかったから外へ出た、もちろん説明をしてから。
夜は少し冷える。
もしお金がなかったりひとりで生きなければならなかったらこんな中過ごさなければならない。
いまはいいが夏になれば暑いし、冬になれば単純に寒い。
「おい、こんな時間に出たら危ないぞ」
「えっ、な、なんでいるの?」
だから家に住ませてもらえているだけで――それよりもこっちか。
学校となんら変わらない仏頂面のおじさんがいた。
でも、優しい人だから好きだ、もっと笑えばいいと思う。あとは堅苦しいところを直したりとか。
「なんでって教師だって家に帰るぞ」
「へえ、ここら辺なんだ」
「まあな」
会話終了。
いつもなら「それじゃあな」とあっという間に去っていく先生も動かない。
「学校は楽しいか?」
「楽しくはないよ。でも、橋本さんや先生がいるから来てる」
あとは学費を払ってくれているのと、父をこれ以上困らせないために。
「家は? ちゃんと飯食ってるか?」
「当たり前じゃん、ほら――」
「お前、前より細くなったんじゃないのか?」
「そ、そんなお父さんみたいなこと言わないでよ……ちゃんと食べてるから、離して」
「ああ、それならいいんだが」
自分の体重とか興味ない。
食事と睡眠をしっかりできていれば問題ないだろう。
というか、先生が把握しているとちょっと怖くなるけど。
「どこ行くところだったんだ?」
「いや……適当に歩こうと思っただけだけど」
「危ないだろ、しょうがないから付き合ってやる」
「え、いいよっ、早く帰って休みなよ」
最近は大人しくしているんだから別に付きまとわなくたって大丈夫だ。
信用できないということなら、悲しいけどそれまでではあるが。
「心配なんだよ。じゃあ、逆に俺に付き合ってくれ、そこでな」
「公園で? いいよ、暇だし」
ベンチに座って足をぶらぶらさせながら出てきた理由を吐いた。
あそこまで大袈裟に反応されてしまうといづらくなる。
自分を追い詰めた人間に対して言う言葉ではない。
「いいじゃねえかよ、してもらって当然って思考じゃなくて」
「だってなにもしていないし……」
「飯を作ってあげてるだろ?」
「その食材とかお米とか電気代とか水道代とか全部お父さんが出してるんだから」
「はぁ……お前って面倒くさいやつだな。いつもの自信満々なお前はどこにいったんだよ」
だって上げて落とす作戦かもしれないし。
そういうのを実際されたことがあるから……難しいんだ。
「はいっ、今度は先生の番だよ!」
「愚痴とかはねえなあ」
「なんかあるでしょっ、いつも大変なんだからさ」
「あ、お前が変な遠慮をしてくるのが嫌だな」
「遠慮なんかしてないけど?」
「そういうことだってここで会っていなければ言ってこなかっただろ?」
そりゃ家庭のことを話したところでしょうがない。
あくまで学校では親身になるけど、そんなところにまで親身になっていたら潰れてしまう。
「……一応、先生の負担にならないように努力してるんだよ」
「だからそれが遠慮だろ? お前が言ったじゃないか、教師とはそういう人間を支えるためにいるんじゃないのかって」
「違うよ、悪口を言われて困っている子とかを支えてあげるべきだって言ったの」
ニュースとか見ているといつも対応が遅いって思うんだ。
亡くなってから動いたってその子も遺族も救われない。
例えるなら病気の早期発見で助かったみたいに、いつもとまではいかなくても多少意識しておくことでか弱い命を救えると考えている。あとは時間、子どもの頃に不登校とかにさせないように。
そりゃあたしたち周りが動くことも大切かもしれないが、結局できることなんてたかが知れているわけで……そういう時に真面目な大人がいてくれれば頼りになる。誰かがいてくれるって本当に幸せなんだ。
あたしにとって橋本さんや先生がそうであるように。
「調子狂うな、いままでは全然言うこと聞かないぐらいだったのに……今度はこれかよ」
「両親が離婚してからわかったんだよ、色々な大変さや大切さを。ま、大変だけど楽しいから、だから先生はあたしのことじゃなくて他の子を優先してあげてよ。帰るねっ」
「待て律歌」
「なに――」
大きい手であたしの頭を撫でながら「いい子だな」なんて言ってくれる先生。
「そんな犬じゃないんだからさ……もう、心配しすぎー」
「駄目なのか?」
「いや……だめ、じゃないけど」
心配するのもしないのもそれは他者の自由。
だけどこんなところにまで踏み込んでいたら休まる時間がない。
「やっぱりだめ、無理させたくないから」
「それはお前に対しても思っているぞ」
「無理なんかしてないって! 早く帰りなよっ、それじゃあね!」
両親が離婚してからため息が止まらなかった。
大変、幸せ、寂しさ、悲しさ、もどかしさ。
意味合いは違っても全部息を吐いていることには変わらない。
優しくされればされるほど勘違いしてしまう。
だが、やめてほしい、どうせそういう気はないんだから。
あのクラスの中で自分が1番なんか色々あるから見てくれているだけだ。
困っている人がいたらそっちへ行くし、もう戻ってこないかもしれない。
悲しいけど、それならそれでいい。
だって、気に入っている人をこれ以上困らせなくて済むでしょ? 物理的にも精神的にも。
結局この現状は全て自分がしてきたことに対する罰みたいなもの。
なのにあんないい人を被害者面して巻き込んではいけない。
いいんだ、いまのあたしにとってはこれが普通なんだから。
「ただいま」
「お、おかえり」
「ん? どうしたのそんな申し訳無さそうな顔をして」
「いや……また僕がなにかをしてしまったんじゃないかって思って」
「あははっ、そんなことないよ! いつもありがと、頑張ってくれて。あたしもなるべく迷惑をかけないように生きるからさ……見捨てないでね……あ、お風呂入ってくる!」
言うなよいちいちそんなこと。
信用してないみたいじゃないか……まあ、あんまりできてないけど。
「冷たっ!? はぁ……」
頑張ろう、変に気を使わせたりしないように。
「ねえ、佐々木律歌ってどこにいるー?」
翌日、よくわからない派手そうな多分年上がやって来た。
当然、みんなは一切気にせずこちらの方を見てくる。その人はニヤリと邪悪な笑みを浮かべて席まで歩いていくると急にバンッと机を叩いた。
「あんたのせいであたしの妹が怖くて学校に行けないって言うんだけど、どう責任取ってくれんの?」
「妹って誰だよ」
「あんたがこうして殴った子だよ!」
頬を叩かれてわかったけど、この人はまだまだ優しいということだ。
だってあたしは顔面のど真ん中をぶち抜いたんだからね、なんか怯えていたようだったけど。
「なるほど、あの子のお姉さんか」
「そうだよ。で、どうしてくれんの?」
「うーん、来てもらってからじゃないとなんとも」
「じゃあ明日連れてくるから土下座して謝って」
「いいよ、これでも一応悪いとは思っているからね」
毎度毎度こうして教室で騒いで。
あたしがいなかったらこの教室は多分もうちょいマシだった。
土下座で済むなら問題ない、やはりというか優しい人だ。
――で、翌日。
「殴ってすみませんでした」
調子に乗ったりすると周りにも被害が及ぶから超真剣に謝った。
もちろん要求通りに土下座もしたし、踏まれても今回だけは文句を言わないであげようと考えている。
「どう?」
「……私も悪かったから」
「だってさ、あたしもこれで満足してあげるよ」
なんか許された。
みんな、群れなきゃなにもできない。
ひとりなら、なにも怖くない。
ふたりが去った後も教室の中央で土下座継続中だったけど先生が来たからやめた。阿部先生ではない。
席に戻ったら教室内には興味がないから外を見る。
とてもいい天気だった。
暖かい日差しがなんとも言えない眠気を誘ってきて、慌てて頬をつねって回避。
授業が終わっても何度もそれを繰り返す羽目になったが、朝のそれ以外は特に問題はなかった。
「おい」
「おいって名前じゃないよ」
振り返ると超絶真顔の阿部先生が。
どうせ来てくれるのならもう少し柔らかい表情を浮かべつつ話しかけてほしい。
でもまあ、こういう顔だからこそ真面目な時にちょっとドキッてしちゃうんだけど。
「土下座したってなんでだ?」
「あたしのせいで来られなくなっちゃったんだって、一応悪いとは思っていたからね」
「だからそういうのは言えって言っただろ?」
「ごめんっ、だけどもう終わったことだから」
わかんないかな、好きだから迷惑をかけたくないということを。
しかも最近のあたしは超絶真面目少女だよ? 怒られるのは意味分からない。
「あと、ちゃんと聞いてよ」
「なんだ?」
「だからさ……あたしのことは放っておいて」
「そうか。そうだな、うん、最近は贔屓みたいなことをしてしまっていたからな、やめておくか」
「うん、そうして。このまま仲良くしていたりすると先生が首になっちゃうから」
そうか、逆にこうしよう。
あたしはすぐにノートの端をちぎってある言葉を書く。
それを廊下で待たせておいた先生に渡して、後で読んでと言葉も渡した。
ま、あれだ、ネタバラシをしてしまうと先生の常識力頼りということになる。
普通、教師と生徒の恋愛はできない。
あたしが高校を卒業しているとか、成人しているとかならいざしらず、在学中になどできないだろう。
だからそこを突いていくんだ。
「阿部先生になにを渡していたの?」
「ふふふ、あたしの似顔絵ー! ちょっと見てて? こうして……っと、できた!」
「え、うまっ!? しかも可愛い!」
「当たり前でしょ! なんたって可愛いあたしを描いているんだから!」
いいんだ、これでやっと適正の距離を保てる。
別に付き合ってくださいなんて乙女みたいなことは書いていない。
ただ1言、『好き』と大きく書いておいただけだ。
生徒から好かれて嬉しくない教師がいたら残念だが、阿部先生なら喜んでくれるはず。
「佐々木さん」
「んー?」
「自分で自分を可愛いって言うのは痛いと思う」
「うっ……そ、その真顔はやめて……」
わかってるよそんなの。
こんなのは自己満足で、ああいう紙に書いて渡したりなんかしたら困らせるだけってのは。
けれど、そうしないと自惚れでもなんでもなく来てしまうからだめなんだ。
「雫っ、今日も一緒に帰ろ!」
「え、うん……あれ?」
「なに?」
「あ、な、名前……」
「え、だって雫でしょ? なんかあたしの性格にさん付けはらしくないからさー」
で、雫の友達が卯木と。
いいよね、気づけばふたりの子が来てくれているんだから。
ありがたかった、これは心からそう思っていること。
「雫、卯木、一緒にいられて嬉しいよっ」
「「なんか今日の佐々木さん変……」」
や、本当多分こういう生活を望んでいた。
誰かとバカ騒ぎして、一緒に寄り道したりして、楽しくやる毎日。
ただただこんな普通の日常をいまのあたしは望んでいたのだ。