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02

 横では把握しづらいため、あたしの独断で橋本さんの机と席は元に戻した。

 普通に戻れたのに今度はそれで困惑している様子だったが、戻すことはせず。

 周りの子もあたしが脅したところを見ているから、悪さをする様子は少なくとも教室では見ずに済んだ。


「戻したのは佐々木さん?」

「いや、朝来たらそうなっていたから」

「へえ」


 あ、この子ってこんな冷たい顔もするんだな、というのが正直な感想。

 大丈夫、いつだって見ている、なにかがあれば今度こそ潰す。

 阿部先生に迷惑はかけたくないけど……それよりも優先されることがあると思うんだ。


「隣に来て」

「え、無理」

「隣に来て」


 こ、怖い……敢えて数時間経過してから言うところがさらに。

 あたしと違ってまだ取り返しがつくんだから気にしなくていいのに。


「じゃあ私が行く、いいよね? 別に佐々木さんがしたんじゃなければ」

「え、だめ」

「なんで?」


 なんでって把握しづらくなるからだ。

 いつも関わっていたりすると死角ができてしまう。

 その点、ここからならよく見えるし(ふたつ前の席)。


「私、絶対に離れない」

「や、ヤンデレかなにかなの?」

「なんでそんな引きつった顔をしているの?」


 なんでってそりゃ怖いからでしょうよ……。

 ああもう本当になんでこんな子が悪口言われていたのか。

 別に本当にこの子を助けるためにしたわけじゃないんだけど、早くも後悔していた。

 だってあたしよりも強いじゃん……。


「橋本さん、別のクラスの子が呼んでるよ」

「あ、うん、ありがと」


 別のクラスに友達なんていたのか。

 いや違うだろ、これはまた変に絡まれるかもしれないのだから見ておかなければならない。


「あの……なにやっているんですか?」

「あ、ごめん、橋本さんの監視」

「ひっ……べ、別のところでやってください!」


 ……しょうがない、堂々としよう。

 楽しそうにお喋りしているみたいだけど万が一ということもある。

 だからあたしは彼女の横に仁王立ちすることにした。

 こちらをちらちら見ては彼女と話すことを繰り返している女の子。


「さっきからどうしたの?」

「いや……ほら」

「ん……? わっ!? び、びっくりしたぁ!」


 む、あまりにも驚き過ぎではないだろうか。

 それにあたしはそれなりに存在感があるのに、これまで気づいてなかったというのもね。


「来たなら声をかけてくれればいいのに」

「たまたまだし」

「たまたまなのに私のちょっと後ろに立っているの?」


 そうだよ、強いって認識している子を心配してどうする。

 適当に挨拶をして戻ろうとしたらつんのめって転けそうになった。

 だが、


「はぁ、危ないぞ」


 と、阿部先生に支えられてなんとか免れる。

 しかし……触れられていることを意識したら急に恥ずかしくなって慌ててばっと距離を取った。


「……あ、ありがとう」

「どういたしまして。ほら、もう授業始まるから教室に戻れよ」


 これはよくあるやつだ。

 優しくしてくれるから良く見えてしまうやつ。


「律歌、戻れよ」

「あ、うん……」


 静かに戻って席に座った。

 しゃっきりしろ、変な感情を持ち込んでいまの関係を壊したくない。

 恋じゃない、好きだけど好きじゃない、精神が意外にも参っているからそう考えてしまうだけ。

 そしてその通り、割とすぐに落ち着くことができた。

 授業終わりに会話もしてみたけど、いつも通り話すことができて満足。

 ただ、


「よいしょ……っと、ふぅ……机と椅子って意外と重いよね」


 結局この子が戻ってきてしまい、朝から体力を使った自分がバカみたいだった。


「あと、お昼ごはんもちゃんとここで食べてね」

「賑やかなの……苦手だから」

「じゃあ、屋上にでも行こうか。幸い、この学校は開放されているわけだからさ」

「まあ……いいけど」


 これじゃああたしが苛められていた子で、この子が助けてくれた子みたいじゃないか。

 助けたと思ってはいないけど……なんかこういうのは違う。

 グイグイこられるのは嫌なんだ、グイグイいくのも嫌だけど。

 うーん……これじゃあせっかく周りが落ち着いたのにこちらが落ち着かない。

 あとこの子、力も強いから逃げられないし。


「阿部先生も呼ぶ?」

「へ?」

「阿部先生といる時、佐々木さんは楽しそうだからさ」

「どうせ呼んでも無理でしょ、忙しいだろうし」

「私に任せて!」


 どうせ無理だろと思う反面で、この子なら連れてくるんじゃないかとも思った。

 ――昼休み。


「ははは、まさか律歌が俺を誘うなんてな」


 勝手に現れた上に、勝手なことを言う先生。あたしは誘ってなんかないぞ。


「阿部先生はどうして佐々木さんだけ名前呼びなんですか?」

「なんでだろうな」

「えぇ、なんで自分のことなのにわからないんですか」

「いや、なんか名前で呼ぶ方がしっくりくるんだよな。別に生徒のことを名前呼びしてはいけないなんて決まりはないし、いいだろ?」

「それはまあ……佐々木さんがいいならいいんじゃないでしょうか」


 ふたりがこちらを見つめてくる。

 嫌じゃないからこくりと頷いておいた。

 嫌ならとっくに言ってる、本人に、あとは教頭とか校長に。


「って、お前それだけかよ」

「ああ……お昼はあんまり食べないし」

「……こういうことに口出すべきじゃないんだろうけどさ、おかずなしってどうなんだ?」


 そんなのしょうがない、無限じゃないんだから色々遠慮しなければならないんだ。

 それにそんなこと言っている本人が購買のパンひとつなんだから説得力がない。

 男の子ならたくさん食べるべきだ、多忙なんだったらなおさらのこと。。


「よし、焼きそばパンの焼きそばをやる」

「い、いいよ……そんなのただのパンじゃん」

「そうですよ、阿部先生はそれを食べてください。私のおかずを分けますから」


 ……橋本さんのは健康志向って感じがありありと伝わってきて遠慮したい。

 あと、ほとんどの物が食べられない嫌いな物だった。


「はい、どうぞ」


 蓋に半分以上乗せてこちらに渡してくれる彼女。


「受け取れないよ、朝と夜はいっぱい食べてるから大丈夫」

「だめです、食べてください!」

「だ、だって……嫌い……だもん」

「好き嫌いなんて贅沢なことをしている場合ではないでしょ!」


 そりゃそうだけど……絶対に涙目になるし見られたくないんだ。

 食材だって本当に好きな人間に美味しい美味しいって食べてもらいたいはず。

 少なくとも不味いなんて言う人間に食べてもらうような計算はされていないわけで。


「これだけでいいから! いいから早く食べなよっ」

「橋本、こうなったら聞かないから食べておけ」

「むぅ……わかりました」


 そんな乞食みたいなことしたくないし、ごはんさえ食べていれば死ぬこともない。

 家があって元気良く過ごせるだけで十分だ、その点だけは他の子と変わらない普通だった。


「ぷふっ」

「は?」

「ついてるよ、取ってあげる」


 もし彼氏ができたらこういうことも普通にやるようになるのかな。

 いつも口うるさいけど優しい先生の顔に手を伸ばしてそれを取って、


「ふふ、美味しい」


 と、地味に欲しかったおかずを口に含んだ。

 ちょっとだけでも焼きそばって感じがして美味しい。


「お前なあ……」

「あたしは大丈夫、だから心配しないで。橋本さん、誘ってくれてありがと。先に戻っているから。


 が、あたしはすぐに己の失敗を悟る。


「や、焼きそば食べたくなってきちゃったじゃん!」


 何気に母が作ってくれる焼きそばの味付けが好きだった。

 酷もなく薄くもなく、絶妙な味付けで美味しくて2玉とか調子に乗って食べてうぷっとして。

 そうだ、母だって最初から嫌な人だったわけじゃない。

 子どもは自分だけだったから大層可愛がってくれた、服とか欲しい物を買ってくれて幸せで。

 でも、勘違いして調子に乗りすぎたんだ、歪み始めたのはあたしが母の好きになった人――つまり父をバカにし始めてから。


「あ、やっと戻ってきた」

「え、あたし?」


 教室に入った瞬間に話しかけてきたのは、橋本さんとは違ってとても元気そうな子だった。


「この前の格好良かったよ。暴力はだめだけどね!」

「あ、同じクラス?」

「えー!? 酷いなあ、しずくちゃんの前の席なのに」


 しずくって誰だよ……結局どこに座っているのかわからないよ。


「僕は梶原――」

「あ、卯木ちゃん」

「おぉ、戻ってきたんだ、雫ちゃん」


 あ、なるほど、橋本さんだったのね。

 ん? でも、どうして悪口を言われているところを助けてあげたりしなかったんだろう。


「ごめんね、佐々木さんに任せることになっちゃって」

「なにが?」

「や……その、本当は自分で動きたかったんだけど……怖くて」

「しょうがないんじゃない? 普通はそうなんでしょ。でも、あたしは普通じゃないから」


 いまはただただプライド優先で生きたい、いきたいだけ。

 だって橋本さんもいるし、阿部先生だっていてくれる、生への欲求を捨てたくない。

 だったら逆に他の誰よりも長生きしてやんよって気持ちでいた方が楽というのもあった。


「もう、そんなこと言っちゃだめ」

「そうだよ、雫ちゃんの言う通りだよ。みんな同じだよ、同じ仲間だから」


 仲間が仲間を責めたりしないでしょ。

 もちろん、正しい指摘なら誰だって受け入れたいと思う。

 でも、ただの悪口は違う、そんなのただの優越感に浸りたいだけの悪だ。


「喧嘩とかなくなればいいのにね……」

「無理でしょ、感情がある時点でね」


 ロボットみたいに規則性のあるものじゃないから不可能。

 言葉ひとつにしたって受け取る人の気持ち次第で変わるんだから。


「もー! 全部否定してたら可能性だって出てこないよ!」

「はいはい……これはあくまであたしの自論だから」


 いつもより喋りすぎて疲れてしまった。

 寝ることを説明して突っ伏して、日の光の暖かさによりより心地良くなって。

 あたしは家にいる時よりも最高の時間を過ごしたのだった。




「佐々木さん!」

「ん……どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ! お昼からずっと寝てたじゃん!」


 え、と思って時計を見てみたら既に16時を越えておりちょっと困惑。

 いまはそれよりもよく先生が怒らなかったなと心から思った。


「寝られてないの?」

「え、全然寝られてるけど。あたし、じっとしている方が好きなんだよ」


 それにここは暖かくて気持ちがいい。

 席を移動したくないのは何気にそれが1番の理由だ。


「暖かくて寝ちゃうならここから離れた方がいいんじゃない?」

「やめてっ……あたしから楽しみを取らないでぇ……」

「ぷっ、あ……ま、まあ、いいんだけどさ」


 ぐっ……なんだろう、やはりあたしが助けられた側みたいになっているんだけど。

 そういえばと思い出して彼女の頭を撫でる。


「仕返し」

「うーん、寧ろ嬉しいとしか思わないけど」

「……なんだよ、それならなんで動かなかったの自分で」

「前にも言ったけど……怖かったからだよ」

「あたしに余計なことしないでって言えたのに?」

「うっ」


 人を殴った直後の人間に言うなんて勇気があると思う。

 これまで悪口を言われたりしていたのなら普通は臆して考えていることを吐き出せないように思うが。


「帰ろ」

「うん」


 父が帰宅するのは大体19時ぐらいだからあまり慌てる必要もない。

 あと、単純にこうして同級生とかと一緒に帰ったりするのがいい気分?

 無駄遣いはできないけど、話しているだけで楽しいと思える相手がいるとは考えてもいなかった。


「帰るのか? 気をつけて帰れよ」

「阿部先生はどうするの?」

「俺か? まだまだ仕事があるからな、それに登校してきていない生徒の親御さんに電話をかけないと」

「肩を揉んであげるよ」

「頼むわ、疲れててな……って、ならないぞ。いいから帰れ、じゃあな」


 教師は生徒のことをよく把握しておくのが普通、そのために働くのも普通。

 でも、こちらにはなにも頼ってきてくれないから虚しくもある。

 信用関係を築きたいなら片側だけが努力したってだめだろう。


「佐々木さんって阿部先生のこと好きだね」

「まあね」


 だって見ててハラハラするから。

 頑張れることはいいことだけど、無茶していたら倒れてしまう。

 そういう意味では父もきちんと見ておかなければならない。


「いいなー、私も好きになってもらいたいなー」


 だからたくさん食べさせるんだ、今度はあたしが母みたいな存在になる。


「ね、聞いてるの?」

「聞いてる」

「じゃあいまなんて言った?」

「阿部先生のことが好き――痛いから離して」


 そんなにぎゅっと握らなくたって逃げたりはしない。

 彼女はすぐに離してくれたのだが、手の跡がつくくらいだった。


「一緒にいるのに話を聞かないとか有りえないから」

「ごめん……」

「次からはしないでくれればいいよ! 行こ!」


 怖い顔をしたり笑顔を浮かべたりどれが本当の彼女なんだろう。

 怯えてプルプルとしていた頃の彼女は、偽物だったのだろうか。


「はい!」

「え?」

「はい! ジュースあげる!」

「返せないからいい、余裕ないから」

「あげるってっ、後で請求とかしないから!」

「ごめん……もう帰るから、気をつけてね」


 昔、こうして奢ってもらって真に受けてそのまま貰ったら、翌日あたしが無理やり奢らせたとかそういう噂が出回っていたことがあった。

 大体、あたしも彼女も相手のことなんて知らないのにこんなことはおかしい。

 ただ、嫌っているわけじゃないから、そこだけは安心してほしかった。

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