01
読むのは自己責任で。
会話のみ。
ワンパターン。
クラスの弱い立場の人間にだけ悪口を言う人間たちがいた。
大体そういうやつってのはひとりじゃなにもできない雑魚共だ。
正直に言って、怒鳴り返したりせず震えてそれを受け続けているそいつにもむかついた。
だが、怒れないからそういうことをされているのだから求めるのは酷か。
「大体さ、あんたなんで学校へ来てるの?」
「そう、黙っているだけなら来る必要ないよね」
「つか、あんたみたいなドジなやつが本当に高校2年生なの?」
などなど、やつらは好き放題言っている。
別にあいつが責められたままでもあたしには一切関係ない。
「ねえ」
「はい? あ、誰かと思えばこいつと同じで他の人間といない佐々木さんじゃん」
こいつらがどうなろうと、あたしがどうなろうと関係ない。
だから全力でそいつをぶん殴った。
騒々しくなる教室、殴られたやつは血が出始めた鼻を押さえながらこちらを怯えた顔で見てくる。
「この騒ぎはどうした!」
「佐々木さんがあの子を殴りました」
どうせこの後どうなるのかなんて分かっているから教室を出た。
後ろでガミガミ言ってきている教師を無視して、職員室前へ。
「なんでお前はいつもそうなんだ」
「しょうがないでしょ、あいつらがうるさかったんだから」
「来い、それで謝れ」
なんだよ、同じように言われたり、されたりしても文句を言わないやつだけが悪口を言えよ。
おかしいよなそれって、なんで教師がそもそも先に止めないんだよ。
なんのための大人の存在なんだ、これだから年上というのは信用できない。
「律歌、謝っておけ」
「んー、別にあの子を助けるわけじゃなかったけどさ、みんなだってあいつらのことうざがっていたと思うよ? だって教室で堂々と他人の悪口なんか言っていたんだからね」
「それでも……いや、ちょっと見てくる」
「あーい、いってらー」
先程の教師、阿部先生はみんなから好かれている。
でも、あたしから見てみたらあれだ、なんでもかんでも引き受けて自爆しそうなタイプって感じ。
ちなみに、同様のことを何度もしているわけではない。
それなりの常識はあった、あとはまあ、親と関わりたくないから。
「さ、佐々木……さん」
「んー、ああ、あんた来たんだ」
「あの……暴力は駄目だと思います」
「だねー」
言葉で分からないやつにはあれしかないんだよ。
あたしだって何回も親からされた、それも本当の母親にだぞ。
父親は見て見ぬ振りをするだけの屑、あたしと一緒で母に寄生するしかないから強気にはなれない。
「あと、余計なことはしないでください」
「あんたさあ、あれをあんたのためにやったことだとでも思ってんの?」
「思いません」
「だったら余計なこと言うなよ、グズ」
「律歌!」
「はいはい、戻りますよー」
あんなの鬱憤晴らしに決まっている。
あとそれだけ物が言えるのなら言い返せよと心から思ったのだった。
「お前は当然居残りだ、反省文でも書いていろ」
「えー……なんであたしだけ」
「お前がやったからだ!」
まあいいか、連絡しなかっただけ利口だ。
もしチクったりするようなら完全に潰していた。
2度と不快になるような言葉を聞かせるなよ、と。
「ねえ、先生は疲れないの?」
「ん? ああ、そりゃ疲れるぞ。生徒のお前らと違って、大人は色々なことに意識を――」
「でもそんなこと言っているけどさ、あいつのことは放っていたじゃん。結局なにも見ていないってことなんじゃないの? なんのために教師として存在しているわけ? なんのためにあたしたちの担任やっているわけ? 全て生徒の自主性に任せるということなら担任なんていらないじゃん」
生徒だけに任せたってなにも解決しない。
それどころか余計に格差が酷くなって、今日みたいなことが当たり前になるんだろう。
あたしは別にそれでも生きていける、実の親にやられるとかでなければ潰せばいいから。
でも、あいつみたいな変なやつは除くとして、それ以外の弱いやつだったら?
不登校程度で収まればいいが、最悪の場合は自殺とかだって選ぶやつもいる、ニュースで見た。
そうなる前に支えるのが教師の役目だろうが、死んだ後から動いたって遅えんだよという話。
「お前はいいから反省文を書け」
「大人って都合の悪いことはスルーするから最悪だよね」
「お前は大人に敬語も使えない駄目な生徒だけどな」
「その駄目な生徒に指摘されてまともに答えられず逸らすのが大人の対応なんだ」
素直に言えばいいのに、面倒くさいからだって。
思いやりのある優しい先生ならもしなにかがあっても周囲が擁護してくれるもんね。
なにかがなければ露見しないのだから楽な話だろう。
「もういい、2度と人を殴ったりするなよお前」
「お前って名前じゃないんですけどね。まあいいか、大人なんて信用できない代表格みたいなものだし」
「おい!」
「え、なんでそこで怒るの?」
「……もういいからさっさと帰れ」
「はーい」
って、家になんか帰りたくないからさっきの地味に助かっていたんだが。
「阿部先生ごめん……」
結局自分もあいつらとなんら変わらない。
ひとりで動ける分にはマシだと思うが、教師側からすれば質の悪い存在だ。
生きている意味もわからないけど、死ぬ意味もわからないからこうして無駄な時間を重ねている。
「佐々木さん」
「佐々木ー、呼んでるよー」
「あなたですよ」
暴力女に近づける勇気があるなら云々――意味がわからないから足を止めたりはしなかった。
「ま、待ってください!」
「敬語、やめたら?」
「えっと……うん、わかった」
さて、この子はなにを言いに来たのかな?
グズって言われたことを怒っているということなら笑えてくるが。
「……今日はありがとう」
「なにが? あたしは自分のためにしたんだけど」
「……本当は怖かったの、なにをしても悪口を言われるから。でも、ぼ、暴力は駄目だけどさ、格好良く動ける人がいるんだなって」
苛められすぎてこの子の目腐っちゃったんだな、可哀相に。
「あははっ、あんたはあたしにあそこまで言えたから余裕だよ余裕!」
「そう……かな?」
「うん、あたしが保証する!」
あたしに気に入られる=詰みみたいなものだ。
だから可哀相だからこれ以上悪口を言ったりはしないでおいた。
というか……まあ、こんな子初めてだったから。
阿部先生にも八つ当たりしてしまったし軽く自己嫌悪中だからやめていただきたい。
「負けるなよ」
「え?」
「潰れるなよ、頑張ってね」
この子は色々磨いて見返してやればいい。
でもこっちは違うから、もう取り返しのつかないところまできている。
「え、佐々木さん!?」
「大丈夫ー! あんたは強いよ!」
そろそろ家に帰らないと。
それでも限りなく遅く歩いて、着いても玄関の前で1時間ぐらい時間をつぶす。
できる限り一緒にいたくない、どうせ母はもうあんまり家にはいないけれども。
「お、おかえり……り、律歌」
「あー、ただいまー」
「ご、ごはんは?」
「いいよ、いちいち話しかけてこなくていいから」
「ご、ごめん……」
あ、いや……違うか。
「その……いつもありが――いないし」
ま、生きている限りここがあたしの帰る家なんだから、お礼を言うタイミングなんていつでもあるか。基本的に父は家から出ないし、本当の意味で母にふたりで寄生している形になる。
その後は特になにもなくいつも通りのことをして過ごしていたのだが、
「り、律歌!」
「ん……もう……なに?」
ノックもせずに入ってきた父のせいで気分が最悪に。
一応ノックすることは覚えてくれたようだから学習能力はあるらしい。
「あ、ごめん……あ、その」
「ハッキリして」
「……母さんが、離婚するって」
「あはは、まあそりゃそうでしょ、あたしたちはお荷物なんだから」
殺されなかっただけまだマシだ。
生き続けてきた理由を生きていれば理解できる日がくるかもしれない。
「無理ならあたしを捨てたら?」
「そ、そんなこと……」
「だってお金ないじゃん、お母さんに頼りきりだったんだからさ」
「だ、大丈夫っ、ずっと貯めていたお金があるから! それにそろそろ……働くよ」
「じゃああたしもバイトでも――」
「だ、駄目だよ! ……律歌は学生生活を楽しんでほしい」
あんなところでどうやって楽しめって言うんだ。
それに、そんなお金があると分かったらあの人は持っていくだろう。
どう隠すつもりなのだろうか、おまけに住む場所は?
家での母は最悪最低だったが、いいところで働いているため稼ぎはある。
そんな人が選んだ場所だ、家賃だって高いだろうに。
「とにかく、僕を信じてほしい」
「まあ……あ、お父さん」
「な、なに?」
「その……いつもごめんなさい、それと……ありがとう」
「……うん、それが聞けただけで僕は頑張れるよ」
うつ病だったのに大丈夫なのか?
あたしや母の愚痴、職場での愚痴、色々なものが父に悪影響を与えた。
だからあたしがそんなことを言ってもらえる権利はないんだ。
――が、そのタイミングでインターホンが鳴って強制的に中断。
「はい……?」
「律歌、謝りに行くぞ」
「え、な、なん――」
結局大人の力には敵わず、文字通り謝罪することになった。
相手の娘はともかく両親は理解のある人で、次から無くしてくれればと言ってくれた。
あっという間に終わってしまった上に、なぜだか阿部先生が飲み物を買ってくれる。
「もうああいうことはやめろ、俺に言ってくれれば対応するから」
「あ……あの、さっきはごめんなさい」
「ぶふっ!? あ、ああ……いや、悪い、まさか律歌から謝られると思わなくてな」
お礼も謝罪もまともにしてこなかったからそれもしょうがない。
そしてやはり今回も自己犠牲精神が働いたということだろう。
「ね」
「なんだ? 送るから早く帰るぞ」
「……あんまり無茶しないで」
「はははっ、1番俺を苦労させてくれているのは律歌だろ!」
「……だからだよ、あんまり問題を起こさないようにするからさ」
そんなの簡単だった。
どうせひとりでいることには変わらないんだし、黙って授業を受けておけばいい。
それこそあの子のように、怖がりのように見えて強いあの子のようにだ。
「なんかね、お母さんたちが離婚するんだって」
「引っ越すのか?」
「あ、ある意味そうかもね。多分、近くのアパートとかになるんじゃない?」
「なんでそれを俺に?」
「だって……頼れるの阿部先生しかいない」
父に話したって知っているだから傷口を抉るだけ。
「あ、なんかいいバイトって知らない?」
「うちは禁止だぞ」
「家賃とか生活費とか困るんだけど……」
あれ、いつの間にか禁止になってる。
ま、働いたことはないし、こんなのだからまともにできるとは思わないけど。
「あ、なんだっけほら……あ、パパ活だ」
「駄目だぞ」
「え、でも正直処女とかどうでもいいしさ。なんで生きているのかもわからないし」
「駄目だ!」
駄目って言われたってこのままだといずれ死ぬのがオチだ。
さすがに餓死や自殺で死ぬのは嫌なんだ、あと、生きてて良かったと思って死にたい。
「何円必要なんだ?」
「え、分からないよそんなの」
「ちゃんとそういうのちゃんと守って楽しく学校生活を送ると約束できるのなら100万円やる」
「そ、それってパパ活とかってやつとなにが違うの? あ、そのかわりに体を求めるって?」
「違う。いいか? もう2度とあんなことするな。あと、抱えずに全て話せ。それと自分を大切にすること、いいな?」
なにを真面目な顔で言っているんだか。
「あははっ、なに真剣な顔をしてるの? 冗談に決まってんじゃん!」
「冗……談?」
「そうだよーだ! やっぱり処女とかどうでもいいって言ったから体に興味があるだけでしょー」
「はは、冗談なら良かったぞ」
……事実だけど巻き込めるわけがないじゃん。
だけど今度は父に寄生しなければならないのか。
ああ言ってくれているけど、どうせまともに稼げるようになったらいらないやつ扱いをされる。
あたしが余裕ぶっこいて父にしてきたように、母にやられてむかつくことをしていたように。
「ここでいい! それじゃあね!」
「あ、おい」
「いいって! 気をつけて帰ってね!」
とりあえずいらない子扱いされていない間はにこにこしていようと決めた。
2週間後、あたしたちは新しい家にいた。
あの家と比べればかなり狭く、自分の部屋なんて当然なかった。
「ご、ごめん……」
「別にトイレとかお風呂とかキッチンがあればいいよ」
「僕、頑張るから」
バイトをして稼ぐということで実際父はもう働き始めている。
奇跡的にも空白期間があった40代を受け入れてくれたらしい。
父曰く、「面接に行ったけどまさか受け入れられるとは」と嬉しさ半分困惑半分のようだった。
「僕は入り口付近で寝るから、律歌はテーブルをどかして中央で寝るといいよ」
「いい、お父さんが中央で寝てよ。働いてくれているんだからせめて広いところでさ」
高校卒業までの学費はどうやら出してくれるみたいだ。
もう遅いし意味はないが、あんな母でも悪くなかったのかもしれないとそう思った。
単純に後から面倒くさいことにならないためだということは分かっているけどね。
「普通に生きられていればそれだけで十分だよ」
「律歌……」
野宿しないで済むんだ。
それにあんなことを言っておいてなんだけど、変な男に襲われたりするのは怖いから。
なんのために生き続けているのかわからないとか言っておきながら、女ということもあって夢見てしまっている。初めては大好きな人と、とか。
「ごはん作るね」
「……うん」
とはいえ、贅沢はできないしどうなるのか分からないから当面はふりかけとかで済ませるだけ。
それでもこの家に来た記念ということで、それぞれひとつずつの卵を使用し卵焼きを作成。
「ごはんは炊けてる?」
「炊けてるよ」
「それじゃあお皿に盛って食べよう」
これからはこういうことを全て自分でやらなければならないのか。
お昼も購買とかで買っていられないから、タッパーに白米つめてふりかけかけて盛っていく。
とりあえず1ヶ月でどれぐらいお金がかかるのかを把握していないため、初月は過剰なぐらいの対応でいいだろう。
「ごめんよ……僕のせいで」
「なんでお父さんが謝るの、悪いのはあたしも同じなんだからいいんだよ」
もしふたりから捨てられていたら自分はどうなっていたんだろうか。
……考えても虚しくなるだけでしかないからやめておいた。
――最初の初日はなんとも暗い気分で過ごしたあたしたち。
だが、こんな暗い気分でいたら駄目になると話し合って元気に過ごしていくことにした。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいっ」
それに悪いことばかりでもなく、学校から多少近くなったのが大きい。
「佐々木さんおはよう」
「あ……」
校門で待っていたのはあの子。
えっと、この子の名前ってなんだっけ?
「おはよ」
「うん? なんで別の方向を向いて言うの?」
「早く教室に行こ」
「え、あ、うん」
本人に聞くのは馬鹿にした手前しにくいので阿部先生を頼ろう。
「あれ……?」
「ん?」
「い、いや、席のことなんだけど……あれ」
おーおー、これまた露骨にしてくれたようだ。
特に考える意味もない、あたしとこの子の席だけ隔離されている。
ずっと騒がしくてうるさかったしあたしはそれでいいが、この子はどうなんだろうか。
「おはよう、今日は早いんだな」
「あ、おはようございます」
う、うーむ……いざ実際話すとなるとなんか緊張する。
昨日のあたしも阿部先生もおかしかった、普通のテンションじゃなかったからなあ。
「ん? どうした、そんな変な顔をして」
「し、失礼だよ……あのさ、なんか朝来たら席がこうなっていたんだけど、このままでいい?」
「いや、駄目だろ」
「……戻しても結局同じだよ、この子は知らないけど……あたしは必要ないんだよ」
輪を乱すような人間は怖いんだろうな。
だから必死に排除しようとする、そうしなければ自分の身が危ないから。
「他人を殴ったのはお前が悪いけど、昨日からおかしくないか?」
「はいはい、弱気なあたしは調子が狂うんでしょ? どうせ戻してもまたされるだろうからこのままにしておくね。他の先生にも説明しておいて」
くそ……名前を聞きそびれたじゃないか。
これまでこんなことなかったのに……阿部先生といづらい。
「佐々木さんと一緒なら怖くないよっ」
この子もなんか勘違いしているし。
あたしは強くなんかないからああいうことでしか見返せないだけなんだ。
「あたしといない方がいいよ」
「え、だけど机はくっついてるよ?」
「戻せば? あんたは悪いわけじゃないんだし」
「むぅ」
な、なに? この拗ねたような顔は。
暴力女と離れられるならそれに越したことはないだろうに。
「阿部先生っ」
「な、なんだ?」
「佐々木さんが名前を呼んでくれません!」
ああ、そういう……いやでもわからないし……。
安心してほしい、あたしはこのクラスのひとりの名前すら知らないんだから。
というかこの子、なんで甘んじて受け入れていたんだろう。
ここまでハキハキと喋れるのなら躱すことなんて容易だと思うんだけど。
「あー……律歌は多分、橋本の名前を知らないんだろ」
「え」
決してあたしだけじゃないんだろうけど、どうして名前で呼ぶんだろうか。
佐々木が嫌いだったとか? 名字が好きじゃないという人はいるかもしれないが……。
「律歌は全然周りに興味がないからな」
「そ、そうですか……え、あの、私だけじゃないですよね?」
「安心して、みんなの名前を知らないから。知っているのは阿部先生の名字ぐらい」
ふたりから安心できないと指摘されてしまう。
でも必要なかったんだ、あたしはただ高校ぐらい出なくちゃなと考えて生活していただけ。
いまだからわかる、学費を払ってもらっているということもあったのかもしれない。
両親からは歓迎されていなかったが、普通に生きられていたことが幸せなんだって気づいた。
「逆に男の人とか嫌いそうなのに」
「そう? あたし、阿部先生のこと好きだけど」
「す――た、確かに優しいから阿部先生は私も好きだけど……」
「あ、言っておくけど特別な意味でだから」
「えぇ!?」
「あははっ、冗談っ」
さあ、そろそろ来始めたぞ、他の生徒が。
みんなに共通している点は、こちらをちらりと確認してから席に座ること。
これはあれかもしれない、あたしたちを本格的にいない者扱いするかも。
「お、おはよっ」
「えっ……あ、うん」
あの子はそれでも積極的に挨拶をし始めた。
中には驚きすぎて尻もちをついている子もいる。驚きすぎでしょ、クラスメイトなのに。
「律歌、ちょっと廊下に来い」
「うん」
こっちはどうせあれだろう、ああいうことはするなという注意をしたいだけ。
そりゃ問題を起こすと先生に負担がかかるからね、やめてほしいに決まっている。
「お前のお父さんから聞いた」
「あ、離婚したこと?」
「……冗談じゃねえじゃねえか」
「ちょっ、なんでそんなマジトーンなの? あははっ、心配性すぎなんだけど!」
住所変更手続きとかで連絡する必要があったんだろうけど……。
別に同情してもらいたくてあんなことを言ったわけじゃない。
先程も言ったが、昨日のあたしたちはおかしかったんだ。
「あはは、気にしなくても大丈夫だよ、心配してくれてありがと」
「受け持つクラスの生徒なんだ、心配するのは当たり前だろう」
「……あんまり優しくしないで、勘違いしちゃいますから」
「お前が?」
「冗談だよ冗談、戻るね」
あんまり動いたり喋ったりするとお腹が空くからだめなんだ。
白米の上にふりかけだけのお弁当だから、なるべく行動したくない。
「橋本と佐々木に話しかけたやつはあっち行きだからな」
教室に戻ったら昨日殴ったやつじゃないやつがそんなことを言っていた。
あたしは真正面に移動して、おはようと挨拶をする。
「え……あ、おは――」
「あー、いま話しかけたよこの人、どう? あたしたちの方に来る?」
ブンブンと首を左右に振る勇気もない女子。
「というかさあ、昨日お仲間が殴られたのにまだそんなこと言えるんだね。あ! そういうことか、つまり君も殴られたいって――」
「ひぃっ、ご、ごめんなさい!」
「橋本さんに悪さをしたら絶対に許さないから。高校2年生ならわかるよね?」
「わ、わかりましたっ、もう2度としません!」
結局のところ、少しでも揺さぶってやればあっという間に瓦解する。
リーダーの意欲がなくなれば周りも自然と解散するしかない。
ま、みんながみんなこちらを嫌っているということもないだろうから、ホッとしている人間だっているはずなんだ。……一緒に消えればいいのにと言われたのは堪えたけど。
こ、これはしょうがないことだ。
だって身近でそういうことが起こっていると自分が対象にされるかもしれないから。
だからまあ……聞かなかったことにしておいてあげよう。
「佐々木さん……?」
「んー?」
「その……どうぞ、拭いて」
「え? あ、ふりかけでもついてた?」
そうだったら恥ずかしい。
イキった時に限って鼻毛が出ていたりとかしてたら穴に入りたい気分には自分でもなる。
汚すわけにはいかないから適当に袖で拭っておいた。
――そこからは意外にも平穏な時間を過ごせた。
席は依然としてそのままだけど、ここは静かでぽかぽかしていて気持ちがいい。
お昼は橋本さんに色々言われないように屋上でごはんを食べた。
中央に寝っ転がっていたら寝坊しそうになったのは内緒だ。
午後の授業を経て、放課後になったら後は帰るだけ、なんだけど。
あたしの前に立ちふさがるふたり。
片方は少しだけ申し訳無さそうに、片方は当然だというように。
待て、今日のあたしはなにもしてないぞと考えている内に、申し訳無さそうにしていた子が頭を撫でてきた。ぎこちないけど……なんかほっとするような感じ。
「無茶しないでね」
「無茶? え、あたし今日は静かに過ごしていたけど」
「朝、泣いていたから」
「あたしが? あ、だからハンカチを差し出してきたんだ」
悪口なんてどうでもいいと思っていたのに、無害そうな子から消えろって言われたのが堪えたよう。
「お前、やっぱり無理してるんだろ」
「違うよ、たまたまゴミが入っただけだよ。それで授業中も痛くてさ、結構苦労したんだよね。それよりもっと撫でてよ、なんか落ち着くんだ」
いまさらそんな乙女みたいな思考するかよ。
どんなに考えたところで状況は変わらないんだから。
色々工夫してやっていかなければならない、不慣れなことばかりだからちょっと不安だけど。
「阿部先生」
「なんだ?」
「あたしはいいから橋本さんを見ておいて。周りがなにかしてそうだったら止めて」
「ああ、わかった」
「じゃ、帰るね。夜ごはんとかも作らなければならないし」
あとは洗濯物を取り込んだりしなければならない。
いままでみたいに外で時間をつぶしていたら父にいらない人間扱いされる。
過去のことをいつまでも覚えているものだ。
それがネガティブなことであればあるほど、なおさらそう。
だから父に昔みたいな余裕が出てきたら因果応報、今度は自分の番。
「ただいま」
こんな時間に帰るのはすごい久々だった。
誰もいない6畳ぐらいしかない部屋、ここに父とふたりきり。
あたしが寝るところは玄関前と言っても過言ではなくて、寝返りをうつのがやっとなくらいで。
なまじ前の家が大きかったから差に……いや、やめよう。
「お父さんには多く作って、と」
なんでもっとやっておかなかったんだろう。
きちんと知っていればもう少しぐらいは贅沢できたかもしれないのに。
作り終えた後は適当に過ごしてた。
テレビはあったけど見る気にはなれず、体操座りで馬鹿みたいに丸まって。
「ただいま……」
「あ、おかえり」
「うん、ただいま」
3年ぐらい働いてなかったから体が追いつかないんだろうか。
見るだけで疲れているということがよくわかる。
「ごはんとお風呂、どっちを先にする?」
「ごはんを食べようかな。え、というか……作ってくれたの?」
「まあ……適当に焼いただけだけど。じゃあ温めるね」
……そんな目をキラキラされても困るんだよな。
普通レベルにも満たしていない、こんなんじゃ栄養だって偏ってしまうのに。
てかさ……あたしはもう既に作っているのにそんな珍しいみたいな言い方されると複雑だ。
「お風呂行ってくる」
「うん」
そして他に困る点はこれだ。
トイレとお風呂が一緒になっているから結構大変なんだ。
仮にどちらかがお風呂の時にトイレに行きたくなったらどうするんだ?
どんなに工夫しようとお湯が飛んできそうで怖い、あと単純に見られたくない。
「自業自得だよね……」
雨風しのげる場所と、少なくても食いっぱぐれないだけで幸せなんだけど。
これはある意味、母の最大の仕返しなのかもしれなかった。
裕福な暮らしを体験させてから地に落とすとどうなるのか、そんなの言うまでもない。
人は当然、これまでのいい暮らしというものを意識してしまうものだ。
「り、律歌……」
「ど、どうしたの?」
「お、お腹が痛いん……だけど」
「いいよ、入っても。一応、カーテンあるし」
臭いが充満して気分は下がるけどしょうがない、漏らされる方が嫌だから。
が、そう言ったのに父は近くの公園のトイレでしてくるとか言って出て行ってしまった。
最悪は避けられたのに最悪だった。
いちいち変な遠慮をさせてしまうようにしてしまったのは自分だから。